囮は誰?
俺はいつもの日課をこなしていた。
完全完璧頭撫でをしながらの情報共有。
撫でられているラティに、アムさんとギームルから聞いた話をした。
違法奴隷商のことはラティも知らなかったようで、『そんな人たちが……』と、目を伏せて怒りを滲ませるように呟いた。
ららんさんに借りていた金貨40枚は、シャーウッドさんが宿っていた魔石で帳消しとなった。しかも金貨50枚のプラス。
これで金には余裕ができたので、依頼を受けた最初の理由はなくなった訳だが、ヤツらは決して野放しにはできない連中であり、話を聞くに、子供や赤子までもさらう場合もあるのだとか。
奴隷だけでなく、赤子もいる俺にとって決して見逃せない相手だ。
だから俺は決めた。
ヤツらを容赦なく壊滅に追い込んでやると。
だがしかし、壊滅に追い込むと言っても容易ではない。
この手の問題は元を潰さないと意味が無い。末端を潰したとしても、ボスと黒幕が残っていればすぐに復活する。
そしてボスの方はともかく、黒幕の方は往々にして厄介なヤツだろう。
アムさんは濁して言っていたが、黒幕はどうせ街の権力者か金持ち連中だ。
奴隷を囲って扱うと言っていたのだから、それなりの金と力があるはず。
正規の奴隷がいるにも関わらず、それ以外の奴隷を求める。
きっと反吐が出るようなことをやっているのだろう。
「んぅっ、あの、ご主人様――」
「ラティ、延長で」
耳を撫でられているラティが俺に話し掛けてきた。
きっと例の、『あの、そろそろお時間が……』ってヤツだろう。
しかしそうはいかない。俺はもうちょっとラティの耳を撫でたい気分だった。
あのギームルと話すと色々とすり減るのだ。なので俺は、言葉を遮るようにして延長を申し出た。
「あのっ」
「あと5分っ、いや10分お願いします」
引く訳にはいかない。
俺は即座に延長への交渉へと入る。
交渉のコツは、相手に何も言わせずに捲し立てることだ。
よく橘がやっていた……。
「あ、あのっ、そうではなくて、話を聞いてくださいご主人様。先程話していた勇者ヤソガミ様のことです」
「へ? 八十神?」
ラティには、ギームルに八十神のことを訊ねられたことを話していた。
先程の話し合いのときに、ギームルから八十神の人柄や、出先のゼピュロスでヤツの噂話を聞かなかったかなど、そんなことを訊ねられたのだ。
人柄は見ての通りアレな感じ、噂話は全く聞かなかったと、俺はそうギームルに伝えた。
するとジジイが妙なことを言ってきた。
あの八十神が、北の貴族のところを回っているというのだ。
俺の記憶では、八十神は貴族に対し不信感をもっていたはず。
ギームルにいい様に利用、もとい誘導されていたことに気が付き、ヤツは貴族から距離を取る的なことを言っていた。
この事はラティも知っている。
だから疑問に思ったのだろう、その八十神が貴族のところを回っているということに……。
「あの、何かよくないことが起きるのではと思いまして」
「ん~~、まあ分からんでもないか。八十神は嫌な予感しかしねえからな。しかしアイツが貴族のところに……か」
ぱっと浮かんだ理由は金。
俺のように金が尽き掛けて、それで援助を頼んだのかもしれない。
と、思ったが、ヤツがそんなことで貴族のところに行くとは思えなかった。
さすがにそこまで駄目なヤツではない。
誰かに媚びるようなヤツではないし、それなりにプライドの高いヤツだ。
( しかしそうなると…… )
「う~~ん、やっぱわからん。アイツが今さら貴族回りするって……。あの自分正義馬鹿が貴族のところに? 何でだ?」
「そうですよねぇ。そこまであの方を知っている訳ではありませんが、やはりどうにも違和感を覚えまして」
「だよな。まったく話を聞かないヤツだし、信用ならないヤツには噛みつく感じだよな。そんな八十神が貴族の……って、ラティさん、何でしょうか?」
「あの……いえ、何でもないです」
何故かラティさんが、『ひょっとしてツッコミ待ちですか?』みたいな顔で俺のことを見ていた。
ラティが何故そんな顔をしているのか理由は分からないが、ただ一つ言えることはある。俺はどちらかというか逆だ。だから――
閑話休題
次の日、俺はららんさんの元へと向かっていた。
