厄介から始めるイセカイ生活
え~~、いつもの面倒回です、
もう遅い時間だというのに、拠点は夕暮れよりも明るくなっていた。
燦々煌々と光る”アカリ”が周囲を照らし切っている。
周りの喧騒は、その”アカリ”に負けぬ程の盛り上がりをみせていた。
おれは、防衛戦に二回ほど参戦したことがある。
そしてその防衛戦が終わった後の馬鹿騒ぎは、一種の禊となっていた。
戦いの中で命を落とした者を、こうした馬鹿騒ぎで弔う。
冒険者とは、何かあれば命を落とす職業だ。
冒険者にとって戦死とは、とても身近なモノ。
だから、めそめそと仲間の死を弔うのではなく、こうやって賑やかに弔う。
それがいつもの馬鹿騒ぎ、だったはずだが――
「よお、飲んでるか? ヨーハン」
「ああ、ヴェルヴァトロス、折角のただ酒だからな。――なあ、戦死者ゼロとかあり得ないだろ? マジでやっちまったのかおれ達は……」
「そうなんだよっ! ああ、マジで酒がうめぇ。いい酒だよな……」
そんなに高い酒ではない。
だが美味い。そんな酒だった。
「美味いな……」
純粋に楽しめる酒がここまで美味いとは思わなかった。
自分の知り合いでなくて、何処かで誰かが死んでいると思うと、僅かではあるが思うところがあった。
だが今回は、負傷者はいても死者はいない。
そんなあり得ない大規模防衛戦だった。
大規模防衛戦では必ず死者が出ていた。
その一番の理由は、大人数だからに尽きる。
大人数だからと油断する者。大人数だから指示がしっかりと伝わらない。大人数だから好き勝手やる者が多くなる。目立とうとする。他者よりも無理に稼ごうとする等々。
戦力のバラつき等も大きな問題だった。
レベルが高く強い者は、より多く稼ごうと多くの魔物を倒そうする。
そしてそういった者は、倒し難い魔物を避けることが多い。倒し易い魔物ばかりを狩り、その横にいる面倒な魔物はスルーすることが多いのだ。
そういったズレは積み重なり、何でもない所に綻びが生じ、弱い者、運の悪い者が犠牲となる。
だが今回は全てが違った。
まず、戦力のバラつきが少なかった。
その辺りを考えてバランスの良い配置となっていた。
指示の部分では、攻撃方法を放出系だけに限定していたのも大きい。
本来、放出系は威力が低いのだが、斧系ならレベル25から、両手剣なら30から強力な放出系WSを使えるようになる。
レベルの低い者は参加させず、レベル30を超える高レベル者だけで編成されていた。
そしてその修得したWSだけで戦い。一方的に攻撃をしていたのだ。
しかしこれには欠点が存在していた。
強力な放出系WSがあったとしても、それに耐え切る魔物が存在する。
倒すならどうしても近接系WSが必要になってくる。
一応放出系だけでも倒せないことはないが、やはりどうしても時間や手数がかかる。
そしてそこに集中してしまうと、他の魔物たちが疎かになる。
しかしだからと言って、その面倒な魔物を無視する訳にはいかない。
しかもその面倒な魔物を相手にするということは、それだけ戦果が下がるのだ。
パーティなら、そこまで個人の稼ぎには走らない。
だが、オーバーアライアンスを超える人数となると、どうしても個人の稼ぎに走るものが出て来るのだ。
「しかしよう、上手いことを考えたモンだよな」
「ん? 武器によって倒す魔物を指示したあれか?」
「そう、それよ。ヨーハンは弓持ちだから、硬いヤツばっかだっただろ?」
「まあな」
そう、武器によって担当する魔物が違ったのだ。
これによって特定の魔物がスルーされることがなくなった。
他には勇者様たちの存在も大きかった。
押されたりぐだったりする要因の魔物を、弓持ちの勇者様がどんどん倒していったのだ。
今回の大規模防衛戦は本当に上手く回っていた。
サポートする後衛もしっかりと揃っており、全てにおいて底上げがされていた。
そして何よりも、孤高の独り最前線の存在が大きかった。
特に最後の突撃は圧巻だった。
噂のバカパルトを目撃することができた。
手を着いて低く構えた姿勢から駆け出し、まさに黒い疾風、漆黒の鏃となって戦場を駆け抜け、離れた場所にいる魔物を一瞬にして貫いた。
そしてそれをフォローした勇者様たちも凄かった。
劇場の勇者キリシマ様などは、放出系WSを設置して留めて置くという、誰も真似ができないことをして、ボッチ・ラインの行く手を遮る魔物を倒していた。
何もない空間から突如放たれた数々のWS。
一瞬だけだが、10人を超える冒険者が一斉に放出系WSを放ったようだった。
ボッチ・ラインが白い魔物を倒した後は、魔石魔物の動きが鈍くなり、すぐに勇者様によって倒された。
あの白い魔物を倒したことによって勝敗が決したのだった。
「最後はホントに凄かったなぁ。あれが噂のボッチライン。あれが――」
「――スイマセン。ちょっとそれ、僕に聞かせてくれませんか?」
感想を口にしているおれに、一人の少年が声を掛けてきた。
気分よく話していたのを遮られたので、ちょっとムッとして声の主の方を見たのだが――
「んん? なんだ――って!? え? キリシマ様!? ええっ? 勇者様?」
「ちょっとした取材みたいなモンです。彼のこと、陣内先輩のことを、貴方から見た感想を聞かせてくれませんか?」
――――――――――――――――――――――――
「ふう、ちょっと食い過ぎたな」
俺はトイレから出た後、空を見上げて月を確認した。
現在の時刻は23時過ぎ。馬鹿騒ぎが開始されてからもう3時間以上経過していた。洗った手が濡れてひんやりと心地良い。
