暴かれた”ゆうしゃ”
勇ハモはハイファンです
突然現れた老人の一喝により、早乙女と橘の争いは止まった。
だが、おねむ中だった赤ちゃんのモモちゃんが起きて泣き出してしまい、俺たちは部屋を移すこととなった。
乳母の方にモモちゃんを預け、俺たちはもっと大きな部屋へと案内された。
そしてそこで葉月たちが、記憶を失った俺のことを説明してくれて――
「はぁぁぁぁあ、この小僧が。この面倒な時に面倒なことになりおって……」
巌のような老人ギームルが、心底呆れた声でそう言った。
背は決して高くはないのに、異様な圧力を感じさせるジジイ。何故か怖い。
「ジンナイ、それは歴代勇者様がよくやっていたというプレ――遊びの、『記憶喪失ごっこ』じゃないんだよな? 本当に記憶喪失なんだよな?」
「へ? 記憶喪失ごっこ? あの何ですかそれ?」
後ろ髪を刈り上げているイケメン。アムドゥシアスと名乗った人が、何やら不思議なことを尋ねてきた。
彼は俺よりも歳がちょっと上程度で若そうなのに、ノトス公爵と言う高い地位についている人であり、俺の雇い主でもあるのだとか。
「うん、歴代の勇者様の中にはね、記憶喪失のふりをして、それでその……女性に甘えると言うか、そんな遊びのようなモノが流行っていたらしくてね。だからてっきりそれなのかな~って」
「何ですかその遊びは……」
「陣内、アンタはやっぱ最低ね」
「風夏ちゃん、陽一君は本当に記憶喪失だからね? 振りじゃなくて、本当に記憶喪失なんだからね」
『どうなんだか』と言って、顔を横に背ける橘。
彼女の俺に対する態度はキツイままだった。
俺が失っている二年間の記憶、その間に一体何をやったのだろうと思う。
橘は、俺が女の子を強姦したと言っているが、葉月や言葉さんたちはしていないと言ってくれている。
それに、その当人であろうラティさんの様子を見るに、本当に無かったのだろうと思えた。
もし強姦などと言う、そんな酷いことをしたのであれば、彼女たちがこうやって俺と一緒にいるとは思えない。
いくら奴隷だとは言え、絶対に何かしらの態度や拒否の反応があるはずだ。
それは葉月や言葉さんだってそうだ。
「……タチバナ様」
「ふんっ」
ギームルと言う老人が、諫めるように橘の名前を呼んだ。
さすがの橘も、この巌のような老人には逆らえないのか、口では反抗的な態度を見せるが一歩引いた態度もとった。
「再度確認なんだけど、本当に記憶喪失なんだよね? ジンナイ」
「え、ええ。たぶんそうです。名前とか歳は覚えているんですが、こっちに来てからの記憶が無くて……実際に魔法の詠唱とかも忘れたみたいで魔法も使えなくなって……」
「あの……」
「えっ」
「あ……」
「んん?」
「陣内、アンタ……」
「ほへ? ジンナイさんが魔法を?」
「あちゃ~やのう」
「小僧、聞いていないのか?」
「ジンナイ……」
部屋に居る全員の反応がおかしい。
困惑した表情や気まずそうな顔など、俺がいま言った発言に何か問題があったようだ。
「あれ? みんなどうしたんです?」
何故か全員が俺から目を逸らした。
ラティさんだけは何か言おうとしているが、上手く言葉が出ない様子。
「えっと……」
「あははははははははっ」
「へ? 橘、さん?」
「あ~~~面白い。アンタ、”ゆうしゃ”の分際で魔法を使えるつもりなの?」
「え? 勇者なら魔法とか使えてもおかしくないんじゃ? 実際に葉月さんは回復魔法ってのを使っていたし……確か言葉さんも」
――あれ? さっきのあれって魔法だよね?
手からパーって光って、そんで温かかったし……
やっぱあれって魔法だよな?
