丁度いい人数
ぐっだぐだー
探索は一応順調だった。
人員の件ではゴタゴタしたが、探索自体は問題なかった。
竜の巣は他のダンジョンに比べて探索し易い構造であり、しかも途中まで行ったことがあるので、一応サクサクと進んだ。
この竜の巣は、20メートルを超える竜が行き来出来る広さのダンジョン。そのためダンジョン特有の圧迫感は薄く、見通しの良さから魔物による不意打ちはほとんどなく、接近される前に放出系WSで排除できた。
そう、この竜の巣は、弓職が活躍できるダンジョンなのだ。
「弓系WS”スターレイン”!」
弓より放たれた光の矢が、天井スレスレの位置で弾けて降り注いだ。
ふわふわと浮かぶ球体状の魔物ウィルオウィスプを、雨のように降り注いだ光の線条が貫いた。
「凄いっ、本当に凄いですタチバナ様!」
「他の者が使うWSとは格が違いますな」
「竜核石を使わずにこの威力とは……まさに”さすゆう”」
「単体に範囲系とか使うなよ……。つか、今の魔物はスルーでいいだろ……」
「誰か、魔石の回収を」
俺は小声で感想をつぶやいた。
この竜の巣に入ってから一番戦っているのは橘だろう。
索敵班が魔物を察知して、観測役が魔物を見つける。
そして距離があった場合は、進行方向でなければスルーすると決めていた。
遠くにいる魔物を倒すこと自体はそこまで大変ではない。ただ弓の放出系WSを放てば良いのだ。
だが、倒した後の魔石の回収が地味に面倒だった。
わざわざ倒した場所まで向かって、地面に落ちている魔石を拾わなくてはならないのだ。
近くならいい。だが百メートル近く離れている場合は地味に面倒なのだ。
一人だけで取りに行くのは危険。だから数人で取りに行く。
これが1~2回ならまだ良かったが、十回を超えてくると地味に面倒。
一応、探索は順調と言えた。だがこれがずっと続くと思うとうんざりする。
離れた位置にいる魔物をわざわざ倒す必要はない。魔物は基本的に自身が湧いた場所に留まり続ける。
中には徘徊する例外も居るが、そういったヤツは本当に稀で、俺たちの後ろを取るようなことはまず起きない。
そもそも索敵班が気を張っているのだから、この見通しの良い竜の巣で裏を取られることはまず無い。
だから無駄な戦闘は避けて、倒す必要のない魔物はスルーしたいのだが……
「タチバナ様っ、あちらの方角に魔物の気配が」
橘に同行の許可を得たヤツが、嬉しそうに報告してきた。
褒めてとばかりに顔を綻ばせている。
「くそ、気付きやがったか」
「あの、あの距離でしたからねぇ……」
いま察知された魔物の存在はすでに把握していた。
ラティの方が先に察知していたのだ。だが俺は、魔物を察知したことを黙っていようと言った。
進行方向から大きく外れた位置にいる魔物だ。
倒す必要はなかったのだ。だから気付かないフリをしてスルーするつもりだったのだが……
「見つけたっ、”スターレイン”!」
遠く離れた場所にいる魔物が、降り注ぐ光の矢によって黒い霧へと変わった。
激しい雨のときに立ち昇る土煙のように、黒い霧が立ち昇って霧散した。
俺はそれを眺めながら、うんざりした気持ちで指示を出す。
「……魔石を回収に行くぞ」
閑話休題
「葉月に言って何とかしてもらうか」
「へい、その方が良いでしょうねえ。さすがにこれ以上は………………ぶっちゃけ面倒でさぁ」
「ちょっと困ったもんだね~橘さんには。む? 何かな? 小山君」
「――何でもないっス!」
俺たちは野営中。俺、ガレオスさん、伊吹、小山の4人だけで集まり、橘の対応について話し合っていた。
葉月と橘は、橘の出した家の中に入っている。
ここは広い竜の巣。ダンジョンの中でも家を出すことが可能だった。
だから橘に聞かれる心配はない。一応ラティを見張りに立たせ、俺たちは橘の対応について話し合っていた。
ただ対応と言っても、意見をまとめて葉月にまる投げするだけだが……
因みに小山は、俺の話などは聞かずに伊吹の胸元を凝視していた。
