みくも(閑話
すいません、ちょっと時を戻した話です。
ここで閑話を挟むことをお許しください。
……でも、きっと許されると思うのです。
それは、一人の男のつぶやきから始まった。
ちょっとした一言。
『最近のミクモ様、何か凄く可愛くねぇ?』
男はそこまで同意を得るつもりはなかった。
ただそう思ったから口にしてしまった。
本当に、そんな軽い気持ちで口にしただけだった。のだが――
「ああっ、オレもそれ思った。なんつうか、『アレ? いいな』って感じで……。いや、別に特別な感情があるって訳じゃねえぞ? あの方は勇者様なんだし」
「わかってるわかってるって。ただまあ……分かるっ。アリって感じだよな」
「そうだな……気が付いたら……分かるっ!アリって感じで……」
「それありってヤツだよな」
「ああ、アリだな」
あやふやな同意の連鎖が続く。
誰も敢えて口にしていないが、勇者三雲には絶壁と山脈が常に立ちはだかっていることを理解していた。
絶壁とは、己自身のこと。
山脈とは、女神の勇者言葉のこと。
この二つが、彼女への評価を曇らせていた。
少々苛烈な性格も、隣にいる言葉と比較されることでより尖って見えていた。
別に勇者三雲を蔑ろにしている訳ではないが、いつも隣にいる言葉の評価が高すぎたのだ。
この異世界においての美徳や価値観、そういったモノのド真ん中に言葉は収まっていた。
分かり易く言うならば、男から見た理想の女勇者様。
女神の勇者言葉はそういう存在。
一方勇者三雲の方は、その理想像からはかなり外れた存在。
厳しい言い方になるが、理想の真逆。
大きい方が良いモノはぺったんで、お淑やかが望まれる性格は苛烈。
庇護欲よりも畏怖を感じさせ、癒やしではなく頼りになる姉御肌。
勇者三雲は、周りの冒険者からそう思われていた――のだが……
「あれだよな、子猫を必死に守る親猫って感じってか、なんて言うか……」
「分かる」
一人の男の言に、別の男が同意する。
「そうそうっ、何気に面倒見が良いよな。最初は……単なる男嫌いなのかと思ったけどよう、あれってコトノハ様を守るためだったんだよな。健気だよなぁ」
「分かるっ!!」
グーを出しながら男が同意する。
「風呂の時もよう、他の勇者様が入るときはすげぇ目を光らせているのに、御自分が入るときはノーガードでよう、なんて言うか、なんて言うかっ」
「分かるっ、分かるぜ、自分なんて……って感じなんだよな」
うんうんと頷きながら男たちが同意する。
「アレだよな、御自分の評価が…………異様に低いんだよな」
「ああ、そうだよな」
「だな……」
「あんなに……なのに……」
安易な憐みは三雲を貶めることになる。
それを分かっている男たちは、曖昧に濁しに濁し切った同意を吐く。
「…………ここ最近だよな、特に良くなったのって」
「ああ、そうだな」
「やっぱアレか? あの……なんたらすると綺麗になるってヤツかな?」
「アレか………………どっちだと思う」
「どっちか、……恋をしたから綺麗になったのか、それとも………………………………………………ったから綺麗になったのか」
重い沈黙が場を支配する。
敢えて口にしていないが、誰もがその可能性に気が付いていた。
特に前の深淵迷宮のとき、そんな予兆があったのだ。
「オラは、制裁を加えたあとに尋問したらいいと思うんだ。あと椎名クンにも」
「なるほど、さすがは名誉組員であるコヤマ様。とても素晴らしい提案だと思います。拷問のあとに尋問し、黒であれば制裁。白であれば罪を認めるまで拷問ですね」
「まどろっこしいので最初から拷問で良いのでは? ミクモ様に好意を向けられているだけで制裁対象ですし。ヤリましょう」
「そうなるとアレが良いかと。丁度良い感じの谷があることですし、オレは紐無しでの宙吊りの刑を強く推します」
「それならば、憎っくき黒いヤツもついでに逆さに吊してやりましょう。――紐無しで」
「それは名案ですな。ヤツらをアメリカンクラッカーの刑にしてやりましょう。――紐無しで」
「もう面倒だから叩き落としましょう。それとコヤマ様、そのお顔はどうなされたのですか? まるでジャガイモのように腫れ上がっていますが……」
嫉妬組のひとりが勇者小山にそう尋ねた。
誰もが聞きたいことであったのだが、あまりの酷さに尋ねるのを躊躇っていたのだった。
「ああ、これはちょっと通りすがりの餅つき屋に出会って……」
「……そうでしたか」
誰もが目を逸らした。
どこの世界に、危険なダンジョンの中で餅つき屋に会うのだと。
そもそも、餅つき屋とは何だとツッコミを入れたかった。
ただ、誰のことを差しているのかは察することが出来た。
そんな何とも言えない空気が漂う。
そんな空気の中、とても爽やかな一陣の風が吹いた。
「やあ、みんなどうしたんだい、こんな場所に集まっ――っ!?」
嫉妬組が集会をしている天幕に、三雲組のリーダーであるハーティが入ってきた。
そして彼はその天幕に入ったことを即座に後悔する。
これはヤクイと直感で察知するが――。
「丁度良かったハーティ、ちょっと用事があったんだよ」
「さすがはリーダー、ナイスタイミングです。カモネギです」
「諦めて大人しくしてください。――縛れっ!」
この後ハーティは、勇者小山の【重縛】によって捕らえられ、宙吊りの刑(紐無し)寸前までいった。
だが運良く通りかかった、苛烈な性格の少女によって救出され、その刑が執行されることを回避したのだった。