謝罪?
すいません、かなり遅れてしまいました。
幻聴が聞こえたのかと思った。
あの橘が『殺したいの』ではなく、『謝りたいの』と言ってきた。
俺は伊吹に連れられてこの場に来た。
そしてその場に橘が居るのを見て、一瞬、罠に嵌められたのかと考えた。
この異世界では呼び出しイコール罠なのだ。
相手が伊吹だからと完全に油断をして、俺は迂闊にもこの場にノコノコとやってきてしまった。ある意味やられてもおかしくない。
だから『謝りたいの』と言う橘の言葉に、俺は一瞬放心しかけた。
コイツがそんなことを言うはずがない。俺を油断させるための演技かもしれないとすら思った。だがいつもの勝ち気な目ではなく、明らかに落ち込んだ瞳だった。
俺はその瞳を見て、罠や幻聴ではないと気付けた。
そもそも伊吹が橘に頼まれてこんな事をするはずがない。
やはり最初に感じたように、伊吹がこの場をセッティングしたのだろう。
それに第一、橘がこんなしおらしい演技ができるはずがない。
「謝りたいの」
「……何に対しての謝罪だ?」
確かにコイツには謝ってもらいたいことが山脈やマウンテンのようにある。
しかし、全ていまさらだ。
いまさら謝られても、それを受け入れるつもりは毛ほどもない。
「色々と……ある」
「はっ、それが謝るヤツの態度かよ。何に対しての謝罪かも言わず、誰かに言われたから謝るってか? どうせ伊吹辺りに言われたんだろ。そんなクソみたいな謝罪なんて要らねえよ。むしろ迷惑だっ」
「ち、違うっ それぐらい自分でちゃんと考えたわよ。人に言われたから謝るじゃないっ」
「ほう、じゃあ、何で謝るんだよ。何が目的で謝るんだ? まさか『反省しました』とか愉快なことを抜かすつもりじゃねえだろうな?」
「――っ! ええ、そうよ。反省……なんかじゃない。許して欲しいからよ…………由香に」
「清々しいほど正直だな。いや、お前らしいか」
瞳に僅かな力が戻ってきているのが見て取れた。
さすがに刺々しさはないが、先程のしおらしさは薄れてきている。
話しているうちに調子を取り戻したというべきか、瞳に力が戻りつつあった。
( ――だからって、させっかよ )
「はっ、もう反省の色は無しか? じゃあここで終わりだな」
「ま、待ってっ。待って……ください……」
俺は芝居がかった仕草で帰る振りをした。
それを見て即座に懇願してくる橘。眉をハの字にして力のない瞳へと戻った。
「……舐めた真似をしたら帰っからな」
「はい……」
「なら聞いてやるよ。正直に話せ、謝罪をしに来た訳を。いいか? 下手に取り繕おうとしたって無駄だからな。正直に話せよ」
俺は、橘に立場を改めて認識させてから話の続きを促した。
橘は促されるままに、謝罪をしにきた訳を正直に話してきた。目を逸らしながら話す彼女の言葉を遮らずに聞き続けた。
「さすがと言うか……」
橘の謝罪の真の目的は、謝罪をすることでケジメをつけ、その『謝罪をした』というモノを掲げて葉月に謝ることだった。
今の葉月は取り付く島もないようで、とても話し掛けられる雰囲気ではない。
だから『謝罪をした』という、葉月と話す切っ掛けが欲しかったそうだ。
私たちはちゃんと謝れば許してもらえる関係だと、そうも主張もしてきた。橘のいう私たちとは、葉月と橘のことだろう。
「……お前ってホント清々しいほどアレだな」
この女は本当にアレだ。本当に自分勝手過ぎる。
確かに、正直に話せとは言ったが、予想以上に正直に話してきやがった。
反省や取り繕う気など一切なく謝罪の目的を吐露してきた。
「アンタ――いえ、貴方が正直に話せって言ったんだ……言ったんでしょう」
「まあ確かにそうだな。取り敢えずアレだ、お前の謝罪は受け入れない。受け入れる理由もメリットも無ぇしな。じゃあ解散」
「待ってよっ。正直に話したし、ちゃんと謝ったじゃない。言わせるだけ言わせて……そんなの卑怯よ」
「はあ? どこがちゃんと謝ったってんだよ。頭すら下げてねえよな? ついで程度のすいませんしか言ってねえじゃねえかよお前はっ」
