ぬるりがずるり
「ガレオスさんっ! 来ますっ」
「あい? 来ますって? 魔物が?」
「あの、あちらの方です。あちらに百体近い魔物が」
そう言ってラティは、魔物が来るであろう方向を指で示した。
それを見て最初は困惑の表情をしていたガレオスさんだが。
「ん!? 本当だ! マジで魔物が一匹こっちに向かって来ていやすぜ」
「ん? 一匹?」
「あの、魔物の数は……?」
「ガレオスさん、索敵に引っ掛かったのは一匹だけなんですか? ラティは百体近い魔物の群だと」
「んん? オレの【索敵】には一匹だけでさあ。こりゃあどういうことで?」
「あの、分かりません。ただ、その群がこちらに迫って来ています」
何故かラティとガレオスさんでは、察知した魔物の数に大きな開きがあった。
原因は分からないが、今は対応することが大事。
「取り敢えず迎え撃つ用意を」
「ですね。野郎どもっ、魔物が来るぞ、用意しろ! 魔物の規模は不明だ。一応退路を確保しておけ。あと天幕は破棄でも構わない、必要な物だけを持ち運べるように。あとサポーター組は後方に引いておけ、護衛にはあの5人を付かせろ」
ガレオスさんが怒号のように指示を出し、俺たちは即座に陣形を組んだ。
遠隔持ちの前を空けて、やって来る魔物たちを射貫く準備をした。
早乙女は俺の顔を見て一瞬固まったが、今はそんな状況ではないと思い直したのか、すぐに顔を引き締めて前を向いた。
俺はそれを見てほっと胸を撫で下ろす。
さすがにそこまで馬鹿ではない、早乙女もしっかりと成長しているのだと、そう思ったその時――
「ジンナイ、外に戻ったら大事な話がある。見たのかどうか尋ねたい。いいな、ちゃんと体育館裏に来いよ? 来なかった場合は見たと見なして制裁を加える。来た場合は……色々と尋問した後で殺す。以上だ」
「……お前ら」
どうやら例の一件は、嫉妬組の知るところとなったようだ。
さすがにダンジョンで襲ってくるような真似はしないようだが、地上に戻ったら別らしい。ヤツらは二択になっていない二択を突きつけてきた。
肘かネックブリーカーか並のえげつなさだ。
「そろそろ見えるぞ! サリオ嬢ちゃんも頼む。弓持ちもいいな?」
「あいなっ、了解してラジャですっ!」
ガレオスさんが指示を出し、全員が一斉に身構えた。
やって来るであろう魔物の強さは、深淵迷宮に湧いたシロゼオイ・ノロイレベルの可能性があると伝えていた。
シロゼオイ・ノロイのヤバさは、例の五人以外は身をもって知っている。全員から気を引き締めた雰囲気が伝わってきた。決して油断はない。
( さて、相手はどんなヤツだ…… )
俺たちは作戦を決めていた。距離があるうちに放出系WSを放ち、相手が放出系WSや魔法の無効化、もしくは弾いてくるタイプかどうかを見極める予定だった。
仮に弾き返されたとしても、距離さえあれば対処することができる。
葉月には事前に説明してあり、いつでも魔法の障壁を張れるようにとスタンバってもらった。
「来ますっ」
ラティの声を聞いて、彼女が示した先を見ると、黒ずんだ何かが姿を現した。
絵の具を全部混ぜてできたような濁った黒色の表面。四本の脚で地を這うようにして、オオサンショウウオに似た魔物がずるりとやって来た。体長は20メートルを優に超えている。
「デカい、が、一体だけか? 何か鈍そうなヤツだな?」
「あの、ご主人様。おかしいです……」
「ん? ラティ、どうした?」
ラティの様子が尋常ではなかった。
眉間にしわを寄せ、何か酷い汚物でも見るかのような顔をしていた。
俺はラティの言葉の続きをじっと待つ。
「……ご主人様、あの魔物は」
「――撃てええええええ!」
ラティの言葉を遮るように、ガレオスさんの号令が響き渡った。
一斉に放たれた放出系WSとサリオの魔法が、轟音を立てて四本脚の濁った黒色の魔物に着弾した。
「どうだ、やったか?」
「ガレオスさん、それはアカン……」
お約束のフラグのようなことを言うガレオスさん。
確かに魔法とWSは弾かれることなく着弾していた。だからそんなことを言ったのかもしれない。だが完全にそれはフラグだ。
着弾による煙が晴れていくと、四本脚の濁った黒色の魔物が……
「お、おい? アイツって5本脚だったか? 何か変な場所に……脚? が生えてんぞ? 何だあれは?」
「あの、ご主人様……」
「ラティ?」
彼女は顔を歪ませたまま吐き出すように続きを紡いだ。
「あの魔物は一体ではありません。あれは、あれは魔物の塊です。まるで他の魔物を取り込んでいるような、そんな魔物です」
「なっ!?」
ラティに言われて濁った黒色の魔物をよく見てみると、魔物の表面に、もぞもぞと蠢く何かが見えた。
――っな!? おいおいおいおいっ
あれってまさか、マジかよ……
蠢く何かには見覚えがあった。
鋭い牙とくすんだ色の鱗。犬のように飛び出た上顎と下顎。
「ラティ、まさかあれって」
「はい、ここに棲息していたドラゴンかと……」
「マジか……」
――だから居なかったのかっ
ここにいた竜はコイツに取り込まれたからいなくなっていたのか?
