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裸で話し合う

遅れましたー

 俺たちが上に戻ると、その場に居た全員が押し寄せてきた。

 特に早乙女は、ほぼ泣き顔で俺に飛びついてきた。

 

 ほとんどフライングボディプレスのような飛びつき、あわやもう一度場外(崖下)へと落ちるところだった。

 当然そんな飛び方だったので、避けようものなら早乙女は落ちていた。


 だから俺は、それを受け止めるしかなかったのだが……


「……ッ」

「…………」

「ッ……」

「……!…………」

「……」

「…………」

「……ッ……」

「……!!…………!!」

「……こくりこ」

「パッパラギ、ドンギャッタ」

「ぎんざがぶりーうぃーうぃー」


 無言で飛び交う凄まじい量のハンドサイン。

 嫉妬組の連中は、俺のことを外に出てから殺すのか、それともいま殺すのかを相談し始めていた。

 しかもいつの間に増えたのか、サポーター組にも数多くの嫉妬組が居た。


 そして、多少の理性は残っていたのか、ヤツらの下した決定は、『外に出てから殺す』だった。

 ただ、理性は残っていても嫉妬心は滾っているらしく、『殺す』の部分が『ぶち殺す』に変わっていた。

 

 一応、外に出るまでの安全は確保された。しかし嫉妬組(コイツら)は油断ならない連中。

 もしかするとこの決定はブラフで、俺の油断を誘っている可能性があるとし、俺は決して油断しないことにした。

 具体的な対策としては、すぐに命綱を付け直すことにした。


 最近、時々思うことがある。

 ラティの【蒼狼】(フェンリル)の中には、【犯煽】(ウォークライム)に似たような効果で、嫉妬心を煽るような【妬煽】とか【嫉妬】などがあるのではと……


 もし本当にあったら、なかなか大変なことだ。

 

 それとは別で幸運なことが一つあった。今回の戦闘での死者はゼロだったのだ。

 冒険者を即死させれるような攻撃はなく、魔物の数が多かっただけなので、多くの負傷者はいても死者は出なかったようだ。


 それと、大量に持ち込んだ薬品ポーション神水(エリクサー)の助けも大きかったようだ。

 言葉(ことのは)や他のヒーラーだけでは回復が追いつかなかったかもしれないが、持ち込んだ薬品ポーションのおかげで何とかなったらしい。


 俺も神水(エリクサー)を支給されていたが、特に使う場面はなかったので、使ったことにしてパクっておいた。

 こんな貴重な物はそうそう手に入る物ではないのだ。いざという時のために大事に取っておくことにした。


 そして、俺たちが高層ビルのような足場を離れると、その足場は役目を終えたとばかりに崩壊した。あの強固さが嘘のように脆く崩れ去っていく。

 

 その光景はまるで、ラスボス戦を終えたステージのような崩壊っぷり。

 俺はズーロさんのことを思いつつそれを最後まで眺めた。

 彼とは一言も話すことはなかったが、千年以上の時を独りで過ごした人だ。それなりに思うところがあった。

 

 椎名は、ズーロさんに謝罪出来なかったことを最後まで悔やんでいた。


 その後俺たちは、地上への帰還を開始した。




     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「ふうううううううううううううう」


 俺は湯船に浸かった状態で大きく息を漏らす。

 久しぶりの風呂はとても心地良く、熱い湯が体中に染み渡る。

 

 現在俺たちは大休憩中。

 普通の休憩よりも多く時間を取り、しっかりと休息を取れるようにしたのだ。

 まず何より、枯渇気味のMPを回復させる必要があった。MP持ちの後衛たちは現在就寝中。


 そしてそのお陰で、俺たち男性陣も入浴の出来る時間が確保できた。

 俺は一人風呂を漫喫する。

 