伊吹の新しい鎧には、前の鎧のときあった胸元の装甲版がない。
早い話が、ガッツリと掴めるようになっていた。
ただMPを吸わせた状態、所謂戦闘態勢のときは柔らかい布状ではなく、硬くしっかりとした状態になっているそうだ。
だからガッツリ掴んだとしても、ダンボールに触れているような感じらしい。
しかしミトン型の小手を外すと、その戦闘状態が解除されて、柔らかい布状に戻って脱ぎやすくなるので、小手を外している今なら揉めるのだ。
少々ギラついた目で胸を見る小山。
当然、伊吹もそれに気が付いており、先程からさり気なくガレオスさんを盾にしていた。
ガレオスさんもそれに気が付いており、さり気なく視線を遮るように身を前に出して話してきた。
「あっ、そういやダンナ。他のメンツの方も引き続き監視しやすね」
「はい、お任せしますガレオスさん」
ガレオスさんは俺たちに、橘が参加を許可した5人のことを監視するよう提案してきた。
敵意は無さそうだが、どうにも何かやらかしそうだと言うのだ。
要は、『嫌な予感がする』というヤツ。
俺たちはそれに同意した。
何かを企んでいるとは思わないが、確かに何かやらかしそうな雰囲気がある。
無自覚にトラブルを引き起こすような、そんな気がしてならなかった。
そして何よりも、ヤツらには橘がいる。もう本当に嫌な予感しかしない。
「――まあ、丁度5人いるみたいですし、その辺りは都合が良かった」
「えっと、何とかの法則でしたっけ? 少ないと違和感が見えなくて、多すぎると違和感に気付けないって……」
「ええ、それです」
ガレオスさんは、監視対象が5人なのが丁度良いと言っていた。
一人だけを監視していると、その一人が上手く隠すと気付けない。
二人だと、どちらか一人が離れただけで違和感を覚えて正確に見極められない。3人もそれと同じ。
だが4~5人だと、違和感を丁度良く見極められるそうだ。
因みに6人以上だと、監視対象が多くなりすぎて違和感に気付けないことが出てくるらしい。
誰かを観察したことはあるが、動向を監視したことがない俺にはイマイチピンと来ない感覚。今もさり気なく5人を監視しているそうだ。
「よし、取り敢えず全部葉月に丸投げだ。これ以上はめんどい……あっ、でも竜だけは倒すぞ。ラティも、竜を見つけた場合は速攻で教えてくれ。ららんさんの借金返済に……」
「あの、はい分かりました、ご主人様」
「ダンナ……。何か締りやせんねえ……」
ガレオスさんから少々呆れられた視線をもらったが、これは仕方がないこと。
俺は黒鱗装束改のために借金をしているのだ。その額は金貨30枚。今の俺なら何とかなる金額だが、出来ればすぐに返してしまいたい。だから――
「…………またあの巨竜いねぇかな」
「止めてくだせえダンナっ。あのレベルがいた場合は避けやすからね? さすがに危険過ぎやすでさぁ」
「確かにあれは強かったよね」
そう、あの巨竜は本気でヤバかった。
まず攻撃が通らない。鱗が硬く、しかも粘りのある材質なので、普通のWSでは貫くことができなかった。俺の槍ですら厳しいだろう。
もし通用するとしたら、前回その巨竜を屠った伊吹の……
「……新しい剣もあるし、案外楽に――」
「ダンナっ!」
「はい……」
ガレオスさんに窘められ、俺は巨竜のことは諦めた。
そもそも、あのレベルの竜がまだ居るか判らないのだ。
伊吹の方は『たはは』と微妙な笑みを浮かべ、小山は――
「それ以上寄るなっ」
「ぶべらっ!?」
「取り敢えず今日はここまでで、先に休ませてもらうな。雑魚狩りの件は明日葉月に話す」
「あいよ、ダンナ」
「陣内君、お休み。あと小山君もね」
「うごごご……ごふ」
俺は小山の顔を鷲掴みにしてヤツの行動を止めた。
怪しい手つきを見せていた小山。俺はそんな小山を掴んだまま、この場を後にしたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ、感想など頂けましたら幸いです。
あと、誤字脱字なども教えて頂けましたら……