陣内、激怒する
物語が加速するっ
俺の理想を体現した少女は、明るい亜麻色の髪を揺らしながら、俺の方へと歩いてきた。
俺は無意識に立ち上がって、やってくる彼女を待った。
「あ……」
理想を体現した少女は、ただ歩くだけでも俺を惹きつけた。
歩き方がとても綺麗で、無駄が一切ないと言うべきか、隙がない、ブレがない、重力すらも感じさせない、凜とした歩みを見せていた。
俺はその姿に、ただただ見蕩れてしまった。
「あの、ご主人様? ご主人様ですよねぇ?」
「へ?」
理想を体現した少女は、俺の方を見て『ご主人様』と言った。
『ご主人様』、メイドや奴隷などが、主を呼ぶときに使いそうな言葉。
俺はすぐに後ろを見た。
こんな可愛い子の主は誰なのだと、羨ましさで気が狂いそうな思いで振り返ったのだが――
「あれ?」
俺の後ろには誰も居なかった。
視界に映るのは、高そうで品の良さげな家具だけ。
「陽一君、どうしたの? 後ろに何かあったの?」
「陽一さん?」
「い、いや……あれ?」
みんなが俺を不思議そうに見ていた。
一体何をやっているのだと、そんな視線を向けている。
「え? だって、いま、ご主人様って言ってたから……」
「ほへ? そりゃあラティちゃんは奴隷さんですし。だから、ジンナイさんのことを――」
「――この子が奴隷だと! 奴隷ってあの奴隷だよな!? 何だってそんなことに……」
理想を体現した少女をよく見てみれば、彼女にはあまり似つかわしくない赤い首輪をしていた。
もしかするとその赤い首輪は、奴隷の証なのかもしれない。
――はっ、エルフの二人は……
やっぱ首輪なんてしていない……と言うことは……
一瞬、この異世界では首輪が普通なのかもしれないと思った。
だが見てみるとやはり違った。そうなるとあの首輪はやはり……
「お、俺がっ、君を奴隷から解放してみせるっ。君みたいな子が奴隷だなんておかしい、そんなの認める訳にはいかない」
「あ、あの……」
――そうだ、絶対に駄目、
こんな可愛い子が奴隷だなんて、絶対に駄目だっ
勇者としての権力を使えば、きっと彼女を解放できるはずだ、
そうだよ、そのための勇者だろ? 戦うだけが勇者の仕事じゃないはずだ、
「彼女の主は誰です? 俺が話をつけて彼女を解放してみせます。こんな酷いことは絶対に許せないっ」
俺は、自分の中にこんな凶暴な感情が潜んでいたことに驚く。
彼女の主に対して、凄まじい嫉妬と殺意と嫉妬心が湧き上がってくる。
主という立場を笠に着て、彼女にどんな要求したのかと思うと、嫉妬の炎で怒り狂いそうになる。
( 絶対に、絶対に…… )
「誰なんです? 何処かの貴族とかですか? いや、誰だろうと関係ないっ、俺が彼女を解放してやる。どこのどいつが彼女の主なんです。俺が、俺が――へ?」
ちっこい二人のエルフが、何故か俺の方を指差していた。
俺は指が差す方を追い、再び後ろを見るが……
「ん? 誰も居ないですよ? あの、出来れば真面目に教えて欲しいのですが」
「ぶっは、くくくくっ、駄目や。本当に面白い人やのう、じんないさんは。記憶を失ってもキレッキレや」
「ぎゃぼう、この人は本当にダメダメですよです」
「ぷっ、陽一君。ねえ、本当に解放してもいいの? 後ですっごく後悔するかもだよ?」
「皆さん、そろそろ教えてあげた方が。それにラティさんにも……」
全員の反応が明らかにおかしい。
必死に笑いを堪えていると言うか、ららんさんと言うエルフの子なんて、隠すことなく完全に爆笑している。
「あの、ご主人様」
「へ? え?」
「ヨーイチ様、一体何があったのですか?」
「はぃぃいいいいい!???」
閑話休題
「にしし、いや~~本当に笑わせてもらったのう」
「ぐうっ」
俺は、ラティさんのことを教えてもらった。
なんと彼女のご主人様は、俺だったのだ。
俺はそれを聞いて改めて実感した。
ここは元の世界とは違う異世界だということを。
ファンタジーの枕詞が『剣と魔法』なら、異世界の枕詞は『奴隷と獣人』だ。
だから俺に奴隷が居てもおかしくはないのだ。
しかも話を聞くに、ラティさんはこの異世界で一番最初の仲間だそうだ。
記憶を失っているとは言え、そんな大事なことも俺は忘れてしまっていた。
これはもう土下座をするべきだと思った。
そんな大事な人を忘れるなど、絶対にあってはならないことだ。
だから土下座をして謝ろうとしたが、何故か不思議なことに、土下座をする前に土下座を止められた。まるで俺の次の行動が判っているかのように止められたのだ。
