奴隷(改稿版
仲間を探しに奴隷商に訪れた陣内陽一
10/4 ラティに【天翔】を追加
酷くすえた臭いが立ち込める薄暗い店内。
そして壁一面には、鉄製だと思わしきの檻が並んでいる。
冒険者が仲間を集める場所と言えば奴隷商。
( きっと、多分間違ってない! )
今後この異世界で生活や冒険をしていくのであれば、こちらの異世界の知識や常識が必要であり、戦闘においても仲間が必要だと感じた。
そのために俺は、この奴隷商に訪れたのだ。
――必要条件は、
知識と【鑑定】持ちで女の子で、戦闘も可能で女の子で、
予算金貨九枚以下の女の子の奴隷だな。
自分でもこれは酷いと思う程の希望。いかにも思春期の男子らしい希望を掲げていると、店の奥の方から声を掛けられる。
「これはこれは。ご主人様の希望者様で御座いましょうか?」
ターバンを頭に巻いた四十代ぐらいの、褐色肌の男が俺に話しかけてきた。
「ワタクシは奴隷商のオーレと申します。このたびはどの様な商品をご希望でしょうか?」
奴隷商というぐらいだから、俺の中では下卑た表情を浮かべるイメージがあったのだが、目の前の奴隷商はそんなことはなく、とても誠実そうな顔を見せていた。
「えっと……少し奴隷を見せて欲しいのですが、イイでしょうか?」
(やべぇ、深く考えずコンビニ感覚で来ちゃったよ )
「どうぞどうぞ。現在ご用意できますのは、其方の檻に居る分だけに御座います」
「は、はい、ちょっと見せて貰いますね」
(あ、嫌な汗が出てきた……)
商品として並んでいた奴隷の人数は九人。皆が【首輪】をしており、そのうちの五人は男だったので、選ぶべきは対象は四人に絞られた。
そして四人のうち三人は、見た目も肌も綺麗だったが、奥の方にいる最後の一名は、酷い汚れと無数の傷だらけの姿であった。
しかし何故か、その傷だらけの奴隷が一番綺麗に見えた。赤色の【首輪】をしていている十五才ぐらいの少女。
その姿は酷く汚れてはいるが、立ち姿には品性を感じさせ、厳かな凛とした雰囲気を纏っており、何故か俺は彼女に強く惹かれていた。
――綺麗……あれ? 獣耳?
まさかこれって獣人とかって奴か⁉ 本当に獣人なのか?
あ、そうだ値段は、
値札を探してみるがどうにも見つからない。これは奴隷商に聞くしかないのだと思い、俺は奴隷商に値段を訊ねた。
「あの申し訳ないのですが、値段ってどんな感じなんでしょうか?」
「右から金貨五十枚、金貨六十八枚、金貨五十五枚になっております」
(――やっぱ高い! あれ? でも、あの子は……)
「あの……一番汚れている子は?」
「これは失礼しました。彼女は特殊ですので、お求めにはなられないかと思っておりましたが……。彼女は赤首輪奴隷なうえに狼人ですよ?」
「えっと、それはどういう事で……?」
奴隷商の男は、狼人の彼女の説明をしてくれた。
【狼人】の獣人は、極端に人気が無いこと(犬と猫の獣人は普通に需要がある)
【狼人】の獣人は、忌避され差別の対象であると(世間体を気にする貴族には特に忌避される)
【赤色の首輪】は、性奴隷行為を拒否する権利を有した奴隷である(奴隷が安くなる要因)
一応奴隷にも多少なりの権利はあるらしく、他には重労働や戦闘行為や体罰禁止など、この世界では奴隷狩りなどが禁止されている為、基本的に親が子を売るか、もしくは何かしらの理由で、自分自身を奴隷として売るの二種類しかないそうだ。
その為、性奴隷拒否権利を持つと安く買い叩かれ、子を売る親としては、売値が安くなる為に赤首奴隷として売られる者は少ないそうだ。
なんとも言えない、そんな内容の説明を俺は受けた。
「――ですので、お値段は金貨八枚となってお「買います買います買います!」……はい」
気が付くと俺は、かなり食い気味に即答をしていた。
値段も買える金額でありこれを逃す手は無い。悩む理由はどこにも無かった。
俺は金貨八枚を奴隷商に叩きつける勢いで手渡し、彼女の購入を決めていた。
(あ、【鑑定】とか知識とか、戦闘がこなせるとかの確認を忘れてた……)
「では、こちらで奴隷契約の儀式を行ないます。彼女の首輪に指を触れて下さい」
檻から出された彼女の首輪に、俺は恐る恐ると手を伸ばす。
彼女が顔を横に傾け、首輪を突き出すような仕草を見せて鎖骨が強調される。その首を傾げる仕草も相まって、俺はかなりドキリとさせられる。
(あ、すっごいドキドキする……)
俺が彼女の首輪に触れると、位置的に反対側から奴隷商も彼女の首輪に触れた。
反対側から触れている奴隷商が目を瞑り、何か瞑想のようなことをしていると、触れている首輪から熱のようなモノが自分の指に流れ込んできた。
そしてその流れて来る熱が収まると、奴隷商が奴隷契約の儀式の完了を告げてきた。
「これで彼女の所有権利は貴方様に移りました。ただ注意点が御座いまして、性奴隷行為に関しては、彼女には拒否権がありますのでお気をつけ下さい。もし違反されますと、強制的に奴隷を没収とさせて頂きます」
「は、はい、分かりました」
――ベベッべ別にそんなつもり無かったしぃ?