「陣内、アンタ自分のステータスプレートを見たことある?」
「え? 青い半透明な板だよな? 『ステータスプレート・オープン!』 これだろ?」
「ぶはっ、何その掛け声。そんな恥ずかしい掛け声なんて必要無いわよ。あ、”ゆうしゃ”さんには必要なのかな? ”勇者”のあたしには必要ないけどね」
橘は俺のことを散々笑った後、自分のステータスプレートを俺に見せてきた。
名前 陣内 陽一
【職業】 ゆうしゃ
【力のつよさ】113
【すばやさ】119
【身の固さ】 112
【EX】『魔法防御(強大)』
【固有能力】【加速】
【パーティ】
―――――――――――――――――――――――――
ステータス
名前 橘 風夏
【職業】勇者
【レベル】92
【SP】568/568
【MP】542/552
【STR】337
【DEX】374
【VIT】317
【AGI】351
【INT】322
【MND】352
【CHR】370
【固有能力】【鑑定】【宝箱】【拡張】【憧憬】【狙目】【溜三】【気強】【放強】
【魔法】雷系 風系 火系 土系 氷系
【EX】見えそうで見えない(絶強)
【パーティ】葉月由香108
――――――――――――――――――――――――――――――――
「え? なんだこれ……」
――え? あれ?
何でステータスの表示が違うんだ?
俺のと橘の全然違うぞ……
「いい? 陣内。アンタはゆうしゃなの、勇者じゃないのよ。それなのに魔法? アンタのどこにMPがあるってのよ。SPだってないじゃない」
「え? MP? SP?」
「忘れているみたいだから教えてあげる。ワタシたちはSPを消費してWSってのを撃つの。MPは魔法を使うときね。でもね、アンタはハズレらしいから――」
「――風夏ちゃんっ! それ以上言ったら私怒るよ」
「由香……。だってコイツが何も知らないみたいだから、ワタシが親切に――」
「――言い方があるでしょ! 風夏ちゃんのその言い方はイジワル過ぎるよ。彼は、陽一君はそんなモノがなくても十分に強いじゃん。それを何でそんな言い方をするの!」
「由香……」
葉月の強い口調に、橘は何も言えなくなっていた。
俺の方も、自分の話でこうなったというのに、葉月の剣幕に気圧されて、ただ呆然としてしまった。
「あ~~~~、取り敢えず落ち着きましょう。それと申し訳ないのですが、勇者様には席を外してもらいたい。私からジンナイに説明をします」
その後俺は、アムドゥシアスさんとギームルから話を聞いた。
どうやら俺は、勇者どころか冒険者、もっと言うと一般市民よりも劣っていたのだ。
ただ、劣っていると言っても、普通の人なら備わっているモノが備わっていないと言う意味であり、戦闘などに関しては決して劣ってはいないそうだ。
少なくとも普通の冒険者では、俺の足下にも及ばないらしい。
他にも色々と聞かされたが、取り敢えず今日のところは休んで様子見となった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ダンナ、何て言うか、さすがはダンナと言うべきなのか……」
「あ、はい……何かすいません」
ららんさんと似たような反応を見せる犬人のガレオスさん。
常にニヤリとした笑みを浮かべているのに、不思議と不快感を抱かせない人。
ただ、『誰得だよ』と言いたくなる、タレた犬耳だけは気になった。ハッキリ言って全く似合っていない。
「ジンナイ、本当に『記憶喪失ごっこ』じゃないんだな? 記憶が無いのをイイことに、色々とやりたい放題するつもりじゃないんだな? 一応嫉妬組の連中には言っておくぞ」
疑わしい目で見てくるレプソルさんと言うロン毛の人。
大きな駅の繁華街などに居そうな感じの人だ。そして何故か少し臭う人。
「あの、その記憶喪失ごっこってそんなにメジャーなんですか? あと、その嫉妬組と言うのはなんです? 妙に嫌な予感がするのですが……」
「しかし、なんてベタなことを……。そうだっ、誰かと一緒に階段から転げ落ちたらいいじゃないかな? 案外上手くいくかもよ?」
「いえ、それだと中身が入れ替わりませんか?」
