再会、エメラルドサファイアな……
溜め回ですー
懐き過ぎなモモちゃんだったが、その理由をラティが教えてくれた。
アイリス王女には、【神格】と【心響】の【固有能力】があり、その効果によってモモちゃんがあんなに懐いたとのことだ。
【神格】とは誰かに対して神々しく映る効果。
【心響】とは自分の気持ちを他の人に伝播させる効果。
そしてこの二つの【固有能力】の効果は、その持ち主に強く依存する。
容姿が優れていれば【神格】はより効果を発揮し、心が清らかであれば、【心響】によってより強く伝わる。
早い話が。
王女様の容姿×【神格】+王女様の清らかな心×【心響】=もの凄いだ。
これが普通の凡人だとちょっと凄い程度。
【固有能力】が効かない俺でも、アイリス王女には少なからず惹かれる。
それは、容姿や澄んだ声、気品のある立ち振る舞いなど全てが優れているから。
それに【固有能力】の効果が重なるのだ。その効果は絶大だろう。
前にそうかもしれないと思ったことがあるが、あれは合っていたのだ。
思い返せば初めて王女様と会った時。あの時、俺以外の者は全員アイリス王女に惹かれていたのだろう。
だから全員が王女の願いのままに、勇者という役目を引き受けたのだ。
【魅了】とは少し方向性が違う魅了とでも言うべきなのか、人を欲望に駆り立てるような魅惑ではなく、人に好かれる、好感を持たれる魅惑のようだ。
だからモモちゃんはそれに触れ、自分の耳を差し出したのだろう。
「…………早乙女には無理そうだな」
眠っている早乙女を眺めながら、俺は思ったことをつぶやいた。
かなり失礼なことを言っていると思う。
だがどうしてもそう思ってしまったのだ。
強すぎる目力と、人を寄せ付けぬ険のある立ち振る舞い。
間違いなく逆に作用するだろう。
アイリス王女とは違い、周りの者から避けられるように……
「コイツには無くて良かったな……」
黙っていればまだマシそうな早乙女を見ながら、俺はまた失礼なことを言ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺たちは、約半日ほど掛けて防衛戦用の陣地へと辿り着いた。
そこまで距離があった訳ではないが、王女様が居るということで馬車の速度をあまり上げることが出来なかったのだ。
辿り着いた先には、サーカスなどに使われそうな大きめの天幕が数多く設置されている。そしてそんな天幕の中に、一つだけ白い色の天幕があり、そこへ荷物がせっせと運ばれていた。
運び込んでいるのが身なりの良い従者なので、きっとアイリス王女用の荷物なのだろう。
連れてきた従者を総動員させて運び込まれて行く。
「おう、やっと来たか陣内」
「久しぶりだね、陽一」
「上杉と蒼月。……と、柊さん」
働く従者を眺めていると、男爵連合戦では参加していなかった上杉たちがやってきた。
赤城から、北を中心に防衛戦を回っていると聞いていたが、ギームルからの要請を受けてやって来ていた。
「ったく、遅えぞ。今日の深夜にはやって来るんだぞ魔物どもが」
「げ、夜戦ってことか?」
「うん、そうなるみたいだね――あっ」
「ん?」
何かに気が付いた蒼月が声をあげた。
俺はその声に引かれ、蒼月が見ている方に目を向けると、そこにはゴーストをバスターする映画の続編のラストような光景が広がっていた。
「おい、あの獣人の子は誰だ?」
「まさか姫様の……って訳ないか」
「って、羨ましい……」
「ああ、だな」
「いや、それよりも、何でここに赤ちゃんが? どうなってんだ?」
モモちゃんが大はしゃぎで手をバタつかせていた。
葉月に抱っこされれば言葉に、言葉に抱っこされれば王女様へと、モモちゃんは誰かに抱っこされるとすぐに次を要求していた。
次々と抱っこされるのが楽しいのか、王女様、葉月、言葉とどんどん乗り換えていく。
そしてモモちゃんに望まれるたびに手を差し出す彼女たち。
「何か大人気だね」
「ぐううう、オレもウチの天使に会いたい……」
「上杉」
絞り出すような声を出す上杉。
会ったことはないが、上杉には子供が居たはず。
上杉は、とても寂しそうな目をして見つめている。
「おい、何かいいなアレ」
「ああ、分かる。これからここは戦場だってのに……いいな」
「オレたちが守らないとだな」
「お、おう。確かにそうだな……」
何人かサクラでも交ざっているんじゃないのか? と思える程の好印象。
赤子が戦場に居ることを咎めない空気が広がっていく。
しかし、誰の赤子だろうという疑問は止まらない様子。
「……しかし、勇者さまの子って訳じゃねえよな? じゃあ誰だあの子は?」
「あの耳は……狼人の子か?」
「勇者さまと王女さまが、狼人の子と……」
モモちゃんのことを知らない冒険者たちから様々な憶測が飛び交う。
確かにモモちゃんの存在は隠されていた。
完全に秘匿としていた訳ではないが、モモちゃんが俺の弱点となりうることから、外へと知らせることはなかった。
前なら外に出すことはなかった。
だが不安材料であったフユイシ伯爵はもういない。
モモちゃんは解禁となったのだ。
きゃっきゃと手を伸ばし続けるモモちゃん。
