光の大瀑布
約160名の冒険者たちが全員配置に就き、魔物の群の到着を待った。
見上げた空には、サリオがMPを空にしてまで作った超巨大な”アカリ”が四つほど浮いている。
凄まじい光量で辺り一面隈無く照らし、0時を超えた深夜だというのに夕暮よりも遥かに明るい。
あと数分もすれば、約二百メートルほど離れた薄暗い森から、魔物の群の先頭が姿を現すはず。
索敵ができる者は既に魔物の位置を把握している様子で、皆口元を引き締めて森の方を睨みつけていた。
「……ラティ、後どれくらいだ?」
「はい、ご主人様。あと1分程です」
「了解」
俺は短く返事をした後、左右を確認するように目を向けた。
見知った仲間が俺を見る。
その瞳からは、『任せておけ』とやる気が伝わってくる。
( やれるはずだ…… )
ギームルからの要求は圧勝。
誰一人犠牲者を出さず。苦戦することもなく。一方的に魔物を屠れと言ってきた。
難しい要求ではあるが、やらかしさえしなければ十分に可能だ。
遠距離からの広範囲魔法による爆撃。
遠隔系による範囲系WSでの攻撃。
目の前の堀に落ちた魔物を放出系WSで駆逐。
これをしっかりと徹底すれば十分に可能。
そしてそれを実行できる猛者たちは揃っている。
その猛者たちを支援する後衛もしっかりと居る。
何も問題はない。
唯一、予想外なことと言えば――
「まさか椎名と下元が持っていかれるとはな……」
俺は森から視線を外し、後方に設置されているド派手な物見台に目を向けた。
そのド派手な物見台にはアイリス王女が居た。
その横には、モモちゃんを抱っこした乳母のナタリアさんが居る。
ナタリアさんの顔色が悪いのは気のせいではないだろう。とても緊張すると言っていた。
モモちゃんの方は、あれだけはしゃいでいたのだから完全におねむ。
そしてそのアイリス王女の護衛として、勇者椎名、下元、葉月、橘の4人が就いていた。
葉月はまだいい。
彼女は後衛なのだから、前に出て戦う必要はない。
橘は戦うことができるが、あいつを頼るつもりは一切ない。
むしろその位置に居てほしい。その場所ならば不審なことはできないはずだ。
だから葉月と橘はいい。
だが残りの二人は違う。二人は強力な戦力だ。
その二人を護衛役として割かれたのは痛かった。
「ジンナイ、今は前に集中しろ。仕方ないことだ……」
「レプさん……。はい、そうですね」
椎名と下元を護衛に寄越せと言ってきたのは、アイリス王女と共にやってきたゼピュロスの者だった。
大規模防衛戦の場に連れてくるのだから、それぐらいの配慮は当然だと言ってきたのだ。
確かにそうかもしれない。
だがしかし、あのギームルを相手に面と向かって言ったのは意外だった。
ギームルも少し驚いた顔をしていた。
ギームルはただのジジイじゃない。
かなりやばいジジイだ。敵に回すとかなりやばい。
だからジジイに何か言うのであれば、それなりの覚悟が必要だ。
しかしゼピュロスの高官らしき者からは、その覚悟が見えなかった。
だから本当に意外だった。
「――来ます」
「――ッ!」
俺は即座に思考を切り替える。正面の森を注視した。
離れた位置からでも、森が大きく揺れているのがよく分かる。
サリオの作り出した”アカリ”の光に、黒い獣の姿が照らされた瞬間――
「氷系魔法”純白な記念帳”!」
勇者柊の声が響き渡った。
キラキラと輝く白い粒子が覆うように降り注ぐ。
”アカリ”の光を乱反射させて、今まで見たことのない、とても幻想的な光の滝が出現した。
ごうっと凍てつく音を立て、眼前に広がっている森の一部が真っ白になった。
「すげぇ」
「ぅお……」
「か、えぇ……」
「これが広域殲滅魔法……」
