ヤツの名は、白いクラゲ
遅くなってすいません;
「早乙女っ! しゃがめ!!」
「ふぇ!? え、え?」
「――っらあああ!」
「きゃっ」
咄嗟の指示に全く反応出来ていない早乙女。
俺は早乙女の頭を強引に押し下げて、彼女を背後から襲い掛かろうとしていた死体魔物を薙ぎ払った。
世界樹の木刀で薙ぎ払われて、黒い霧となって霧散するグール。
だが湧いたグールは一体だけではなく、文字通り湧くように次々と姿を現していた。
「っちぃ、くそったれ」
脳裏に浮かぶのは深淵迷宮であったあの出来事。
あの時、白いケーキ野郎が指示をすることで、巨大なグールにグールを喚ばせていた。
俺はこの嫌な予感が外れて欲しいと願いつつ、コイツは魔物を喚ぶと叫んだ。
だが、古今東西往々にして悪い予感というモノはよく当たるもの。湧いたグールの数は、俺たちの人数を上回り始めていた。
「言葉様、浄化系の魔法で祓ってくれ。後衛組はその祓った場所に集まれ。小山君、ドルドレーさん、それまでの間彼らを守ってくれ」
「はい、ハーティさん。皆さんこちらへ」
「あいよ!」
「……了解した」
「みんな、このまま立て直すぞっ!」
俺たちは完全に不意を突かれていた。
魔石から魔物が湧く場合、最低でも30分以上の時間が掛かる。
だから俺たちは、魔石を置いてからすぐに強化魔法などは掛けない。
湧きそうになったら掛けて回るのだ。
ハーティは指示を飛ばしながら、軸となる者に優先して強化系の補助魔法を掛けていく。
「ハーティさん、ボクもフォローに回ります。――咲き誇れ! 守護聖剣ディフェンダー! ファランクス改」
「助かります。三雲様はあの白いクラゲを狙ってください。早乙女様もお願いします。遠隔持ちは下にいるグールではなく、空にいるアイツの方を」
幸いにも湧いている魔物はグールだけだった。
初動では躓いたかもしれないが、俺たちは立て直し始めていた。
この程度の奇襲で押し切られる俺たちではない。
「っはああああ!」
ラティが雄叫びを上げてグールを狩っていた。
「さすがラティ。こういった混戦でも強ぇな」
「はは、本当に動じませんね、ラティさんは」
ラティは、縦横無尽に駆け巡ってグールの首を刎ねていた。
椎名から譲り受けた魔剣は、紫紺の残影を残しながらグールを屠っていく。
「へえ、ホントに凄いなあの子は。何かモグラ叩きみたいですね陣内先輩」
「ああ、そうだろ――ってか、お前もしっかりと戦え霧島! お前の放出系WSなら余裕で届くだろ、あの白いクラゲに…………ん?」
――あれ? おかしいぞ?
アイツが白いケーキ野郎と同じタイプなら……
俺は違和感を覚えた。
コイツが白いケーキ野郎と同じタイプなのであれば、コイツも魔物に指示を出したり、魔物たちに特殊な攻撃を使わせるはずだ。
冒険者でいうところの、魔法やWSに当たるものを使わせるはずなのだ。
だと言うのに――
「オラオラ、倒せ倒せ! こんな雑魚に手間取ってんじゃねえぞ!」
「後衛に近寄せるなっ! コトノハ様を守れっ」
「瞬迅だけに頼ってんじゃねえぞ! 三雲組の意地を見せろ!」
「湧いた先から潰せ。おら、そっちに湧くぞ」
湧いた先から倒されていく死体魔物たち。
襲い掛かってくる攻撃方法も、噛みつきや引っ掻きといった単純なものばかり。
はっきりと言って統率された動きではない。
一瞬あの白いクラゲ野郎は、魔物に指示を出すといった能力は無いのかもしれないと、そんな楽観的な考えが頭に過ぎったのだが――
――いやっ、そんな訳がねえ、
絶対にアイツも白いケーキ野郎と同じだ…………あっ!
おいっ、まさかっ!!
「拾えええええええ!! 魔石を拾えええええええええ!!」
気が付いたのは必然だった。
ラティに首を刎ねられた魔物が、魔石を残しながら黒い霧へと変わっていた。
小さな音を立てて地面に転がる魔石。
俺はそれを見て、弾けたように声を張り上げた。
「急げっ! 下に落ちている魔石を拾って――」
「うおっ! 湧きやがった!」
「くそ、マズイ!? 急げ!! 魔石を拾え!」
「左、ダンゼオイが湧いた!」
「何だ!? 階段が生えて来たぞ!? どうなってんだ?」
「これ以上増やすな! 戦いながらでも拾うんだ!」
――くそったれっ、遅かった、
これがアイツの狙いか、わざと倒されて……くそがっ!
