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大規模防衛戦とモモちゃんとジジイ

すいません、日帰りで九州に行って衰弱しておりました。

飛行機って苦手だ。

きっと前世はB・A バラカスなんだ俺……


 ジジイがトチ狂ったかと思った。

 だが違った。やはりギームルはギームルだった。


「これから向かう場所は安全な所じゃ。その赤子が向かっても何ら問題はない。すぐに乳母を呼び同行させよう」

「おい、まさかお前」


 ヤツの出した提案は、単なる思いつきで言い出したものではなく、しっかりとした意図が潜んでいた。

 その意図とは、この大規模防衛戦が安全であるという宣伝(アピール)

 赤子が見学しても全く問題がないと、周囲にそう示すのが目的だと分かった。


 王女アイリスは唯一の王族。

 その王女様を大規模防衛戦の場に連れ出すのだ。視察という名目があっても容易に許容されるものではないだろう。当然批判の対象となるはずだ。

 そしてその批判はノトス公爵家へと直結する。


 仮に絶対に安全だとしても、ただ『安全です』では重みがない。

 だからそのために、赤子であるモモちゃんを利用すると言っているのだ。


 こうなってくると、モモちゃんが偶然起きて来たというのも怪しい。


「……ギームル、モモちゃんはここに残す。そして俺も残る。モモちゃんには安全な場所に居て欲しい。もう、あんな思いはして欲しくない」


 モモちゃんはきっと何も覚えていない。

 そもそも何が起きていたのか理解していないだろう。

 勿論それを知る必要はない。


 だが、自分の母親が冷たくなっていくのを感じていたはずだ。

 そしてあの時の光景は、今も俺の心に深くこびり付いている。

 

「ふむ、ジンナイよ。安全な場所と言ったな? ならば王女が向かう場所、アイリスのおる場所が一番安全ではないか? それとも何か、貴様はそこを守り切ることが出来ないとでも吐くつもりか?」

「ジジイ、何のつもりだ」


「うん? 一番安全な場所はどこかと言っただけじゃが?」

「一番安全な場所……だと」


 安っぽい挑発だった。

 こんな安い挑発に乗るつもりはないし、この程度で煽られるつもりは毛頭ない。

 だが、気付かされてしまった。


 防衛戦によって人手の薄い公爵家の館より、戦力をほぼ集めた防衛戦用の陣の方が安全ではないのかと。


 即座に馬鹿らしいと自分を否定する。

 戦場の隣が安全な訳がない。すぐそこに魔物の群が押し寄せて来るのだ。

 常識的に考えてありえない。絶対にない。


 しかしあり得ないはずなのに、一度考えてしまうと、一度気付いてしまうと、一度思ってしまうと、もう戻れなくなっていた。

 

 大半の勇者が集まっているのだ。

 そしてノトスの街からも、精鋭といえる冒険者が参加している。

 快適はないかもしれないが、安全面だけでいえば、確かにそうかもしれないとしか思えなくなっていた。


 そして何より、モモちゃんが俺から離れない。

 ぎゅっと掴む小さな手を振り解くなど到底できない。

 赤子の手をひねると言う(ことわざ)があるが、あれを言ったヤツは人の心がないヤツだろう。


 グルグルと思考が回る。

 正直なところ、非常に腹立たしいがギームルの提案に傾いていた。

  

「っはぁぁぁ。――くそ」


 大きく息を吐いて昂りを抑え、一度心の中を仕切り直す。

 

「……ギームル。一つだけ条件がある。モモちゃんが居る場所は、王女様と同じ場所にしろ。それが条件だ」 

「なっ!? 貴様は、王族であるアイリス様と、その狼人の赤子如きを同席させろと抜かすのか! 調子に乗るな黒い冒険者よ」


「あ、居たんだ」


 俺の出した条件に噛み付いて来たのは、現宰相であるネズミ顔の男だった。

 その男の後ろを見れば、軍人顔の将軍も居た。他にも高官らしき者が何人も控えている。

 ネズミ顔の男が、ギームルを押し退けるようにして吠えてきた。


「いいかっ、アイリス様のお側に居て良いのは、私や勇者様のように選ばれし限られた者だけだ。上級男爵であろうと同席などは許されぬ。それをそんな薄汚い狼人の――っ!!」

「あぁっ? 何だって? 何を言おうとした」


 俺は殺気を込めて言い放ち、ゆらりと一歩前に出た。

 ヤツの喉元に右手を伸ばす。

 

