ダイサンショウを討て
ダイサンショウの
足有りの方には、デッドリーダットリーダイブ、
足無しの方には、デッドリーダットリードライブという必殺技があります。
「小山、覚悟はいいか?」
「おうっ、超々任せてくれっ!」
大盾を構えた小山の後ろから、俺はコイツに覚悟を問うた。
今回の作戦で一番キツイのは間違いなく小山だ。
そして一番危険なのも、ダイサンショウを押さえる役目の小山だ。
だから俺は再度問う。
「小山、腕の一本は覚悟出来てんな?」
「ああ、余裕さ。腕の二三本ぐらいいくらでもくれてやるさ。男ってのは真ん中にそそり立つ一本があれば十分なのさ」
勢いでとんでもなく下品なことを言う小山。
だがその心意気や良し、後でジュースでも奢ってやりたい気分になってくる。
「まあ、奢らんけどな」
「うん? 何か言った? 陽一クン」
「何でもねえ。あと、俺を下の名前で…………何でもねえ」
コイツはこんなお調子者だが、俺に負けないぐらいの修羅場をくぐり抜けてきた勇者だ。
黒い巨竜のときも、魔王のときも、コイツは前に出てそいつらを押さえてきた。
しかも魔王のときは心が一度折れたにもかかわらず、泣きべそをかきながら最前線の前へと出た。
あれは恐怖のあまり心が麻痺した訳ではない。
だからといって恐怖に打ち勝った訳でもない。
心底怖いのに、コイツは負けじと踏ん張っていたのだ。
「……」
ふと橘の方を見ると、ヤツは怯えた顔で弓を手にしていた。
いつもの勝ち気な目には覇気を感じさせず、弓に矢をつがえる手も覚束無い。
( ったく…… )
橘は、小山とは正反対の位置にいるヤツだ。
常に後方に控え、そしていつも誰かに守ってもらっていた。
弓使いなんだから別に間違ってはいない。だが、どこか勘違いしている。
魔物との戦いは多少なりと命を懸けたモノであり、そして絶対に安全なモノではない。状況によっては分の悪い命懸けになることもある。
しかし橘は、接戦や命懸けの戦いなどといった、目の前で誰かが命を散らすような戦いの経験があまりないのだろう。
前に黒い巨竜との戦いはあったが、あのときも後方だった。
豪邸を黒い巨竜に叩き付けるといったことはあったが、あれは俺と小山がお膳立てしたからこそ出来たことだ。
魔王との戦のときなどは、最初は城壁の上。その次は城壁の遥か後方だった。
だからそういう意味では、先程の戦いは橘にとって衝撃的だったのだろう。
自分が参加の許可を出した者が、楽勝だと勘違いして前に出てやられた。しかも惨たらしく片腕を失った……
ふと思い起こしてみると、魔王戦のときも似たようなヤツがいた。
遠くから見ている分には楽だと勘違いして、勇み前に出て肉塊へと変わった男。
( あっ、そういや八十神もやられたな )
思考が少し脱線したが、要はギリギリの戦いというモノをしたことがないのだろう。もしくはその経験が浅い。
だから橘は、自分がその位置に足を半分踏み入れて怖じ気づいたのだ。
( ったく、しっかりやれよ )
いまの橘を見た後だと、この小山が異様に頼もしく見えてくる。
ある意味末期かもしれない。色んな意味で……
「おっし、行くぞっ」
「おおっ!」
俺と小山はダイサンショウへと駆け出した。
ヘビタイプの方はラティとオッドが上手く引き付けている。
俺たちは足がある方のダイサンショウへと駆けた。
こちらに合わすように、真っ直ぐ向かってくるダイサンショウ足有り。
魔物としての本能なのか、それとも別の何かなのか判らないが、ヤツは俺と小山を取り込まんと愚直なまでに突き進んでくる。
「準備はいいな! 行くぞっ、ファランクス!」
ぶつかる寸前に小手の結界を発動させた。
魔法陣のような幾何学模様が描かれた半透明の壁が出現し、突進してきたダイサンショウを塞き止めた。
ゴツっという重い音と共に、激しい振動が足下に伝わってくる。
そして役目を終えたとばかりに、小手の結界が砕け散るように崩壊した。
「おらああ! シールドチャージ!」
小山が咆吼と共に大盾をカチ上げた。
ダイサンショウの正面、人で言うと顎下辺りを大盾でカチ上げた。
そして盾の表面に付いているフックを、ダイサンショウに引っ掛け――
「うおりゃやああああああああああ!」
小山が【捕縛】と【重縛】を発動させた。
【重縛】の効果により、ダイサンショウが自重に耐え切れず腹を地につく。
元から足とは呼べないような足は、この【重縛】によって何本かへし折れた。
