厄介なあすから
わっちゃわっちゃ続きますっ
あの噂を疑っていた訳ではない。
そこそこ有名な劇にもなっているし、実際に観に行ったこともある。
あの二つ名……
「これが孤高の独り最前線……」
いきなり吼えたと思ったら爆ぜた。
本当に爆ぜたとしか言いようのない、そんなデタラメな凄さだった。
魔石魔物級のイワオトコが一瞬にして倒された。
しかも二体も。
「何だよこれ……」
彼の強さを疑っている訳ではない。
一昨日も彼は、勇者サオトメ様を助けるために、堀の下へと躊躇う事無く飛び降りて大立ち回りを演じていた。
そしてただ強いだけではなく、死地へと飛び込める心の強さがあることも判った。一般的には勇気と言う、そう言った強さを備えていると深く感じた。
だが目の前の光景は、勇気とかそんな格好良いモノは無かった。
正気ではない。魔石魔物級のイワオトコを相手に、あんなに深く踏み込めるなど絶対に正気ではない。頭の中の何かが切れているとしか思えない。
『勇気』などと言う言葉では生ぬるい。もっと別な何かだ。
喩えるならば、どうしようもない絶望を見てきただとか、死んでも捨てる訳にはいかないモノを抱えているなどの、そんな気が触れてしまいそうな必死さ。
そんな、そんな姿だった。
「おい、ヨーハン。手が止まってんぞ、ちゃんと戦えよ」
「あ、ああ、悪いヴェルヴァトロス。ちょっとよそ見してた」
「ふん。…………まあ分からんでもないか」
「…………ああ」
ヴェルヴァトロスが何を言いたいのか分かる。
そう、つい見てしまうのだ。
いや、魅入ってしまうと言った方が正しいのかもしれない。
「うおっ、すっげぇ」
「ああ」
注意してきたヴェルヴァトロスも魅入っている。
本当は、魔物をもっと間引かないといけないのに、何人もの冒険者たちがおれたちと同じように手を止めていた。
元宰相だったという老人から、もっと減らせとの指示を受けていたが、その半数も倒せていない。
「何でWS無しであそこまで戦えんだよ」
「ああ……」
さっきから『ああ』しか言えていない。
だがそんな言葉しか出てこない。ただただ魅入ってしまう。
荒々しくも洗練されていると感じる薙ぎ払い。
その薙ぎ払いから、まるで一連の動作のように繰り出される必殺の突き。
突きの踏み込みの勢いを殺さずに、そのまま円を描くような体捌き。
デタラメで勢いだけのような動きなのに、一切無駄のない鋭さを持った、そんな矛盾したような動きだった。
それはまるで、精密に荒れ狂う暴風。
「あ、ああ……そうか。そうだよな……」
何であんなに魔物が間引かれないのか、その理由が分かった気がした。
きっと全員が見たいのだ。
孤高の独り最前線を。
みんな見たいのだ。彼の荒々しい様を。
みんな続きをみたいのだ。彼の動きの先を。
みんな気になって仕方がないのだ。彼の雄々しい様が。
みんな、みんな期待してしまっているのだ。彼の――
「あぷぅうああああっ、ぷああああああ!!」
”乙女達の愛娘”と呼ばれている赤ちゃんがまた声をあげている。
きっとあの子が一番期待しているのだろう。
彼に、孤高の独り最前線に……
――――――――――――――――――――――――
「はあぁ、はあぁ、はあぁ」
「お疲れさま、陽一君」
「うー、あぶぶ。あぷぅあ」
戦いを終えた俺は、伊吹と交代をして後方に下がってへたり込んでいた。
腕の一本も動かしたくない状態。
俺のそんな状態が心配になってやって来たのか、それともモモちゃんが来たいと言ったのか、葉月がモモちゃんを抱っこして俺の元に来ていた。
位置は少し離れた場所なので、完全に安全とは言えなくとも、それなりに安全な場所。
すぐ後ろの方には王女様用の物見台があり、そこには椎名と下元が居るので、何かあればアイツらが飛び出してくる。
特に椎名には、聖剣の結界があるのでかなり頼もしい。
なので俺は、モモちゃんがここに来ていることを良しとした。
「あ、モモちゃん」
「ぱぅぷあ」
「モモちゃん、いまの俺は汗くちゃいくちゃいだから駄目だよ?」
モモちゃんは、腕を俺へと伸ばし抱っこを要求していた。
葉月の腕の中で『あうあう』とお手手を伸ばしている。
本当は抱っこしてあげたい。だが汗が酷いし、何より腕が上がらない。
「モモちゃん、ちょっと待ってね」
「あう?」
「へ、葉月?」
「ちょっとじっとしててね、陽一君」
葉月がハンカチを取り出して、俺の顔の汗を拭う。
ふわりと香るフローラル系の匂いが、鼻の奥をやわやわつつく。
「はい、終わり。モモちゃんどうぞ」
「ぱぁあぱあ」
「おふ、モモちゃん……」
モモちゃんは、俺のことを労るようにペタペタと顔を触れてきた。そして頭もグリグリと押しつけてくる。
「モモちゃん、応援ありがとうね」
「うーあー」
気が付くといつの間にか、疲れていた腕が楽になっていた。
どうやら葉月が魔法で疲れを抜いてくれたようだ。
片腕でモモちゃんを抱っこしたまま、もう片方の腕が俺の右肩にかざされていた。
「すっげえええ!」
「おい、何だよ今のWS」
「あれが竜殺しの勇者様か……」
突然歓声が上がった。
声の方に視線を向けると、丁度伊吹が魔物を倒したところだった。
