不死鳥の尾のような尾
次回から新章ですよー
目を覚ますとそこは知っている天井だった。
「……記憶、戻ったな」
俺の記憶は、ラティの献身によって全て戻った。
今日までの約二年半のことを思い出せたのだ。
「ラティの尻尾はすげぇな……」
自分でもこれはどうかと思わなくもないが、俺の記憶は呆気なく戻った。
もうちょっと色々とあったりするものだろうと思うのだが、本当に呆気なく記憶が戻ったのだった。
あまりの呆気なさに呆けていると、ふと気が付いた。
記憶を失っている間のことを覚えているタイプの記憶喪失だと言うことに。
そのことに気が付くと急に恥ずかしくなってきた。
葉月や言葉たちへの態度や接し方。それに、彼女たちをどういう風に思っていたかなどを思い出したのだ。それらが一斉に俺の中へと雪崩混んできたのだ。
「――――ッ!!」
あまりの恥ずかしさにのたうち回ってしまう。
記憶を失っている間のことを忘れていれば、こんな気持ちになることはなかった。特に葉月との深夜のやりとりはガチで悶絶もんだ。
ベッドの上で俺は、釣り上げられた魚のようにビッタンビッタンと悶絶する。
「んっ……」
「あっ」
横で眠っているラティが身じろいだ。
まだ眠っているようだが、これ以上騒ぐと起きてしまうだろう。
俺はビッタンビッタン動くのを止めて、ラティの耳を鼻先で掻き分けるようにして優しく撫でた。
彼女の温かく優しい香りが鼻腔をくすぐる。
「……す~」
ラティの口元から息が漏れる音がした。彼女の機嫌が良いときの音――
「ありがとうな、ラティ。――あとは」
昨日の俺は色々とやらかしている。
ハッキリと言ってとても恥ずかしい。
葉月とはどうやって顔を合わせたら良いのか分からない。
だから俺は――
「よし、記憶は戻ったけど、記憶喪失の間のことは忘れたことにしよう」
覚えていないことにすれば良い。そうすれば何とかなる。
俺はそう決めた後、ラティを抱き締めて安堵の二度寝をするのだった。
閑話休題
「――の、つもりだったのに……」
「じんないさんは本当にしょうもないことをしようとするのう」
「ぐうぅ」
俺の『記憶喪失中のことは覚えていない』作戦は、嗤う彫金師”ららんさんによって看破されてしまった。
看破されてしまった切っ掛けは、黒鱗装束の改修の料金だった。
当初の予定では、改修するための料金は金貨50枚ほどで、作業内容によって多少増えることはあるが、少なくも百枚を超えることはないと言われていた。
しかしららんさんは、改修作業が予想以上に困難だったため、料金を金貨160枚だと言ってきたのだ。
当然俺は高過ぎると抗議した。
しかしららんさんは、急いで仕上げるための特急料金も含まれている。だからこの料金だと言ってきたのだ。
そしてその了承を俺から得ているとも言った。
ここで俺はやらかしてしまった。
ちょっとうっかり、『あの時、俺は了承していない』と言ってしまったのだ。
それからは一気に畳み込まれた。
改修料金は金貨60枚にしてもらったのだが、記憶が残っていることがバレてしまった。
料金が一気に100枚も下がったことから、最初からからかうつもりだったのかもしれない……
だがこれで、俺は皆から生温かい目で見られることになったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「え? 陣内君もう記憶戻ったの?」
「……何だよ伊吹、なんか少し残念そうに聞こえたんだが」
「あ~~惜しかった。綺麗な陣内君が見られるって聞いたのに、残念だなぁ」
「おい、その情報源は誰だよ。いや、一人しかいねえな」
こんなことを伊吹に吹き込むヤツは一人しかいない。
絶対にガレオスさんが面白がってそう言ったのであろう。あの残念な犬耳オッサンらしいと思えた。
「あ~~やっぱ昨日のうちに来るんだった。無理してでも来るんだったなぁ」
「ん? 何か用事でもあったのか?」
「ううん。みんながね、『行くとフラグが立つから駄目だ』って。それで昨日は来られなかったの。でも綺麗な陣内君がいるって聞いたから楽しみにして来たのに……もう記憶が戻ったなんて……」
