分かり易い違和感
状況は分かり易く駄目な方向に向かっていた。
まず、余計な敵を倒すなという案は、一応通った。
葉月が上手く言ってくれたお陰か、明らかに離れている魔物を倒すことはなくなった。だが、橘の機嫌はしっかりと悪くなった。
アイツも馬鹿ではない、葉月に言わせたのは俺たちだと気付いたのだ。
そして、俺たちが葉月に告げ口をした所為で、自分が葉月に責められたと、そう捉えた。
これは不満を爆発させるかと警戒した。
だが橘は、葉月の顔を立てる形で俺たちの提案を受け入れた。
そう、葉月の顔を立てただけであり、何かを反省した訳ではなく、橘は小さいことをやらかし続けた。
最初は食事だった。
ヤツは、ゼピュロス側の5人だけに良い食事を提供した。
すでに調理済みの料理を【宝箱】から出して、それを5人に提供したのだ。
これには葉月がすぐに注意をした。
葉月は深淵迷宮と地底大都市の経験者。こういった食事に差がある事の拙さを理解している。
ダンジョン内ではどうしてもストレスが溜まる。
そんな中で食事とは、そのストレスを軽減する貴重な時間だった。
歩き疲れたときの温かいスープなどは、心をほっとさせる効果がある。
だがしかしここで、特定の人物だけが良い物を食べていると、どうしても不満が溜まってしまう。
料理の準備や寝床の用意だってそうだ。
やらされた方はどうしても不満を持ってしまう場合がある。だからそれらを仕事としたサポーターを入れることで、余計な不満が溜まらないようにと配慮している。
だと言うのに橘は、例の5人にはサポーターとしての仕事はさせない。
だが食事は良い物は出すなど、本当にやらかしてくれていた。
確かに多少なりと誰かを贔屓してしまう場合はある。
だが、贔屓する対象が悪すぎる。押し掛けるようにやってきたヤツらを贔屓するなど言語道断、元から居たメンツに喧嘩を売っているようなものだ。
前回はそれ所ではなかったので気付かなかったが、橘はダンジョン探索には心底向かないタイプだった。
葉月はすぐにそれを察し、橘をやんわりと諭した。
しかしここで変に拗れた。
なんと橘は、俺たちが葉月に注意させたと勘違いしたのだ。
『ワタシの親友を利用するな』と、俺たちにそう抗議してきた。
当然、葉月は誤解だと説明した。
これには伊吹も間に入り、何とか橘を宥めようとしたのだが――
『ぷっ、何勘違いしてんのよ、この女は』と、うちの早乙女が煽りやがった。その後はもっとグダグダに……
もう収拾がつかない状態。
だが探索はそれなりに進んでしまった状態だったので、葉月が全て面倒をみる形で取り敢えず落ち着いた。
これにはさすがのガレオスさんも、マジで予想出来やせんでしたと。
もしこの場にミクモ様が居たらもっと収拾がつかなかっただろうと、そんな恐ろしいことも言った。
そして現在、探索から三日目。
俺たちは前回巨竜が居た層まで辿り着いた。
「ダンナ、やっぱ一度引き返すことを検討しやせんか?」
「ああ、俺もそう思い始めた……」
「ほへ? ここまで来たのに引き返すんですかです?」
深刻な顔の俺たちとは違い、のほほんとした顔で言ってくるサリオ。ある意味超大物だ。この何とも言えない空気の中、このポンコツ1号だけは平然としていた。
コイツが唯一心配していることと言えば、橘が【宝箱】から食材を出し渋った件ぐらい。
この出し渋った件は、やはり葉月が諭して事なきを得た。
この件では、俺だけでなく冒険者の方からも不満が上がった。
兵站、食料問題は命に直結するし、何より食料を人質に取られると誰もが冷静では居られなくなる。
いくら勇者とは言え、この一件で橘を見る目が完全に変わった。
敵視までとは言わないが、割と暢気なヤツらまで警戒するようになった。
俺としては、『へい、ざまぁ』と言った気持ちだが、橘の機嫌はこの一件でより悪くなった。
まあ分からんでもない。誰だって注意されることは嫌だ。