きっと俺の奴隷ということで、俺の次の行動を察することが出来たのだろう。
ラティさんはとても優秀な冒険者でもあるとも聞いた。
「……しかし、俺の奴隷か」
何とも言えない罪悪感に苛まれる。
良心の呵責が加速すると言うべきか、やっぱ違う、間違っているのではと思う気持ちが湧いてくるが――
――っしゃああああああっ、よくやった俺っ
うんうん、異世界だもんね、奴隷が居ても仕方ないね、うん、仕方ない、
それに、そうじゃないと困るって言ってるし……
理想を体現した少女、狼人のラティさんは、奴隷と言う立場があるからここに居られるのだと言ってくれた。
要は俺の庇護下、俺の奴隷になることで勇者の庇護下となり、他の者から不当な扱いを受けることがなくなるそうだ。
そうでないと、狼人と言うことで街から追い出される場合もあるのだとか。
だから仕方ない。そう、仕方ないのだ。
だから――
「あ、じんないさん。赤い首輪の奴隷さんにはえっちなこと禁止やで。もしやったら即没収やからの」
「いやいやいやいやっ、そそそそそんなことしないですよ?」
――ちょっとおおっ、ららんさんっ
近くにクラスメートと同級生が居るからっ、気まずいからっ
ほら、早乙女がすげぇ睨んでんし! あれはゴミを見る目だぞ……
「死ね、ゴミ野郎」
閑話休題
その後、俺は改めて自分の状況を教えてもらった。
色々とあったようだが、俺はノトス公爵という偉い人に雇われていて、そんでラティさんと言う奴隷がおり、そして色々とあって、葉月、言葉さん、早乙女と一緒に居る状況らしい。
これを自分なりに分析してみた。
ラティさんは凄い可愛い狼人という獣人の女の子。
葉月は、男子生徒全員の憧れで、学園アイドル的な存在の美少女。
言葉さんは、男子生徒全員が触れ――的な綺麗な女の子。
早乙女は、目力が非常にあるが、容姿がとても整っているクール系の女性。
そんな彼女たちと一緒に居て、しかもこの異世界での権力者であるノトス公爵とマブダチで、世界を救う勇者でチートな俺。
――ほう、どこのチーレム勇者かな?
なるほどなるほどなるほどなるほど……そうかそうか、
ってえええ、そんな都合の良いことがあるかああああっ!!
アホか俺はっ、
絶対にそんな都合の良いことがある訳ねえだろ!?
奴隷のラティさんはともかく、あの3人がそんな訳ねえっ!
葉月は学園カースト最上位だぞ? マジで高嶺の花さんだぞ?
住む世界が違うってんだよっ、身の程を弁えろ俺、
次に言葉さん、
彼女だってそうだ。彼女は普通に可愛いし、おっきいし、
あり得ないから、どんな奇跡があってもそれは無いから、
仮にあったとしても、俺が許さねえよ……
早乙女だってあり得ない、
いつも俺を睨んでんし、今だってゴミを見る目だぞ?
逆はあっても、その逆はねえよ! 何で一緒に居るんだよ、
俺と全然釣り合わないだろっ
もし釣り合うとしたら、目つきの悪さぐらいだぞ……
「……うん、絶対に無いな。ふう、危なかったぜ」
「あ、あのご主人様?」
「陽一君?」
「陽一さん?」
「…………」
――危なかったぁ、
危うく勘違い野郎になるところだったぜ……
いくら勇者でも、同じ勇者が相手じゃ勇者の威光とか通じないもん、
「あの、ご主人様? ご主人様?」
「なんでしょうこの残念臭。いつものジンナイさんが戻って来たような、もっと駄目になったような……そんな不思議な感じですよです」
「う、何か酷いことを言われている気が――ん? 誰か来た?」
俺が色々と葛藤していると、部屋の外が騒がしくなってきた。
誰かが言い争いをしながらやって来るような、そんな声が聞こえた。
「あれ? この声って……」
「もしかして……」
葉月と言葉さんは、声の主に心当たりがあるようだった。
そして俺も、何処かで聞いたことのある声で――
「由香、ここに居たの? さっきから探してたんだよ。一緒に外に食事でも…………何でアンタがいんのよ」
「沙織、ハーティさんがボレアスのことで話があるって――ん? 何、この空気? 何かあったの?」
慌ただしく部屋に入って来たのは、学校のクラスメートである橘風夏と、同級生の三雲唯だった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、本当にありがとうございます。
めっさモチベとさせてもらっております^^
あと、誤字脱字など教えて頂けましたら幸いです。