葉月がモモちゃんを抱きかかえ、よいしょとモモちゃんのあごを肩へと乗せる。
言葉の足下では、抱きかかえられているモモちゃんが羨ましいのか、白い毛玉がグルグルと回っている。
アイリス王女が、葉月に抱っこされているモモちゃんの耳を撫でる。
「聖女様の神子か?」
「いや、女神の愛子だろ」
「王女さまの……」
モモちゃんをパス回ししている光景をほぼ全員が見つめていた。
あの赤子は誰なのだろうと……
正直、俺も交ざりたかった。
だがしかし、ここであの場に参戦しようものなら絶対に面倒なことになる。
具体的にいうと、嫉妬組がガチで処刑な方向へと動く。作戦名終焉が発動してしまう。
俺がぐっと我慢していると――
「乙女たちの愛娘……」
「ほう、乙女達の愛娘か」
「いいなそれ」
「ああ、それが一番しっくりくるな」
「乙女たちの愛娘か」
突然、モモちゃんに二つ名ができた。
何となく矛盾した気がする二つ名だが、モモちゃんにはピッタリだと思った。
モモちゃんの二つ名が伝言ゲームのように広がっていく。
「へえ、何か面白いことになっていますねえ」
「霧島。…………劇のネタに使うなよ」
「はい、分かっていますよ。だからそんな警戒しないでくださいよ陣内先輩」
俺たちの所に、勇者霧島もやってきた。
その後ろには椎名と小山もいる。
男性陣の勇者が集まってくる中、それを見た上杉が口を開く。
「おう、陣内。八十神は? アイツはやっぱ来てないのか?」
「ああ、断ったみたいだな」
上杉の質問に俺はそう答えた。
俺はギームルから事前に聞かされていた。勇者八十神は、今回の要請を断っていると。
「……アイツらしくねぇな。アイツが一番駆けつけて来そうなもんなのによ」
「もう貴族に踊らされるのは嫌なんだってよ。それに今回の防衛戦は他の勇者もいるし、そこまで必要ないだろうって言ったらしいぞ」
「確かにそうかもしれないね。でも、要請を受けても彼が来ないとは……」
椎名がふむりと考え込む。
椎名の中でも、八十神が呼ばれて来ないというのは違和感を覚えることなのだろう。
当然、俺もそうだ。
あの正義野郎が、こう言った時に駆けつけて来ないのは不思議に思う。
だがその一方、ギームルが聞いたという、『貴族に踊らされるのは嫌』と言う言葉。確かに納得できた。
今回の防衛戦は、どちらかと言うと思惑の要素が高い。
それを察してヤツは引いたのかもしれない。
しかしそれでも思う――
「アイツらしくないな……」
その後俺たちは、2~3会話を交わしその場を後にした。
これから俺たちはやることは山ほどあるのだ。あまりのんびりとしている訳にはいかない。
俺は荷物を天幕に置いた後、ラティと共に今回の防衛戦用の堀へと向かった。
堀が設置された場所は思ったよりも近く、拠点とは300メートルほどしか離れていなかった。
「あの、本当に近いですねぇ」
「ああ、何か効率重視で、そんでもってこれも余裕の演出なんだってよ」
本来であれば、拠点と戦場は離れた場所に設置する。
取りこぼした魔物が向かう可能性があるのだ。だから拠点は離れた場所に設置して、魔物が簡単に辿り着かないようにする。
北での防衛戦の時は、距離にして1キロ以上離れていた。
だが今回はそれの3分の1だ。
拠点と戦場の行き来は確かに楽だが、拠点が襲われる危険性はそれなりに高い。
しかしギームルは、そんな危険性すらないとの演出のために、こうやって近くに設置していた。
「さてと、サリオは何処かな?」
サリオが最後の仕上げをしていると聞いた。
今回の防衛戦のために、土系の魔法を使って穴を掘っていると。
俺たちは久々にサリオと会うために彼女を探す。
「あの、ご主人様。あちらに居るのがそうなのでは」
「へ? って、あの馬鹿。何で地面に寝そべってんだよ」
ラティの示した先でサリオが横になっていた。
疲労のため横になっているのか、イカっ腹を上下させている。
ラティが慌てた様子がないことから、何かに襲われて倒れているではないようだ。
「サリオ、そんな場所で寝てんなよ」
「ほへ? そのお声はジンナイさんです?」
ぴょこりと起き上がるサリオ。
起きた拍子にフードが外れ、淡い緑色に青み掛かった髪が揺れる。呆けた顔で『おかえりなさいです』と言ってくるサリオ。
明らかに前よりも髪が輝いている。
そして――
「サリオ、そんなの付けてなかったよな?」
「ほえ? これとこれのことです?」
「あの、綺麗な付加魔法品ですねぇ」
サリオは、前までは付けていなかった二つのアクセサリーを俺に見せた。
編み込んだ髪を止めている髪留めと、奴隷の首輪がなくなった首回りに、碧色の石が付いたチョーカーをしていた。
これを与えたのはきっと彼だろう。
そう確信できる程の逸品がサリオを着飾っていた。
「これは、ららんちゃんに貰った物ですよです。『外さないでね~』って貰ったんです」
「……ららんさん」
何となく、何となくだが、サリオの首にあるチョーカーは、ららんさんからの意思を感じさせる色をしていた。
ららんさんの瞳の色と同じ、碧色の石に、俺は何とも言えない物を感じたのだった。
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