「――双方そこまでだっ。話が逸れ始めている。それと宰相殿、それ以上の発言は慎んだ方がよろしいかと。――死にたくなければ」 

「あっぐうぅ」


 軍人顔の将軍が、俺とネズミ顔の男の間に入り仲裁してきた。

 ギロリとネズミ顔の男を睨み、もうそれ以上何も言わせぬようにする。

 ネズミ顔の男は怯えて萎縮し、後ろへと隠れるように下がっていく。


 下がられては仕方ない。

 俺は伸ばそうとしていた手を引っ込め――


「で? ギームル、条件は飲めるのか?」

「私が許可します。その子と共に居ましょう。同席を許します」


「へ? あっ……」


 静観していた王女様が、凜と透き通った声でそう宣言した。

 そして彼女は俺へと近寄り、腕に抱いていたモモちゃんを受け取った。

 あまりに自然な動作だったため、俺は戸惑う事なくモモちゃんを彼女に預けてしまった。


「こんにちは、モモさん。私と一緒にいましょうね」

「あぷぁっ! あいっ」

「なっ!?」


 抱っこされたモモちゃんが、王女様に微笑まれると自分の耳を彼女へと向けた。

 撫でて良しと耳を差し出すモモちゃん。

 葉月と言葉(ことのは)が驚きの表情でそれを見つめる。


「モモちゃんが、俺以外に……だと?」


 知らない者にとっては大した事のない光景だが、知っている者にとってはとても珍しい光景だった。

 モモちゃんが耳を撫でろと差し出してくるのは、基本的に俺だけ。

 葉月や言葉(ことのは)に懐いてはいるが、耳を撫でろと差し出してくることはほとんど無かった。


 だと言うのに、初対面のアイリス王女に耳を差し出したのだ。

 葉月と言葉(ことのは)にとっては衝撃であろう。

 そんなことは知らないアイリス王女は、モモちゃんをあやすように耳をそっと撫で、顔を上げて再び宣言した。


「では行きましょうか、皆さま」

「しゅぅぱああう」


 王女様の鶴の一声により、俺の出した条件が通った。

 そしてアイリス王女の号令によって、防衛戦に向けての行進が開始されたのだった。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 


「あの、ご主人様。本当に宜しかったのですか?」


 防衛戦へと向かう馬車の中で、隣に座っているラティが俺に訊いてきた。


「ああ、一応狙い通りだ」 

「狙い通り? 陽一、アンタ何を企んでんのよ」


「人聞きの悪いことを言うな早乙女。何も企んでねえよ、ちょっと利用しただけだ」

「……それって企んでいるとどう違うよ」


「……」


 本当に企んでいるつもりはなかった。

 だがあの瞬間、この状況を利用できると思ってしまった。

 狼人であるモモちゃんと、王族であるアイリス王女が同席する。

 この異世界(イセカイ)の価値観で言えば、あり得ない光景として人に映るはず。


 最近は狼人を忌避する風習は無くなってきたが、ネズミ顔の態度を見る限り、それらが全て無くなってきたとは言い難い。一度根付いたモノは簡単に消えたりしない。 


 だから俺は、王女様を利用することにした。

 咄嗟の思いつきであり、ギームルにちょっとでも反発したい気持ちの表れだったのかもしれないが、上手くいけば、狼人に対する風評が一気に改善される。

 

 ( くそ、不甲斐ねぇ…… )


 本当は自分の力だけで成し遂げたい。

 だがそんな簡単なモノではないと理解している。容易ではない。甘くない。仕方ない。これしかない。頼りたくなかった。もっと力があれば……

 『だが』『しかし』と、もやもやがグルグルと回る。


 やはり自分の力で成し遂げたかった。


「くそ……」


 俺は情けない気持ちを吐き出すように独り言ちた。


 これは決して間違いではない。

 狼人に対する理不尽な風評がモモちゃんから両親を奪ったのだ。

 くそ下らない価値観によって、ウルフンさん達は囮のようなことをさせられたのだ。

 あんな差別が無ければ、ウルフンさん一家も頑強な建物の中に避難できたはずだ。

 俺は無理矢理納得する。


 正面に座っている早乙女は俺を訝しんでいる。

 そして隣のラティからは、敢えて触れぬような気遣いを感じる。 


「――あの、モモちゃんは、ちゃんといい子にしていますかねぇ」

「あ、あぁ~、たぶん大丈夫だろ。モモちゃんは天使だし」

「陽一、アンタキモイよ」


「ふんっ、キモくて結構だ。あ~~あ、モモちゃんと一緒に馬車旅できると思ったのに……」


 モモちゃんと一緒に防衛戦に向かうのだから、モモちゃんと一緒に馬車旅を満喫したかった。

 馬車に揺られながら耳を撫で、流れゆく風景を一緒に眺めたかった。

 だがモモちゃんは、あのままアイリス王女と同じ馬車。


――ああ、撫でたかった……

 しっとりとふわふわが同居したあの耳を、

 プニプニのほっぺも、

 


「…………………………ラティ、寝かしちゃって」

「あの…………はい、ご主人様」

「ん? 何かあったの――え?」

 

 俺たちは、ノトスの街の住人から声援を受けながら街を出立したのだった。

 

   

読んで頂きありがとうございます。

宜しければ感想など頂けましたら嬉しいです。

返信が遅れて気味で申し訳ないです。

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