厄介が襲来
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ノトスの街に戻るまでも大変だったが、戻ってからも大変だった。
明日には防衛戦用に敷かれた陣地へと向かうことが決まった。
魔物がやって来るまでまだ時間はあったが、どんなトラブルが起きるか分からないので、余裕をもって先に向かうことにしたのだ。
装備品のメンテナンスや、その他薬品や消耗品の補充も大急ぎで行った。
そして勇者が一斉にやって来たのだから、ノトス公爵家の本館は蜂の巣に石を投げつけたような状態だった。本当にわっちゃわっちゃしていた。
そんな騒がしい中、勇者伊吹が不在だった。
なんと彼女は、ららんさんと一緒にアキイシの街へと行っていた。
最初はノトスの街で伊吹専用の新しい剣を制作していたそうだ。
だが、並の剣では精神が宿っていた魔石に耐え切れず崩壊。
流石のららんさんも、魔石に耐えられる剣がなくてはお手上げ状態だったらしい。
ららんさんは付加魔法職人であって、鍛冶職人ではないのだから仕方のないことだろう。
そんな行き詰まった時、ギームルからアキイシ伯爵家の秘蔵の武具を譲ってもらえば良いと言われ、ららんさんは伊吹と一緒にアキイシの街へと向かったそうだ。
俺が現在使っている槍も、アキイシ家の蔵から譲ってもらった物だ。確かにあの蔵ならば、精神が宿っていた魔石に耐えうる剣が眠っているだろう。
そして連絡はもう入れているようなので、近いうちにノトスへと戻って来るそうだ。一応武器は完成したらしい。
ただ、大規模防衛戦に間に合うかどうかは不明とのこと。
他にも色々とあった。
今回の大規模防衛戦では、前回は用意されていなかった堀を用意するために、土系の魔法が使える術者が駆り出されていた。
当然、サリオも駆り出されており、現在は防衛ラインを構築中らしい。
人手で掘っていては間に合わないので、地面を魔法で抉っているだとか。
陣内組の連中も全員そちらに向かっていた。
そしてそのため、現在ノトス公爵家の館には人があまりおらず……
「あぷあああああっ! こっちぃ、こっきぃ!」
「ここか? ここがいいのモモちゃん?」
俺はなんと、モモちゃんをお風呂に入れるという栄誉を授かっていた。
超ご機嫌なモモちゃん。そしてさらに超ゴキゲンな俺。
「あぷぁあ、ここぉお」
「よしよしっ、わしゃわしゃわしゃ~」
天使が天使な笑みできゃっきゃっとはしゃいでいる。(マジ天使)
湯船の中で俺に抱っこされているモモちゃんは、耳を撫でろと頭を向けていた。(マジで可愛い)
「こっちぃお」
「はい、お姫様。逆側もですね」
俺は反対側の耳をわしゃわしゃとする。
抱っこされてからモモちゃんは、右の耳を向けては次は左をと、左を向けては右をと要求してくる。
同時に撫でれば良いことなのだが、順番にやってもらうことが楽しいのか、モモちゃんは左右を順番に向けていた。
「うう、モモちゃん……こんなにしっかりと育って……」
目頭にくくっと熱が集まる。
俺が居ない間にモモちゃんはしっかりと成長していた。
前までは膝を上手く使えないたどたどしい歩き方だったが、今は膝を上手に使った歩き方が出来ていた。出迎えの時などは、なかなかの速度で駆けて来ていた。
そして、まだ舌っ足らずだが言葉も喋れるようにもなっていた。
しかも駆け寄って来た時には、なんと俺の名前を呼んでくれた。
『ナァイジーン』と呼んでいた気がしたが、きっと聞き間違いだ。
モモちゃんのあまりの愛らしさに、俺の脳がちょっとショートしていたのだろう。
「ナイジぃン、ここぉ」
「モモちゃん? 俺のことはパパと呼んでね。あと、ナイジーンじゃないからね? 陣内だからね? あ、お父さんでも……いや、やっぱそれは駄目だな……。駄目だ……」
「ぱぁないじん?」
「モモちゃんっ! それ駄目な感じに混ざっているから。あとね、ナイジーンは無い無いしようね。ないな~い」
「ナイジ~ン♪」
「モモちゃーんっ! 何でその名前を覚えちゃったの? その名前は不吉過ぎるんだよ? 何か刺されちゃうんだよ? ……くそ、あのイカっ腹の元凶だな」
