まさかの――
約束の水着回ですっ!
三時間にも及ぶ厳しい取り調べの後、俺が解放されることはなかった。
さすがに遅い時間なので、葉月たちは帰ったのだが、ラティだけは戻って来たのだ。
そして彼女は一晩中、俺の首を責めてきた。
無言半目で喉笛に噛みつき、決して離れなかった。
下を向くことは出来ず、尻尾にも手が届かない状態。
宥めるように耳を撫で続けたが、首への責めは一向に終わらなかった。
思い起こせば似たようなことが前にもあった。俺が長い間逃走して捕まった後もそうだった。
あのときも俺の首を噛んでいた。そんでもって色々と喰われた。
ラティにとってこの喉笛噛みとは、俺への強い抗議の表れなのかもしれない。
犬や狼がやるあれと同じようなモノなのだろう。だから俺は、その喉笛噛みを甘んじて受け続けた。言い訳などはせずに、致すことも致さずに、ただ噛まれるがままにいた。のだが――
「眠い……」
一睡も出来なかった俺は激しい睡魔に襲われていた。
噛みつかれているときは全く眠気は無かったが、日が昇ってラティさんが部屋を出て行くと、脱力と共に一気に眠気が襲ってきた。
今日は予定がない訳ではない。
だが、急ぐ必要がある予定ではない。ノトスの街に帰るための準備、帰るために必要な物を用意する程度だ。
今日はもうこのまま寝てしまおうと、そう思ったその時、慌ただしい足音が聞こえてきた。
「ん?」
ラティならば猫が歩くかのような静かな音のはず。
小山だったらもっとがさつな音。やって来た足音の正体は――
「ジンナイさんっ! プールですよ! プールに入るですよですー」
「……は?」
イカっ腹が海に帰りたい的なことを言ってきた。
少し解釈が違うかもしれないが、大体あっているはず。
「なんかプールに招待されたですよですー」
「陽一君……」
「葉月、一体何があったんだ? このイカっ腹がプールとか抜かしてんだけど」
「うん、実はね。ゼピュロス公爵様から――」
サリオと一緒にやってきた葉月は、サリオが言うプールの経緯を話してくれた。
どうやらプールとは、ゼピュロスでは一種の社交場のようなモノらしい。
水の都であることを生かし、特別なプールで客人を持てなす風習があるのだとか。
葉月たちは前回ゼピュロス公爵からの誘いを断っていたため、今回のこのプールへの誘いを断り辛く、条件付きで参加を決めたとのことだった。
「――で、俺たちにも、と?」
「うん、折角だからどうかな~ってね」
「ジンナイさん、プールですよです! ひゃほいですよです」
プールに対し妙な憧れを抱いているサリオはほっとくとして、俺はどうしても嫌な予感がしていた。
葉月の出した条件とは、今回のプールに参加できるのは伊吹組などの冒険者たちだけ。貴族や、街の権力者などの参加は無し。身内だけで楽しみたいと言ったようだ。
そしてもしこの条件が飲めないのであれば、断るとも。
ゼピュロス側としては飲みたくない条件だっただろう。
だが建前は、竜の巣から帰還した勇者たちをもてなすこと。
その勇者たちが他の者の参加は控えてくれと言っているのだから、それを突っぱねるのはあまりにおかしい。
結果、葉月の言った条件が通ったのだが――
――絶対にアレだよな?
この異世界では風呂とか着替えは覗くモノって風習だよな?
絶対に…………やらかすよな、
俺の経験上、高い確率でノゾキに来るヤツがいると予想した。
そしてその被害に遭うのは葉月や早乙女たちだ。
俺が言うのも何だが、覗かれるのは間違いなく嫌だろう。
それにそれはとても面白くない……
( さて、どうすっかな…… )
着替えを覗かれるかもしれないから止めとけとは何か言い辛い。
特に最近俺がやらかしているのだから、俺からは余計に言い辛い。
ある意味説得力はあるかもしれないが、アレを思い出させることはしたくない。嫉妬組が再燃する可能性だってある。
だからとはいえ、それを言わないのもマズイ。
( う~ん、どうすっかな…… )
プール自体は悪いモノではない。
リフレッシュという点では良い娯楽かもしれない。
ダンジョンから帰ってきたのだから、そうやってはしゃぐというのは良いことだろう。
( でもなぁ…… )
眠気が酷いためか、どうにも思考が鈍い。
イマイチ考えが纏まらない。
「あっ、ラティちゃんにも教えないとです! 一緒にプールでひゃっほいですよですっ」
「あ、そうか!」
ラティが居れば問題は全て解消する。
彼女の【心感】ならば、そういった連中の感情を即察知できる。
どこぞの宿屋の息子の目を潰したように、覗こうとした連中の眼球を潰してくれることだろう。
何なら帯剣させるのもありだ。
ただ、さすがに剣を持ち込むのは厳しいだろうから、葉月たちの【宝箱】に入れてもらって、不測の事態が起きたとき出してもらえば良い。
「よし、ラティに話そう」
こうして俺は、眠気を引きずったままプールへと向かうことになった。
途中で水着を持っていないことに気が付いたが、なんと水着類はゼピュロス側が用意してくれていた。
そしてゼピュロス自慢のプールへと。
「まさか異世界にこれがあるとは……」
「うん、オラももっと異世界チックなプールがあるもんだと思ってたよ」
俺たちの眼前には、丸字型のプールが広がっていた。
プールの真ん中には、休むためのビーチチェアやテーブルなどが設置。そしてその横には給仕らしきメイドさんが立っている。
要は、丸い形の流れるプールがあったのだ。
「ねえ陽一クン。あれってどうやって流れを作ってんだろうね」
「あ~、たぶん魔法とかじゃねえの? 困ったら大体魔法だろうし。しかし、なかなか金が掛かってそうな作りだな」
