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狩るモノ再びっ

 全員が見ている中、勇者橘は堂々と小屋を【宝箱】の中に収納した。

 右の手のひらに、空間を細く歪ませるようにして吸い込まれていった小屋。


 誰がどう見ても、橘が小屋を収納したことは明白だった。

 だが――


「おい、確か……生きている物は収納できないんだよな? どうなってんだ?」


 もうかすれかかった記憶だが、確かあのときギームルは、生きている物は【宝箱】に入れられないと説明していた。

 他にも、水などの液体も入れられず、ある程度の固形物でないと駄目だったはずだ。

 

 ただ例外として、瓶などに入れられた状態なら、液体でも収納することができると言っていた記憶がある。


 すぐに他の勇者たちを見た。

 俺には【宝箱】がない。だから単に俺が知らないだけなのかもしれないと、そう思って勇者たちを見たが、伊吹と小山も驚いた顔を見せていた。


 と言うことは、伊吹たちも知らないのだろう。

 少し離れた場所では、早乙女がサリオの頭に右手を乗せて、『アレ?』といった顔をしている。


 大方あのポンコツのことだから、サリオが【宝箱】に入るかどうか確かめたのだろう。

 迷わずに人体実験を行う早乙女に戦慄するが、今はそれよりも――


「橘、どういうつもりだ……。それに、何で葉月を入れることができた。【宝箱】に人を入れることはできないはずだろ?」

「……ええ、普通なら無理ね。でも、ワタシなら可能なのよ。瓶とかガラスで全部覆うと、生きている人でも入れることができるのよ」


「さっきの小屋はガラスだったのか!? いや、内装をガラスで覆ったのか?」

「ふん、そういうことよ」


――なるほど、だから小さい小屋だったのか、

 無駄に大きいとガラスを用意するのが大変だよな、あと扉も……

 ってか、それよりもっ、



「橘、葉月を解放しろ。お前がやってることは勇者の監禁だ。お前が勇者じゃなかったら完全に保護法違反だぞ。葉月を早く出せ」

「いやよ、由香はこのまま連れて行くんだから」


「アホかよ……」


 この女は状況が見えていないのか、それとも最初からそんなものは気にしていないのか、自分の意思を押し通すつもりのようだった。

 

 前から我の強いヤツだったが、さすがにここまで酷くはなかったはず。

 ただここ最近、この前、俺が記憶喪失になった辺りからどんどん酷くなっていった気がする。それが今爆発したと言ったところだろうか。


 視界の端では、ガレオスさんからの指示なのか、伊吹組の連中が橘を囲むような配置に着いていた。シキは今にも魔法を放ちそうだ。

 そして当然、例の5人の背後にも回っている。


「橘さん……」

「どうしよう、陽一クン。さすがのオラにもこれは無理だ」

「……なあ橘。逃げられると思っているのか?」

「逃げる? 何でワタシが逃げないといけないのよ。ワタシはただ帰るだけよ。逃げるとかじゃないわ」


「だったら葉月を出してからにしろ」

「嫌、由香はワタシと一緒に帰るのよ。こんな危ない場所にたった30人ちょっとでいること自体がおかしいのよ。それに、強姦だけじゃ飽き足らず、お風呂まで覗くようなヤツがいる場所に由香を置いていけないわ」


「――っぐ、昨日のは事故だけど……確かにそれがあったのは認める。だがな、強姦ってのはしてねえっての。まだそれを言い張るのかよ」

「ふんっ、本当は他所でやってんじゃないの? 大体男なんてみんなケダモノなのよ。アンタが一緒にいると由香が穢れるわ」


 コイツは俺を煽っているのか、それともこれは素なのか、橘は憎悪を滾らせた目で罵倒してきた。


「ワタシは絶対に認めない、八十神や椎名君ならまだ諦めがつくわ。でも、アンタなんか絶対に認めないっ」

「あん? 何の話をしてんだよ。解るように言え。ってか、いま関係ある話なのかそれ? いいから葉月を解放しろ」


「うるさいっ、アンタなんかに由香を――。……何よ、アンタ」

「へ? ラティ?」

「…………」


 突如ラティが、遮るようにして橘の前に立った。

 俺からはラティの表情が見えないが、激しく怒っていることは分かった。

 橘への激怒の感情が尻尾を通して俺へと流れてくる。


「……最初は、分かりませんでした。今までそういう人が居なかったので」

「? なによ、なに突然言い出してんのよ」


「ただ行き過ぎた好意だと、そう思っていました。だから勘違いしていました」

「………………なによ、それ」


「タチバナ様は、親友としてハヅキ様を好きなのだと、好意を抱いているのだと思っておりました。ですが――」

「――何よアンタっ! あんなヤツの奴隷なのに偉そうにして、何だって言うのよ! 分かったようなことを言って、ワタシの前に立って邪魔をするってなら受けて立つわよ」 


「はい、分かりました。お受けいたしましょう。わたしがいくら話しても先程の世迷い言を言ってご主人様を貶め、もう堪忍袋の緒が切れました」


 ラティはそう言ってすらりと刀の方の魔剣を抜いた。


「なっ!? 本当にやるっての?」

「はい、ご主人様は女性に手を上げられません。だから私がお受けします。それとも逃げて避けられますか? 勇者タチバナ様」

 