「良くやった小山っ、そのまま押さえ続けろ! あとは俺が――」
「ああ、陽一クン。オラの背中は任せたぜ」
「――っまもらぁああ!!」
目の前の小山を取り込まんと、ダイサンショウは黒い紐のようなモノを伸ばしてきた。
俺は即座にそれを切り払い、一本たりとも小山には触れさせない。
「いまでさぁ、勇者さま! 準備に取りかかってくだせえ」
ガレオスさんが”イートゥ・スラッグ”開始の合図を出した。
横から脇腹を狙うように、早乙女と橘が位置に着いて”イートゥ・スラッグ”の溜め体勢に入る。
宙に浮いた二本の鏃が、糸を巻きつけられたかのように太くなっていく。
目標チャージ時間は1分半。相手は魔王ほど大きくはない。前の半分ぐらいの威力でも十二分だと判断した。大切なのは風穴を空けた後だ。
「野郎どもっ! チャンスは一瞬だ、絶対に逃すんじゃねえぞ! イブキ様は〆でお願いしやす」
「うん、わかった。すっごいの行くね」
伊吹が狙っているのは”でぇぇぇい”の”重ね”だろう。
新しい大剣を手にした今ならば、あのWSはもっと強力になっているはずだ。
しかもそれを”重ね”で発動させれば倍以上の威力。
もしかすると溜めなしの世界樹断ちに匹敵するかもしれない。
間違いなく最強の一角と言っていい威力になることだろう。
そしてそれならば間違いなくヤツを屠り去ることができるはず。
「あと一分、耐えきるぞ!」
「10分だって余裕さ! これぐらい、あのときの竜に比べたら平気へっちゃららららのら~さって、来てる来てるって、黒いのが来てるよ陽一クン」
余裕と見せかけてわっちゃわっちゃとする小山。おびただしい量の黒い紐が小山へと降り注ごうとしていた。
俺は落ち着いて、その黒い紐のようなモノを切り払い続ける。
この黒い紐には、ユグトレントのときのような重さはない。
降り注ぐ黒い紐には、シロゼオイ・ノロイのような鋭さはない。
この魔物には、アスレート・アルビオンのときに感じた重圧を感じない。
このダイサンショウにあるのは、驚異的な再生能力だけ。
いまさらこんな魔物に後れを取ることはない。
「オラオラオラオラっ、あと30秒っ!!」
「ふぬらばあああああ!! ぬふううっ、ぬふううううう!!」
唸り声をあげながら押さえ続ける小山。
後ろから見ていると、その姿は大物を相手にしている釣り人のよう。
苦戦をしているが、まだ余裕さを感じさせる。
「あと10秒っ、踏ん張れよ――ん?」
視界の隅に、サリオとシキの姿が映った。
二人は何故か、縦に並んで前に出て来ていた。
( 何やってんだ、アイツらは……? )
「発射用意っ、行きやすぜ、3・2・1――てえええ!」
ガレオスさんの掛け声と共に”イートゥ・スラッグ”が同時に放たれた。
身の丈を超えた巨大な矢が、ダイサンショウの脇腹に突き刺さり、大きな風穴を空けた。
「次っ!」
「それは爆炎にして豪炎」
「すんべてを焼きつぅくすぅ紅蓮のほのぉう」
「へ?」
サリオとシキが、謎のポーズを取りながら訳のわからんことを言い出した。
「轟け双炎の刃!」
「とんどろけ双炎の刃ぁ」
二人はポーズを合わせて――
「「火系魔法”炎の斧”!」」
青と赤の炎の斧が、大きく穿たれた傷口を開くように、上下に振られた。
何かが焼けた臭いが立ちこめる。
俺は小山の首根っこを掴み、後ろへと大きく飛び退く。
「突貫!!」
「「「「「おおおおおおおおお!!」」」」」」」」」」」
待機していたアタッカーたちが、ガレオスさんの掛け声に合わせて踏み出した。
事前に順番でも決めていたのか、流れるように次々と近接系のWSを叩き込んでいく。
色取り取りの光の奔流が、ダイサンショウの中で荒れ狂う。
「イブキ様っ、ラストお願いします。WSヘリオン!」
予備の片手剣でWSを放ったガレオスさん。
WSを放ったあと、道を譲るように身体を反らし、そこに伊吹が飛び込んだ。
「WS”でぇぇえい”!」
巨大な三日月の斬撃が出現した。
5メートルは優に超えたその三日月の光は、ダイサンショウを完全に切断し、ヤツを黒い霧へと変えて霧散させた。
「おっしゃあああ! って、うげぇ……」
まだ晴れ切らない黒い霧の下に、無数の魔石と、おびただしい量の何かの残骸が落ちてきた。
そしてそこには、白い毛の束がべったりとして落ちていたのだった。
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