「ぱぱぁ、ここぉ、やってぇ」
「モモちゃーーーーーんんん!!」
今日は最高に良い日だった。
色々と忙しかったが、その全てが吹き飛んだ。
閑話休題
「アイリス王女様が到着する。それの迎えに行ってこい」
次の日、俺たちが出立の用意をしているところにギームルがやってきた。
そして俺とラティに王女の迎えに行ってこいと言う。
アムさんは既に迎えに行ったらしい。
「はあ? 到着は明日じゃなかったのかよ。ってか、俺が行かないといけないことか?」
「……何があるか判らん。だから行け、そして絶対に守ってこい」
「ん? それはどういう意味だ……?」
「…………こういう事か」
「あの、ご主人様。これは……少々」
困惑気味にラティが尋ねてくる。
「まあ視察って名目らしいからな。コッソリと来る訳にはいかないんだろ」
「ですがこれは……」
向かった先はカーニバルだった。
意匠を凝らした真っ白な馬車が、これまた白を基調とした鎧に身を包んだ騎士に先導される形で行進していた。
街の住民たちが、僅かな隙間もないぐらい詰め掛けている。
確かに護衛云々はともかく、何か起きたときに人手は必要だろう。
あのジジイは、自分の孫娘の安全のために俺を寄越したのかもしれない。
「あのジジイが。そういやアムさんはどこに……あっ、居た」
アムさんは、真っ白な馬車の横で馬上の人となっていた。
この街の主としてか、王女が乗っている馬車をエスコートをしていた。
「あの、ご主人様。あちらを」
「ん? 下元!? ってか、馬車の中から手を振ってんのって葉月じゃねえか!?」
下元は生意気にも馬に跨がり、葉月は真っ白な馬車の中に居た。
この祭りのような大騒ぎの理由がもう一つ判明した。
王女様と一緒に勇者たちも来ていたのだ。
しかも二人はとても人気の高い勇者。そんな勇者と一緒に来ているのだから、騒ぎがより大きくなっているのだろう。
「こりゃ大変だ」
「ですねぇ……」
葉月は普段目立たないようにしている。
勇者である彼女が周りに愛想を振り撒こうものなら、そこいら一帯が大混雑になるし、実際になったことがある。だから彼女はいつも控えていた。
だがどういう意図なのか、今日は珍しく手を振っていた。
この様な状態では護衛どころではない。
結局俺は、近寄ることが出来ず離れた場所から見守るだけにした。
もし何か害意を持つ者が居れば、ラティが即座に反応する。それに近くに寄ってしまっては、逆に身動きが取れなくなる危険性がある。
俺はラティに任せることにした。――その時。
「ご主人様っ、あれを」
「む?」
ラティが何かを察知し、視線でその先を示した。
しかしその視線で示したその先は、何故か真っ白の馬車だった。
誰かが馬車の中に乗り込んだ様子はない。
だから俺は、ラティが何を指しているのだろうと思っていると。
「――ッ! 橘……」
勇者橘も真っ白な馬車の中に居た。
葉月のように外へと手は振っておらず、ただキツイ視線を飛ばしていた。――俺に。
「あの、ご主人様……」
「ああ、判ってる」
ラティが察知した良くない感情とは、橘が俺へと向けて放っていた感情だった。
どうやって気が付いたのかは謎だが、橘は俺の存在に気が付いた様子。
「……確か、勇者を集めるって言ってたな」
「あの、何人来られるのでしょうか?」
「わからん。でも、何人か来るんだろうな。あ、秋音ハルは来ないか」
秋音ハルは死者の迷宮に残してきた。
彼女が居ればサポーター組は大丈夫だろうとの算段だ。
それに彼女の戦闘スタイルからも、防衛戦向きではない。
あとは、あの物騒なヤツをノトスに入れたくないという思いもあった。
「……取り敢えず、このまま護衛を続けよう。ラティ、索敵を引き続き頼む」
「はい、ご主人様」
王女と勇者の行進は無事に終了した。
人が詰め掛け過ぎて将棋倒しになりそうなどはあったが、特に大きな問題もなくノトス公爵家へと辿り着いた。
そして――
「この恩知らずっ」
「ふん、アンタに何かしてもらった覚えなんてないね。ってか、陽一はどこに行ったんだよ。王女さんを迎えに行ったって聞いたんだけど」