 話しながら短剣の方も抜くラティ。もう完全に臨戦態勢だ。

 自然な姿勢で立っているように見えるが、彼女はその姿勢からでも鋭く踏み込むことができる。橘はラティの間合いに入っていると言ってもいい状態だ。


「こ、このっ、女の子だからって容赦はしないわよ」


 ラティに煽られ、火がついたように激高する橘。

 弓を構え、少しだけ後ろに下がって距離を稼ぐ。が――


 ( あ、これ詰んだな )


 ラティには【心感】がある。

 先程の煽りも文句も、橘の感情の揺れ具合を視て、『逃げる』という言葉を選んだのだろう。

 

 そしてその挑発に乗った橘。 

 きっと感情はダダ漏れ状態だ。そんな状態でラティの前に立っては全て筒抜け。

 しかも武器は弓だ。弓とは狙いを定めてから放つもの。【心感】を持つラティとの相性は最悪だ。 


 圧倒的な速さと、絶対に外れない先読みを相手にしなくてはならないのだ。

 橘は間違いなく詰んだ。

 あとはラティがどう倒すかだけ。


「あの、よろしいのですか、そんな距離で? もっと離れてからでも構いませんが?」

「このっ、後悔させてやる! ”サイスラ”!」


 何の合図もなく戦いの火蓋が切られた。

 ほとんど不意打ちで放たれた弓系WS”サイスラ”。


 だがラティはそれを、事前(・・)に避けて躱した。


「なっ!? このっ、”ピアシグ”!」 


 散弾系のWSを放つ橘。

 しかし当然それも事前に避けられた。

 

 橘は一体どんな気持ちだろう。

 狙いを定めWSを放っているのに、放つと何故か目標がいない状態。

 そしてまるで嬲るかのように、ラティはゆっくりと距離を詰めている。


 一方的な戦いが続く。

 WSを放ち続ける橘と、それをさらりと避けて歩いて征くラティ。


 大剣の”カリバー”のような、前方をぶっぱするWSがあれば良いが、弓にはそれ系がない。一番近いのでも”ピアシグ”だ。

 それが簡単に避けられているのだ、もう打つ手がないはず。


――なのに……

 あの顔は何か企んでいるよな?

 まだ何か打つ手があるってのか? 他に何か知られていないWSでも?



「この、このっ!」

「……」


 放たれ続けるWSを、無言で躱し続け、ゆっくりと近寄るラティ。

 両手の剣をだらりと下げ、本当に自然体で歩いていく。

 

「調子に乗って、これでも喰らえ!」


 橘が大きく上に飛び上がった。

 なかなかの跳躍力。橘はニメートル近く飛び上がり――


「死ねっ!」

「あっ!」


 橘の手から、彼女が寝泊まりしていた方の大きな家が出現した。

 するっと出たそれは、近寄ってきたラティを上から押しつぶそうとした。が――


「あの、それはご主人様が貴女に授けた策ですよ? それが通用するとでも?」

「――きゃっ」


 ラティは押しつぶされる前に移動して、家の屋根に立っていた橘の背後をついた。

 そして回し蹴りをして、橘を屋根の上から文字通り蹴落とした。


 しかも――


「え? 何で? 何で……、――っいったいいいいいいいっ! 何でワタシの左手がないのよっ!? 痛い痛い痛いっ」


 ラティは蹴り落とすと同時に、橘の左手を切り飛ばしていた。

 切り飛ばされた左手は、ぷらぷらとラティの左指に摘ままれている。


「あの、知っていますか? こうやって手を振ると、【宝箱】に入っている物を出すことができるそうですよ。あれ? 出てきませんねぇ」

「あ、アンタ、なに言ってんのよ。ワタシの左手を返しなさいよ! ぐう、あつっ、痛い……」


 左手首を押さえて(うずくま)る橘。

 片手がないのだから、もう矢を放つことができない。


「あの、どうやらこちらはハズレのようですねぇ。では――」

「ああああああああああっ!! アンタっなにやってんのよ! ワタシの左手が、ワタシの左手がっ」


 ラティは橘の左手を宙に放り、それを一瞬にして細切れにした。

 ボロボロになったそれは、竜の死骸辺りに転がっていく。


「では、そちらが当たりですねぇ?」

「はぇっ、待って。待って、アナタ何を言ってるの? まさかこっちの手も切るつもり? そんなことをしたら出せなくなっちゃう、出せなくなっちゃうでしょ由香が! 由香が出せなくなっちゃうじゃないっ!」


 半狂乱になって残った右手を庇うように背を向ける橘。

 そんな彼女を見て、ラティは――


「安心してください、タチバナ様。その右手からハヅキ様を出して、それで失った両手を治してもらいましょう。たぶん、腕を生やすよりも楽なはずですよ」

「ひぃっ!」


「あ、でも、出てこなかったときは困りましたねぇ。怪我も治らないし、何よりハヅキ様とはもう会えなくなるかもですねぇ、タチバナ様」

「やめてよっ! 陣内っ、アレはアンタの奴隷でしょ! 止めなさいよ、止めてよ、誰か助けてよ……助けなさいよ……」


「あの、そろそろよろしいですか?」


 屋根から飛び降りたラティは、またゆっくりと橘へと近寄った。

 その近寄ってくるラティを見て、橘は葉月を閉じ込めた小屋を出したのだった。

読んでいただきありがとうございます。

すいません、感想を返すと色々とネタバレとは違いますが、余計なことを書いてしまいそうだったので控えてしまいました。申し訳ないです。


宜しければ、感想など頂けましたら嬉しいです。


あと、誤字脱字も……何卒よろしくお願いします。

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