「――っ!」
はっとした顔をしているが、コイツは促されるままに話しただけだ。
ある意味面白いから遮らずにいた俺も悪いが、それにしたって酷かった。前を向いて謝罪の言葉を言っていないのだ。どこぞの悪ガキのように、そっぽを向いて『サーセン』と言った程度。
だからもう立ち去ることにした。が――
「ちゃんと話したじゃないっ。黙らないでちゃんと話したじゃないっ。謝るわよっ、謝ればイイんでしょ!」
「――ッ」
無様に縋る橘を見て、スカッと溜飲を下げて去るつもりだった。
だが、黙らないで話したという部分に怒りを覚えた。
ずっと奥底の方に沈んでいたモノが、ふつふつと湧き上がる。
もう浮き上がってくることはないと思っていたのに、腹の奥底の方から、赤黒い感情が沸騰でもするかのように蘇った。
「おい、吐き出せただけマシだろ。いいか? 一番つれぇのは話せないことだ。何も吐き出せないことが一番つれえんだよ。お前には分からねえだろうな、言いたいこと、叫びたいことを言えない悔しさと屈辱を……」
「は? アンタ何を言って――っ!?」
「へえ、何か分かったんだ。よく思い出したな」
「あれは、あのとき、ワタシは悪くないっ」
「ああ、確かにそうかもな。俺を押さえつけていたのは八十神と椎名だ。そんで俺を魔法で黙らせていたのは葉月だ。で、蔑むように見下ろしていたのはお前だったな」
思い出したくない記憶が蘇る。
当時の記憶に引っ張られ、衝動のままにぶん殴りたくなってくる。
コイツの顔を見てるとうっかり手が出そうなので、少しだけ視線を逸らした。
「ご、ごめんなさい。あのお爺さんに言われて、それで……あんなことをしてしまって」
「……間違いだったって認めんだな?」
「はい、あの狼人の子に…………違うって言われていました」
「へえ、ちゃんと認めんだ」
「はい、だから、だから謝罪を…………そうしないと由香と話せない」
突然の変わりように面食らったが、やはり橘は橘だった。
ここまで来ると一周回って感心してしまう。
コイツは葉月のためだったら泥でもすすれるタイプなのかもしれない。
俺はコイツの歪んだ一途さを見て、不覚にも毒気が抜けてしまった。
本当に清々しいほど自分勝手なヤツだ。誰かが犠牲になっても一向に構わないタイプだろう。だから俺は、コイツを突っぱねるよりも、もっと良い方法を思いついた。
「橘、お前の謝罪を受け入れてもいい。但し条件がある」
「えっ!? まさかアンタ……いやぁ」
「お前っ、ふざけんな! いまお前が考えたようなことじゃねええ!」
この女は、俺の視線から身体を隠すように身を捩った。
口にすることすらおぞましいことを考えやがった。
その証拠に、俺がそれを否定するとあからさまにホッとした表情を見せた。
俺にはラティがいるのだ。どうしたらそんな考えが浮かぶのか懇々と説教をしたくなる。むしろ罰ゲームの部類だ。
「んっ、いいか? まず一つ目、ラティのことを公爵とかに訴えるなよ。間違っても保護法に掛けるような真似はするなよ」
「……手を切り落とされたってのに?」
「おい、お前は俺を消し飛ばそうとしたことがあるよな? 魔王との戦いのときのあれだ。それに対しても謝ってもらおうか。まさかアレは偶然でしたってまた抜かすつもりじゃねえよな?」
「――っ、はい、申し訳ありませんでした……すみませんでした」
「ふん、じゃあ二つ目だ。橘、お前はどっかのアライアンスに入れ。そんでそこで真面目にレベル上げをしろ。魔石魔物を相手に経験を積め。自分で作ったアライアンスじゃ意味ねえからな」
「え? レベル上げを……?」
「ああ、そうだ。魔王は強いはずだ。少しでも勝率を上げるためにレベルを上げろ。深層魔石魔物を相手にしろとは言わないが、上位魔石魔物ぐらいなら倒せるようになっておけ。ただデカいだけのWSなんて他のヤツでも撃てる、自分が特別だとか勘違いすんなよ。それは竜核石のお陰だからな」
俺はそう言ったあと、ちらりと周りに目を向けた。
