熱血、大防衛大会
「圧倒せよ。一人の死者も出さずに、魔物を全て屠れ」
「ぉい……」
ギームルは、大急ぎで帰って来た俺にとんでもない要求を突きつけてきた。
あの日、椎名から報せを受けた俺たちは、すぐに帰還の用意をした。
お仕置きによって痺れた足を引きずりながら階段を登ったのを覚えている。
目指すは中層に当たる7合目。俺たちはそこを目指した。
その急ぐ途中で早乙女が足を踏み外し、あわや転落と言う事故があったが、幸運にも彼女は俺の命綱を掴んでいたので下に落ちることはなかった。
そして7合目に到着した俺たちは、そこに結界などの陣を敷いた。
出来れば控えたい方法だったが、今回は緊急事態ということで、椎名の転移魔法を利用した帰還方法を開始した。
椎名の転移で地上へと戻り、椎名だけがまた死者の迷宮へと転移。これを繰り返したのだ。
ただ、この転移の魔法は連発が出来ないことと、MPの消費も激しいようで、三雲組全員が転移するまで一日掛かった。
本当ならば、サポーター組も転移させたいところだったが、さすがにMPや時間の関係上無理であった。
特に転移先となる言葉の身が危険だった。
転移先になるので、言葉を最後まで残す必要があったのだ。
全員を転移させる方法を取った場合。言葉と他の者の4人が、危険な死者の迷宮に長時間置き去りになってしまうのだ。
言葉に何かあっては困るとなり、転移で帰還するのは俺たちと三雲組だけになった。
サポーター組には申し訳ないが、彼らには中層から徒歩で帰還してもらうことにした。
詫びの追加報酬として、今回の探索で得た魔石を彼らに全て渡す。
さすがに精神の宿っていた魔石は渡していないが、白いクラゲ野郎との戦いで得た魔石の数は多く、サポーター組から大きな不満は出なかった。
こうして俺たちは地上へと戻った。そしてすぐに馬車に乗って出立する。
エウロスの街では、俺たちの帰還、正確には勇者椎名の帰還パーティーが用意されていたようだが、今回は急ぎということで辞退していた。
椎名だけを置いていくという選択肢もあったが、万能勇者である椎名は大事な戦力。やはり置いていく訳にはいかなかった。
代わりに盾職の小山なら、大規模防衛戦ではあまり出番がないので、ヤツを椎名の代わりに置いていくという案が挙がった。
だが、新エウロス公爵の反応をみるに、小山はあまり歓迎されていなそうだったので回収した。
馬車に乗ってからはハーティたちの出番。
移動補助系の魔法を持つ彼らは、MPが空になるまで魔法を唱え続けた。
エウロスから特別に貸し出されたスレイプニール付きの馬車も相まって、俺たちは驚くほど早くノトスの街へと辿り着いた。
こうして俺たちは、ゴリ押しでノトスの街へと帰ってきたのだが……
「――おい、ジジイ。魔物大移動が起きてやばいって話は嘘だったのかよ」
「ほう、確かに急いで戻って来いと要請は出したが、貴様の言う『やばい』とは何のことだ? そんなことは一言も言っておらんぞ?」
「ざけんなっ、特大のが来るって聞いてたんだぞ。だから緊急要請したんだろうが。それなのに何で、何でそれが見世物みたいなことになってんだよ!」
「必要だからじゃ。それと魔物の数が多いのは本当だ」
ギームルからの要求は、ただ防衛戦に参加しろというモノではなかった。
ノトスの街の近くで起きた魔物大移動に対し、ギームルは誰一人失うことなく圧勝しろと言ってきた。しかも、観客が居る中で、苦戦など一切せずに魔物を倒し切れと言ってきたのだ。
「くそっ、そうしないと駄目なのかよ……。ったく、ゼピュロスのヤツらは何を考えてんだよ」
「それもさっき説明したはずだが?」
「簡単に納得できるかよっ」
事の発端はこうだった。
ゼピュロス公爵が、俺たちのダンジョン攻略に同意を示さなかったのだ。
要は、竜の巣の最奥にある、要石である精神の宿った魔石を失うのを嫌がった。
精神の宿った魔石が無くなれば、エウロスのように魔物が無秩序に湧いてしまう。
そしてその魔物を倒すことで大地が活性化し、必要以上に土地が潤うことを拒んでいるのだという。
実際に目にした訳ではないが、エウロスではそれで苦労しているらしい。
作物が早く育ち過ぎたり、雑草やそれ以外の物も異様に育って、管理仕切れないほど肥沃化しているのだとか。
しかも、もしここで雑草などの駆除を怠った場合は、下手をすると田畑が林に変わり、その林が森へと変わってしまう可能性があるらしい。
なので田畑を耕す村人たちには、収穫を抑えるために何もしないという選択肢は取れない。そんなことをしようモノなら、鍬ではなく斧を持つ必要が出てくるだとか。
しかしその一方、収穫とは単純に多くなれば良いというモノではないらしく、需要を遙かに超えた収穫は、その収穫物の価格を下落させ、時には労力に見合わない価格で買い叩かれる場合があるのだとか。
だからゼピュロス側としては、作物などが安く買え、自分たちの領地には影響がない、今のこの状態が好ましいらしい。
ギームルの話によると、ゼピュロスでエウロスのようにことが起きれば、張り巡らされている川や運河の周囲に森が出来て、その川の管理や利用が大変になるのだとか。
ギームルの言っていることが大袈裟でなければ、元の世界で最長の川のような状態になるようだ。
確かにあんな密林が出来たら困惑するだろう。
少なくとも今までのようにはいかなくなる。
だからとは言え――
「くそがっ」
俺は苛立ちを吐き出した。
ズーロさんの最期を見た後なのだ、どうしても感情的になってしまう。
どうやらゼピュロス公爵は、現状のままで魔王を倒されることを望んでいる。
精神の宿った魔石を失って魔王消滅させるよりも、精神の宿った魔石を残して、ただ魔王を倒す方を……
「そのための大規模防衛戦じゃ。ヤツらは、魔物が無秩序に湧くことを理由に拒んでおるのだ。魔物大移動が起きたらどうするのだと。――ならばその建前を利用させてもらう」
協力要請を拒むゼピュロスに対してギームルは、要請を拒む方便を利用すると言い出していた。
ゼピュロスの本音は、現在の状況が美味しい。
だがそれは、他の領地の苦境によって得たようなモノ。
それを理由に断ると、当然他の領地から反論が激しい。だから魔物大移動という建前を立てた。
だからギームルは、その建前を崩し、ゼピュロスからの協力を引き出す作戦を立てた。
その方法が、大規模防衛戦のエンターテインメント化である
大規模防衛戦で魔物を圧倒し、勇者たちが居れば魔物など恐れるに足りずと。
そうアピールすることで、ゼピュロスの建前を崩すと言うのだ。
そのためにギームルは、すでに中央へとある要請を出していた。
なんとそれは、王女アイリスへの外遊誘致のようなモノ。勇者が活躍する大規模防衛戦を王女に視察させるのだという。
これは大きなイベントであり、当然注目も集まる。
これによってゼピュロスは無視することが出来なくなると――
「戦ってもらうぞジンナイ。もう他の勇者たちも呼んでおる」
「あ、ああ……」
こうして、過去最大となるであろう、ド派手な大規模防衛戦が始まるのだった。
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あと、誤字脱字なども……