順調過ぎる
「何か落とし穴がありそうで怖い」
「面倒だから落ちないでくれると助かるな?」
俺のつぶやきに、相槌でも打つかのようにハーティが返してきた。
『落ちねえよ』と返したいところだが、常に視界に入っている底の見えない闇が俺を脅している。
「……善処する」
「おや? 意外と素直だね。『落ちねえよ』って言うかと思ったんだけど」
「えっと、あれですよ。ほら、世の中には絶対ってのはないから。そう、絶対ってのはないから」
俺はそう言って階段を降りる。
「それってやっぱ、落ちる前振りかな?」
ハーティからとてつもなく不穏な言葉が聞こえた気がしたが、俺は聞こえない振りをした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
探索は本当に順調に進んでいた。
階段を降りることがメインなので、足と腰への負担はあるが、体力面での負担はまだ少なく楽だった。
ただ、手すりなどがないので、足を踏み外すと転がり落ちる危険性があった。
なので言葉と早乙女には、俺に結んである命綱を掴むことを許可した。
馬鹿にするつもりはないが、この二人は階段を踏み外しそうな気がしたのだ。
何故か小山と霧島もやって来たのだが、この二人は転げ落ちても構わないので却下した。
特に小山の方は、最近人の道を踏み外している。
一度落ちた方が良いだろう。
魔物による襲撃の方は、一度襲ってくると集団でやって来るのが面倒だったが、戦闘自体はとても楽であり、何の苦もなく倒せていった。
同行しているサポーターからは、おこぼれのような経験値でレベルが上がった者が多くおり、それによってサポーターのモチベーションは高く不満を漏らす者は誰もいなかった。
明日には目的地である13合目に辿り着く。
今日は無理をせずに、12合目にある広場で野営することが決まった。
俺たちはそこで明日のことを話し合う。
どのダンジョンも以前より広がっている。
きっとこの死者の迷宮も同じで、椎名とハーティの予想では、クレバスのような亀裂が増えているだろうと言った。
そして話し合いの内容は、その広がった未到達エリアのこと。
ここまでは一本道に近かった。
行き止まりとなる道は少なく、ほとんど一本道だった。
だがここから先が同じとは限らない。
そもそも俺たちの目的は、ダンジョンの最奥ではなく、そこにあるであろう精神の宿った魔石だ。
前回の地底大都市では、その目的の魔石に魔物が宿ってしまい、魔石魔物としてダンジョン内を動き回っていた。
今回もそれを想定する必要がある。
ここの精神が宿った魔石は、椎名の聖剣によって既に割られている。
条件で言えば地底大都市と変わらない。ここの魔石も魔石魔物化している可能性が高い。
「――やはり、未踏のエリアに入ったらまず魔石魔物を湧かせて、それで精神の宿った魔石の位置を特定した方が良いかな? また動いているかもだし」
「そうですねぇ……。ただ、どんな魔石魔物が湧くか分からないのが……」
ハーティが提案し、それに椎名が同意する。
そしてそれに対しての危険性があることを付け足す。
「そうだね、ダンゼオイなら良いけど、前に湧いたシロゼオイ・ノロイみたいなのが湧くと厄介だね」
「あ、オラはそいつ一度しか見てねえけど、そんなヤクイの?」
「うん、かなりの強敵だったよ。ボクと陣内君で倒した個体は本当に強かった」
「その戦いを見たかったなぁ。……二人の共闘かぁ」
( ノロイか…… )
俺は、あの時の死闘を思い出す。
狭い通路での戦闘という地の不利はあったが、それを抜きにしても強敵だった。
周囲に針を飛ばすことが出来る魔物だったので、囲んで袋叩きと言う数に物を言わせた戦術が取れない相手だった。
あのレベルの魔石魔物が湧くというのは正直勘弁して欲しい。
しかもこの死者の迷宮に湧く魔石魔物なら、霊体タイプのように宙を飛び回る危険性だってある。
「……空を飛んで爆撃とかして来ないだろうな」
「あ~~~~~、無いとは言い切れないね。爆撃ってのはさすがに無いとは思うけれど、それに近いことはしてくるかもしれないね。例えば、棘を降らしてくるとかさ」
宙を飛ぶシロゼオイ・ノロイを思い浮かべてみた。