少し離れた場所で、伊吹とガレオスさんがこちらを見ていた。
何かあったときにすぐ駆け付けられるようにしているのだろう。
「そうだな。伊吹組がいいか。あそこならお前を甘やかしたりしないだろ。橘、この二つを呑むならお前の謝罪を受けたことにしてやってもいい」
「……分かった。それでいい」
「じゃあな、これで終わりだ」
「……待って」
「ん? まだ何かあんのかよ」
もう話は全部終わったのだから、戻って横になろうと考えていた俺を再び呼び止めてきた。まだ何かあるのかと、うんざりした思いで橘を見る。
「ねえ、あの子の所にいくの?」
「……だとしたら?」
あの子とはラティのことだろう。
何故か橘は、ラティのことを名前で呼ばない。
「ねえ、由香の…………想いは知っているのよね」
「……………………さあな」
俺は曖昧な返事を返した。
これは答えない方が良い問いだ。そして答える必要のない問いだ。
「由香に言われたの」
「はぁ?」
「由香に言われたのよ。ワタシは八十神とか椎名君が相手なら、ワタシは由香を諦められるって言ったら……」
「ん? 何のことだ?」
「――だからっ、ワタシが由香を諦めるために、あの二人みたいに相応しいのを相手にしてってお願いしたのっ。……そうしたら、すごく怒られた」
「マジでなんじゃそりゃ? 何が言いたいんだ?」
橘が喚くように言ってきた。
話す内容は色々とぶっ飛んでいるし、とんでもないカミングアウトも交ざっている。一応知ってはいたが、まさか本人から聞かされるとは予想外だった。
「由香は諦めないってっ、絶対に諦めないって……そんな理由で諦められるものじゃないって。ワタシと一緒にしないでって言われたの……」
「いや、だから何を――」
「アンタにはあの子がすでにいるっ、だから由香には……でも、由香はアンタのことを――」
「――それ以上言うなっ!」
俺は強い語気で言葉を遮った。
それ以上言わせまいと、射殺す勢いで橘を睨みつけた。
「っく、何でよ! 何で応えてあげないのよ!」
「はあ? 何のことか分からねぇな。第一、葉月の想いを勝手に誰かに明かして良いのかよ。葉月がそう言えって言ったのか? 違うだろ? 葉月が誰のことをどう想っているのか知らんが、それは勝手に明かしていいもんじゃねえだろ」
「……アンタ、マジでそれを言ってんの?」
「ああ、大マジだ。だって葉月はその想いとやらをそいつに言っていないんだろ? だったら分かる訳ないし、俺には関係のないことだ」
「っこの、卑怯者! 絶対に、絶対にアンタなんかに由香は……もういいわ」
ドスドスと音を立てるようにして橘は去っていった。
もう完全に元に戻った気がする。
だが俺は、それはそれで良いとも思っていた。
アイツにはまだ役目がある。凹んだままでは価値が下がって困るのだ。
「誰が犠牲になっても構わないタイプか……俺と同じだな」
我ながら酷いヤツだと自覚する。
俺は魔王候補を増やすために、ここで橘に挫けてもらっては困るとした。
だからヤツには価値を高めてもらう。
価値の基準は分からないが、レベルが上がればきっと価値も上がるはず。
それに橘は、魔王を倒すために貢献をしているし、何より真の勇者の紋章もある。他の候補者よりも期待できる。
だから俺は、大切な人を守るために橘を利用する。
そして、葉月の想いとやらからも目を逸らす。
答えはもう決まっている。だが、わざわざ答えを出す必要のないことだ。
触れる必要のないことだ。そうすれば誰も傷つく必要などはないのだから。
「……卑怯者か。確かにそうかもしれないな」
一人は真摯に想いを告げてきた。
一人は想いを告げる勇気がないヘタレでポンコツ。
そしてもう一人は――
この野営から三日後、俺たちは無事地上へと帰還したのだった。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ感想や感想、感想など頂けましたら幸いです。
あと、誤字脱字のご指摘も。