気さくに話し掛けてくる大学生のお兄さんのような感じのハーティさん。
三雲や言葉さんと一緒に行動をしている人らしく、なかなかの冒険者らしい。
俺としては、このハーティと言う人はかなりのイケメンさんなので、ちょっと言葉さんとの仲が少し気になった。特にどうこうと言う訳ではないが……
俺が記憶喪失と聞いて駆け付けてくれた彼らは、客間に俺を引き込み、色々と話をしてきたのだった。
「元の世界のことは覚えているんだよね? 陣内君は」
「ダンナ、丁度良いから記憶喪失ごっこをやりに行きやせんか?」
「ったく、連中には何て言えばいいんだよ。もう記憶喪失ごっこをしてるでいいか? そうだな、それでいいな。お前も埋まれジンナイ」
立て続けに話し掛けてくる三人。
俺はそれにたどたどしくだが答え続けた。
本来ならばこう言った空気は苦手なのだが、彼らから聞かされる話は、俺がこの異世界に居たと言う証に思えた。
そして彼らの様子を見るに、とても好意的で嫌われてはいないと思えた。
それが妙に嬉しかった。
いや、本当に嬉しく感じていた。
「はは、俺って結構頑張っていたんですね」
「はい、ご主人様はいつも頑張っておられましたよ」
隣に座っているラティさんが肯定してくれた。
「良かった……」
「あ、あの……」
実は少し落ち込んでいた。
俺は自分のことを勇者だと思っていたが、実際には”ゆうしゃ”だった。
勇者のように特別な力がある訳ではなく、他の冒険者よりも劣る存在。
だから俺は、自分は要らないヤツで役立たずだったのではと、そう思って落ち込みかけていたのだ。
「おや、ダンナ。記憶は失っているってのに、そいつは覚えているんですねえ」
「え?」
「無意識に、か……陣内君らしいな」
「やっぱごっこじゃねえのか? 取り敢えずヤツらにはリークするからな」
「え? あれ? 何でいつの間に………? ごめん、ラティさん。勝手に尻尾を触ってしまって……」
「あの……いえ、わたしは気にしておりませんで。ご主人様、お気になさらないでください」
「は、はい。すいませんラティさん」
俺は驚くことに、隣に座っているラティさんの尻尾を撫でていた。
とても素晴らしい手触りで、指摘されてすぐに手を引っ込めたが、意識していないとまた撫でてしまいそうになる。
もしかすると俺は、いつもこの尻尾を撫でていたのかもしれない。
そしてこれは希望的観測だが、俺に尻尾を撫でられることを、ラティさんは嫌がっていなかったのではと思った。
さすがにそんなことは無いと思うが、喜んでいたような気も……
( さすがに無いか…… )
その後、客間での雑談は、もう遅い時間となって解散になった。
俺は自分の部屋へ案内され、普段使っていたのであろうベッドへと横になる。
「……記憶喪失か」
俺は仰向けになって天井を眺めながら、いまの状況を整理した。
知らない天井。その天井が元の世界でないことを語っているようだった。
しかし俺は、この知らない天井を知っているはず。
ただ覚えていないだけ。
そう俺は、この異世界で戦ってきた、はず。
そしてそれを望まれている。
「……記憶が無くてもちゃんと戦えるかな俺? ――ん? 誰だろ?」
もう遅い時間だというのに、部屋の扉がコンコンとノックされた。
特に人払いなどはしていない場所。
誰かが訪ねて来たのかと思い、俺は扉を開けた。
「はい、何でしょうか。あ、葉月、さん」
「ふふ、ちょっと来ちゃった」
俺の部屋にやって来たのは、この異世界でも凄い人気の葉月だった。
彼女は少々不用心ではと思える、生地の薄そうな寝間着姿だった。
部屋に設置してもらった魔法の光が、彼女を扇情的に照らしている。
「ねえ、陽一君。部屋の中に入れてもらっても良いかな?」
「へ!? いやいやいあいあいあっ、それはマズイんじゃ? えっと、もう遅い時間ですよです」
「あはっ、それってサリオちゃんのマネ? 取り敢えず入るね」
「あ、あの…………駄目です」
「…………」
俺は通せんぼでもするかのように、部屋の中へと入ろうとした葉月を遮った。
無言で俺を見つめる葉月。
所謂、上目遣いだ。その瞳には、何かをぐっと決意したような想いが見えた。
