バーサス
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「あ、三雲さんと橘さん」
「はぁ? さんって……陣内?」
「…………」
三雲と橘が訝しげな視線を向けてきた。
眉間にしわを寄せ、俺のことを射貫くように見つめる三雲。と――
( え……? )
俺は、橘の視線に戸惑いを覚えた。
キツい視線には普段から慣れている。早乙女によって鍛えられているのだ、ちょっと睨まれた程度でたじろぐことはない。同じクラスの荒木からの視線だってそうだった。
だが橘の視線は、本気で身の危険を感じるレベルだった。
ゴミを見るような目などと言った生ぬるいモノではなく、まるで親の仇を見るような、そんな苛烈な視線を飛ばしていた。
――……何だあの目は?
ちょっと普通じゃねえぞアレは?
何があったらあんな目ができんだよ?
「あ、あのね風夏ちゃん。陽一くん、記憶喪失みたいなの。なんかここ、異世界に来た直後のことまでしか覚えていないみたいなの。だから――」
「へぇ、ずいぶんと都合の良い記憶喪失ね」
「う、うん。だからね風夏ちゃ――」
「――じゃあ、あの事も忘れてんだ。女の子を強姦しようとしたことも」
「は!?」
「風夏ちゃんっ!」
――は? いま何を言った?
え? 強姦? いや、交換か?
女の子を交換しようとしたってことか? どっちにしても最低だな、
「あの、すいません。俺が何をやったって……?」
「だから、アンタが女の子を襲おうとしたって言ってんの」
「風夏ちゃんっ、それは誤解どころか全く違うことだったじゃん。私たちが話を鵜呑みにして、それで酷いことをしちゃったんだよ? それにそれはラティちゃんからも言われたでしょ」
「はっ、どうだか。本当はただ庇っているだけかもしれないのよ? だってその子はそいつの奴隷なんだし、ご主人さまがいないとその子自身も困るんでしょ? だから嘘を吐いているかもしれないのよ」
橘の言葉に誰もが唖然としていた。
俺も、自分が女の子を強姦しようとしたと言われ、失っている記憶に怯えた。
そんなことは絶対しないとは思う。
だがしかし、それを否定できる記憶を失っているのだ。
俺は言葉を発せず、ただただ困惑したその時――
「おい、お前っ! お前は何言ってんだ? コイツが強姦した? バカかお前は、陽一はあたしを助けてくれたんだぞ。なんでそんなヤツが強姦なんてするんだよ。お前は目が腐ってんのか?」
「なっ、何よ」
「だからっ、あたしは目が腐ってんのかってお前に言ってんの。コイツがそんなことをする訳ないだろ。何でそんなことが分かんねぇんだよ」
「っこの、アンタはコイツの本性を――」
「――コイツがする訳ねえだろっ。お前は目だけじゃなくて頭ん中も腐ってんのか? コイツがする訳ねえだろ!」
「京子ちゃんっ。ドウドウ、ちょっと落ち着いて。ステイだよステイ」
「あたしは落ち着いているっての。何だよ『ドウドウ』って、あたしは馬か」
突然の出来事だった。
じっと睨んでいるだけだった早乙女が、突然橘に食って掛かったのだ。
本当にもう掴み掛からんとする勢いだった。
橘に何も言わせぬ勢いで、彼女は俺のことを擁護してくれた。
ただ、やっていないと言う根拠が、『コイツがする訳ねえ』という感情的な個人の見解だった。
正直それはどうだろうと思うが、その一方で異様に嬉しかった。
異世界での記憶を失って不安だった俺には、早乙女のその言葉は本当に嬉しかったのだった。
閑話休題
葉月の仲裁によって、早乙女と橘の言い合いは一時中断した。
もしあのままだったら、彼女たちは取っ組み合いでもしそうな勢いだった。
そして一度落ち着いた時に、三雲がポツリと言った。
『魔法で治るんじゃない?』と――
「なあ、本当にこれでいいのか?」
「う、うん……たぶん」
「陽一さん、私、頑張りますね」
「何だよ陽一、何か文句があるってのか?」
「い、いや、そうじゃないんだけど……これは……」
状況は訳わからんことになっていた。
俺を左右から囲むように葉月と言葉さんが俺の頭に手を添えて、後ろからは早乙女が俺のこめかみ辺りを手で挟んでいた。
葉月と言葉さんは、癒やしの魔法によって俺の記憶を戻そうとし。後ろにいる早乙女の方は――
「な、なあ早乙女。気合いってので記憶は戻るもんなのか?」
「はあ? アンタはあたしが信用できないっての? いいからやらせなさいよ」