「いい湯だな……」


 あまりの心地良さに思わず慣用句を口にしてしまう。

 もしかしたら慣用句ではないのかもしれないが、いまはそんな気分だった。

 実際にはそれなりの人数が入った後の湯船なので、お湯はかなり濁っていた。

 だがそれでも、久々の風呂はやはり心地良かった。


 顔をバシャバシャと洗いたいところだが、さすがにちょっと引けたので止めておき、湯船の中で身体をほぐすだけにする。


「……死者はゼロか、まあ上出来だな」


 前回の地底大都市(オーバーバックヤード)では多数の死者が出た。

 あれは完全にイレギュラーであったが、それでも仲間が死ぬというのは避けたいモノだ。

 そう考えると、今回の遠征は本当に上出来だったと言える。

 ただ――


「一番死にそうだったのは俺だけどな……」


 確かにフラグを立てたと言う自覚はあったが、まさか本当に落ちるとは思わなかった。

 一度は踏み止まれたのに、あの足場が崩壊するとは予想だにしていなかった。

 二人が助けに来なければ俺は危なかっただろう。


 聞いた話によると、俺が落ちた後、早乙女が半狂乱で暴れ回ったらしい。

 敵味方関係なしに射貫く勢いだったとか……

 しかしそのお陰で、魔物の殲滅が早くなったとも聞いた。


「…………しかしまあ、まさか秋音に助けられるとはな」

「ん? 私のことを呼んだか? 陣内陽一」


「へ!? はい???? はぃぃぃぃ? えええ?」

「風呂に入りに来たのだが」


 秋音ハルが裸でやって来ていた。

 確かにここは即席とはいえ風呂場なのだから、彼女が裸でやって来てもおかしくはない場所だ。だがしかし、さすがにこれは無い。断固抗議する。


「ちょっ、お前、え? 何で裸で来てんだよ! いや、そもそも来るなよ。今は男の時間だろ! いつの間に混浴になったの?」

「何を言っている陣内陽一、タオルで隠しているだろうが。それに今はサポーターも使って良い時間だろう。私が入っても問題は無いはずだが?」


「い、いや、そうだけどよ。他のヤツだって入ってくるかもだし、それに――って入ってくんのかよっ!?」

「ふむ、少し濁っておるな」


 秋音ハルは、狼狽える俺を尻目に浴槽へと入ってきた。

 確かに彼女の言うように、隠すべき場所はタオルで覆い隠してはいるが、だからと言って問題がない訳ではない。


 彼女は少し大きめのタオルで前を隠しているだけだ。

 しっかりと身体に巻き付けている訳ではない。

 腰回りなどを見るに、水着などを着けている様子はない。これはガチの裸。

 俺は視線を横へと外した。


「やっと風呂に入れたな。一応男性の振りをしているから、風呂に入れる機会がなくて難儀したぞ」


 そう、秋音ハルは、いまだにサポーターの振りを続けていた。

 勇者と一部の冒険者は知っているが、それ以外の者は、秋音ハルのことを勇者だとは気付いておらず、俺を助けるために飛び降りた勇気のあるサポーターという認識なのだ。


「秋音、他のヤツが入ってくるかもだから……小山とか」

「陣内陽一、仮に誰が入って来たとしても問題はない。私の姿はただの成人男性ルーハにしか見えん」

「あ~~、そうかもしんねぇけどよっ、俺には普通に見えてんだぞ? 少しは羞恥心とか持てよ」


「ん? 失礼なヤツだなお前は。いくら私でもそこまで女は捨ててはおらん。だからこうやってタオルで隠しているではないか」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやっ、だったら入ってくんなよ。それにこんなのがバレたら絶対にお仕置きだよ……」


――くそっ、ラティさんが怒るとマジで怖いんだぞ?

 無言半目(ジト目)でズッと見つめてくるんだぞ?

 泣いて土下座しても許してくれるかどうかは半々なんだぞ?

 何の嫌がらせだよ……



 俺はラティにバレませんようにと祈っていると――


「さて、茶番はここまでだ。そろそろ本題に入らせてもらう。陣内陽一、あの例の魔石から力を集めることは本当に必要なことなのか? 今までに一度も無かった事のようだが?」

「……ああ、たぶん必要な事らしい」


「ほう、『らしい』とはどう言うことだ? ある程度のことは把握しているが、しっかりと知っておきたくてな」

「ああ、分かった。話す――」


 俺は、初代勇者から聞いた話を少しだけぼかして秋音に話した。

 魔王を完全に消滅させるためには力が必要で、いま俺たちはその力を集めているのだということを話した。


 さすがに全部話す必要はないので、ざっくりと話す。


「――ふむ。一つ確認したいのだが、魔王を完全に消滅させたとしても、元の世界に戻るためのゲートは開くのだな?」

「ああ、それは大丈夫だと思う。……実はな、勇者が全員残るとこの異世界(イセカイ)にとってはあまり良くないらしい。ってか、崩壊するかもだってよ。だから初代としては勇者を帰したいらしく――」