グールだけでなく、ダンゼオイといった魔石魔物も湧き出していた。
さすがに落ちている魔石全部から湧いたようではないが、それでも5体以上の魔石魔物が姿を現していた。
「邪魔あああああ! 弓WS”イースラ”!」
「これ以上はさせないっ、WS”グラットン”」
湧いた直後のダンゼオイに対し、同時にWSを叩き込む三雲と椎名。
サッカーボール程の風穴が空いた後、重い音を立てた剛打によってダンゼオイが吹き飛ばされる。
そして地面に叩き付けられると同時に黒い霧へと変わった。
「魔石の回収を! くそっ、人手が足りねぇ」
「早く、そのデカいのを」
「ああっもう!」
魔石魔物を倒し、得意げな顔していた三雲だが、地面に落ちた巨大な魔石を見て苛立ちに声を荒らげた。
ラティの方も拾いながら戦っているためか、先程までの勢いはなくなっており、徐々にだが、グールが湧くのを押さえ切れなくなってきていた。
勇者たちが魔石魔物魔物を相手にしてはいるが、倒した先から湧いているので数が一向に減らない。
「くそ、倒してもキリがねええ!」
「魔石魔物を優先で倒せ! 雑魚は後回しだ」
「浄化されているエリアを上手く使え!」
状況は一気に窮地へと傾き掛けていた。
あと一分もすれば均衡が崩れて破綻するだろう。
これ以上魔物が増えれば、俺たちは完全に押し込まれる。
ここは一時撤退も視野に、そう考えたその時――
「拾うのは自分たちに任せろ。行くぞみんな、勇者さまを助けるんだ」
突然、大声だが全く感情の籠もっていない声が響いた。
「そうだっ! ルーハの言う通りだ! 行くぞ野郎共!」
「ああ、そもそも拾うはおれ達の仕事さ!」
「勇者様を助けるぞっ! ビビってる場合じゃねえええ! 何のためにここまで来たと思ってんだ! 全員でコトノハ様をお救いすんぞおおお!」
「おおさ! コトノハ様のためなら命なんて惜しくねえ!」
「エウロス魂を見せてやんぜ!」
「コトノハ様を守れええええ!」
「オラはミクモ様を……」
「異端者がいるぞー! 狩るぞみんな」
「馬鹿か! いまは拾え!」
一人の声に連鎖するように、サポーター達から声が上がり、そして俺たちが戦っている足場へと彼らが雪崩込んで来る。
サポーター組は離れた場所に避難していたはずなのに、俺たちの窮地に駆けつけて来た。
「はは、助かったぜ秋音」
「ふん、礼などは不要だ。ここで死なれては困るのでな。――特にお前には」
俺は援護に駆けつけてきた秋音にコッソリと礼を言う。
返ってきた返答はとても秋音らしいモノだった。
自分の目的のために、必要だから助けたという態度が透けて見えた。
それでも――
「助かったぜ。これで押し返せるっ!!」
俺は巨大なグールに木刀を突き刺し、ヤツを黒い霧へと爆散させる。
「秋音、すまんが拾っておいてくれ」
「了解した」
俺は地面に落ちた巨大な魔石を秋音に任せ、次の魔石魔物へと向かう。
「陣内君、取り敢えず数を減らしてくれ」
「任せろっ」
霊体タイプや死体魔物に滅法強い木刀を持つ俺は、ハーティに言われるまでもなく、霊体タイプやグールを次々と屠っていく。
魔石を回収する者がいるのであれば、ラティたちも戦うことだけに集中できる。戦況は再びこちらへと傾いた。
再びこちらが押す流れの時、俺のすぐ横から奇声が聞こえた。
「うひょお!?」
「むっ!……小山?」
突然上がった奇声に引かれて、そちらの方に視線を向けると、小山が白いクラゲの触手に絡め取られていた。
だが、強く巻き付かれている様子ではなく、ただ単に触れられている程度。
「ほひょほひょほほほ」
「……ったく、遊んでんな」
俺はその触手を木刀で振り払う。
「ふう、助かったよ陽一クン」
「なんつう声を上げてんだよお前は」
「いや、だってよ~。なんて言うか、力が抜けるっていうか……ちょっと気持ちよくって……柔らかくてふわりとしてて……」
『なあ、分かるだろう?』といった視線を向けてくる小山。
何を言いたいのか分からんでもないが、俺は尻尾派だ。バッサリと小山を切り捨てる。
「アホかお前は! ってか、エナジードレイン系か? 上からの触手にも注意しろ! 防ぐんじゃなくて避けるんだ! たぶん力とか色々と吸われんぞ!」
俺たちが押し返し始めたことに危惧したのか、宙を漂っていただけの白いクラゲ野郎が攻撃に参加してきた。
白い触手を垂らすようにして伸ばし、戦っている者を絡め取ろうとしてくる。
目の前だけではなく、上からの触手にも注意しなくてはならない。
「面倒だな、遠隔持ちは何やってんだよ」
俺は少し苛立ちながら遠隔持ちを見る。
空にいる白いクラゲ野郎に攻撃をするのは遠隔持ちの仕事。
倒せなくても、何かしらの成果を見せて欲しいと思い彼女たちを見たが。
「ああっ、もう! 何でちゃんと当たらないんだよ!」
