騒動の収めかた
「伊吹っ!」
「陣内君、そっち側は任せたよ。――ったああああああ!!」
颯爽と表れた勇者伊吹は、俺から見て右側に赤い大剣を構え、襲い掛かってきた魔物をまるで紙のように切り裂いていった。
「すっげぇ……あれが新しい剣か」
最初は、伊吹一人で大丈夫かと心配したが、そんな不安は一瞬で消し飛んだ。
間合いに入ったモノは全て切り裂く、そんな戦いを彼女は見せていた。
魔物がやってくるのは左右と正面。
右側は伊吹がいるので、俺は正面から降りてくる魔物と、すでに下にいる左側の魔物を警戒する。
「おうっ、こっちはオレに任せな」
「――へ!?」
「おっらあああ! 唐竹割り葬乱!」
「上杉! お前まで!?」
勇者上杉までも上から降りて来た。
身体を強引に捻り、落下態勢のままでWSを放ち、ミドリブタを真っ二つにした。
「やっぱ球は直接叩かねぇとだな。カッキーンっと”葬乱”!」
「アホかっ、雑魚に使うWSじゃねえだろ」
最弱の魔物ミドリブダにフルスイングする上杉。
溜まり切った鬱憤でも晴らすかのように魔物を斬り飛ばした。
「これ以上、下に魔物を行かせるな! 弾幕を張れ! そこ、何やってんの!」
「あいよ!」
「こっちにちょっと来てくれ!」
「了解してラジャです!」
上からレプソルさんの声が聞こえてくる。
レプソルさんはすでに状況を把握しているようで、上を見上げるとWSが連射されていた。
凄まじい振動音も交ざっているので、サリオも魔法を放っているのだろう。
「よし、いける。早乙女、上に戻るぞ」
「う、うん……」
「ん?」
きちんと返事を返し、目もしっかりと俺を捉えているのだが、早乙女は何故か動かずにいた。
「おい、お前まさか」
「ごめ、何か腰に力が入らない……」
早乙女は地面にへたり込んだままで、一向に立ち上がろうとしなかった。
一応、手を突っ張って立ち上がろうとしているが、足に全く力が入らない様子。
「マジか」
「ごめ、陽一……」
どう見ても腰を抜かした状態。俺は辺りを見回す。
一本のロープが上から垂れ下がっていた。
それを伝って登って来いと言うことだろう。
この即座の対応に感謝する。
まるで誰かが落ちることを想定したような対応。
だがしかし――
「まいったな。さすがにコイツを抱えたままじゃ登れねえぞ」
早乙女を抱えることはできるが、さすがに片腕でロープを伝って登るのは無理。
時間を掛ければ何とかなるかもしれないが、そこまで時間はない。
背中に背負うという方法もない訳ではないが、それでは早乙女が無防備に晒されてしまう。
「――使って」
「うおっ、ナイスだ柊」
目の間に氷で作られたスロープが出現した。
勇者柊の、氷で足場を作る魔法だ。
「早乙女っ、ちょっと肩に担ぐぞ」
「え!? ええええええ!!」
俺は返事などは待たずに彼女を肩に担いだ。
腕をパタパタと振る早乙女。
「ラティ、後ろを任せた」
「はい、ご主人様」
ラティが上で魔物を牽制していたことは把握していた。
彼女ならばきっとそうしているだろうと。
俺の指示に従い、ラティが上から舞い降りて俺の背後を守る。
「頼んだラティ。早乙女、舌を噛むなよ」
「ふえ? えええええええええ!? ちょっとお腹に肩が当たっ――痛っ」
米袋のように早乙女を肩に担ぎ、俺は氷で作られたスロープを駆けた。
走りながら後ろを見れば、ラティ、伊吹、上杉が戦っている。
上杉は常にフルスイングで両手斧を振り回し、伊吹は赤い軌跡を描きながら魔物を屠っていく。そしてラティは、俺たちの背後を守るように戦っていた。
「そろそろ引き上げてください。勇者様の援護を! 氷の道に魔物を近づけるなっ」
多少わっちゃわっちゃとしたが、早乙女の救出は、負傷者を出す事なく成功した。
戦闘後に行われた調査によると、崩壊した場所には作為的に脆くした痕跡があり、第三者による妨害の可能性が浮かんだ。
そしてその後の聞き取り調査により犯人が見つかり、俺は超怒られた。
苛立ちによって地面を蹴ったのが原因だったのだ……
こうして無事に(?)、防衛戦二日目を終えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
早乙女落下事件はちょっとした問題となった。
問題と言っても、ただ難癖をつけられただけなのだが、ゼピュロスの高官が無理矢理問題視したのだ。
要は、『危なかったよね?』『勇者様を失う危険あったよね?』と、彼らはそう言ってきた。
確かにあれは危なかった。
助けるのが遅かったら早乙女は死んでいたかもしれない。
だがそれは、ちょっとした偶然が重なった事故であり、誰かが悪い訳ではない。
そして何より、魔物大移動が”とても危険”には繋がらない。
あの事故と魔物大移動の危険性は別問題だ。
しかしゼピュロス側は、魔物大移動はやはり危険だと押し通そうとしてきた。
何が何でも自分達の主張を押し通そうと……。
普通だったらもっと揉めたのだろう。
この手の問題はお互いに折れず、ずっと平行線の話が続くもの。
