忘れていても覚えているもの
盛り上がってまいりましたっ
服を着たあと俺は、状況が全く把握できないまま別の部屋へと案内された。
立派な長椅子へと促され、俺は素直に座る。
ハッキリと言って逆らえる訳がない。
あの葉月由香と、あのおっきい言葉さんに案内されて座るように言われたのだ。ちょっと張り切り気味に座ってしまったが、これは仕方ない。
普通の男子高校生なら全員従うだろう。
むしろ従わない理由が1ミリもない。
「ねえ、陽一君。私たちのことは覚えているんだよね?」
「えっ? ああ、覚えているってか、同じクラスの葉月さんだよね? あとそっちは、他のクラスの言葉さん。何でそんなことを?」
何故そんなことを訊かれたのかは不明だが、俺は普通に返答をした。
俺にコミュ力があれば、もっと面白おかしく返答できたかもしれないが、そんな高い会話スキルはない。普通に答えるのが精一杯だった。
「う~ん、私たちのことは覚えている、のよねぇ……」
「陽一さん。この子の名前は覚えていますか?」
「あぷうぁ?」
「え……? この赤ちゃんの名前? いや、だってさっき初めて会ったんだし……」
『知らない』と小さい声で答えたが、それよりも俺は、彼女たちの距離感の方に戸惑いテンパっていた。
彼女たちは俺の名前を呼ぶとき、『陣内』ではなく下の方の名前、『陽一』で呼んでいるのだ。しかもかなり親しげに。
俺が警戒心の強いモブでなければコロっと逝っていた。
『あれ? 俺のこと好きなんじゃね?』って勘違いをして、そんで浮かれていたところだ。
例えば小山のような凡庸なモブだったら、絶っ対に勘違いしていた。
そしてやっぱり違って、『え……?』って感じで彼女たちに困惑されて、あまりの羞恥心によって恥死していたところだ。
俺でなければ本当に危ないところだったのだ。
――ふう、危なかった、
危うく引っ掛かるところだったぜ……
ってか、何か怖っ! え? 何でそんなに睨んでんだ早乙女は?
葉月と言葉さんの後ろで、隣の席の早乙女が凄まじい目力で俺を睨みつけていた。
俺は心が強かったから耐えられているが、これが凡な小山だったら漏らしているレベル。そんな凄まじいガンを飛ばしていた。
「あ、あの……ッ!」
「――ッ!!」
俺は心を奮い立たせ、早乙女に話し掛けようと試みた瞬間、早乙女の圧力が膨れ上がった。俺は何も言えず言葉を呑み込む。
――っ怖ぇぇええ、
なんかいつもよりも数倍怖いぞ?
あれか? あの巫女っぽい痛い格好しているから、
それを突っ込まれると思ったのか? それで牽制してきたのか?
取り敢えず俺は、彼女たちの格好を言及するのは控えた。
どんな地雷が潜んでいるか分かったものではない。下手をすれば、いま俺が穿いている白ブリーフのことを言われるかもしれない。
あれはちょっと、いや、かなり恥ずかしいのだ。
――ぐあああああああっ!
思い出したら急に恥ずかしくなってきた、
さっき俺ってパンイチの姿を見られたんだよな?
それに比べたらコイツらのファンタジーチックな服なんて……あれ?
