お約束とポンコツ2号
遅れましたー
目をちょっとやってしまって、あまり書けていませんでした。
「何とかなるもんだな……」
戦いに余裕が出てきたおれは、やっと軽口を発することができた。
何か言わないとやっていられない。最初は何を血迷ったのかと思った。
広域殲滅魔法の突然の禁止。
その理由は明かされていないが、そんな状況下であっても、一人の犠牲者も出すなと言う無茶な命令は変わらなかった。
魔物の群と真っ向から戦うというのに、誰も命を落とすなというのだ。
この戦力ならば勝つことは出来る。
だが、犠牲者を誰も出さずに勝てとなると話は変わってくる。
犠牲者を出さないのが前提なら、あの広域殲滅魔法を惜しみなく使って欲しい。
しかしそれが禁止となりやがった。
だから不安だった。どんな戦いになるのだろうと――思っていたのだが、思いの外上手くいっている。
「そっち、まだ行けるか?」
「おう、こっちは平気だ。奥の方はどうだ?」
「まだ余裕だ。勇者タチバナ様がすげえ削ってるぞ」
迫り来る魔物が、おれたちの放つWSで次々と黒い霧へとなって霧散していく。
「ナブラああああああ!!」
勇者ウエスギ様の放ったWSが、堅いイワオトコを一発で黒い霧へと変えた。
「さすが勇者さま!」
「さすゆう!」
「さすゆう」
「さすゆうう!」
「おっしゃあああっ! ノって来たぜ! そろそろ直接――っぐえ!?」
「司~? 下に降りようとしないの。大人しくナブラを撃ってようぜ?」
「――ッ――――ッ!!」
下へと降りようとしたウエスギ様を、同じく勇者であるアオツキ様が腕を首に回して止めていた。
かなり力を込めているのか、ウエスギ様の顔が真っ赤になっている。
この光景は昨日も見られた。
興奮したウエスギ様が、堀の下へと降りて直接叩きに行こうとして、それをアオツキ様が、文字通り首根っこを掴んで止めた。
その時もかなり力を込めたのか、そのままウエスギ様は失神してしまった。
昨日の唯一の負傷者がそれだと聞いた。
今日は締め落とさぬように手加減しているのだろう。
『分かったから離せ』とウエスギ様が声を上げている。
少々緊張感に欠ける光景だが、勇者様と共に戦っていることに興奮する。
百年ごとに召喚される伝説の勇者様。
このイセカイを魔王から救ってくれる希望の星にして魔王を討つ刃。
その勇者様と一緒に戦えるのだ、これに興奮しない冒険者はいない。
昨日の戦果が認められて心底良かったと思う。
今日は昨日の戦果が認められ、右端の配置から中央の配置へと移された。
昨日は遠くから勇者様が戦っているのを見ているだけだった。
本当に弓のWS様々だ。
弓は他の武器よりも強力な放出系WSが数多くある。
SPの消費はかなり厳しいが、補助がしっかりとしていたので連打することができた。そのおかげで自分でも驚くほどの戦果を上げられた。
「あっ」
勇者サオトメ様が歩いて来る。
おれと同じ弓使いだが、自分とは比べものにならない威力のWSを放つ勇者様。
「綺麗だ……」
キリッとした眉に切れ長の目。
口元は強く結ばれ、強い意志を感じさせる。
迂闊に触れようものなら、容赦なく切り裂かれそうな、そんな印象の勇者様。
聖女や女神の勇者様とは正反対。
だが、あの氷で出来た刃のような気高さには惹かれてしまう。
「あ、あれは」
勇者サオトメ様は、一人の男の元に向かっていた。
その男は黒ずくめの冒険者、ノトス最強の冒険者と呼ばれている孤高の独り最前線。
あの瞬迅の主であり、現ノトス公爵の盟友とも言われている。
勇者様とも仲が良く、誰もが一目置く存在。
禍々しく凄みのある風貌。特に目がやばい。サオトメ様の3倍は鋭い目をしている。
誰もが戦っている中、ボッチ・ラインだけはWSを放つことはなく、ただ悠然と構えている。
おれには解る。
きっとこの状況を見極めようとしているのだろう。
肉厚な槍を肩に担ぎ、今はまだ動くべきところではないと、力を温存しているのだろう。
酒場で聞いたヤツの逸話に、一瞬で距離を詰めて魔物を倒すというものがある。
勇者様たちの言葉で、飛び出すための足場を指す言葉、カタパルト。
馬鹿が馬鹿みたいな速さでカタパルト発進するから略してバカパルト。
本当はリミッタ~なんたらというモノらしいが、酒場ではみんなバカパルトと言っていた。
『あのバカパルトはスゲえ』『バカパルトに敵なし』『あの馬鹿はマジでぱねえ』『あれは馬鹿だ』『ああ、馬鹿だ』『馬鹿』と会話が続いていた。
途中から罵倒になっていたような気もするが、誰もが一応讃えていた。
何かがあれば、そのバカパルトでかっ飛んで行くのだろう。
「あっ、何を話しているんだろ?」