待った、ってことは……
「ガレオスさん、コイツは――」
「分かっていやす。野郎ども、放出系をメインで戦え! 不用意に近寄るんじゃねえぞ。すげぇ嫌な予感がしやがる。絶対に近寄るなよ」
「了解っ」
「そっちは裏に回れ、的はデカいんだ、同士討ちにはならねえだろ」
「まずは脚を潰せっ、頭は後だっ」
さすがと言うべきか、それとも当然だと思うべきか、伊吹組や陣内組のメンツは即座に動き、適切な対応を見せた。
不用意に飛び込まず、上手く囲むように彼らは散って行った。
「おっしゃああ、攻撃はしっかりと通る! ガンガン押せ!」
「脚だ、脚を潰せ!」
「動きは遅い、しっかりと距離を取れば問題はねえ! そこ、下がれ!」
ユグトレントに比べれば楽勝だと、冒険者たちは魔物を取り囲んで攻撃を開始していた。
放たれたWSが、魔物の表面を爆ぜさせて抉っていく。
魔物はぼたぼたと黒い体液を流し、ヘドロのような肉片を飛び散らせる。
「いけるぞっ!」
「おおっ!」
次々とWSが放たれ、魔物が少しずつ削られていく。
俺はそれを眺めながら、小山と二人で待機していた。
「なあ、陽一クン。オラたちに出番あるかな? 何かこのまま倒しちゃいそうだけど……」
「……さあな」
盾役の小山とWS無しの俺たちは、今回の戦いでは完全に出番なしだった。
迂闊に前に出れば放出系WSの邪魔になるし、あの濁った黒色の魔物はとても嫌な予感がした。
「いや、予感とかじゃねえな」
「うん? 何か言った、陽一クン?」
「何でもねえ、ってか、下の名前で呼ぶな」
「うわっ、早乙女さんのWSすっげぇ!」
「無視すんなっ」
魔物の姿は露骨過ぎだった。
表面から突き出ている脚や、苦しそうに息をしている竜の頭。
誰がどう見てもすぐに気が付く。ラティが言うように、この魔物は他の魔物や竜を取り込んでいるのだろう。
よく見てみれば、5本ある脚は全部バラバラだった。
鱗が生えている脚や、白い骨のようなモノがむき出しの脚など、脚の種類が全部バラバラだったのだ。
もしかすると、あれは脚ではないのかもしれない。
前に進むために、取り敢えず生えてきたナニか、俺はそんな印象を受けた。
「取り敢えず、近寄らなければ何とか――」
「もう一体来ますっ! もう一体やって来ます!!」
ラティが突然大声を張り上げた。
その真剣な声音に、ほぼ全員が意識を持っていかれ、ラティが示す方向に顔を向けると。
「マジか、ってか、あっちはヘビか?」
濁った黒色の魔物が、もう一体姿を現した。
最初の一体目に似ているが、二体目はどちらかと言うとヘビに近いフォルム。
その魔物はズリズリと腹ばいでやって来た。
「くそ、もう一体か」
俺は思わず毒づく。
順調に押せていたのだから、あと少しあれば最初の一体は倒せていたかもしれない。
二体同時は少々面倒だ、そんな気持ちだった。が――
「お、おいっ、コイツすげえ勢いで回復してんぞ? いや、再生か?」
声に釣られて魔物を見ると、確かに魔物の傷が塞がり始めていた。
深く抉られた場所が、中から肉が盛り上がるようにして治っていく。
「ちぃ、サリオ嬢ちゃん! どんどん焼き切ってくれ! 焼いた方が傷の治りが遅え」
「あいっ、了解してラジャですよです!」
即座に有効な手段を指示するガレオスさん。
俺も何か手伝いたいところだが、こういった戦いとは相性が悪い。
見ているだけしかできない、そんな時――
「はっ、放出系でちんたらやってるからだよ。いくぞお前達、タチバナ様に我らの活躍を見せるんだ」
「ああっ、わかってらい。いくぞっ」
「サポーターのお守りなんてオレたちの仕事じゃねえ」
「そうさ、おれたちは戦いに来たんだ!」
「へ? お前ら何を言って――って、おいっ戻れ!」
例の5人が、まるで口上のように声を上げて、俺の横をすり抜けて突撃を開始したのだった。
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