「ねえ、陽一君。えっと……勇者しょうかん? って言うのかな? それでこっちの世界に呼ばれたことは覚えているかなぁ?」
「あ、ああ。覚えてる。と言うか、いまうっすらとだけど思い出した。確か勇者召喚されて、そんでお姫さまに……魔王を倒してだっけかな? そんなことを頼まれた気がするな」
「あっ、アイリス様のことを覚えているんだ。あぁ~でも、アイリス様は二日前に帰っちゃったんだった。う~ん、どうしよっかなぁ」
「ね、ねえ、葉月さん。ラティさんかサリオさんを呼んでみてはどうでしょうか? 彼女たちのことなら覚えているか、もしくは思い出すかもですし」
「うん、そうだね。ラティちゃんは出かけているけど、サリオちゃんなら居たよね。ちょっと呼んでくる。言葉さんは陽一君の記憶喪失のことを説明しておいて」
何か話がどんどん進んでいった。
何故この二人が俺のことを心配しているのか。何で早乙女はこんなに俺を睨んでいるのか分からない。
そして何より謎なのが、腰に木刀を佩いていること。
着替えたときに腰に差したのだろうけど、俺はそれを全く覚えていない。
木刀を無意識に腰に差し、それに対して違和感を覚えなかったことに、違和感を覚えたのだった。
閑話休題
「ほへ~、なんかジンナイさんが、ジンナイさんじゃなくなったって聞いて飛んで来たよです」
「今度は記憶を失うとか、ホントによう毎度毎度人騒がせなお人やのう。もう一周回って納得や。全く、人が急いでアレを仕上げたってのにぃ。全く本当にじんないさんは」
「えっと……この子たちが、俺の知り合い?」
俺はこの幼児が来るまでの間、自分が記憶喪失だと言葉さんに教えられた。
だがしかし俺は、自分の名前も言えるし、学校の事やクラスメートのことも覚えている。
正直言って、自分が記憶喪失だという自覚は皆無だ。
一瞬騙されているのかと疑ったが、言われてみるとあやふやな部分もあった。
それはアイリス王女と言う、お姫さまの存在。
俺は彼女から、魔王を倒して欲しいと言われた記憶があった。
儚くも健気に、そして気丈に振る舞う彼女の姿を覚えている。しかしそこから先がスッポリと抜け落ちていた。
勇者に備わっている能力の説明を受けた気がするのだが、どうしてもその先が思い出せないのだ。
だからひょっとしたら、アイリス王女さまと会ったというのは、俺の夢か妄想かと思ったのだが――
「ほへ? じんないさん、あたしの顔になんか付いているです?」
「あ、いえ。そうでなくて……」
――あれって作り物じゃないよな?
あれってエルフ耳だよな? ってことは、まさかエルフの子供か?
こっちの男の子もエルフ耳だし……マジで異世界ってヤツか?
新たにやって来た、俺の知り合いだという二人の幼児。
女の子の方は、くりっとした目をした可愛い系の丸顔で、少々マヌケ面な気はするが、愛嬌があるとでも言える感じの子。
その一方男の子の方は、愛嬌のある顔はしているが、目が子供らしくないと言うべきか、無邪気さとは違う、邪気を帯びたような目。
一言で言うならば、油断できない感じだ。
見た目は完全に外国人な二人。
どう見ても日本人の子供には見えないし、先の尖った長い耳などは、ファンタジーの定番エルフの耳としか思えない。
「ぎゃぼう、なんかこのジンナイさん気持ち悪いですよです。はっ、まさかニセモノさんですかですっ!?」
「いや、ニセモノって……」
――あれ? 何だろうこの残念臭は……
エルフ……の子供だよな? 何だろう凄い違和感があるし、
何よりなんだこれは、顔を握り潰したくなるこの衝動は一体……
突然のあり得ない衝動に戸惑っていると、男の子の方がトコトコとやってきた。
「ほい、じんないさん。依頼してた装備品やで。依頼料の金貨160枚しっかりと払ってのう。全く、急いで仕上げたってのに、本人がこれではのう……」
「あ、はい……何かすいません……」
ららんさんと言う男の子から手渡されたのは、鱗のような板が張り付けられている胴着のような黒い服だった。
そして着て確認してくれと言われ、俺は上の胴着を羽織ってみる。
「――え、軽い?」
着せられた黒い胴着は、とても不思議な胴着だった。
板や見たことのない素材が沢山張り付けてあるのに、重さや動き難さをほとんど感じなかったのだ。まるでスエットでも着ているかのような楽さ。
「凄いなこれ……」
「にしし、そりゃあそうやろ。すっごい魔石をつこうたんやから」
黒い胴着を着たら、ふつふつと実感のようなモノが湧き上がってきた。
俺は勇者召喚された勇者であり、魔王を倒す勇者なのだと。
木刀からも力が湧き上がってくるような感覚すらしてきた。
――おっほ、
なんか勇者だって気がしてきたぞ、
やっぱあれは夢じゃねえよな、記憶喪失らしいけど、うん、俺は勇者だっ
謎の自信が満ちてきた。
ここは異世界であり、そして俺は勇者。
部屋を見渡してみれば、光の玉のようなモノが浮かんでおり、それが照明の代わりをしていることに気が付く。
あれはきっと魔法か何かなのだろう。
そして俺は勇者なのだから、あの光の玉のようなモノを作り出せるはず。
葉月たちは丁度良く、エルフっぽい子供たちと何やら話し始めた。俺はこっそりと魔法を試してみる。
( ……よし )
「出でよ、光っ」
「ほへ? ジンナイさん、何か言ったです?」
「いや、何でもない……」
こっそりと小声で言ってみたが、魔法らしきモノは発動しなかった。
――あれ? 駄目だったのかな?