【鑑定】とかそういったモノの要員だしぃ、
残念なんて全く思ってないしぃ……
俺が心の中で強がっていると、奴隷商は次に、奴隷の首輪の説明を始める。
「この【奴隷の首輪】は、心の中で念じるだけで首を絞めるように縮みます、強く念じればそれだけ強く縮みますのでご注意を。それと寝込みを襲われる対策として、貴方様が死にますと、奴隷の首輪が絶命するまで縮みますので、その点はご安心ください」
その後も奴隷が首輪に触れても縮むなどの、そういった取り外し妨害機能や、他にも色々と説明を受けた。
「では、またのお越しをお待ちしております、ご主人様希望者様。あっと! もうご主人様でしたね」
奴隷商なりの決め台詞なのか、そんなワザとらしい見送りの挨拶を受けて、俺は奴隷商の館を後にした。
――ああ、この世界に来て初めてまともの相手にされたのが、
なんか奴隷商な気がするな……ちょっと複雑だな、
そんな感想を浮かべていたが、横に立っている奴隷の子が視界に入り、俺は大事なことを思い出した。
「あ、えっと君の名前は? 確かまだ聞いてなかったよね。あとステータスプレートも見せて欲しいんだけど」
「はい、ご主人様。名前はラティと申します。そしてこちらがステプレです」
(むむ、ステータスプレートってステプレって略して言うのかな?)
名前 ラティ
【職業】奴隷(赤)(陣内陽一)
【レベル】6
【SP】82/82
【MP】110/110
【STR】11
【DEX】16
【VIT】12
【AGI】23
【INT】9
【MND】14
【CHR】20
【固有能力】【鑑定】【体術】【駆技】【索敵】【天翔】【蒼狼】
【魔法】雷系 風系 火系
「よかった【鑑定】を持っている! それにちゃんと魔法もSPもあるな」
「?? あの、どういう事でしょうかご主人様?」
困惑した表情を浮かべ、奴隷少女のラティが俺にそう尋ねてきた。
「えっと、まずは俺のステータスを【鑑定】で見てくれると分かり易いかな」
ラティが不思議そうな顔をしながら、【鑑定】を発動させる為に両方の手のひらを逆向きにして、指でカメラのフレームのような四角い枠を作る。
( あ、このやり方の方がカッコイイな )
名前 陣内 陽一
職業 ゆうしゃ
【力のつよさ】4
【すばやさ】6
【身の固さ】5
【固有能力】加速(未開放)
「――ッ!!」
訝しむように半目だったラティが、俺のステータスを見て目を見開く。
「見ての通り俺は【鑑定】を持っていなくて困っていたんだよ」
「あ、あの! そうでなくて、ステータスがその、ちょっと大変な事になっていますが……」
「まぁ、ちょっと独特らしいね……」
俺はラティからの強い視線に、思わず目線を横に逸らしながら答える。
「あ、あの、【ゆうしゃ】というのは?」
「それは見なかった事にして下さい!」
誠心誠意真心とか切なさとか色々込めて、俺は深くお辞儀をしてまでお願いした。
「――は、はい分かりました、ご主人様」
少々のドン引きはされたが、【ゆうしゃ】の事には触れないでいてくれる様子。
俺はそれにこっそりと安堵した。
何故ならそれは劣等の烙印のような気がしたから……。
「取り敢えずは、今後のことを決めたいけど……まず着替えとお風呂とかかな? あ、あとは食事か」
俺はラティを連れて雑貨屋と洋服屋を回った。
店に入ると露骨に嫌な顔をされたが、汚れた奴隷の少女を連れまわしているのだから、それは仕方ない事だと甘んじて受けた。
店側は、取り敢えず早く帰ってもらいたいのか、こちらが予算を提示すると、革の鎧と安そうな衣類などを投げつけるような感じで寄越された。
文句の一つでも言いたいところではあったが、汚れている奴隷を連れまわしているという非があるので、文句は言わず店を後にした。
そして手頃そうな宿屋を探す。
見つけた宿屋はあまり高級そうではない普通の宿屋。この異世界での知識が無い俺は、ラティにそれとなく宿の事を尋ねる。
