風と共に厄介ぬ
とーーー!
「えっと、えっと……あの、お疲れ様です」
「え? はい。お疲れさまです、ジンナイ様」
「――ッ!!」
予想外の遭遇にテンパった俺は、とても残念な感じの挨拶をしてしまった。
もうちょっと他に何かなかったのかと思うが、コミュ力が底辺の俺にはこれが精一杯だった。
それに対してアイリス王女の方は、俺に合わせた返事をしてくれた。
馬鹿にした素振りは一切なく、とても好感が持てた。だが、後ろに控えている侍女たちは違った。
王族であるアイリス王女が、俺のことを敬称つけて呼んだのが気に食わないのか、それとも一介の冒険者と話をしているのが嫌なのか、侍女からの視線がとても険しい。
しかもそのうちの一人は、俺のことを射殺さんと睨んでいる。
心なしか重心も落としており、その気配と雰囲気から察するに、彼女はただの侍女ではなさそうだった。きっと侍女の中に紛れた護衛か何かだろう。
謎の緊張感が俺に突き刺さる。
大音量のブザーが鳴る防犯グッズに指を掛けられている気分だ。
この状況に気付いていないのは王女だけ。
「えっと、えっと、これからどこかお出掛けですか?」
何とか不審に思われぬように、取り敢えず無難なことを尋ねてみた。
が――
「何をお探りですか?」
「……」
アイリス王女を庇うように、二人の侍女が前に出て来た。
どうやら俺は、言葉の選択を間違った様子。無用な警戒を生んでしまった。
「貴方たち、お引きなさい。ジンナイ様に失礼ですよ」
「……はい」
「………………はい」
「本当に申し訳ありません、ジンナイ様」
「い、いえ――ッ!!」
――ひぃっ!
後ろっ! 後ろを見て王女さま!
その侍女さんたち全然引いてないよ!
何か護衛っぽい人、スカートの中から暗器を出そうとしてるし、
アイリス王女さまの後ろでは、侍女たちが全員メンチを切っていた。
完全に俺のことを不審者扱い。むしろ敵だと思っているかもしれない。
( はぁ、ここは素直に撤退するか )
本当は少し話したいことがあった。
ジェスチャーで髪飾りのことは伝えたが、言葉にして伝えた訳ではない。
だから機会があれば、しっかりとそれを伝えたかったのだが……。
( うん、こりゃ無理だな )
アイリス王女はともかく、侍女の方が殺気立っていた。
現在の時刻は23時を回っている。そんな遅い時間であり、ここは城の中でもなければ街中でもない。荒くれ者が多い冒険者ばかりいる拠点なのだ。
こういった警戒心はとても大事なことだろう。むしろ褒めるべきだ。
「えっと、じゃあ俺はここで……」
俺は雑な会釈をしてその場を後にする。
これ以上この場に居ても仕方がない。
「あのっ、ジンナイ様」
「へ?」
「姫様っ!?」
アイリス王女が俺を呼び止めた。
王女の行動を諫めようと侍女たちは動いたが、それをアイリス王女は手で制した。
「ジンナイ様、モモさんはとても可愛らしいですね」
「ええ、うちの子は天使ですから」
俺は真顔でそう返す。
実際にそう思っているし、実際にそうなのだから仕方ない。
侍女の連中は『何言ってんだ』という顔をしているが、アイリス王女の方は笑顔で頷いてくれた。
「モモさんを抱いて思ったのですが、赤子とは重いものなのですね」
「ああっ! すいません、モモちゃんがワガママを言ったんですよね? 抱っこを強請ってすいません、王女さまに抱っこなんてさせてしまって……重かったですよね?」
俺は素直な気持ちで謝罪した。
よく考えてみればこの人は王族なのだ。きっとモモちゃんよりも重い物など持ったことはないだろう。俺は何とも言えない罪悪感を覚えた。
「いえ、その重いではないのです。モモさんの、人の命の重さと申しますか、それを感じることができたのです。私にとって初めてのことでした。人ひとりを抱えるということは……」
「あ、ああ……はい、そうだったんですか」
「はい、だからとても貴重な体験でした。いつか私も、自分の子を……」
はにかみながら少しだけ頬を染めるアイリス王女。
俺はそれを見て、何と返答したら良いのか困惑した。
正直言って、女の子が自身の子供を……などと言う話はどうにもムズかゆい。
いつかアイリス王女は、誰かと子供をもうけるのだろう。
それは王族としての血を残すための使命かもしれないが……
「あ、王女様。どうしたんですか、こんな場所で止まって――陣内っ!」
「橘!?」