棘を上から放ち、突然急降下して襲ってくる白い獣。
反撃を試みても、すぐに飛んで距離を取られる。
「おいおい、マジで湧いたら無理ゲーじゃねえかっ。確か魔法を引き裂いていたから、基本的に遠隔系は厳しいよな? あっ、閃光弾とかで落ちてくるか?」
「あ~~、うん。陣内君が何を言いたいのか分かるけど、霊体タイプだったら眩しいとかないんじゃないかな?」
「そうなると僕の得意な放出系WSも厳しいですよね?」
少し困った顔でそんなことを言う霧島。
確かに霧島の言うように、魔法を引き裂く魔物は放出系WSも引き裂いてくる。
そうなると、飛ばれた相手には手出しが出来なくなる。
一応ラティのように、【天翔】を使って空に飛び上がるや、椎名の守護聖剣の結界を足場にするといった方法はある。
だがしかし、足場がしっかりとしている地面に比べると、どうしても動きが制限される。そんな不安定な戦いは出来れば避けたい。
「湧かせるのは最後の手段の方がいいかも。ちょっとリスクが高過ぎる気がする」
「うん、確かにそうかもしれないね。陣内君が言うように不安材料が多すぎるかな? 時間はちょっと掛かるかもしれないけど、地道に探索する方が無難だね」
こうして俺たちの今後の方針は決まった。
まずは13合目へ向かう。
そこで状況を確認し、そのあとは地道に探索する。
もしかすると、ここまでと同じで一本道という可能性がある。
椎名からの情報によると、死者の迷宮の最奥は谷底らしい。その谷底に、精神の宿った魔石が鎮座していたのだという。
そして、鎧を着た大男の幽霊が浮かんでいたので、魔物だと思いその幽霊ごと魔石を切り裂いてしまったらしい。
最初は、『何で斬ったんだよこの馬鹿は』と思ったが、この死者の迷宮を潜っているうちは、仕方ないかもしれないと思えた。
霊体の魔物が数多く襲ってくるのだから、そのうちの一体だと勘違いしてもおかしくはない。
ただ、鎧を着込んだ霊体タイプには一度も会っていないので、そこは気付けと思わなくもない。
「じゃあ、話し合いはここまで。明日に備えてもう休もう」
「あいよ」
「ふえ、やっと終わったぜ」
「僕はいま決まったことを三雲様に伝えてくるね」
「はい、お願いしますハーティさん」
俺たちは各自に与えられた天幕へと戻る。
出来ることなら日課をこなしたいところだが、この話し合いが長引いたため、ラティはもう眠ってしまっているだろう。
索敵持ちであるラティは、常に周囲を警戒し続けている。
身体の方はともかく、頭の方への疲労はそれなりにあるはずだ。
俺は横になって考える。
ラティには例の件をまだ話せていない。
内容が内容なだけに、他のヤツに聞かれる訳にはいかない。
それに――
「……あいつ、ずっと俺を観察してるよな」
秋音ハルは、サポーターとしての仕事をこなす傍ら、俺のことを見ていた。
俺の方も、秋音ハルのことが気になり彼女のことを観察していた。
だから気付いた。秋音ハルが俺を観察するように見ていることを。
きっと彼女の方も、俺が観察していることに気が付いているだろう。
「あれは……」
心当たりが全くない訳ではない。
俺はそれなりのことをやってきているし、初代勇者からは、この異世界を救う存在だと言われてる。木刀の件だってそうだ。
そんな存在だから、ある程度観察されるのは分かる。
だがあの目は――
「俺と同じ……目的だよな」
秋音ハルの視線は、俺と同じで、いつか戦うことを想定した観察だった。
瞳に感情の色は全く見えないが、あの目は間違いなく――
――あああ、くそっ、
アイツは偽装があっから、ラティの【心感】じゃ読めねえよな、
いや、読む必要はないか……
そう、俺は気が付いていた。
アイツの目には、俺たちが味方として映っているのではなく、元の世界に帰るために必要な駒として映っているのだと……
俺はこれ以上考えても仕方ないとして、その日は眠りに就いた。
次の日、俺たちは13合目へと辿り着いた。
そしてさらに先へと進み、俺たちは行き止まりに到着した。
しかしそこには、精神の宿った魔石は無かった。
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