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六花の想い

勇ハモ回です

 俺たちは返事待ちだった。

 帰って行った高官たちが、ゼピュロスの街に辿り着くまで約5日。

 その後は、報告やら話し合いがあるのだろうから、返事が来るのは一週間後だろうとギームルは言った。


 なので俺たちは、ゼピュロスから返事が来るまでノトスの街で待機となった。

  

 俺たちが待機となった一方、勇者たちは少し違った。

 まず椎名。ヤツにはエウロス公爵から帰還の要請が届いた。


 何でも魔物が湧いて大変らしく、大至急戻って来て欲しいとのことだ。

 断る理由もなく、エウロス()側で魔物が多く湧くようになった原因を最初に作ったのは椎名。

 ヤツはすぐにエウロスの街へと出立しようとした。


 しかしこれには小山が待ったをかけた。


 『エウロス公爵様が困っているならば、オラも行かねば』と、そんなことを小山が言い出したのだ。

 だがしかし何故か、小山は来るな(ノーセンキュー)との追記があり、色々(わっちゃわっちゃ)と揉めたが、結局椎名だけがエウロスの街へと向かった。


 次に上杉や蒼月、あと柊は、アムさんの許しを得る形でナツイシの街へと。

 ここら辺は色々と複雑な事情があったが、アムさんがそれを許した。


 他には北のボレアスから、魔物の湧く数が少しずつだが増えてきているので、誰か来て欲しいとの連絡が届いた。

 これにはハーティ率いる三雲組が手を上げた、そして準備が整い次第向かうこととなった。

 

 どうやらボレアスの提示した報酬額がなかなか良かったらしく、三雲組の運営のために向かうそうだ。


 そんな風に、防衛戦のために集まった勇者たちが散っていく中、ノトスの街に滞在中のアイリス王女が、ノトスの演劇を視察してみたいと言った。


 街を視察で回っている時に、賑やかな芝居小屋エリアがたまたま目に入ったそうだ。

 確かにあの一角は賑やかだ。いつ行っても混んでおり、ちょっとしたお祭り状態。そこに目をつけた王女様はなかなかの慧眼、となったのだが……



「おい、ジジイ。何でこの演目にした。お前は馬鹿なのか」


 アイリス王女の護衛として連れて来られた俺は、いま感じた素直な気持ちを口にした。


「貴様、わしをジジイじゃと」

「あぶー?」


「うるせえ、何でこれ(・・)にしたんだよ。全力で防げよ。あ、モモちゃんのことじゃないでしゅからね~」

「ぱぁぱ~? うぅ~」


「……ノトス公爵令嬢が強く薦めたのじゃ」

「すまんかった。あとで鷲掴みにしておく。はい、モモちゃんこしょこしょ~」

「こしょこしょぉー」

 

 俺はモモちゃんの耳を掻きながら、死んだ目で舞台の方を眺めた。

 いま演じられている演目のタイトルは、”六花の花嫁”。

 俺への嫌がらせとしか思えない、あのふざけた劇、”ヘキサスラスト物語”をパワーアップ改修させた劇だった。

 

 追加キャストを入れて、より酷いモノへと変貌を遂げており……


『諦めませんっ、私は私はナイジーン様と添い遂げますっ! その髪飾りに誓って……絶対に諦めませんっ』

『ほう、小娘がようほざくわい』


 舞台の上では、白いドレスを纏った可憐な少女が、細身の剣(レイピア)を構えて、まるで巌のような老婆と対峙していた。


「まあっ、これからどうなるのでしょうか? 凄くわくわくします」

「あぷぁーっ、うぶぶぶぅ」


 酷い(衝撃的な)展開に目を輝かせるアイリス王女と、大興奮で劇にかぶり付くモモちゃん。


『たぁー!』

『ふんっ、ぬるいわああ!!』


 気合い一閃、レイピアによる刺突を、砲身の付いた巨大な槍で弾く巌な老婆。

 

『――くうっ!?』


 どう見ても無理。可憐な少女のレイピアは、巌な老婆の巨槍によって簡単に弾き返され、彼女は転がるようにして大きく後退した。


『この程度で退くとは、貴様の想いとやらは軽いのう、軽すぎるっ!』

『うう』


「頑張ってイリアス! みんなの分まで頑張って-」

「イリアスさん。どうか、どうか……」

「おい、早く起きろ弓使いの女っ、寝てる場合じゃないぞ、早く起きろ、このポンコツがっ!」 

「…………」

「み、見ぇ……」


 俺の前の列では、葉月、言葉(ことのは)、早乙女が熱くなって声援を送り続けていた。 


 芝居中に声を張り上げるなど普通ならばマナー違反。

 だがこの異世界(イセカイ)の演劇では、こういった熱い展開の時は声援を送って良いことになっている。 


 もしかすると、元の世界でも同じような配慮があったかもしれないが、少なくとも俺が観たことがある演劇ではなかった。


『さて、そろそろ他の者と同じように、貴様にも眠ってもらおうか』 

『――ッ!?』


 巌な老婆は、手に持ったガンランスの先端をイリアスに向けた。

 ぐっと身構えるイリアス。


 観客席からは、『ああっ』っと悲鳴が上がる。

 腕の中にいるモモちゃんなんて、もうこれでもかと大暴れで大興奮。腕の力を緩めようものなら落っこちてしまいそうな程、前のめりになっていた。

 きっとこの劇が終わったら興奮した疲れで眠ってしまうだろう。


「モモちゃんっ? あぶぶだからね? 前に行くとあぶぶだからね?」

「ぶぶぶぶ」


「ぶぶじゃなよ! ほら、こっちに頭をこて~んってして。ほら、こて~ん」

「あぷぁあ!」

 