今回の作戦の肝となるのは、ららんさんの作る付加魔法品と囮の奴隷役だ。
どうやら違法奴隷商は、ある特定の場所で犯行に及ぶことが多いらしい。
その特定の場所とは、スラム街のような所にある大きな木だ。
その大きな木は、街の城壁のそばに生えており、木を伝って行けば城壁を越えることができるそうだ。
ノトスの城壁は他の街に比べると低い。せいぜい6~7メートル程度だ。
覚悟を決めれば上から下に飛び降りることも可能。
だからその場所は、正門を通らずに外へと出られる抜け道的な存在らしい。
あのジジイらしいと言うべきか、ヤツはこの場所を把握しているにも関わらず、はしご扱いになっている木を放置しているそうだ。
要は、その場所を潰さずに見逃すことによって、そこを通るヤツを監視しているのだとか。
本当に手強いヤツはそんな甘い場所は通らないが、それ以下のヤツらはよく利用するらしい。
そしてそんな抜け道なので、諜報や犯罪者以外にも逃げ出す者。例えば脱走奴隷や訳ありで逃げている者なども利用するそうだ。
そもそもそこを通ろうとする者は、何か後ろめたいことがある者ばかり。
さらうには絶好の相手ともいえる。
「だから囮か……」
ギームルの考えた作戦は、奴隷に扮した者がそこを通りさらわれることだ。
ステータスを付加魔法品で偽り、上手いこと商品として潜入する。
多少の危険はあるが、確かに内部へといける可能性は高い。
少なくとも捕らえたヤツを確保する場所へといけるだろう。
「まあ、あとは誰がその奴隷役をやるかだよな……」
この奴隷役の人選には嫌な予感がしていた。
どうしても、どうしても嫌な予感が拭えない。
何故なら、この囮となる奴隷役に恐ろしいぐらい適した者に心当たりがあるから。
その者が奴隷役をやったら、ほぼ120%食い付くだろう。
むしろ、その者を目的で俺に依頼を持ちかけたのではないかと勘ぐるほど。
「…………………………考え過ぎだよな」
俺は、嫌な予感を振り切るようにしてららんさんの元へと向かったのだった。
閑話休題
「おっ!、じんないさん。この魔石凄いでぇ。もしかするとこの魔石で貝玉と同じようなモンが作れるかもやで。まぁ、性能は格段に落ちるやろうけどな」
「マジで!?」
「おうっ、マジでや!」
ららんさんは、俺の顔を見るなりハイテンションで話し掛けてきた。
そして何と、昨日渡した魔石で貝玉のような物を作れるかもしれないと言ってきた。
長距離でも連絡を取り合うことができる貝玉。
数組しか残っておらず、それがあるのは中央と四公爵が治める街、それとルリガミンの町にあるだけだ。
短い距離なら話すことのできる物もあるが、それだってボレアスの貴重品として扱われている。
しかしもしかすると、それに近い物が作れるかもしれないというのだ。
これはとても凄いこと。
「くっくっく、いや~~、これは滾るのう。もう昨日からずっとやで」
「ららんさん。ひょっとして……寝てない? 徹夜?」
「あったりまえやろ! この魔石は本当に珍しいヤツやで。バラバラになったからかのう、お互いが引き付け合うゆうか、そんな感じやの」
寝ていないためか、ららんさんは本当にハイテンションだった。
そしてそのハイテンションのまま、試作品だが、出来上がった付加魔法品のことを説明してくれた。
まず偽装の付加魔法品だが、これはギームルからの依頼通りに仕上げることができたようだ。
名前を一文字と、ステータスの数値を二桁まで隠すことができるようになったのだとか。
次に通信の付加魔法品だが、これは本家の性能には遥かに及ばないが、それでも5種類の音を届けることができる物が仕上がったらしい。
途切れ途切れのノイズ混じりだが、ア・イ・ウ・エ・オの音を届けることできた。
ただ、ア・イ・ウ・エ・オの母音だけなので、言葉を伝えるというよりも、決まった合図を送る使い方になりそうだった。
当然、途切れ途切れの音なので、モールス信号として送ることも出来そうになかった。
こうして、様々な準備が進められた三日後。
ラティを囮の奴隷役として作戦が決行されたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ感想など頂けましたら嬉しいですや。
あと、誤字脱字も教えて頂けましたら……