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ズボッとヌルり

誤字修正報告感謝ですっ

「アホかっ!」

「――あがっ!?」


 俺は槍の根元を上手く引っ掛けて、横をすり抜けて行ったヤツを一人だけ転倒させた。 

 だが残りの4人は、俺たちの制止など聞かずに突っ込んでいく。


「らああっ! WS(ウエポンスキル)”ヴレイブレット”!」


 自らも飛び込む突進系のWSを放ち、一人の冒険者が濁った黒色の魔物に切り込んだ。

 そしてそれに続くように、残りの3人が一斉に片手剣WSサーベッツブレを発動させた。

 見た目重視で有名なWS。ヤツらは高く飛び上がってから剣を振り下ろし、光の粒子を辺りに撒き散らした。


「馬鹿かっ、アイツらは!」


 ヤツらは焦り過ぎていた。

 橘に良いところを見せる、それがヤツらの目的なのだろう。俺たちとは根本から違っていた。

 邪魔だからガレオスさんが後方に回したのに、それだと活躍ができないからと、指示を無視する形で前にやって来ていた。


 そしてヤツらは経験が浅いためか、あれだけ露骨にヤバそうな魔物だというのに、無謀にも正面から突っ込んだ。


 アイツらの飼い主、あの5人の参加を許可した橘に戻れと言わせようと思い、橘の方を見たが――


――馬鹿か俺はっ

 アイツが素直に俺のいうことを聞くはずがねえっ

 くそっ、



 一瞬、橘の方を見たが、橘がとても満足げな顔をしていた。 

 自分に良いところを見せようと突っ込んで行ったヤツらを、どこか誇らしげな顔をして見守っている。


「くそがっ。どうしますガレオスさん?」

「どうしますって言われやしてもねえ……ちぃ、くそったれ」


 ガレオスさんが珍しく悪態をついた。

 その気持ちはよく分かる。指示を無視した上に無謀なことをやっているのだ。

 できることなら見捨ててやりたいところ。だが――


「ダンナ、ちょっと手伝ってくれやすか?」

「あいよ、ぶん殴って引っ張り戻せばいいんだろ?」


「はい、そうでさあ。ただ、ぶん殴るってのは余計ですが、オレもぶん殴ってやりたい気分です。だから戻してから殴りやしょう。あんなんでも死なれちゃあイブキ様が落ち込みやすから」


 そう言ってニカリと笑うガレオスさん。

 俺たちは突っ込んで行った4人を引っ張り戻すべく、覚悟を決めたその時――


「があああああああああああああああああ!! いたいいいいいい!!」

「おい、何だよ離せ! 離せ離せ離――んぎゃあああああああ! 痛い痛い痛い痛い痛いいいいい!」


 突っ込んで行ったうちの二人が、ほれ言わんこっちゃないとばかりに取り込まれ掛けていた。

 両方とも利き腕を、ずぶずぶと魔物の表面に握っていた剣ごと呑み込まれようとしていた。

 

「助けてくれええええ! があああっ、指の感覚がない!? 何だよ、何ですげえ痛えのに、何で指が動かねえんだよ! おい、どうなってんだよ!?」

「やめろやめろ、やめてくれええ! 引っ張るなっ、来るなよ、来んなよお! タチバナ様、助けてくださいいいっ、タチバナさまあああ」


 取り込まれ掛けている二人は、狂ったように泣き叫んでいた。 

 ボロボロと涙を流しながら、首を必死に振って足掻いている。

 捕まっていない残りの二人は、半狂乱となった仲間の姿に怯え、後ずさるようにして下がっていた。


「ったく、捕まんのどんだけ早ぇんだよ」

「ダンナ、行きやすぜ。オレは右のを、ダンナは左を頼みやす」


「了解っ」


 俺とガレオスさんは同時に駆け出した。

 いま橘がどんな顔をしているのか、僅かながら興味があったが、今は目の前のことに集中する。

 そして走りながら前を見ると、濁った黒色の魔物に取り込まれそうになっている冒険者たちは全力で足掻いていた。

 その姿まるで、海で溺れている者を連想させた。


 ( 迂闊に近寄ったら駄目だな )

 

 俺はどうやって助け出そうかと思案する。

 男があれだけ藻掻いているのにも関わらず、取り込まれている腕はビクともしていない。

 しかもそれどころか、魔物の表面から黒い紐のようなモノが生えてきて、それが男に巻き付きより引き込もうとしていた。もう肩の辺りまで埋まっている。


 あと一分もすれば完全に取り込まれるだろう。

 しかしだからと言って、男の身体を引っ張ったところで抜けるとは思えないし、迂闊に近寄ればヤツは俺に助けを求めてしがみついてくるだろう。


 ヤツと一緒に魔物の中に溺れるなど御免だ。やるなら一瞬。


「っだらああああ! ファランクス!」

「――があ!!」


 小手の楔を突き刺し、俺は小手の結界を発動させた。

 男の腕が埋まっている辺りを内側から爆ぜさせた。


「おら、来い」

「がはぁ、ひはぁ、ひはぁあ、はぐぅはぁ……ううぅ、オレの腕が……」

 