 モモちゃんが両手を上げてはしゃぐ中、劇はクライマックスへと近づいていく。

 この劇、”六花の花嫁”は、5人の少女と一人の老婆が、一人の男を巡って争うという物語だった。 

 

 婚約発表のパーティーで、王太子である”黒い君”ことナイジーンが、真実の愛を見つけたと言って婚約破棄を宣言する所から物語は始まる。

 婚約破棄を告げられて、ヨヨと泣く公爵令嬢アムスタシア。


 ここまではまだ良い。

 よくあるテンプレだ。まだ良かった。だがしかしここからが酷かった。


 王太子である黒い君ナイジーンは、真実の愛の相手を――6人あげたのだ。

 普通にゲスい。

 真実の愛の相手が6人もいるという黒い君。もうドン引きだ。


 それから真実の愛たちが争いだし、この物語は進んでいく。

 そしてイリアス以外の令嬢たちは、巌な老婆によって倒されて、舞台の端の方でグッタリと横になっていた。


 現在、舞台の上で起きているのは3人だけ――


「あ、黒キモいヤツが動いた。きもっ」

「もう、風夏ちゃん」


 葉月の隣に座っている橘は、自分の腕をさすりながらそんなこと言った。

 厄介な勇者橘は、高官たちと一緒にゼピュロスには帰らず、何故かまだノトスの街に居た。


 もう防衛戦は終わったのだから、さっさと帰ればいいと思っているのだが、あれからずっと葉月と一緒にいる。



『もう止めてくれ、二人とも。俺のために争わないでくれっ』


 何だかセリフの配置が逆なことを言っているのは、ボサッとした黒髪に、目の下に隈取りのようなメイクをした”黒い君”だった。取り敢えず目つきが酷い。


 一体誰の真似なのだと、異様に腹が立つヤツなのだが、その”黒い君”の演技はとても素晴らしかった。 

 殴りたいぐらいムカツクのに、つい引き込まれてしまう秀逸な演技。

 他の共演者とは格の違いを見せつけていた。


「ねえ由香。あの黒いキモいヤツって、後輩の霧島だよね?」

「うん、すっごく演技が上手いよね。なんて言うか、本人の特徴? ってのを捉えているっていうか……。うん、そんな感じだよね」


 ( おい、何だよ、その本人の特徴って。本人って誰だよっ! )


 楽しそうに語る葉月と、それを呆れた目で見る橘。

 なかなかの温度差を感じさせる。


『死ねいっ、小娘! 必殺人喰い竜殺し(ギーヴルバスター)!』


 巌な老婆、可憐な少女イリアスに向かって必殺の一撃を放った。

 この攻撃によって他の令嬢たちは倒されていた。

 砲身から光る炎が吹き出され、それがイリアスを包み込まんとする。

 

『聖壁!』

『えっ?』


 突如出現した半透明の盾が、イリアスを呑み込まんとする光る炎を遮った。

 盾に遮られ、何も燃やすことなく消えていく光る炎。


『……ほう、聖女の小娘、まだ生きておったか。存外にしぶといのう』

『ちょっと休憩をしていただけよ。だから、ほら――』


 ――ギィィイイ――

  

『貴様も生きておったか、尻尾持ちの小娘。それにデカいの持ちもか』

 

 巌な老婆は、背後から奇襲してきた狼人の令嬢の攻撃を防いだ。

 そして油断なく、起き上がったもう一人の女神な令嬢の睨めつける。


 戦況がガラリと変わった。

 4人の少女たちが、巨大な槍を持った巌を取り囲んだ。

 ジリジリと距離を詰める4人の少女たち。最初はバトルロワイヤル形式だったが、今は一対五の状況。

 