流れるプールという点は少々俗っぽい感じだが、それ以外の所はなかなか洗練されたプールだった。
白い砂浜を連想させる白いプールサイドに、周囲からの視界を遮る観葉植物。
そして極めつけは、宮殿のような更衣室。
「あ、キタキタキタキタ!」
宮殿のような更衣室から、着替えを終えた女性陣が姿を現した。
「小山、気持ち悪いから興奮すんな」
「でも、でもっ、ほらアレ!」
興奮した目で指を差す小山。
かなり残念な醜態を晒しているが、確かに小山が興奮するのも分からないでもない光景がそこにあった。
「伊吹ちゃん、マジマウンテン」
「ひでえ感想だな……。でもまぁ、うん。間違ってはいないな」
伊吹は、紐を首に掛けるタイプの水着姿でやってきた。下はホットパンツ型。
胸元の全面が完全に覆われているタイプなので、残念ながら谷間は見えないが、それでもなお凄いマウンテンだった。
元気に手を振りながら伊吹がこちらに駆けてくる。
伊吹の横にはサリオもいるのだが、そちらの方はスルーしていた。
「陣内君、小山君~。あ、ガレオスさんも!」
伊吹に言われて振り向くと、俺たちの後ろにガレオスさんも来ていた。
「貴重なプールですからねえ、ちょっと楽しませて頂きやすよ」
「あ、伊吹組のメンツに、テイシも?」
「ん、聖女様に呼ばれたから、来た」
口数の少ない猫人冒険者テイシまでもプールに来ていた。
チューブトップ系のビキニ姿で、野性味溢れる日に焼けた肌を惜しみなく晒している。
「なんか武器を持ってないテイシって珍しい気がするな」
「ん、何か落ち着かない」
「あ、みんなもう着替えたんだ。ほら早く京子ちゃん、みんな待っているよ」
「ん?」
「おおおおおおおおお!!」
やってきた葉月の姿を見て歓喜の声を張り上げる小山。
小山以外のヤツらも、葉月の水着姿を見て全力でガッツポーズをしていた。
葉月の水着は、フリルが付いた淡い桃色のビキニタイプ。
足をパレオで品良く隠し、愛らしい清楚さを演出していた。
本当に葉月らしい水着姿だった。
伊吹が劣っているとは言わないが、葉月は全体の印象が抜きん出ており、まさにみんなの理想を体現していた。
全員の視線が葉月へと集中する中――
「お、おい、引っ張るな葉月。あたしはやっぱ帰る。大体何であたしがこんな場所に――って、陽一!?」
葉月に引っ張られてやってきたのは勇者早乙女。
肩紐ではなく、首の後ろで結んでいる大胆な黒のビキニを纏っていた。
その黒色の水着は長い足をより長く見せており、可愛いというより綺麗。愛らしいというよりも格好いい。そんな印象を与えていた。
「お、大人だなぁ早乙女さんは……エロいっ」
本能丸出しの感想を述べる小山。
「そ、それに大っきいっ!」
本当に本能丸出しな感想を吐いていた。
あまりに露骨なので、一応フォローに動く。
「小山、あんま見てやるな。それと無事に着替えたってことは、何も問題はなかったようだな」
もし何かあればこうやって来ているはずがない。
きっとノゾキ野郎はいなかったのだろう。一番危険なヤツがここにいるためかもしれないが……
「さてと、じゃあ俺は御役御免だな」
「あ、陽一……」
早乙女が何か言いたげだったが、眠気がキツイのでスルーをした。
話をしたらきっと面倒なことになる。絶対に嫉妬組が反応する。
プールを渡った中央にはリクライニングビーチチェアがあるので、俺はそこで横になることに決めたが――
「あ、ラティちゃんも来たですよです!」
「なぬっ!」
ラティには見張りだけを頼んでいた。
プールにはあまり興味を示さず、どちらかというと嫌そうだったので、ラティには葉月たちの護衛だけを頼んだはずだった。
「………………おい。誰だ、ラティにアレを着せたのは」
「……」
葉月が分かり易くスッと目を逸らした。
きっと犯人は葉月なのだろう。ラティにスクール水着を着せた犯人は。
「あ、あのご主人様。あまり見ないでいただけましたら……」
「あ、ああ……すまん」
紺色のスクール水着を着たラティは、身を捩るようにして視線から何とか避けようとしていた。
普段は見られないその仕草に少し萌えてしまう。
「陽一くん、一応言っておくけど、ラティちゃんがコレが良いって言ったんだからね。本当はもっと可愛いのを着て欲しかったんだけど……」
葉月は人に似合っている物を勧めるタイプだ。だから彼女が言うように、ラティが着ているスクール水着は葉月が勧めて着せた物ではないのだろう。
大方ラティが露出の激しいビキニタイプを避けて、出来るだけ生地の多い物を選んだ結果なのだろうと予測する。
だがしかし――
「葉月、アレを選んだのはお前じゃないかもしれないが、あの名前を書いたのはお前だろ。あとラティに水着を着せたのもお前だろ」
「あ、やっぱ分かったかなぁ。折角名前を書く場所があったから書いておいたんだ。それにね、折角のプールなんだからみんなで楽しまないとだし」
そういって『てへ』っと笑う葉月。
ラティが着ているスクール水着の白いネームプレートには、「らてぃ」と名前が書いてあった。
「ったく、ラティを巻き込むなよ……」
「ごめんね、陽一君」
ラティと早乙女は断り切れず連れてこられた口のようだった。
早乙女の方は帰ればいいのに、チラチラと俺の方を見ていた。
「まあ、いいか……」
こうして俺たちは、全員でプールを楽しむことになったのだった。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ、感想など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字も……