ラティ曰く、普通の宿屋だということなので、俺はこの宿屋に決めた。
「スイマセン二名で泊まりたいのですが、二部屋お願い出来ますか?」
(まだお金はなんとかなるよな……)
俺が頭の中で残金を計算していると、宿屋の従業員らしき女性が眉間に皺を寄せながら口を開く。
「んん? その首輪は奴隷じゃないか。ウチは奴隷には部屋を貸せないよ。だから一部屋にしておくれ」
俺達を対応してくれたのは女性は、オブラートに包んで言うと恰幅の良いオバサン。そのオバサンに険のある態度を隠そうともせずに、一つの鍵を渡してきた。
「部屋は一人部屋の一室だけだからね。泊まりは一人銀貨三枚、それで風呂を使うなら追加で銅貨五十枚だよ」
俺は銀貨七枚を手渡す。部屋への案内は無かったので、鍵に刻まれた番号を頼りに部屋を見つける。
部屋の番号は二十一番で、なんとなく嫌な番号だった。
二階の借りた部屋へ入り、俺はまずラティに。
「ラティさん、先にお風呂でもどうぞ」
「あの、わたしは赤色首輪なので、その……」
「!! いや違うからね? その汚れてたから純粋に綺麗になって欲しいだけだからだから! ってこれも失礼かっ」
( 察しましたよ! 超察しましたよ! でもホントに違うからね )
二人でお風呂場に移動する。ちゃんと男女分かれた入り口になっており、元の世界にもあった風呂場っぽい作りであった。ただ――
――くう、
地味に混浴のワンチャンあるかと期待してたのに……
だけどまぁ、あったらそれはそれで困るんだけどな、
俺はすぐに風呂を上がり、先に部屋で一人落ち着かずに待っていると、暫くしてからラティも風呂から戻って来た。
その戻って来たラティは、風呂に入り汚れを落とした事でかなり綺麗になっていた。そう綺麗に。
「ラ、ラティ……?」
暗い亜麻色の髪を背中まで下ろし、切れ長の目に藍色の瞳。
少し眠そうなのか、それとも元からなのか目蓋が僅かに下がっている。
身長は百五十センチ位、凛とした綺麗な姿勢で立っているので、形の良さそうな膨らみが上向きに主張しており、なんとも目線に困った。
( 顔立ちは可愛い系なのに、妙に艶っぽくてドキドキするな )
「お風呂から上がりました、ご主人様」
「あ、ああ」
(落ち着け俺! まだ立て直せる!)
「あの、新しい着替えまで買って頂きありがとう御座います、それにお風呂までも」
ラティは先ほどの洋服屋でも丁寧にお礼を言っていたが、着替えた後でも律儀にまたお礼を言ってきた。
「そんなに気にしないで、それでさっそくだけどラティに聞きたいことがあるんだ」
(よし立て直した!)
俺は無駄な葛藤を終え、まずラティに自分の状況を説明する。
この異世界に召喚された事、そして【鑑定】と戦闘に協力をして欲しい伝えた。
他には、この異世界の事などを彼女に質問していった。
「あの、そうですねぇ。【鑑定】が無いと敵の強さも見極められませんし、装備品の効果も解らないですからねぇ」
(んっ? いま、大事なこと言った!)
「ラティ、装備品とかも【鑑定】で性能が解るのかい?」
「完全に解かる訳ではないですが、ある程度は解りますねぇ。例えばその皮の鎧ですが、えっと、そこそこの粗悪品である事が解ります」
今は脱いで椅子に放置してある革の鎧を、ラティは【鑑定】をしてくれてその結果を俺に伝えてくれた。
――ぐうう、
粗悪品売りつけられてたのか、
くっそ! もうあの店にはいかねぇ!
「あの、後はその木刀も……ッ!? その木刀は【世界樹の木刀】? みたいですけど、凄い名品のようですねぇ。攻撃力などが高い訳では無いみたいですが、実体の無い物も切り裂けるみたいですねぇ。あとアンディット系にも有効みたいですね。あとは破邪? の力が備わっています」
「えっと……この異世界って世界樹とかあるの?」
(これは葉っぱを取りに行く必要があるな! 冒険者的に!)
