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脱走奴隷少女ティ

誤字のご指摘、本当にありがとうございます。

 ギームルの指名に対し、俺は大いに反対した。

 どれくらい反対したかというと、地面に寝っ転がってびったんばったんと駄々をこねる一歩手前まで行くほど反対した。

 止められるのがあと一秒遅かったら、俺はびったんばったんしていただろう。


 そんなギリギリだった俺は、反対の理由であるラティから諫められた。

 これは必要なことであり、わたしがもっとも適任である。だからわたしが囮の脱走奴隷役を引き受けますと、ラティにそう言われた。

 


 反論できなかった。

 ラティのいう通り、違法奴隷商は潰す必要がある。

 その違法奴隷商には彼女も憤っていた。

 そして何より、【蒼狼】(フェンリル)を有するラティは本当に適任だった。


 異性を惹きつける【魅惑(テンプテーション)】もそうだが、負の感情、犯罪意欲とも呼べるモノを煽る効果がある【煽犯】(ウォークライ)

 誰かをさらおうと思っている連中だ。間違いなく【煽犯】に引かれて行動を起こすことだろう。


 ふと思い起こせばギームルは西側出身だったはず。

 西側の大貴族、レフト伯爵が知っていたことだ。ならば同じ西の貴族出身であるギームルも、【蒼狼】(フェンリル)のことを知っていてもおかしくはない。

 

 むしろ知らないという方が不自然だ。

 実際にアキイシ伯爵は【蒼狼】(フェンリル)のことを知っていた気がする。

 だからこれはジジイの狙いなのだろう。

 突撃ができる冒険者()と、囮が出来る奴隷(ラティ)が揃っている今が。


 正直嵌められたようで気分が良くない。

 だがしかし、ラティがやると言っている。

 俺は涙を流す思いで折れ、条件付きでラティを囮にすることを承諾した。




「いいかテイシ、首輪の色が変わったら速攻で止めに行くからな。息の根を……」

「……ジンナイ。アホか?」


 俺と一緒に入り込んでいるテイシが呆れた目で俺の方を見る。

 そっと視線を逸らす俺。


 現在俺たちは、例の木が見える位置に張り込んでいた。

 俺が求めた条件は二つ。

 まず一つは、俺が危険だと判断したら中止(飛び出す)

 そしてもう一つが、ラティの首輪の色が変わったら止め(・・)に行くだ。


 しっかりと明言はしていないが、止めるとは息の根のことだ。


 赤い首輪の色が変わるということは、つまりそういう事をしたという事だ。

 決して許さない。

 ただギームルは、きっと首輪の色を変えるようなことはしないと断言した。

 

 俺はそれを不思議に思い、『何故か』と訊ねた。

 すると返ってきた返答は反吐が出る内容だった。

 

 ヤツらにとって赤首輪の奴隷は、高値で売れる奴隷だった。

 売値が下がる赤首輪を選択する奴隷は少なく、ある意味、人としての尊厳と矜持を守っている希少な奴隷といえる。


 赤色の首輪は、性的な要求を拒否することができる証。

 洒落た言い方をするならば、誰にも踏まれていない新雪のような存在だ。

 そしてその新雪を踏み荒らす行為は、金があって歪んだ下衆には最高の戯れらしい。


 人の尊厳と矜持を踏み散らすことが好きなヤツらには人気であり、そしてその首輪の色が変わっては価値が激減する。

 だからヤツらは、首輪の色を変えるような真似はしないとのことだ。


 俺はそれを信じてぐっと待つ。

 当然、色が変わったら即息の根を止めるつもり。


「来た」

「ラティ……」


 ラティが姿を現した。

 彼女はいつもの格好ではなく、奴隷が着るような頼りないボロ着を身に纏っていた。


 ラティは普段フードを被って顔を隠している。いつも一緒の連中はともかく、それ以外の者はラティの顔をよく知らないだろう。


 初めて出会ったときと同じような格好をしたラティは、キョロキョロと周囲を見回しながら、恐る恐ると木に近づいていく。

 

「ん、……食いついた」

「二人か」


 一人がラティへと近づき、もう一人がズタ袋のような物を持って背後に回っていた。

 一人が注意を引いているうちに、背後からズタ袋を被せるつもりなのだろう。


「ラティ……」


 現在ラティはステータスを偽っている。

 名前を一文字隠して、いまは『ティ』という名前の奴隷になっている。

 ステータスの能力数値の方も、二桁分隠してレベル2だ。

 【鑑定】で見られたとしても、ラティの正体がバレることはない。

 