「――っこの、ちゃんと人の話を聞きなさいよ」
「風夏ちゃんっ、その話は後でね。今は一緒に明日の準備をしよ? 朝には出発しないとだし、着替えとかも必要だよ? あと、王女様の――」
橘と早乙女が鉢合わせしていた。
どうやら早乙女は、王女を迎えに行った俺を探しに来た様子。
そして橘と鉢合わせして、彼女から一方的に絡まれているようだ。
「あれぇ~? 陽一の気配がするんだけどなぁ~」
「この女っ」
早乙女は、食って掛かってくる橘に歯牙も掛けず、ただ俺のことを探していた。
そしてその態度が気に食わないのか、橘が激しく憤る。
「ね、風夏ちゃん。ほら、荷物とかあるでしょ? だから先に」
「……由香、あたしには【宝箱】があるんだよ? 何言ってんのよ」
「あ、そうだったね。でもお着替えとかあるし、先に着替えちゃお。一緒にご飯を食べるんでしょ?」
葉月が必死になだめていた。
だが橘は、早乙女の態度が気に食わないのか、なかなか頷かない。
俺はそれをコッソリと遠くから眺め、回れ右をしてその場から離れた。
どう考えても面倒だ。
葉月には申し訳ないが、俺は彼女に丸投げすることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ねえ陽一君。さっきのはちょっと酷くないかなぁ?」
「…………ナンノコトデショウカ?」
あの場から立ち去った俺だが、その後、葉月に捕まった。
どうやら葉月は、俺があの場に居たことに気が付いていたようだ。
『むぅ』と責めるような目で葉月が俺を見つめる。
しかし葉月は愛嬌のある顔立ちなので、責めているその表情はとても愛らしい。
「……はい、面倒そうなので逃げました」
「はぁ、まったく陽一君は…………」
素直に白状すると、葉月から責める視線が消えた。
そしてとても悲しそうな瞳へと変わる。
「…………綾杉さんね、まだ……駄目みたい」
「そうか……」
「あ、でもね。うん、ちゃんと来たみたいだから、そっちの心配はないみたい」
かなり濁した言い方だが、何を伝えたいのかしっかりと分かる言い方だった。
さり気なく自身の腹部に手を添えてそう言った。
「そうか、そっちの方は良かったな。ただ、そう簡単に立ち直れるもんじゃねえよな。何か裏切られた感じだったし……」
「うん。だから今回の防衛戦には参加出来ないみたい。お城で……休んでもらってる。たぶん変な気は起こさないと思う」
「そっか」
自殺の方を心配していたが、どうやらそちらも平気そうだった。
正直なところ、ぶっちゃけどうでもいい。
だが、俺はともかく彼女たちにとっては別だろう。
その後、簡単な情報交換を済ませてから別れた。
どうやら葉月は橘を待たせているらしい。
何でも王女様と一緒に食事をする約束をしているのだとか。
王女様の都合により、俺たちの出立も明日へと延期になった。
こうしてその日は終えた。
そして次の日、いざ出発という時に新たな問題が発生した。
それは――
「あぷぅあああああああああ!!」
「も、モモちゃんっ。――すまんみんな、俺はここに残る。モモちゃんを置いていけない。だから防衛戦は任せたぞ! 俺はここでモモちゃんの心を守る」
「あの、ご主人様」
「陽一君……」
「えっと……陽一さん」
「陽一、アンタ何言ってのよ」
「クズが子供を作って……やっぱクズだ」
歩くという移動方法を得たモモちゃんは、防衛戦へと出発する俺の元へとやってきた。
まだ早朝なので起きないと思っていたのだが、偶然起きてしまったのか、目を覚ましたモモちゃんは俺の元へとやって来てしまったのだった。
当然、そんなモモちゃんを残して行くことは出来ない。
俺はモモちゃんと残ると宣言をした。
「ジンナイ」
「ギームルっ、俺はここに残るぞ」
ぬっと姿を現したギームル。
その隣には孫娘である王女様もいた。心なしかいつもよりもジジイの顔が緩い気がする。
「ふむ、ならば一緒に行けば良い。その赤子と防衛戦へ向かえば良い」
「はい???」
あのギームルが、孫娘が来た嬉しさからトチ狂っていた。
「その赤子と向かえば良いと言ったのだ」
ジジイがとんでもない発言をしたのだった。