だがこちらにはギームルが居た。
何とギームルは勇者霧島を巻き込み、早乙女が落ちた事故は、あれは事故ではなく盛り上げるための演出だと言い出したのだ。
北の防衛戦を題材にした演劇、”谷底の弓乙女”を再現してみたと言ったのだ。
俺がやらかした亀裂の件も、演出のための準備にすり替わっていた。
劇場の勇者霧島を引き込んだ事が大きく、相手を黙らせる形で認めさせ、早乙女が落下した件は問題ではなくなった。
こうして俺は、勇者霧島に借りを作ることになったのだった……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「伊吹、さっきは助かったぜ」
「びっくりしたよ、遅れてやって来たらいきなり落ちているんだもん」
「じんないさんは、いつもあんな感じやの」
「いつものダンナですな」
防衛戦を終え、その他のゴタゴタを済ませた後、俺は伊吹組が泊まっている天幕へとむかった。
伊吹には助けられたのだから、そのお礼を言いに行ったのだ。
勇者伊吹は、伊吹組の連中に新装備のことを話している途中だった。
その隣ではららんさんも一緒に、その新装備のことを説明していた。
もしかするとららんさんは、こうやって新装備の説明をすることで、伊吹組から注文を受けるのが狙いなのかもしれない。
がめつぃ――、商魂たくましい、何ともららんさんらしかった。
「どうや、じんないさん。この【ナイスバーニィプラスワン】は良い出来やろ? ラティちゃんの鎧よりももっと凄い付加が施されておるんやで」
「ラティの深紅の鎧よりも?」
「そそ、あの時と同じで、余った精神の宿った魔石を使ったんや。だから同じ機能が付いて、ほら、引っ張れば伸びるやろ?」
ららんさんはそう言って伊吹の鎧を引っ張った。
装甲板じゃない場所は、まるでセーターや布地のようによく伸びた。
この仕掛けはラティの深紅の鎧と同じ。ラティのと同じであれば、これを着れば布地のような部分がピッタリと密着するはず。
「これイイでしょ陣内君。これならすぐに装備できるんだ。前みたいに手間取って遅れることはもう無いよ」
「あ~~、そういやあったな、そんな事が」
装備の脱着には俺も多少は苦労している。
俺が着ている黒鱗装束はまだ楽な方らしく、他の者が装備している金属系の鎧はもっと大変だと聞いている。中には一人では着られない物もあるだとか。
「……それが新しい剣か。ライエルさんの魔石を使った」
「うん」
伊吹は鞘から大剣を抜き、それを掲げて見せてた。
真っ黒な刀身の大剣。
両刃ではなく片刃の直剣。刀身の長さは1メートル以上。
背の低い伊吹が持つと、もっと長く見える。
「あれ? 刀身って黒だったけ? 確か赤かったような……」
「そそ、赤だよ。ちょっと見ててね。えいっ」
「うおっ! ヒートサーベルか!?」
「この赤い時だとすっごく硬くなるの。もうこれで壊す心配はないんだ」
「なるほど……」
伊吹が力を込めて柄を握ると、真っ黒な刀身が焼けた鉄のように赤くなった。
それはまるで、紅葉の葉が――
「へえ、何か紅葉ってか、モミジの葉っぱみたいだな」
「え? 私?」
「へ? ああ、そっか。伊吹の名前じゃなくて、山に生えている木の方な」
「あ、なるほど……。確かに紅葉みたいだね……」
自身の大剣をしげしげと見つめる伊吹。
黒色に戻したり、力を込めてまた赤色に戻したりと、刀身の色をコロコロと変えている。
「ソレええのう。確か勇者様の世界にあるヤツだっけ? そのコウヨウっての。それならその剣の名前は決まったの。紅葉剣モミジやの」
「紅葉剣モミジ、いいね! この大剣の名前は紅葉剣モミジ! うん、この子にピッタリ」
どうやら決まっていなかった剣の銘が決まったようだ。
俺の一言から、伊吹の大剣に銘が付いた。
その剣の使い手である伊吹は、その名前を気に入った様子。
それをにしし笑みで見守るららんさん。
( きっとライエルさんも喜んでくれて――あっ、そうだった )
俺は、ズーロさんが宿っていた魔石のことを思い出し、そのことをららんさんに話した。
ららんさんは、その魔石を見てから何に使うか決めると言った。
精神の宿った魔石には、向き不向きがあるらしく、思い通りのモノに使えない場合があるそうだ。
何となくだが確信があった。
ズーロさんが宿っていた魔石は、きっと防具向きだろうと。
俺はららんさんに、精神の宿った魔石を使った制作の依頼を取り付けた後、その場を後にした。
もうすぐで23時を回る。
明日に備えて眠らなくてはならない。
俺はうろ覚えの道を辿りながら、自分が寝泊まりしている天幕へと向かった。
「えっと、こっちだよな――ん?」
少し離れた場所から大勢の足音が近づいてきた。
俺は反射的に身構え、その足音がする方を警戒していると――
「へ?」
「あっ」
大勢の侍女を引き連れた、アイリス王女がやって来たのだった。
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