三雲は魔石魔物を相手にしているが、早乙女は白いクラゲ野郎にWSを放ち続けていた。
針のような閃光が、空を漂う白いクラゲを貫いている。が――
「……効果が薄い?」
白いクラゲ野郎が巨大なためか、早乙女の放つWSはイマイチ効果が薄く、一応攻撃は当たってはいるものの、小さい穴が空く程度だった。
そしてその空いた穴もすぐに塞がってしまう。
「早乙女、もっと吹き飛ばすようなWSは無いのか? 貫くだけじゃ効果が無ぇぞ」
「ふん、無いわよっ!」
胸を張ってそう答える早乙女。
ここは威張るところではないと思うのだが、『だから何?』といった顔で俺を見ていた。俺はそっと視線を逸らし――。
「三雲っ、お前は?」
「忙しいってのに、これならどうよっ。WS”スターレイン”!」
WSスターレインとは、天に向かって放った矢が、分散して雨のように降り注ぐWS。
三雲は、そのWSを白いクラゲの中心に向かって放ち、白いクラゲの中でそのWSを弾けさせた。
「おおっ! これなら――なっ!?」
「何よあれ!」
内から爆ぜたと思った白いクラゲ野郎は、周囲に漂う黒い霧を吸収することで元の形へと戻っていった。
それはまるで、白いクラゲ野郎が魔石から湧く時のような光景だった。
「厄介な相手だね、倒された魔物の黒い霧を吸収して回復しているのか」
「ハーティさん」
俺の隣にやって来たハーティが、自身の見解を口にした。
戦況はこちらの流れになっており、多少の会話はできる程度にはなっていた。
「そうみたいだけど……くそっ、だからって雑魚を倒すのを止める訳にはいかねえよな。霊体の食物連鎖ってやつか?」
「陣内君、その喩えはちょっと違うんじゃないかな? まあ言いたいことは何となくは判るけど」
白いクラゲは、分かり易いやり方を取る相手だった。
魔物を喚びだし、その喚びだした魔物を倒させて魔石魔物を喚ぶ。
そして倒された時に発生する黒い霧を吸収して自身の回復に使う。
チマチマとやって倒せる相手ではない。
高火力によって一気に吹き飛ばさないと倒せない相手だった。
これ以上戦いが長引けば、SP、MPともに枯渇して、再びこちらが追い込まれてしまう。
持ち込んだ薬品にだって限りはある。
しかも白いクラゲ野郎は、黒い霧を吸収し続けているためか、横幅は20メートルを優に超えていた。今も少しずつだが大きくなっているのだろう。
「はぁ、やっぱアレをやるしかないか……」
「陣内君? 縄を解いてどうするつもりだい?」
「やるしかねぇんだよ」
俺は腰帯に巻いていた命綱を解いた。
今から俺がやることには邪魔だから。
「ご主人様!」
俺の様子に気付いたラティが声を上げる。
「ラティ、ちょっと無茶をしてくる」
「――ッ!?」
この方法はずっと頭の隅にあった。
だが、どう考えてもフラグが立っているとしか思えず、出来ればやりたくない方法だった。
「アイツを使うか」
視界の先には、一体のダンゼオイが丁度湧いていた。
「陽一っ! アンタ命綱を外してどうするつもりよ! アンタってすぐに落ちるんでしょ? 危ないんだからすぐに付けなさいよ」
「いや、お前には言われたくねえんだけど……」
早乙女も俺の様子に気付いたのか、怒りながらも心配そうな声音で言ってきた。
ふと気付けば、周りに居る誰もが俺のことを注目し始めていた。
正確には、命綱を解いた俺のことを見ていた。
離れた場所にいる言葉までも俺の方を見ている。
命綱を握っていたドルドレーなどは、ヤレヤレといった仕草で首を振っている。
「おらああっ、馬鹿が無茶すっぞ!」
「そこに道を作れ! 必殺が逝くぞ! 空のヤツはジンナイに任せろ」
「そのダンゼオイは倒すなよ! 魔法で足止めしろっ」
「もっと数を減らせ! これ以上寄せるなあ」
ここまで共に戦ってきた仲間達。
俺が何をやろうとしているのかすぐに察し、即座に行動を開始した。
そしてそんな中、大鎌を背負った霧島が寄ってきた。
「よし、ここで僕の出番かな。解放っ! ヘキササイズ!」
「うおっ!」
霧島が掛け声とともに大鎌を振り下ろすと、ダンゼオイへの道でも作るかのように、複数のヘキササイズが同時に発動した。
地面から生えた無数の黒い刃が、六芒星を描きながらグールを引き裂く。
「凄いでしょ? 最近出来るようになったんですよ。WSを設置して、そして任意のタイミングで発動させる方法を」
「何だよそのチート。だけど今は助かったぜ」
俺はダンゼオイに向かって駆け出す。
身体に見覚えのあるピンク色の風が纏わり付く。
「やれっ、陣内君! あのクラゲを消し飛ばしてやれ」
「応っ」
ハーティの唱えたヘイストゥにより、俺はより速度を上げて駆け抜けた。
そして全力でダンゼオイを駆け上がり、白いクラゲ野郎へと飛び掛かったのだった。