霧散していく黒い霧の大きさから見て、魔石魔物級の魔物を倒した直後なのだろう。
「伊吹さん、凄いなぁ……」
「ああ」
「うあ?」
俺とポジションを交代した伊吹が、あの必殺のWSでも放ったのだろう。
流石に一人で戦い続けることは無理。
だから俺たちは、単独で戦える者で回すことにしていた。
最初は俺で、次は伊吹。その次は上杉となっていた。
俺の次に降りた伊吹は、真っ赤に映える大剣を振り回し、次々と魔物を切り裂いていく。
「……上手くなってんな。いや、ちょっと違うな……」
「え? 上手く? 違うって?」
「ああ、アレは――」
伊吹の戦い方が変化していた。
彼女の戦い方は、飛び込むような近接WSが軸だった。
勝機を決して逃さず、行ける時は大きく前へと踏み込んでWSを放つのだ。
だが今の伊吹は少し違っていた。
大きく踏み込んでWSを放つ点は変わっていないが、WSが必要でない場合は普通に大剣を振っていたのだ。
そして最大の変化が、大剣を振った直後にWSを発動させて、剣を振った直後の隙を減らしていた。
俺も似たようなことをしているから分かる。
振り下ろした槍を蹴り上げることで、次の動きに繋げることがある。
伊吹はそれと同じようなことをWSで行っていた。
どうしても大振りになる大剣を、WS発動時に発生する動作でキャンセルする。
それはまるで、格闘ゲームで見られる、必殺技によるキャンセル攻撃のようだった。
これはとても手強いと、俺はそう感じた。
そしてこの変化をもたらしたのは、きっとあの赤い大剣、紅葉剣モミジのお陰だろう。
伊吹は、椎名が持っている名剣と呼ばれる物を持っていなかった。
ある程度の業物は買えたかもしれないが、それは伊吹に釣り合っていなかった。
伊吹の力を十全に発揮するには足りなかったのだろう。
たぶん伊吹は、無意識にそれに気が付いていたはず。WSの力を纏っていない大剣を全力で振れば、伊吹の力に負けて折れてしまうと。だがしかし今は――
「これが伊吹の本当の実力ってヤツか……」
「あぷぁ?」
「うん、そうなんでちゅよ。凄いんでちゅよ~。あの新しい鎧も、前のヤツよりも動き易くなっているんだろうなぁ。うん」
「陽一君、さすがに分からないと思うんだけど……」
「あいっ」
「え? わかるの? モモちゃんがドヤ顔!?」
モモちゃんと葉月が話をしている中、俺は伊吹の動きを注視していた。
ないとは思うが、もしかすると、万が一に備えて、俺は伊吹の動きを観察し続けていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「葬乱!」
上杉のWSによって、狼型の魔物が消し飛ぶように吹き飛んだ。
「へいへいっ、次の球を寄越せ」
また一匹の魔物が上杉へと襲い掛かり、高威力のWSでまた吹き飛ぶ。
「なあ、少な過ぎねえか? 俺の時はもっと5倍ぐらい来てたよな?」
「へえ、そうですかい? オレには同じぐらいに見えるんですけどねえ~。たぶんアレですよダンナ。下に居るのと、上にいるのじゃ違って見えるんですよ」
「ぜってぇ違ぇ! 俺のときは三匹纏めてやって来てたよな? あんな風に一匹ずつとか無かったぞ!」
「アレでさぁ、ええ、気のせいでさぁ、ダンナ」
そう言って目を逸らすガレオスさん。
だが目を逸らすということは、そういうことなのだろう。
伊吹のときもそうだった。
程良い程度の魔物が流されてきていた。
俺のときは本気でヤバかったというのに……
「あとでアイツらしばく……」
「ダンナ。まあ許してやってくれでさぁ。アイツらだって悪気があった訳じゃねえんでさ。……ただ」
「? ただ?」
「いや、これは言わぬが花ってヤツかな」
「なんじゃそりゃ」
何ともはっきりせぬ言いように、俺がさらに問い詰めようとしたその時――
「ヤツが出たっ! パターン白、あとは黄色が2、いや3だ」
「プランC発動! プランC発動! プランC要員は速攻で配置に就け!」
監視役のホークアイから報告が響き、それを聞いたレプソルさんがすぐに指示を飛ばした。
そしてそれを聞いた俺たちも即座に動く。
この防衛戦で一番警戒していた事。
それは、白いケーキ野郎と深層魔石魔物の存在。
魔石魔物級のイワオトコなどが居るのだ。
最下層の、深層魔石魔物が交ざっていてもおかしくない。
そしてその中に、あの白いケーキ野郎が居たらもっと大変なことになると想定していたのだ。
白いケーキ野郎とシロゼオイ・ノロイのコンビなどは最悪だ。
特にシロゼオイ・ノロイは強敵。あれを死者なしで倒すのは難しい。
だから俺たちは、事前に対処方法を決めていた。
それがプランC。
パターン白は、白いケーキ野郎のこと。
そしてパターン黄色は、上位魔石魔物のこと。
魔物の群の中に、白いケーキ野郎が一体。ハリゼオイが2体と巨大な狼男型の魔物一体。計4体の要注意魔石魔物が姿を現したのだった。
読んで頂きありがとうございます
すいません、すいません、返事が書けず……
全部大事に読ませて貰っております。
なので、感想など頂けましたら嬉しですー
あと、誤字脱字も宜しければ……