彼女はきゅっと口を閉じ、下唇に力が入っている。
「えっと、あのっ」
「…………」
葉月は止まることなく、ゆっくりと前に進んで来た。
30センチ、20センチ、10センチ。あり得ないほど近くに葉月の顔がある。
息が届く程の距離。
彼女の身体でもっとも前に出ている部分。胸が俺の胸元に当たった。
目眩がするような柔らかさ。それはまるで弾力がある綿のような柔らかさが、俺の硬い胸元をやんわりと押してくる。
思わず引いてしまいそうになった。
あと数センチ彼女が進めば、顔同士が触れてしまう。
「……だ、駄目です」
俺は絞り出すような声で、拒否をした。
何で拒否したのか分からない。
拒む理由はないのに、絶対に勿体ないと思っているのに、何故か俺は、葉月を部屋に入れることができなかった。
顔を横に背けてぎゅっと目をつむっていると、とても良い香りと柔らかさが遠ざかっていった。
「ごめんね、陽一君。ちょっとからかい過ぎちゃったね」
「へ? え? からかいすぎ?」
目を開いて前を見ると、思い詰めた表情の葉月ではなく、いつもの柔らかい笑みの葉月が立っていた。
「じゃあ、後はお願いねラティちゃん。悔しいけど、いまの私じゃ駄目みたい。だから絶対に陽一君を元に戻してあげてね」
「え? ラティさん?」
「あの、ハヅキ様。それは……」
「もう一度は言わないよ」
「…………はい、きっと戻してみせます」
「へ? え?」
状況が全く理解できなかった。
葉月が居たと思ったらラティさんも居て、葉月はラティさんに俺を元に戻せと言って去って行った。
廊下の角を曲がり、完全に葉月の姿は見えなくなった。
「一体に何が……?」
「あの、ご主人様。部屋の中に入ってもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。どうぞ」
「あの、では失礼します」
「――え!? その格好は……?」
そう言って部屋に入ってきたラティさんの姿は、なんとYシャツ姿だった。
下にはズボンなどといった物は履いておらず、スラっとした脚が光に照らされていた。
「あの、こちらにどうぞ」
「え? あ、あの、これは……」
俺はラティさんに手を引かれ、さっき横になっていたベッドへと導かれ――
「………………っ」
「え? 尻尾? あれ、あの、あの、尻尾が――」
閑話休題
「由香、どういうつもりだったの?」
「……風夏ちゃん」
「ねえ、聞いてるの。どういうつもりだったの」
「ん~~分かんない」
「アンタ、分かんないって。男の部屋に一人で入ろうなんて、何かあったらどうするつもりだったのよ」
「どうにかなっちゃうんじゃないかな?」
「由香っ、アンタ……あいつの事が……………………好きなの?」
「ううん」
「それなら――」
「大好きなの」
「えっ……」
「うん、陽一君が大好き、なの」
「何であんなヤツを……訳わからないよっ。何であんなヤツを……由香が、何でアイツのことを好きになんてなるのよ! 分かんないよっ」
「うん、そうかもね……」
自分でもそう思う。
最初にそう思ったのはいつだったのだろうか――
「でもね、好きになっちゃったんだ」
最初は同情だった。その次は……少し気になっただけ――
「何でだろうね? 何で陽一君を……」
ちゃんと意識したのはいつだったか分からない。でも――
「気が付いたら、凄く……気になっていたの」
でも、彼が好きだと向き合えた瞬間は覚えている、あの時――
「ほら、教会で助けてもらったから、それでしっかりと意識したのかな?」
あの時、好きって決めたと同時に、決意もした――
「ちょっとベタだったかもね? 助けられたからなんて……でも」
さっきもまた負けてしまった。また彼女に負けてしまった。でも――
「うん、私、葉月由香は、陣内陽一が大好き」
絶対に負けてなんてやらないっ
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ、宜しければ感想など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字も……