 喉の奥を詰まらせたような呼吸を繰り返す男。

 そして抜け出せた自分の腕を見て、今度は泣き崩れそうになる。


「早く逃げろこの馬鹿っ、てめえが自分でやった結果だろうがっ!」

「あうっ」


 俺に蹴り出される形で男は後ろに下がった。

 ちらりと一瞬だけヤツの腕を見たが、ドロドロになっている腕には指が無かった。あの短い時間で、消化でもされるかのように持っていかれたのだろう。


「このっ! うざってえ!」 


 俺は、逃がすまいと追いすがってくる黒い紐のようなモノを切り払った。

 これに巻き付かれたら最後、今度は俺が引きずり込まれてしまう。槍を短く振り、黒い紐を切り払いながらガレオスさんに声を掛ける。 


「しつけえっ! ガレオスさん、こっちはOKです、引きましょ――くそ!」


 俺はガレオスさんの姿を見て、即座に駆け出した。

 ガレオスさんの首には黒い紐のようなモノが巻き付いており、グイグイとガレオスさんを引きずり込もうとしていた。

 そしてガレオスさんの右腕が、肘の辺りまで呑まれ掛けていた。

 ガレオスさんの足下には、助け出されたのであろう男がへたり込んでいる。


「……ダンナ、しくじりやした」

「いま助けますっ! しぃっ!」


 俺は槍を突き刺してガレオスさんの救出を試みた。

 結界の小手は先程発動させたばかりで、連続で発動させることはできない。どうしてもリロードする時間が必要だった。


「なっ!? 硬ぇ!? 何でこんなに!?」

「ぐっぅ、腕が……」


「ガレオスさんっ! ラティっ! 頼む」

「はいっ! WS”ヴィズイン”!」


 ラティはすでに待機していたかのように、迅速にやってきた。

 すぐに俺が呼んだ意図を把握して、ラティは即座にWSを放った。

 が――


「なに!?」

「くっ、浅い」


 ラティの刺突系WSでは威力が足りなかった。

 魔物の表面は爆ぜることなく、短剣の切っ先が少し刺さった程度。

 とてもガレオスさんを引き出せるような結果ではない。


「ぐああああ!!」

「くそ、くそっ!」


 ガレオスさんが苦痛に顔を歪ませて呻き声をあげた。

 何とかならないかと、俺も槍を突き立てるが明らかに先程よりも硬くなっていた。


「ガレオスさんっ! いま私も行く」


 伊吹が悲鳴のような声でガレオスさんの名前を呼び、こちらに駆け寄ろうとしていた。


 とても伊吹らしい。泣きそうな顔でこちらに来ようとしている。

 ガレオスさんは言っていた、誰かが死ぬと伊吹はとても落ち込むと……。


「伊吹、来るな! もう遅え……。ガレオスさん、歯を食いしばってください」

「ダンナ……まさか」


「ラティっ、頼む」

「はいっ」


 ラティは短く返事をして、俺たちに巻き付こうとしている黒い紐のようなモノを切り払った。


 二人を取り逃がしたことによる本能なのか、ガレオスさんを取り込もうとしている部分は、獲物を逃さんと硬くなっていた。

 この硬さは結界の小手を発動させても怪しい、それにもう時間が経ってしまっていた。だから俺は――


「葉月、後は任せたぞっ!」

「――っぅぅぅうう」


 葉月ならば失っても治すことができる。だから俺は、ガレオスさんの右腕を槍で切断した。


 勢いよく血が噴き出した。

 ガレオスさんは声をかみ殺し、俺に切断された右腕の断面を残った左腕で塞いだ。


「退くぞラティ、そっちの男を頼む。ガレオスさん、少し我慢してください」

「はいっ」

「ぐっ……」


 俺はガレオスさんに肩を貸し、ラティは男の奥襟を掴んで退却した。

 だがしかし、人を抱えたような状態ですんなりと退くことはできず、濁った黒色の魔物は俺たちを追って来た。

 身体の向きを変え、頭らしきモノをこちらに向ける濁った黒色の魔物。


「くそ、急ぐぞラティ」

「は、はいっ」


 俺の方はともかく、ラティの方は少し厳しそうだった。

 最悪の場合は男を破棄しても仕方ないかと、そう思った時――


「「火系魔法”炎の斧”!」」


 真っ赤な炎で出来た斧と戦斧が、追いすがろうとした魔物の行く手を遮った。

 豪炎が巻き上がり、魔物の表面を焼いていく。

   

「ピアシグ!」


 今度は強い掛け声と共に、無数の光の針が魔物へと突き刺さった。

 目にでも刺さったのか、濁った黒色の魔物は悶えるようにして後ずさる。


「ナイス、早乙女っ。あとサリオとシキも、助かったぜ」


 早乙女、サリオ、シキは手を緩めることなくWSを魔法を放ち続けた。

 爆炎と轟音を響かせながら、濁った黒色の魔物をどんどん押し戻していく。

  

「よし、いったん退こう。このままじゃキツイ。葉月、葉月来てくれ、ガレオスさんの腕を頼む」

「うん、陽一君、私に任せてっ。絶対に治してみせる」



 こうして俺たちは、サリオたちが足止めをしている間に撤退を開始した。

 濁った黒色の魔物はもう一体いるのだ、ガレオスさんの指揮無しであれと戦うのは危険すぎる。


 そう判断した俺は、撤退の合図を出したのだった。

読んで頂きありがとうございます。

誤字修正機能の報告、本当に感謝です。

もちろん感想欄でも誤字脱字報告をお受けしておりますので、宜しければご指摘など頂けましたら幸いです。

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