喧しい女
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「サリオ、まだMPに余裕はあるか?」
「ほへ?」
俺は与えられた用事を済ますため、サリオにMPの残量を尋ねた。
あと少しすれば日が完全に沈む。何をするにも明かりは必要なのだ。
「ギームルからの要請だ。サリオの”アカリ”が欲しいってさ」
「了解してラジャです! ららんさんから貰ったコレのおかげでまだMPは残っているですよです」
そう言って俺に、ららんさんから貰ったアクセサリーを見せるサリオ。
『むふぅ~』と聞こえて来そうな程のドヤ顔。
MPの総量を補助する物なのか、それともMPの消費量を抑える物なのかは分からないが、それなりの逸品だというのが、サリオの態度から感じ取れた。
「あの、お二人とも久しぶりにお会いしたのに、何といいますか……」
「うん? コイツが相手ならこんなもんだろ?」
「ぎゃぼうっ。公爵令嬢のサリオちゃんに失礼ですよです! もっと奉り敬うのですよですっ!」
ラティの言いたいことは分かる。
久々に会ったわりにあっさりしていると言いたいのだろう。
だが考えて欲しい。
このイカっ腹を相手にそういったモノは必要ない。全く無い。
そして公爵令嬢だと言うのであれば、地面に寝っ転がっているなだ。
俺はさっさと用件を済まし、一時も早くモモちゃんを抱っこしたい。
きっとモモちゃんもそれを望んでいるはずだ。
――ったく、コイツは、
あっ! そうだった。モモちゃん、モモちゃんの件があったんだった、
コイツに折檻を――
俺は、モモちゃんに何を教え込んでいるのだと、再会アイアンクローをお見舞いしようとした。が――
「騒がしいと思ったら。やっぱジンナイか」
「レプさん。それにみんなも」
俺とサリオがぎゃいぎゃいやっていると、そこに陣内組のメンツがやって来た。
彼らも防衛戦用の用意をしていたのだろう。
後方を見ると、とても仰々しい物見台のような物が設置されていた。
白色の垂れ幕を幾重にも重ねており、一目でアイリス王女のための物見台だと分かる。
視察という名目なので、一応設置してあるのだろう。
「レプソルさん、あたしにMP回復補助魔法を掛けてくださいです」
「はいよ、サリオ様」
( ……サリオ、様ねぇ )
俺が居ない間に色々とあった様子。
サリオの扱いに変化が見えた。
「ささ、ちゃっちゃと”アカリ”を唱えてくださいサリオ様。そんで拠点に戻って休みましょう。このままじゃMP不足のままで戦うことになりますよ?」
「了解してラジャですっ!」
前言撤回。
一応変化はあったが、それは完全に上辺だけだった。
様と敬称を付けてはいるが、声音に敬う気持ちはこれっぽっちも籠もっていない。前と同じ軽さを感じる。
「……サリオ、お前が良いように使われていて何か安心したよ」
「ほへ? 何か突然褒められたですよです」
閑話休題
陣内組の作った防衛戦用の堀は、北にあった堀よりも浅かった。
深さは3メートルもなく、魔物の種類によっては駆け登ってくるヤツもいるだろう。
ただ、横幅はしっかりとあった。
堀の形は横に一直線ではなく、魔物の群を包むような緩い曲線となっていた。
レプソルさんが言うには、この形の方が効率よく人員の配置ができて、なおかつ魔物が横に抜け辛いらしい。
そして堀が浅いのは、視察する側が見やすいようにとの配慮だった。
深くては近寄らなくては見えない。だからギリギリまで浅くしたそうだ。
俺はそれを見て思った。
魔法の力はぱないと。
重機などを使わずに、この様な堀を短時間で作り上げることに驚いた。
ダムや平地などの精細さが必要な物は無理だろうが、ただ掘るだけといった大雑把な仕事ならば、元の世界の重機よりも魔法の方が優秀かもしれない。
俺は素直に感心し、サリオたちを褒めながら拠点へと戻った。
超巨大なアカリは既に作ってもらっている。
夕方程度の明るさの中、俺たちが拠点へと辿り着くと、妙に耳に付く声が聞こえて来た。
「……何やってんだ、アイツは」
喧しい声の元に向かうと、そこには人だかりが出来ていた。
白い天幕の前で立ち塞がるギームルと、そのギームルに向かって金切り声を上げる勇者橘。
「あたしは、こんな場所じゃ心配だって言ってんのよ」
「タチバナ様。先ほど申し上げたように、王女一人だけではないのです。世話役の者だけでも5人以上おるのです。他の者も足した場合では……とても入り切れぬかと」
そう言ってギームルが目を向けた先には、野営の地には不釣り合いな建物が立っていた。
豪邸とまでは言わないが、それなりに立派な建物。
10人ぐらいは優に泊まることができるだろう。
――あれって橘が出した家だよな?