漏れ出すように声を出す者はいるが、あまりにも幻想的な光景に、ほとんどの者が見入ってしまっていた。
真っ白になった空間が、風化でもしたかのように崩れ去っていく。
”純白な記念帳”によって凍らされた魔物も、黒い霧となって霧散する。
白と黒が混じり合うようにして風に流されていった。
「――来るぞっ! 遠隔組っ、構えええええ」
幻想的な光景に呆けていた冒険者に、レプソルさんが語気を強めて指示を飛ばした。
「わかっているってのっ!」
「ふん、偉そうに。このクソロンゲ!」
三雲と早乙女が同時に前へと出た。そして――
「弓系WS”スターレイン”!」
「”スターレイン”!!」
二人が同時にWS放った。
WSは左右へと分かれ、正面に撃ち込まれた広範囲殲滅魔法を避けるようにしてやって来た魔物たちに降り注ぐ。
初動で何匹の魔物を倒したのか把握できないが、少なくとも出鼻を挫いた。
これが人間同士の戦いであれば、間違いなく戦意喪失するレベル。
だが相手は魔物、戸惑う素振りなど一切無く突き進んで来た。が――
「次っ! 放てエエエエエ!!」
弓持ちと攻撃魔法持ちが一斉に攻撃を放つ。
本来弓系WSとは、百メートルぐらいまでしか飛ばない。
三雲と早乙女は勇者だから規格外なのか、他の冒険者よりも遠くに飛ばせた。
なので普通の冒険者たちは、三雲たちとは別のタイミングでWSを放った。
レーザー光線のような光の矢に、迫り来る魔物たちが次々と射貫かれていく。
魔法による攻撃も、弓系WSに負けじと魔物を薙ぎ払っていく。
「よし、ここまで予定通り。つぎ、頼むぞ野郎どもっ! 支援はぶん回す。MP持ちもどんどん声を掛けろ」
「任せろっ」
「少し引き付けてから撃てよ。ビビって撃つ必要はねえ。確実に仕留めてけ」
「横、きちっと距離を取れよ。仲間に当てんなよ」
「遠くのは魔法にやらせろ」
「そこっ、何やってんの。弾幕が足りないよ」
完全に予定通りの流れ。
柊の広範囲殲滅魔法を初手に、三雲、早乙女が残りを叩き。その後に続く後続は他の弓持ちが射貫く。
あとは数を減らしながらやって来た魔物を、堀の上から前衛が放出系WSで屠る。
「次弾いくぞおおおお!」
「SP回復をどんどん寄越せ!」
「硬いヤツは弓か斧に任せろ! 動きが速いのは大剣にやらせろ」
「ナブラあああああああ! ナブラああああああ!!」
予定通りとは言え、本当に一方的な戦いとなった。
不安材料となる魔石魔物級の数は少なく、まさに余裕の一言だった。
「ふ、どうやら俺の出番は必要ないな」
「ジンナイさん。何をカッコつけているんですよです。WSが撃てないから本当に出番がないだけですよね? です」
「うるせえ、このイカっ腹。 お前だってMPが空で何もしてねえだろ」
「ジンナイ、サリオ様は”アカリ”を作ったから良いんだよ。それよりもお前、前みたいに落ちんなよ。聞いたぞ、北の防衛戦の時に堀に落ちたって……。あ、あとダンジョンでも落ちたらしいな」
「あれは違ぇよ! 俺は悪くない……悪いのは――っ!!」
本当のことを言おうとしたが、早乙女が凄い目で俺を睨んでいた。
もし言おうモノなら、容赦なく射貫きそうなガン飛ばし。
「…………よし、これなら楽勝だな。モモちゃん良く寝てるかな~」
「あ、この人、誤魔化したですよです!」
「あの、サリオさん。そこまでで……」
こうして大規模防衛戦初日は、俺たちの完勝で幕を閉じた。
勇んで堀の下に行く馬鹿もおらず、犠牲者を誰も出すこと無く初日は終わった。
そして次の日、ギームルからの要請のハードルが上がった。
広範囲殲滅魔法の禁止を言い渡されたのだった。
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