千年を超えた盾
すいません、短いです。
切りがよかったので……
「えっと、初代勇者の仲間の人ですよね?」
俺は、目の前にいる幽霊のような男にそう尋ねた。
この浮いている大男が、初代勇者の仲間だという確信があった。
前に激痛とともに見せられた初代勇者の過去の映像の中に、この大男の姿があったのだ。
その映像の中で、盾役として戦っていたのを覚えていた。
「確か、盾役として初代勇者と一緒にいましたよね?」
「…………」
( ん? 返事がない? )
大男の幽霊からは返事がなかった。
顔をしかめ、何かに耐えているかのように口を硬く結んでいる。
「あの、ご主人様。この方は何かから耐えているようです。全てを拒んでいると言ったほうが近いような……」
「拒む……」
ラティは、【心感】で察したこと俺に教えてくれた。
俺はそれを聞いて、『拒む』という言葉に引っ掛かりを覚える。
それが何かに結び付くことを俺は知っていると感じた。それは何だっただろうと記憶を掘り起こしていると、横に居た秋音が口を開いた。
「この男、負傷して動けなくなった介錯を望む兵士のようだな」
「うおいっ、何だよその物騒な例えは。戦争モノの映画の話か?」
「いや、似たような者が居てな。その時は私がその者を――」
「――いやっ、言わんでいい。ってか秋音、お前のお陰で分かったよ。……この幽霊が何を拒んでいるのかを……」
俺は秋音の物騒な例えで気付いた。
戦争モノの映画などで、負傷した兵士が敵に囚われるのを恐れるシーンがある。情報を聞き出すために拷問をされたりなど、そういったことを恐れる場面が。
物語によっては、その拷問に屈せずに耐えるシーンなどもある。
そしてこれは、それと似たような状況なのだろう。
この大男の幽霊は、自身が宿っている魔石に入り込もうとしている魔物を拒んでいるのだ。耐えているのだ。
白いクラゲ野郎の中に入った時、あの中の意識の集合体の総意は、何かの中に入りたいと喚いていた。
そして、拒まれて入ることが出来ないとも喚いていた。
だからのあの場に留まり続けていたのだろう。
そしてそこに俺たちが魔石を置いたため、吸い込まれるようにして魔石に入り、あの短時間で魔石魔物として湧いた。
何か確証がある訳ではないが、俺はそうなのだろうと確信した。
「……そういうことか」
「陣内陽一、何を一人で納得している。――話せ」
「あ、ああ……分かった」
俺は手短に分かったことを秋音に話した。
あの白いクラゲ野郎は、意識の集合体のようなモノであり、そしてその集合体の総意は、精神の宿った魔石の中に入り込むこと。
ボレアスにある地底大都市では、実際に魔物が入り込み、魔石魔物としてダンジョン内を徘徊していたことも話した。
「――ほう、その様なことがあったのか」
「ああ、だからそれと同じ様なことが起きようとしてたんだ」
「……ですが、この方はそれから耐えていたと?」
「ああ、ラティ。たぶんその通りだ」
俺は大男の幽霊を見つめる。
苦しそうにしかめた顔と、痛々しく削がれた左半身。
この初代勇者の仲間である大男は、永い時を独りで、そして椎名に斬られた後も耐え続けていたのだろう。
もしかすると、この高層ビルのように残っている足場も、彼が耐えていたからこそ残った場所なのかもしれない。
整っている他の場所とは違い、荒い岩肌の足場は、彼が孤高に耐え抜いた証であり、他のダンジョンよりも拡張が進んでいないのは彼のお陰なのだろう。
そう思うと、胸に何とも言えないモノがこみ上げて来る。
「……お疲れさまでした。ズーロさん」
俺は、この瞬間まで、この大男の名前を忘れていた。
ただ最後に感謝の気持ちを伝えようと口にした瞬間、彼の名前を思い出した。
千年以上の時を耐え抜いた武人。
この人もまた、異世界のために己を……
「あとは任せて下さい。俺が……」
俺は、精神が宿った魔石に世界樹の木刀をかざした。
すると魔石から淡い光の粒子が溢れるように漏れ出し、俺が持っている世界樹の木刀へと吸い込まれていった。
「あ……」
精神の宿った魔石から力が抜け、浮かんでいたズーロさんの姿が消えていく。
足から消えていくズーロさんが、一瞬だけ俺の方を見て微笑んだ気がした。
後を頼むと、そんな瞳で……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あの、そろそろ戻りますか? 上の方はもう終わったようです」
「そうか、じゃあ行こうかラティ。あと秋音も」
「了解した」
俺は、ズーロさんが宿っていた魔石を大事に懐へとしまった。
ちょっとした荷物になるのだから、秋音の【宝箱】に入れてもらう方が本当は良いのだろうが、それは嫌だと感じていた。
理由は明確だ。
孤高に耐え抜いた男の意思を継ぐために。俺はこの精神が宿っていた魔石を、自分に使おうと決めていたのだった。
だから、少しの間だけでも預けたいとは思わなかったのだ。
「本当にお疲れさまでした……」
俺はそう言い残し、彼が居た横穴を後にしたのだった。
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