あの勇者サオトメ様が、表情を少し和らげてボッチ・ラインと話をしている。
何か作戦について話し合っているのだろうか、もしかすると、他に何か大事な話をしているのかもしれない。
ボッチ・ラインが少し難しそうな顔をしている。
「……」
とても気になるが、今は戦闘中。
簡単に持ち場を離れる訳にはいかない。
一体何を話しているのだろうか……
――――――――――――――――――――――――
「陽一、アンタ何サボってんのよ。ちゃんと戦いなさいよね」
「てめぇ……」
この女は、あの時のように俺を煽ってきやがった。
まるであの時の再現だ。
「いい? 見てなさい。 弓系WS”スターレイン”!」
俺に見せつけるように広範囲系WSを放つ。
カゲザルや狼型などの、比較的小型な魔物が纏めて黒い霧へと変わる。
「ふふん、どう?」
「へ~へ~凄い凄い。じゃああっちに行ってくれ」
「――ッ!」
ムッとした顔を見せる早乙女。
しかしムッとしたいのは俺の方だ。
俺はWSを放てない。だからこういった防衛戦では戦うことができない。
それをコイツは知っているはずなのに、何故か俺を煽ってきた。
多少の塩対応は許されるだろう。
「~~~~、なら、アタシもサボる」
「うぉい! 俺はサボってんじゃねえよ。分かってんだろ? 俺はWSを撃てねえんだよ。サボりたくてサボってるわけじゃねえ」
――何言ってんだコイツは!?
お前は普通に戦えよ! むしろ弓持ちの出番だろうがっ!
「ふんっ、それでも戦いなさいよ。なんなら下に降りたらいいじゃん」
「――っだから、負傷者を出したくないから、それは無しだって言っただろ」
「ふん、言い訳なんて男らしくない」
「早乙女……」
顔をぷいっと横に逸らす早乙女。
一体何を言ったら良いの分からない。そんな時――
「雷系魔法”トールハマー”!」
「んっ?」
「えっ?」
サリオが雷の鉄槌を振り下ろす魔法を唱えた。
戦場に振動と轟音が響き渡る。
「きゃああああ」
「この馬鹿っ!」
今の振動が原因なのか、早乙女の足下が崩れるように崩壊した。
足下が完全に崩れ、早乙女は抗うことが出来ず堀へと落ちていく。
バランスを大きく崩し、完全に頭から落下している
俺は【加速】を使って一気に駆けだし、落下寸前のところで早乙女を抱え、自分をクッションにする形で彼女を庇った。
「――かはっ!」
肺から空気が漏れる。背中に激痛が走った。
だが黒鱗装束のおかげか、身動きが取れなくなる程の痛みではない。
「っらあああ!」
俺は早乙女を抱えたまま、手に持った無骨な槍を横へと薙いだ。
俺たちに襲い掛かろうとした魔物が黒い霧となって霧散する。
「ったく、お前はここも再現すんなよ!」
「ご、ごめ、陽一。だって地面が突然崩れて……ごめん、陽一、ごめ……」
くしゃりと顔を歪ませて謝ってくる早乙女。
その顔をされるとどうにも弱い。それ以上何も言えなくなった。
「っしぃ!」
槍を突き出し、飛び掛かってきたカゲザルを穿つ。
「早乙女っ、お前も……」
早乙女にも戦えと言おうとしたが、このポンコツはまだ固まったまま。
弓を抱きかかえ、とても戦えるようには見えない。
「後ろっ!」
【加速】を使って踏み込み、早乙女を背後から襲おうとした狼型を薙ぎ払う。
「くそっ」
左右から魔物が殺到してくる。
片方だけならどうにかなるが、さすがに挟み撃ちはキツイ。
しかも早乙女を庇ったままでの戦闘。このままではじり貧だ。
「陽一っ、そっちにデカいのが!」
「ちぃっ!」
お約束のようにイワオトコがやって来ていた。
早乙女が下に落ちたのだ、この場所は攻撃が手薄になっているのだろう。
イワオトコに手間取っては致命的になる。
俺は力とバネを溜め、一気にイワオトコを倒そうと構えた、その時――
「てっやあああああああ!!」
「へ?」
赤い流星がイワオトコを貫いた。
土煙と共に黒い霧が舞い上がる。
「な、なんだ!? ――って、まさか」
「危なかったね陣内君。あと、遅れてごめんね」
霧散していく黒い霧の中から、一人の少女が姿を現した。
焼けた鉄のように赤く光っている大剣。
見覚えはないが、何処かで似たようなモノを見たことがある鎧。
そして紅葉に似た装飾がついた赤い鉢がね。
「勇者伊吹、ちょっと遅刻したけど只今参上」
俺の目の前に、新装備に身を包んだ勇者伊吹が笑顔で立っていた。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ、感想など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字もー




