ヤツの名はダイサンショウ
バキバキと、設置されていた天幕が破壊されていく。
重量によって押し潰されて、誰も居ない仮設の天幕は、濁った黒色の魔物ダイサンショウによって使い物にならなくなっていった。
俺たちはその破砕音から遠ざかるように、全員で撤退していた。
「ガレオスさん、腕は……どうです?」
「へい、もう何ともありやせん。ちっと刺すような痛みはまだ残っていやすが、戦闘には影響ありやせんよ。……それにしても、自分の腕が生えてくるってのは貴重な体験でしたよ。本当にハヅキ様々でさぁ、ありがとうございますハヅキ様」
「うん、良かったぁ、ちゃんと治って」
「葉月ちゃん、ホントーにありがとうねっ」
泣きそうな顔でがばっと葉月に抱きつく伊吹。
だが俺たちは現在逃走中、えっほえっほと走っているので、伊吹はすぐに葉月を解放した。そして良い笑顔で言ってくる。
「陣内君、絶対にガレオスさんの右腕の仇を取ろうね」
「オレの右腕の仇って……何か変な感じでさぁ」
「伊吹ちゃん、オラも手伝うっ!」
「あたしもですよですっ」
多少の冗談は言えるまで回復した伊吹とガレオスさん。
負傷したガレオスさんは当然ながら、伊吹の方もガレオスさんの腕が治るまで本当に大変だった。彼女は心配なあまり真っ青な顔をしているのに、ダイサンショウに激しく憤っていた。
もし俺たちが止めていなかったら、伊吹は一人でダイサンショウに挑む勢いだった。
だから俺たちは、倒すための策を練ろうと、そう言って彼女を留めたのだ。
「さてと、そろそろ作戦の方は煮詰まってきやしたし、反撃といきやすか」
「うん、絶対に仇を取ろうね。ガレオスさんの右腕の仇と――ヨウちゃんのお母さんの仇も」
「……母親かどうか分からないけどな」
俺たちは退きながら話し合っていた。
戦った者の感想や、何か気が付いたことはないかなど、逃げながらヤツの対策を練っていたのだ。
まず、ヤツの名前はダイサンショウ。
【鑑定】で視た結果、ヤツはダイサンショウと言う名前だそうだ。
レベルに関してはどういった理由なのか、【鑑定】で視るたびに変わっていたそうだ。120だったり110だったりと毎回変動しているのだとか。
そしてこれは誰もが思ったことだが、ダイサンショウは動きが遅い。
だから走っている限り追いつかれることはない。さすがにいつまでも走り続けることはできないが、2時間程度ならなんとかなる。
それに目を攻撃すると、驚くほど簡単にヤツは怯んでいた。
仮に距離を詰められたとしても、走りながら弓で目を攻撃すれば簡単に距離を稼ぐことができる。
ただ怯む際に暴れるので、その辺りは注意が必要だった。
そしてその動きの遅さを上手く利用すれば何とかなりそうだった。
囮役が上手く片方だけを引き離すことができれば、囮側に戦力を大きく割くことはなく、片方に戦力を集中できる。
次に、取り込まれているモノの情報があがった。
戦っていた者からの報告で、白い毛の竜が見えたというものがあった。
ほとんど取り込まれているので確証はないが、あの白い毛の竜は言葉のペット、白い毛玉と同じ種族ではないかと。
そしてその取り込まれている白い毛の竜が、周囲に魔物が湧かないようにしているのではないかとも言った。確かにそれだと辻褄が合う。
他には、例の5人が特攻したお陰で判明したことがあった。
魔物や竜を引き込むダイサンショウは、攻撃を受けることで表面が破けて、そのときにその傷口を使って一気に取り込んできたそうだ。
黒い紐のようなモノだけでなく、その傷口の方が本命なのかもしれない。
俺の場合は小手の結界が防いでいたからか、その傷口には取り込まれなかったのだろう。
その後も手短に意見を交換をした。
もしかすると、取り込んだモノの能力を使えるかもしれないや、ヤツには口がないなど、判る限りのことを話し合った。
さすがは歴戦冒険者たちというべきか、初見にも関わらずしっかりと見ている者ばかりだった。
そして作戦が決まった。
片方を上手く他の場所に誘導して、その隙にもう片方を倒す。
具体的には、高火力の放出系WSを放ち、空いたその穴に炎の斧をねじ込んで焼き切る作戦だ。
ダイサンショウの再生能力は凄まじいが、焼かれた場所だけは再生が遅れていた。だから中から焼き切ることにしたのだ。
外からチマチマやっていても効果は薄い。
だがWSで大穴を空けて、そこに魔法を叩き込めば十分に勝機がある。
そしてあとは総攻撃で押し切る。
一気に押し切ることが前提ならば、WSの”重ね”を狙うのもありだ。
”重ね”ならばWSの威力が跳ね上がる。取り込まれる前にヤツを滅するのだ。
10人を超えるアタッカーで一斉にいけば、さすがのヤツでも無理だろう。