「何やってんだがアイツらは……」
嫉妬組の意図は分かった。
何と言うべきか、とてもアイツららしいと思えた。
本当にアイツららしいと――
「あ、それとね、『3人に回復魔法を掛けてもらったそうだな? 深い穴を掘っておくから覚悟しておけ』だって。何のことだろうね?」
「ぐっ、マジでアイツららしい……」
確かにあのときの回復魔法は、ヤツらの基準に照らし合わせると完全にアウトだ。
頭が潰されるような激痛はあったが、やっこいこともあった。だからアウト。
穴の深さも、顔だけは出るなどと言う慈悲はないだろう。絶対に全部埋めてくるレベルだ。
「……当分の間は外に出るの控えるか」
「?」
こうして俺の、『うっかり記憶喪失事件』は幕を閉じた。
葉月とは少しぐらい気まずくなるかと思ったのだが、葉月からの態度は変わらず、あの夜の件は一切触れて来なかった。
それに関してはホッとしたが、他の件で一つだけ気になることがあった。
それは橘風夏。あの女は、記憶喪失のときの俺を散々罵ってきた。
防衛戦後の馬鹿騒ぎ以降、あの女は俺に近寄って来なかったのに、記憶喪失のときはやけに絡んできていた気がした。
そして記憶を戻した後は、また露骨に避けるようになった。
ただ、その避け方に変化があった。前は苦手だから避けているといった感じだったのだが、今は、敵対しているから避けているといった感じに変わっていた。
殺意に近い敵意へと……
そう感じた俺は、一応ラティに確認してもらった。
するとラティからは、『はい、それに近いモノがあります』との返答。
一体何があったのかは不明だが、橘は俺に対して殺意を抱くほど嫌うようになったようだ。前に一度殺され掛かったのだから、その兆しはあったのだろう。
非常に面倒なことだ。
馬鹿みたいに何か行動を起こせば排除することができるのだが、ヤツは何も行動は起こさず。
だが殺意に近いモノは抱いている。
本当に厄介だ。威力だけはある不発弾を抱えたような状態。
そんなモノは捨ててしまえば良いのだが、ヤツは葉月と一緒にいる。
何とかしたいところ。ラティに詳しく【心感】で視てもらうと、嫉妬の色が濃い敵意とのこと。
これが本当に解らない。
橘が俺に対して嫉妬という感情を持つ理由が全く見当がつかない。
”ゆうしゃ”が”勇者”に嫉妬することはあるだろうが、その逆はない。
もし橘になくて俺にあるモノがあるとしたら、それはナニかモモちゃんぐらいだろう。
ナニの方は冗談としても、モモちゃんは誰もがうらやむ赤ちゃんだ。
しかしだからと言って、さすがにそれが殺意に近い嫉妬になるとは思えない。やはり対処方法が思い浮かばない。
葉月に、橘が殺意混じりの敵意を持っていると言っても、それを証明するモノがない。それに【心感】の件は絶対に漏らすことはできない。
感情の色が見えるなど、どんなに理解がある人でも厳しい。
平気だと言ってくれたとしても、それが上辺だけであれば、それをラティは分かってしまう。
分かってしまえばラティが傷つくし、知られた方も気まずい。
綺麗事ではどうにもならない。絶対に【心感】のことを明かすことはできない。
こうして俺は手詰まりとなって、橘をどうこうすることは出来ず、十日が経過した。
その十日の間、ギームルはゼピュロス側と交渉を続けていた。
西のダンジョン竜の巣の攻略と、その援助を。
交渉は難航していた。もう3人の勇者を所属させる案を取るしかないと、そう思っていた時――
「……竜の巣攻略の許可が出た」
「へ? いきなり?」
俺はギームルに呼び出され、許可が出たと告げられた。
正直意外だった。こんな呆気なく許可が出るとは思っていなかったのだから。
「……ギームル、それってあの3人を条件にってヤツか?」
「いや、違う」
難しそうな顔をして首を横に振るギームル。
その反応が気になると同時に、何か嫌な予感した。
「じゃあ、何で突然?」
「ゼピュロス公爵が亡くなったそうだ。その後は嫡男がゼピュロスの名を継いで、その新ゼピュロス公爵が竜の巣攻略の許可を出したのじゃ」
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