しかも注意してきた相手が親友なら尚更だ。
これが軽い感じだったらまだ良かったのかもしれないが、葉月は真剣に注意していた。俺から見ても厳しめだった気がする。
逆に捉えると、葉月はそれだけ橘のことを想っているのだとも言えた。
だがしかし、その想いが橘に伝わるかどうかは別だった。
元から橘は素直な方ではない。素直ではないレベルで言えば早乙女と同じレベルだ。
二人を地雷で喩えると、正面に立ったが最後、前方を吹き飛ばすクレイモア地雷が橘。
近寄ったら飛び上がり、周囲に破片を撒き散らす跳躍地雷が早乙女だ。
両方ともとても面倒だ。
それはさておき、橘は俺から見ても判るぐらい葉月とギクシャクし始めていた。
要は、自分の味方になってくれないことに不満を持っているのだ。
本当に面倒なことになっていた。ガレオスさんが引き返そうと尋ねてくるのも頷ける。
しかし本当に引き返す訳にはいかず、俺たちはそのまま最奥を目指していたのだが――
「……ダンナ、気付きやしたか?」
「ああ……」
「やっぱ、おかしいですよね? 竜はおろか、魔物まで居なくなりやした」
「ラティ、どうだ? ラティでも探れないか?」
「あの、ご主人様。本当に居ません」
橘の方も不安だが、今は周りの状況の方が気になっていた。
上の階層には魔物が普通に居たのに、下層近くになると、その数が一気に減少したのだ。
そして何よりも、前回は何度も遭遇した竜を一度も見ていなかった。
竜に関しては、ラティに探してくれとお願いしていたので、中層辺りから気にはなっていた。
「絶対におかしいよな。何で魔物が居ないんだ?」
「う~~ん本当だね~。前に来たときはもっと居たよね? あのふわふわ浮いているヤツとか、ドロドロとしたヤツとかさ」
伊吹が言ってるのは、この竜の巣特有の魔物たちのこと。
竜の巣に居る魔物は、他のダンジョンとは違い、生物と言うよりも生命体と言った感じの魔物ばかりだった。
まず、二足歩行や四本の脚で動いているヤツがほとんどいない。
竜は魔物ではないので例外として、本当に普通の形をしたヤツがいないのだ。
よく考えてみれば、脚どころか口すらないヤツも多い。
ゲル状の濁ったスライムや、丸くて目玉だけしか付いていない名前を呼んではいけないアレなどの、とても生物とは呼べない魔物ばかりだった。
中には合体と分離を繰り返す謎の鉱石までもいる。
「ガレオスさん、ダンジョンから魔物が突然いなくなることってあるんですか? 例えば、魔物大移動みたいに一斉にどっか行くとか」
俺は思い当たる可能性を口にしたが――
「いや、それは一度も聞いたことが無ぇですねえ。湧いた魔物を全部狩って一時的に少なくなったってことはありやしたが……ここには魔物を狩ってそうな冒険者はいやせんし」
「……」
首を横に振って否定した後、辺りを見回しながらガレオスさんはそう言った。
嫌な予感と言うよりも、完全に不穏な空気が漂っていた。
このまま何の対策もなく進むのは危険だと、俺の勘が警鐘をガンガンに鳴らしている。
「ガレオスさん、ちょっと早いですが、ここで野営をして……備えませんか?」
「あ、ああぁ~~確かにその方がイイかもですねえ~」
ガレオスさんはそう言って橘と葉月の方を見た。
どうやら俺の意図を理解してくれたようだ。
伊吹も解っているようで、うんと頷いている。
そしてさらにその横では、野営のときの食事を心配しているサリオと――
「陽一クンっ! こんだけ早く野営を組むなら、お風呂を作る時間あるよね? お風呂を作ろう! ほら、今なら三雲さんも居ないしチャンスだぜ!」
何のチャンスなのか分からないが、俺たちは少し早い野営の準備を開始したのだった。
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感想など、感想などー
あと、誤字脱字も教えて頂けましたら(_ _)