一応もしもの時を考え、葉月には障壁を張る用意をしてもらっておく。
倒し切れず反撃されても、その結界で取り込まれるのを防ぐのだ。
「よし、手筈通り頼むぞラティ、オッド」
「はい、ご主人様」
「おう、任せろッス」
迅盾役の二人に、ヘビタイプの方のダイサンショウを任せる。
攻撃などはせずに、この二人が回避に徹すれば捕まることはまずないだろう。
仮に何かあっても、お互いがフォローするように立ち回ってもらう予定。
「あとは、ヤツに大穴を空ける役の――」
「――ねえ、無理して倒す必要なんてないでしょ? 逃げたらいいのよ」
「へ?」
俺の言葉を遮り、橘が突然別の提案を言い出した。
全員呆気に取られ、走りながら橘の方に目を向ける。
「だってそうでしょ? 走って逃げればいいじゃん。無理に倒す必要なんてないじゃん。あんな危ないの相手にする必要ないでしょ」
「……お前、何を言ってんだ?」
「何ってっ、当たり前のことでしょ! あんな風になるのよ! 人を食べちゃいそうだったでしょ!」
そう言って片腕失った男の方を見る橘。
捕らえられた男の腕はまだ完全に治っていなかった。さすがに全員を治す時間は取れず、まずガレオスさんを最優先で治したのだ。
ヤツらには血を止める応急処置を施しただけだった。
「橘、まさかお前、怖じ気ついたのか?」
「そんなんじゃないわよ! でも誰だってそうでしょ、ここには40人ちょっとしかいないのよ。前の時みたいに大勢いるって訳じゃないんだから、そんなの危ないわよ」
橘の言う『前の時』とは、魔王との戦いのことだろう。
確かにあのときよりも人の数はぐっと少ない。だからとはいえ――
「アホか、逃げるって言ったって、ヤツは追って来てんだぞ! そう簡単な話じゃねえだろ! ヤツが疲れ知らずだったらいつか追いつかれんぞ。確実に逃げ切ることができる訳じゃねえんだぞ」
そう、基本的に魔物は疲れをしらない。
疲労で弱ったところなど見たことも聞いたこともない。
もしかしたら疲れて止まることがあるかもしれないが、それに賭けるのはあまりにも危険過ぎる。こちらが消耗する前に倒すべきなのだ。
そしてそれに、こんな物騒な魔物を放置する訳にはいかない。
「そ、そんなの、しんがりだっけ? しんがりっての立てればいいじゃない」
「――おい、お前は殿の意味を知って言ってんのか?」
「はあ? 判っているわよ。あれでしょ、戦国時代とかに大将とか将軍が逃げるために時間稼ぎするヤツでしょ。それをやって逃げればいいじゃない」
「アホかっ! その殿ってのは犠牲者が出ることが前提の作戦だ。いいか? ここはダンジョンだぞ、その殿が無事に逃げ切ることができたとしよう。だがな、その殿役は何の補給もなしで戻らねえといけねえんだぞ。食いもん持って戦えってのか? しかもここには他にも魔物がいんだぞ」
俺に言われて怯む橘。
だが言わなくてはならない、もっと大事なことがある。
「それといいか、その殿をやれって指示は、そいつに死の覚悟をさせるってことだ。お前にそれが言えんのか? 誰かを死地に向かわせる覚悟があるってのかっ! その怪我をした連中にそれを命令できんのか? ああ、そうか。お前がその殿を務めるつもりか、それなら納得だ。お前なら【宝箱】があるし弓も使えるから確かに適任だ。行って死んでこい」
「あ、アンタとは話にならないわよっ。ねえ由香、一緒に逃げよう、こんなの危ないわよ。ワタシ達が命を懸けることじゃないわよ」
「風夏ちゃん……」
「アホかっ、葉月は守りの要だ。葉月がいるから信じて前に出れんだよ」
――くそ、頭が痛くなってきたぜ、
どこか考えが浅いヤツだとは思っていたが、
まさかここまで浅いヤツだとは思わなかったぜ……
考えてみると、橘は常に安全な位置に居て、そして大勢の者に守られた場所だけで戦ってきていたはず。
魔王戦のときだってそうだった。
ヤツだけは遥か後方で、魔王と肉薄したことなどはない。
他のヤツが必死になって戦っている中、コイツだけは本当に別視点だったのかもしれない。
「いいから竜核石を早乙女に一発分だけ渡せ、そんでお前ら二人で”イートゥ・スラッグ”をヤツにぶち当てろ。あ、今度は俺に当てるなよ」
「風夏ちゃん、一緒に頑張ろう。みんながいるんだから絶対に勝てるよ」
「…………」
葉月に宥められ、橘は不承不承と頷いた。
「陽一、あたしに任せて、すっごいのをアンタの目の前に撃ってあげるからっ」
「いや、俺の目の前に撃つなよポンコツ。俺を巻き込むつもりかよ……」
こうして多少のゴタゴタはあったが、ダイサンショウとの第二ラウンドが開始されたのだった。
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