「――おいっ、それを詳しく話せ、陣内陽一」

「うおっ、こっち来んな! 見え――」


 俺は追加の情報を秋音に吐かされた。

 秋音がこちらに迫ってきたのだ。何とか視線を逸らしながら話す。

 話さないという選択肢は取れなかった。


「勇者の力が……」

「ああ、そうらしいな」


 話した内容は、勇者たちが大勢異世界に残ると、その勇者たちの力で異世界が溢れて決壊するかもしれないというもの。


 話のついでに、勇者が大勢の冒険者を育て過ぎるのもマズイと教えておいた。


 これは秋音への牽制でもあった。

 コイツは目的のためなら、冒険者たちを数多く育てて軍隊化しそうな気がしたのだ。だから、あまり育てるなと釘を刺しておいた。


 因みに、俺の場合は勇者たちよりももっと多くの冒険者を育てることが出来る件は、知られているかもしれないが一応伏せておいた。



「ふむ、嘘は……言っていないようだな」

「ああ、そもそも嘘を吐く必要は無ぇだろ?」


「確かにそうだな」


 秋音は、俺の話に納得してくれた。

 そして今度は、俺の方から引っ掛かっていたことを秋音に尋ねる。


「…………秋音、俺の方からも聞きたいことがある。何であそこまでして俺のことを助けた? 最初の煽動は分かる。あれはサポーターの連中を動かして俺たちを助けるためだよな? だが次は違う。下手をすればお前も一緒に落ちていたかもしれないんだぞ? 何でそこまで命を張れる」


「……理由は伝えたつもりだが?」

「もう一度聞かせて欲しい。必要な理由を」

 

「元の世界に戻るためだ。そのためにはお前が、陣内陽一が必要だと思ったから助けた。それ以上でもそれ以下でもない」

「元の世界に戻るために?」


「そうだ。そのためなら――何でもやる。お前なら解るはずだが? 陣内陽一」

「ああ、分かった……」


 その後、秋音ハルは風呂から上がった。

 どうやら彼女の本当の目的は、俺と一対一(サシ)で話すことだった。

 落ちてから戻ったあとは、あのポンコツがずっと俺に張り付くようになった。

 だから早乙女が入って来れないこの場所を狙ったのだろう。


「元の世界に戻るためなら何でもやるか……」


 秋音ハルは、元の世界に戻るためなら何でもやると言っていた。

 実際に彼女は、命を投げ出すような行為を顔色一つ変えずに実行した。

 あの言葉に嘘はないだろう。


 それは俺だって同じだ。

 ラティのためなら世界中を敵に回しても構わない。

 だから秋音ハルの言っていることが解る。


 しかしそれは――


「障害になるなら、躊躇わずに排除する覚悟があるってことか……」




     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




「陣内君、ここに居たのか」

「む? 何かあったんですかハーティさん」


 俺が風呂から出ると、ハーティが俺を見つけて駆け寄ってきた。

 魔物の襲撃でも受けたのかと辺りを見回すが、どうやら違う様子。


「上に行ってた椎名君が戻ってきたんだ」

「へ? もう戻って来たんですか? さっき行ったばっかりなんじゃ?」


 椎名は、転移の魔法を使って一度地上へと戻っていた。

 目的は無事に達成出来たので、その中間報告を上へと報せに行ったのだ。

 そして補給を済ませた後、言葉(ことのは)の元へと転移する予定だった。

 椎名(ストーカー)だけが出来る移動方法。


 その椎名が、もう戻って来たというのだ。


「陣内君、少し予定変更だ。急いで地上へと戻ろう。ノトスから緊急要請があった」

「ノトスから? 一体何があったんです?」


「南で魔物大移動の予兆が観測されたらしい。しかも特大のヤツが……」

読んで頂きありがとうございます。

ご要望のお風呂回でした。

宜しければ感想など頂けましたら嬉しいです。


あと、誤字脱字なども……

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