『ふむ、こう囲まれては、この武器(獲物)ではちと面倒だのう。どれ――』

『えっ……?』


 巌は、己の武器である巨大な槍を放り投げた。

 そして胸の前で、こぶしと手のひらを強く打ち付ける。


『さあ、かかってくるが良い小娘ども。黒い君を欲しくばわしを倒してみよ』


 まさにクライマックス。

 4人の少女と、まるで超獣とでも呼ぶべき巌の戦いが始まった。

 巌が豪腕を振り下ろすと、地面からマグマのようなモノが吹き出し、巌が天に向かって咆吼すると、空から岩が飛来してきた。


 どうやったらこんな凄いCGエフェクトみたいなことが出来るのかは不明だが、舞台の上では凄まじい戦いが繰り広げられた。


 狼人の少女が双剣を鬼神のように乱舞。

 槌を持った聖女の令嬢が巌の頭を狙い。

 刀を持った女神な令嬢が巌の足下を切りつけ。

 可憐な少女、イリアスがレイピアでチクチクと刺した。


 激しい戦いを演じる少女たちと巌婆。

 彼女たちと巌は、激しい戦いを演じながらも黒い君への想いを吐き出していた。

 どれだけ彼のことを想っているのか、なかなか心に来る想いを――


『彼は、私をあの窮地を救ってくれたのですっ』

『うおっ!?』


『あの人は、いつも寂しそうにしているのに、それなのに私のことを――』

『あぶなっ』


『彼は、内気な私を見てくれたんです。だから――』

『ぎゃぼうっ!』


『あの人に渡した髪飾りに誓って、私はっ』

『ヤクイっ!?』


 想いを吐き出しながら巌へと攻撃を繰り出す少女たち。

 そして何故か、その攻撃による余波が黒い君へと降り注いでいた。

 黒い君ナイジーンは、それを紙一重で避け続けていた。


 ちょっと良いシーンのはずなのに、必死に避けてる黒い君がコミカルにしていた。


 ただ魅せるだけではなく、観ている者を楽しませる演出。

 悔しいが、素直に面白いと感じた。

 戦闘の合間に交わされる会話なども、戦闘シーンだけで飽きさせぬように、本当に上手く出来ていた。


「……ねえ、何で弓のヤツは起きてこないの? 倒れたまんまなんだけど」

「さあな、脚本を書いたヤツに聞いてみたらいいんじゃねえか?」



『はぁ、はぁ、これが最後の一撃……。星と歌い踊る光の――』

『見せてみるが良い、最後の一撃。貴様の彼への想いとやらをっ』


 激闘の末、再び対峙する可憐と巌。

 俺たちは息を呑んでそれを見守っていた。


 イリアス以外の令嬢たちは、倒れてはいないが、手や膝を地について屈していた。もう立ち上がる力は残っていない様子。

 

『行きますっ。私は貴方を超えてみせるっ』 

『ふん、来るが良い小娘。このわしが――むっ!? いかんっ!!』


 グリズリーのように両手を掲げていた巌が、突然慌てて駆け出した。

 初めて動揺を見せる巌。

 

 観客席にいる俺たちは、何があったのかとその先を見ると――


『あぶないっ、ナイジーン様っ!』


 巌は、黒い君へと駆けていた。

 そしてその黒い君へと捕食でもするかのように覆い被さり――


『――ぐうっ!!』


 けたたましい音を立てて、上に吊るされていたシャンデリアが割れて飛び散った。


『ああっ、ギールム様』

『ギールム!』


 イリアスとナイジーンの声が響く。

 雄々しくグラリと倒れる巌な老婆ギールム。


 彼女?は、愛しい人、黒い君ナイジーンに落下してきたシャンデリアから、彼を助けるために、己の身を盾としたのだった。


 さすがの超獣ギールムも、落下してきたシャンデリアには傷を負った。


『ああ、何ということだ……目を、目を開けてくれっギールムっ』


 さっきまで戦っていた令嬢たちも駆け寄ってくる。   

 涙を流しながら、巌の手を握ってひたすら呼び掛けるナイジーン。


『ギールム、俺なんかのために、こんな怪我を負って……』 

 

 静かに横たわるギールムは、彼の悲痛な呼び掛けに応じることなく、眉間に深いしわを寄せながら目を閉じていた。


『ああ、俺は馬鹿。大馬鹿野郎だ。こんなことになって初めて気が付いた。君だったんだ。君が俺の翼であり右腕、そしてかけがえのない……真の真実の愛の人だったんだ……』


 ナイジーンは、そう言ったあと、巌のような老婆に口づけを落とした。

 すると――


『む? 朝か……』

『ギールムっ! 良かった、本当に良かった』


 『きゃー』と言って手で顔を覆うアイリス王女。

 だが、指の隙間からコッソリと覗いているのが分かる。


 再び重なる、二つの――




        閑話休題(真の真実の愛w)




「行くぞギームル。アイツをぶっ殺す」

「ああ、わかっておる。周囲をすぐに包囲せよ! 門番にも通達しろ」


 俺とギームルは、舞台の幕が下がり始めると同時に駆け出した。

 拍手が鳴り止まぬ中、すぐに控え室へと向かった。


 だがしかし、霧島の姿はすでになく。他の役者たちが言うには、すでに出て行ってしまったそうだ。


「あの野郎っ、なんつうモンを見せんだ! 保護法ギリギリの一歩先まで追い込んでやるっ ぶっ殺してやるっ」



 その後、門番から勇者霧島が外に出たとの報告が届いたのだった。 

読んで頂きありがとうございます。

すいません、感想への返信が滞っており、本当に申し訳ないです。


感想はいつも楽しく読ませてもらっています。

あと、誤字脱字の報告も、いつもありがとうございます。



次回からは、ちょっと深刻な事態?話?回かもです

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