十分にデカい家だけど……前の豪邸に比べるとちょっと小さいな、
やっぱ前みたいなデカい豪邸はそう簡単には手に入らないか、
不釣り合いな建物の正体は、橘が【宝箱】から出した家だろう。
前の豪邸は、竜の巣に棲息していた巨竜との戦いで半壊した。
だから新しい家を用意したのだろうと分かる。
「陽一君、ごめんね。何か風夏ちゃんが迷惑を掛けちゃって……」
「葉月。……なあ葉月、何があったんだアレは?」
「うん、実はね――」
俺は、隣にやって来た葉月に騒動の理由を訊いた。
どうやらこの騒動の理由は、アイリス王女が何処に泊まるかというモノだった。
目の前の白い天幕は、アイリス王女のために設置された天幕であり、中には食事をする所や、湯浴みが出来る設備などが整っているそうだ。
当然他の天幕の中にはそのようなモノはない。
この白い天幕は、王女のためだけに特別に設置された天幕。
しかし橘は、この天幕ではセキュリティーが甘い。
だから自分の建物に泊まるべきだと主張しているそうだ。
しかし、中に入れる人数には限りがあり、王女の世話をする者を全員入れることは厳しい。
しかも話を聞くに、女勇者たちも泊めると言っているので、中に入れる世話役はもっと少なくなる。
だからギームルは無理だと説明しているのだが、橘はそんなに世話役などは要らないと言って話が拗れたらしい。
「――それにね、これだとギームルさんたちの顔を潰しちゃう事になっちゃうと思うの……」
「ああ~、なるほど。確かにそうか」
「うん、アイリス様のために用意した物を、全部否定しちゃうことになるからね。もう、どうしよっかな~」
状況は理解できた。
橘は善意で言っているのかもしれないが、単純にそういう問題ではないのだ。
ギームルからすれば大きなお世話だ。
橘の提案を飲めば、王女のために用意した物が否定されたことになってしまう。
これは簡単に頷く訳にはいかない。
それに、泊まる場所の広さがしっかりと確保されていないのだ。
完全に不備が無いのであれば違ったのかもしれないが、今回はそうではないのだ。
ここで折れることは出来ないだろう。
折れてしまっては非を認めることに繋がる。
だが橘、その辺りの機微が分かっていない様子。
「まったく、何で分からないのよ……この石頭」
「タチバナ様……」
本当に分かっていない様子。
ギームルの方も、それを口にすることは流石にできない。
「ねえ陽一君。これを収めたら偉いかな~?」
「ん? 何を言って……」
「あとね、たぶんだけどギームルさんは、王女様とお話したいんじゃないかな? でも風夏ちゃんって男の人は家に入れないから……。よしっ、じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「おい、ちょっと――」
葉月は、俺が何かを言う前に行ってしまった。
そしてギームルと橘の間に入り、呆気ない程簡単に話を収めてしまった。
アイリス王女が寝る場所は橘の家だが、それは女子会という名目で泊まるのであって、何か不備があって泊まる訳ではないとなった。
あと橘の家は、寝る場所だけということで、食事や他のことは全て白い天幕となる。
これによって、ギームルは王女と面会する時間ができた。
お互いの顔を潰さぬように、本当に上手い事この騒動を収めたのだった。
そして、この騒動から数時間後。
ノトスでの大規模防衛戦が開始されたのだった。
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あと、誤字脱字なども……