「いや、そうじゃないんけど……」
俺は心の中で『信用できない』と叫んでいた。
さっきのことは本当に嬉しかったのだが、これはとても嫌な予感がした。
何となく、何となくだが、万力で頭を挟まれているような気がしてならないのだ。
「じゃあいくね、陽一くん」
「いきます、陽一さん」
「全力でやってやる」
早乙女の言葉には不安しかない。全力という言葉が不穏過ぎて落ち着かない。
そしてそれとは別で、他のことでも落ち着かない状況になっていた。
特に右側にいる言葉さんの方などは、あと少しで肩に当たりそうで、なんとも言えない感じだった。
――あとちょい、あと……
って、不謹慎だろ俺! 彼女たちは善意でやってくれてんだぞ、
それを俺は………………でも、当たりそうです、はい……
早乙女は背後なので見えないが、葉月と言葉さんは横にいるので、二人のアレが視界の端にチラついて落ち着かなかった。
特に言葉さんの方は、葉月よりも立派さんなので余計に目に入る。
「聖系回復魔法”ハイキュアプリ”!」
「聖系治癒魔法”ホイケアミル”!」
二人の両手から、淡い光が溢れるように発生した。
じんわりとした優しい温もりが、俺の髪と頭を撫でる。
( あ、温かい……けど……ごくりんこ )
葉月と言葉さんの体勢は、両手を胸元まで上げて焚き火にでも当たっているような体勢。
二人が回復魔法をもっと当てようと寄れば、手以外のモノも近寄ってくる。
思わず肩を寄せて狭めているが、これを普通に戻したらうっかりと当たってしまう。
学校で人気の高い二人が、俺のことを挟み込んでいるなんとも言えない状況。
緊張しないなど不可能だ。
「こ、この状況は……」
「さて、――ふんっ」
「っがああああああああああああああああああああああ!」
こめかみからミシっと軋む音がした。
あまりの激痛に目を見開き、眼球が飛び出しそうになる。
「さ、早乙女。マジで痛いんだけど……」
「あたしは回復魔法が使えないんだよ。だから気合いでっ」
「があ、いてぇ!」
俺の頭を挟む力が増した。
とても女性の力とは思えぬ剛力が、俺の頭をギリギリと締めつける。
「あ、動かないでください陽一さん」
言葉さんが身をぐっと前に寄せてきた。
( あ、やわ…… )
「――ふんっ」
「ぎゃぼぼおおおお!」
「あ、あの……そろそろ一度止められた方が……」
ラティさんの言葉によって、記憶回復の治療はいったん中止となった。
ただ、もう少し早く止めて欲しかった。
閑話休題
「どうかな陽一くん? 記憶は戻ったかな?」
「……いや、もうちょっとで記憶以外のモノも失うところだった」
回復魔法と気合いによる試みは失敗に終わった。
特に気合いのは絶対に失敗だ。
早乙女にはクールなイメージを持っていたのだが、俺はちょっとだけ見方を変えた。
「ふん、記憶を戻したいってんなら、そこの窓から地面に向かって頭から落ちたらいいんじゃない? たぶん戻るでしょ」
「おい、ここは二階だよな? 普通に死ぬぞ。 頭からじゃくても危ねえっての。普通に怪我をするぞ」
橘が何を考えているのか全く分からない。
学校のときの印象は、ちょっとだけキツめな感じはするが、こんな風に酷いことを言うヤツではなかった。
どちらかと言うと、三雲や早乙女の方がキツイ印象だ。
「お前、まだそんなことを言うのか?」
「あん? 何よ、何か文句あるの?」
再び緊張が走る。
早乙女と橘が、お互いに弓を引いて張り詰めていくような、そんな空気が広がっていく。
「あの時、ワタシが部屋を用意して助けてあげた事を忘れたのアンタ?」
「ああ? 何言ってんのお前。まさかボレアスでのことを言ってんじゃないでしょうね? あの邪魔したときの」
「ふ、風夏ちゃん? 京子ちゃんも……」
「由香は黙ってて、この子にはちゃんと言ってやらないと」
「へえ、何を言うつもりよ」
「このっ――」
「ぶん殴ってやるっ」
二人が再び熱くなった。
もうお互いが掴み掛からんとする。
「――止めんかっ! 一体これは何の騒ぎですかな? 勇者様方」
突如、重く迫力のある声が響いた。
声の方を見ると、凄まじい圧を放つ老人が立っていたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、本当にありがとうございます。モチベにさせてもらっております(_ _)
あと、誤字脱字など教えて頂けましたら幸いです。