大規模防衛戦が終わったあと、いつもの大騒ぎが行われていた。
いつの間に用意していたのか、拠点にはちょっとした食事と、大量の酒類が用意されていたのだ。
決して豪勢な食事ではないが、全てタダと言うことで冒険者たちはそれに群がった。
途中、アムさんが締めの演説っぽいことをしていたが、聞いている者は少なかった気がする。
アイリス王女や視察に同行していた高官たちは、護衛を引き連れて帰った。
視察は終わったのだから、これ以上この場にいる必要はないのだろう。
モモちゃんが寂しがっていたが、これは仕方がない事だ。そしてそのモモちゃんは、とっくにもうおねむ中。
「さて、さっきのはどうなったかな。葉月は上手く……収めたのかな?」
俺はトイレに行く前のことを思い出し、それをつい口にした。
事の発端は当然のことだった。
勇者橘は、ハリゼオイに向けて放出系WSを放ったことを、他の勇者たちに咎められたのだ。
最初に食って掛かったのは三雲と上杉。
三雲は、何故WSを放ったのかと問い詰め。
上杉は、仲間が危険に晒されたことを非難していた。
橘は、食って掛かって来た二人に対し、一切悪びれた様子は見せず、『手伝ってやったつもりだった』と反論した。
その後もグダグダと言い続け、『悪気は無い』『純粋に助けようとした善意』『結果的にはああなったけど』などと、素直に謝罪することはなかった。
当然、三雲、上杉はそれに納得しない。
上杉などは、野球を例に喩え、指示に従わない選手はクズだと罵った。
そのクズと言う言葉に橘が激高。凄まじい言い合いへと発展した。
俺としては、『上杉、お前も無視してたよな?』と言いたいが、そんな横やりを入られないほど白熱していた。
小山などは、何を言ったら良いのかウロウロし始めていた。
そして熱くなった橘が、『倒せたんだからいいでしょ』と発言。
これには静観していた伊吹も黙っておらず、『怪我をしたガレオスさんに謝ってください』と、彼女にしてはキツイ口調で橘にそう言った。
きっと伊吹は、形だけでも謝罪はするとでも思っていたのだろう。
しかし橘は、なんとこれにも反論。
内容は先程と同じで、善意によっての行動なのだから、自分には非が無いと主張した。あれは仕方の無い事故で、どうしようもなかったのだと……
どうやら橘の中では、結果はどうであれ、善意であれば全て許されるらしい。
指示に背いた件には一切触れなかった。
ホントにもうグダグダな展開。
今度はこれに見かねた椎名までもが参戦。やんわりと仲裁に入る。
だがここでも橘は、頑なに己の非を認めようとしなかった。
何故指示に背いたのかという正論に対し、善意に対してイチャモンをつけるなと、己の中の正論を振りかざし始めた。
最終的には、余所に行っていた葉月が戻って来たお陰で収束へと向かった。
俺はそれを途中まで見届けた後、一人トイレへと行った。
「……正論だけじゃぜってぇに解決しねえよな」
洗った手をパタパタと振りながら独りごちる。
俺個人の考えだが、正論とは相手を叩きのめすモノだ。
正論を吐くとは、自身の正義、自分の正当性を相手に押しつけ、ただ相手をへこませることを目的とする。
相手に反省や謝罪を促してはいるが、その本質は、言葉で相手を叩きのめすことだ。
正論でどうにかなるのならば、この世から戦争は余裕で無くなっている。
今回の防衛戦の発端だってそうかもしれない。
ゼピュロス側は、自身の正当性をただただ主張しようとした。
そして、相手の正当性は決して見ようとしていない。
もしこれを解決しようとするのならば、相手に有無も言わさぬ武力で押し切るか、もしくは……
「途方もない気遣いと優しさかな……」
先程のどうしようもない罵り合いは、葉月の気遣いと優しさで終わりを見せた。
葉月は彼ら彼女らに対し、騒動の原因の解決を求めなかった。
ただ、騒動の収束だけを目的とした。
葉月は橘の間に入り、まず橘を庇った。
椎名のように、やんわりと窘めることはしなかった。ただ庇っただけ。
何も解決はしなかったが、この場の空気をぶち壊すような騒動は終わった。
正直、納得できないし、怒りも収まらない。
だが葉月に面と向かって言われると毒気が抜かれてしまう。
きっとチョロそうな上杉などは、今頃葉月によって言いくるめられている頃だろう。三雲も多分そうだ。葉月によって、この場では矛を収めているだろう。
だから俺はトイレに逃げた。
ヤツと戦うために――
「よう、橘」
「陣内……。こんな場所で待ち伏せ? 相変わらずクズね。この変態」
「ちょっとお前に言いたいこと……いや、聞きたいことってか、確認したいことがあってな」
「はあ? アンタに話すことなんて1ミリもないわよ。そこを退いてもらえる、家に帰れないんだけど」
ふいっと後ろを向くと、俺が立っている場所は、橘の家へと続く道だった。
ちょっと迂回すれば帰れるのだが、コイツの性格上それはないだろう。
退かせることはあっても、退くことはないタイプだ。
そして俺は、それを理解してこの場に立っている。
「確認だ。なあ橘、お前はマジで何をやってきたんだ? マジで戦い方が酷すぎるぞ。お前は一体なにをやってきたんだ? あまりにも使えねえから、ちょっと気になったんだ。……なあ橘、お前は何をやって来たんだ?」
読んで頂きありがとうございます。
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あと、誤字脱字なども……