「タチバナ様」
「風夏ちゃん、待って。王女様はそろそろ来るって、だから……あれ? 陽一君?」
アイリス王女と話をしていたら、その場に橘と葉月がやってきた。
そして葉月の言葉を聞いて、ふと思い当たる。
アイリス王女は、橘が持ち込んだ家へと向かっていたのだ。
寝る場所だけは白い天幕ではなく、橘が持ち込んだ家で寝ると言っていたのだから。
俺がそれを足止めしたことで、橘は、やって来ないアイリス王女を心配になって見に来たのだろう。
「タチバナ様、この者が邪魔をして」
「アンタ……」
侍女が告げ口でもするかのように、橘にそう報告した。
ひょっとすると橘は、事前に俺のことを何か言っていたのかもしれない。
だから侍女たちは、俺のことをやたらと警戒していた。
そう思うと色々と辻褄が合う。
「コイツはワタシが見てるから、王女様を家に連れて行って。由香、アナタもお願い。王女様に付いて行ってあげて」
「う、うん。分かった風花ちゃん。じゃあね陽一君」
「ああ」
アイリス王女は、侍女たちに急かされる形で連れていかれた。
葉月の方は、心配そうに何度も振り返っていたが、ここは王女様を優先させたようだ。
この場には、俺と橘だけが残された。
「……アンタ、王女様に何をするつもりだったのよ。こんな場所で待ち伏せして。ホント気持ち悪いヤツ」
「……」
心底アホらしい。
アイリス王女と会ったのは、伊吹の所からの帰りで本当に偶然に出会っただけ。
一瞬それを説明しようかと思ったが、この女がそれで納得するとは到底思えない。
きっと俺が何を言っても納得しないだろう。
もし納得するとしたら、『はい、待ち伏せしていました』と言った時だけだろう。
当然そんなことを言うつもりはないし、待ち伏せなどはしていない。
ならばやることは一つだけ。
コイツを無視して自分の天幕へとさっさと帰ること。
俺は無言で踵を返した。
「……」
「ちょっとお! アンタどこに行くのよ! 逃げるなんて男らしくないわよ」
「――――ッ」
これはなかなかの煽りだ。
あと少しで何か言い返すところだった。
俺はぐっと堪えて無言を貫き通す。
「このクズっ、今日だって突然目立とうとして下に降りるし、アンタって人に迷惑しか掛けられないのね」
「――アホかっ! お前は何を見てたんだ! 早乙女が落ちたから助けに行ったんだろうが! ふざけんなよ! ああっくそ! 反応しちまったぜ」
コイツは逸材かもしれない。
挑発には大分慣れてきたと思っていたが、どうやら世界は広かった。
身近にこんな世界クラスが居るとは思わなかった。
「ふん、ホントはあの女を落としたのはアンタじゃないの? あの女は態度が悪いし、それで腹でも立てて」
「いや、流石の早乙女もお前には勝てねぇよ。態度の悪さではな」
「っこの!」
「お前と話してっとマジで頭が頭痛で痛くなる。さっさと帰れ、王女さまが待ってんぞ」
俺はもう、何を言われても振り返らずに自分の天幕へと戻った。
橘は罵声を飛ばし続けていたが、これ以上あの場にいると、あまりの怒りで眠れなくなりそうだった。
俺は自分の天幕に辿り着くと、中には入らず――
「ラティ、居るんだろ? 少しだけ撫でさせてくれ……」
「……はい、ご主人様」
自分に用意された天幕だが、自分専用の天幕ではない。他にも利用者は何人もいる。なので、中に入ってラティの尻尾を撫でる訳にはいかない。
俺は外で、人目の付かない場所で日課をこなした。
日課をこなし、ささくれ立った心が凪いでゆく。
一時間後にはぐっすりと眠ることができたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ジジイ、これはどういう事だ?」
「成り行きじゃ」
「成り行きねぇ……」
防衛戦四日目。
俺の目の前には一本の道が出来ていた。
防衛戦用の堀に対して直角な道。堀に丁字路が出来ていたのだ。
こんな場所に道を掘っては、下に落ちた魔物がやって来てしまう。
それはまるで、下に落ちた魔物が通る道のようになっていた。
「ジンナイよ、貴様は今日、この新たに作られた道で戦え」
「はあ? おい、この下でって……まさか……」
「ふん、彼奴らは貴様の孤高の独り最前線が見たいらしい」
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あと、誤字脱字も……