「ラティって意外と演技上手いな」

「ん、確かに」


 意外にもラティは演技派だった。見事にオドオドした奴隷を演じている。

 俺から見てもそうなのだから、何も知らないヤツらには脱走してきた奴隷にしか見えないだろう。背後から迫っていた男がゆっくりと近寄り―― 


「――ッ!!」

「……捕まった」


 ラティは背後からズタ袋を被せられた。

 予定通りの流れだというのに、身体が無意識に駆け出そうとする。


「ジンナイ。動くな。付加魔法品アクセサリーの効果が解ける」

「~~~~、分かってる」


 テイシが俺の肩を掴んで止めてきた。

 俺たちは【索敵】を妨害する付加魔法品アクセサリーを装備している。

 じっと動かずにいれば【索敵】に察知されることはない。


「ジンナイ。合図は?」

「……無しだ」


 合図が無いということは成功を意味していた。

 もし何かあれば、ラティから合図を送る手筈となっていたのだ。


「了解。予定通り、このまま待機。いい?」

「……………………………………………………わかった」


 ここで俺たちが追っては気が付かれる可能性があるので、まだ試作品だが、短い距離であれば音を届けることができる付加魔法品アクセサリーを使って、成功の合図を別働隊の衛兵へと送った。


 離れた場所に待機していた者が、荷物に偽造されたラティを積んだリヤカーのような台車を追っていく。

 他の別働隊に誘導される形で、俺とテイシは、ラティが運び込まれた建物へと辿り着いた。


「ジンナイさん、こっちですよです」

「ああ」


 辿り着いた先では、もう一人の協力者サリオが待っていた。

 そのサリオの後ろには、突入時に逃がさぬように配置された衛兵もいる。


「ったく、どんだけ用意周到なんだよ」


 実は、奴隷を運び込むアジトは既に把握していた。

 ギームルは既に三ヵ所のアジトを特定しており、アジトを潰すだけならいつでもできる状態だったのだ。


 だが目的は違法奴隷商の根絶。アジトを潰すだけでは意味がない。

 当然、活動の妨げにはなるが、元を潰さなくてはいつまで経ってもなくならない。 


「さて、上手く釣れてくれるといいが……」

「うん」


 俺のつぶやきにテイシが答えてくれる。

 極上の獲物が捕れたのだ。きっと元締め的なボスがやってくるはず。 

 捕らえた奴隷の首輪の契約の上書きにやってくるはずなのだ。


 ギームルの話では、ヤツらはさらった者や、元から首輪をはめている奴隷に対し、逃走防止の契約設定をするそうだ。


 俺はラティに対してその契約設定はしていないが、主によっては離れると首輪が締まる設定にしているのだとか。 

 絞め殺すほどの強さではないが、呼吸が苦しくなるので逃走防止になるらしい。


 本来であれば、人を縛り付けられるこの方法は秘匿とされ、扱うことができるのは奴隷商だけ。

 そしてその方法を漏らした奴隷商は極刑となる。


 だから滅多なことで漏れることはないのだが、以前北原と行動をともにした奴隷商が、北原と合流する前に金目的で漏らしたそうだ。

 そうでなければ、こんなヤツらに知られるはずがないとギームルは言っていた。


「……動きがないな」

「ふむ」


 ラティを中に運び込んだのだから、誰か使いの者が走ると思った。

 だが運び込まれた建物からは誰も出てこなかった。


「どういうことだ?」

「う~~ん、中で悪いことでも起きているです?」


「――っ!」


 一瞬、良くないことが脳裏をかすめた。

 だがラティからは合図もないし、酷く不快な感情も流れてこない。

 もしかすると、ラティが魔法で眠らされた可能性がある。

 しかし、ラティには雪の結晶に似た付加魔法品アクセサリーを持たせている。

 あれがある限り魔法で寝かされることはないはず。


 睡眠薬が入った物を食べさせられた可能性もあるが、やはりそれだって【心感】があるので避けられるはず。



「あ~~~~~~よしっ、ラチがあかん。建物に近寄ってみよう」


 俺は、周囲を取り囲んでいる衛兵が止めるのを聞かずに、ラティが運び込まれた建物へと向かったのだった。

読んで頂きありがとうございます。

宜しければ感想など頂けましたら幸いです。


あと、誤字脱字なども教えて頂けましたら……

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