「あの、今はもう無くなりました、というよりも、【初代勇者】が【世界樹】を切り倒したという伝説が残っていますねぇ」
「っはぁ? 馬鹿なの【初代勇者】って、それ切ったら駄目そうだろ!」
「あの、どうなのでしょう? もう千年以上前の事なので詳しくは……」
その後は、ラティにはこの異世界の事や戦闘時の事、それと興味があったのでラティの事も尋ねた。
こちらの世界の呼び方が、そのままイセカイと言うことや 。(初代勇者が異世界と名付けたらしい)
この異世界での価値観などは、【歴代勇者】が大きく影響していると教えてくれた。(言葉や文字、風呂文化なども)
そしてその一例として。
犬系の【獣人】は耳がタレていないと駄目であり、それ以外は価値無しとなったそうだ。
そしてその煽りを受けたのが【狼人】、狼人の耳がピンと張っているのが否定され、その結果、迫害のような差別を受けることになったそうだ。
因みに、猫系の【獣人】は逆に耳が張ってないと駄目らしい。
――馬鹿なの歴代勇者達は!
お前達の嗜好で【狼人】が超とばっちり受けてるよ!
マジでどうなってんだこの世界は、あ、イセカイか、
次にラティの身の上話は、【異世界】である事を再認識させられ、そして自分への戒めになった。
十一才の時、寝てるうちに【赤色の首輪】奴隷として実の親に売り飛ばされ、そのまま奴隷となったらしい。
そして【狼人】であるが為に、一般的な買い手である貴族や商人達には、世間体を気にする為に買われず、値段が低いこともあって、粗野な冒険者達によく買われていたそうだ。
その冒険者に買われてからは、【狼人】である為に扱いは酷く、壁役や囮役などの危険な役目ばかり。その後は買い取られてから一ヶ月もすると、ほぼ全ての主から性奴隷行為を強要され、当然拒否からの逃走、そして奴隷商に回収される繰り返しを、約三年間も続けたと彼女は語る。
その話を聞いて、『十一才に手を出してるのか!』と、俺が呆れつつも憤っていると、【歴代の勇者】が女性には十才から手を出すべきだと、そう推奨していたとラティが教えてくれた。
(【歴代勇者】の業が深淵過ぎる……)
俺はラティからの話を聞いて、ある事の確認を行った。
「えっと、ラティは結構経験豊富なんだよね? さっき三年間って言っていたし」
「あの、豊富な経験とは何を指しているのでしょうか?」
「――ッ!? スイマセン! 魔物と戦う方です」
思わず謝ってしまった。
とても童――には上手い切り返しが出来なかった。
「あの、三年間戦って来たので、単純な戦闘でしたら問題はありません。ただ、流石にダンジョンなどはキツそうですが……」
「良かった、それなら明日から戦闘をお願いしたい。少しでも経験値を稼ぎたいんだ」
「はい、分かりましたご主人様。では明日は、外で魔物狩りですねぇ」
「うん、よろしく。それじゃちょっと遅くなったけど夕飯でも食べに行こうか、確か下で食堂やっていたよね」
俺はラティを連れて、宿の一階で営業している食堂へと向かう。
食堂に入ると、清掃作業中だったのか、先程受付をしていたオバサンがテーブルを拭いており、俺は丁度良かったと声を掛ける。
「スイマセン、一番安い食事を二人前で」
「ッチ、悪いけど【狼人】には食堂を使わせないよ。部屋に持って行くからそっちで食べておくれ」
「――ッな!?」
思わず声が漏れる。
頭の中はカッとなり、視界が歪み揺らぐような感覚に覆われた。
だが視界の隅に、悔しそうに落ち込むラティが目に入り、俺は冷静な感情を取り戻した。
理不尽な仕打ちに達観して諦めるのはなく、悔しさに耐えている姿。
何故か、何かが強く惹かれた。
ただ、何に惹かれたのかは解らなかったが……。
「じゃあ、部屋に戻ります。料理出来たら配膳お願いします」
感情を抑えた声で注文をし、俺とラティは部屋に二人で戻る。
( くそ、これが奴隷商が言ってたヤツか……)
部屋に戻り、暫くすると食事が届けられた。
その届けられた食事は、なんと肉ジャガっぽい食べ物だった。米も普通に付いており、ちょっと驚きであった。
( 歴代勇者達の影響だろうな、この食文化は )
そして食事を終え、今日はもう寝て終わりとなった時に、大きな問題が発生した。
もう就寝の時間なのだから、いざ寝ようと思ったのだが、部屋にはベッドが一つだけ。二人分の料金取られてるにも関わらず、部屋にはベッドが一つだけの状況。
「えっと……ラティさんがベッドを使って下さいですよです」
過度の緊張からか、らしくない口調が出てしまう。
「あの、ご主人様がお使い下さい。わたしは床で問題ありませんので」
「いやいやいやっ、女の子が床で寝て、男の俺がベッドで寝るとか出来ないから!」
「いえ、ご主人様がお使い下さい。わたしは奴隷ですので、どうかお気になさらず」
その後、色んなやり取りがあり、お互いに譲り合った結果、ベッドを挟んでお互いに硬い床で寝ることとなった。
何と言うべきか、奴隷少女のラティは結構意地っ張りな子だった。