あっ! そっか。そうだよ、魔法には詠唱が必要だよな、
あ~~、しまった、記憶を失ってるから詠唱も忘れてるんだ……
う~~ん、どうすっかなぁ……あっそうだ!
「ステータス、オーープン! うっほ! マジで出た。ガチで出たよ」
――すっげええええ! 青い板が出たぞっ
マジで異世界だ! ガチでファンタジーだよここ!
おっしゃ! 職業はちゃんと”ゆうしゃ”だ! 勇者陣内さまだ!
もうワクワクが止まらない。
自分の勇者としての可能性を試したくなってくる。
――おいおいおい、これってあれじゃね?
勇者専用の必殺技とかあるじゃね? 必殺剣とかあるよね?
『輝ける彼の剣こそは~』とか言って、ビーム砲をぶっぱしたり、
剣に雷撃の魔法を乗せてスラッシュしたりとか、そんでそんで……
( うん、異世界で勇者生活か。悪くないなっ )
俺は心の中で超ガッツポーズをした。
気付くと俺の足下には、獣耳の付いた赤ちゃんがやって来ていた。
俺の心の内が判っているのか、赤ちゃんは『おー』と手を伸ばしていた。
「くぅ~~、超いい子だ。ほら抱っこだ。抱っこしまちゅよ~」
「あぷぅあ!」
天使のような笑みを見せる、獣耳が付いた赤ちゃん。
俺はその天使のような笑みに一発でメロメロとなった。
もしかしてひょっとして或いは可能性として、この子は俺の子供なのかもしれない。これだけ懐いているのだ。きっとそうなのだろう。
( あ、絶対にそうだ )
一度そう考えると、もうそうとしか思えなくなってきた。
俺は異世界で子供を作っていたのだ。
――父さん、母さん……
俺、童貞だけど子供ができたよ、
俺は父親になったんだよ、
「ぎゃぼう、なんか気持ち悪さが加速しているですよです」
「う~~ん、なんだろう? 何か中途半端に記憶を失っている感じかな? アイリス王女のことは覚えているみたいだけど………………ラティちゃんは?」
「ん? ラティちゃんって? あっ、誰か来る」
「え?」
「ほへ? あ、ラティちゃんっ。ジンナイさんが馬鹿になったですよです」
「あの、サリオさん、それはどう言ったことでしょう……え? ご主人様?」
とても不思議な感覚だった。
扉が開く前に、誰かがやって来ることが、何故か判った。
別に足音や気配があった訳ではないのだが、何故か、心が理解していた。
そして部屋に入ってきた少女を見て、俺の思考は緊急停止した。
体中の体液が沸騰するような、何とも言いようのない熱い感じ。
目が奪われるなどという表現では生ぬるい、もっと上の、視線を何かで縫い付けられたかのような感覚。
俺の理想をかき集めて詰め込み、それを理想の比率で割って理想で形取ったかのような、亜麻色の髪をした少女が立っていたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
ちょっと飛ばしているので、返信が出来ず本当に申し訳ないです;
凄く楽しそうにしているので、投稿を早めたのでお許しを
あと、誤字脱字がありましたら、教えて頂けましたら嬉しいです。