渡り鳥ルーハ
めんどいっ回
話の流れで知ったルリガミンの町の状況は、正直なところ『ざまぁ』だった。
俺たちを陥れ、ラティとサリオを強奪しようとした町の連中は、あの一件以降勇者たちが離れて苦境に立たされたのだという。
まず、赤城の勇者同盟が離れた。
これはルリガミンの町の最大戦力が去ったことを意味していた。
有事の際に頼りになる者がいなくなったのだ。
当時のルリガミンの町は、俺を憎んだフユイシ伯爵家の支配下だった。
そしてボレアスの名を借りた、フユイシ伯爵家による魔石の搾取が進んでいた。
ルリガミンの町に居た冒険者たちは、まるでノルマを課せられたように魔石魔物を狩り、ただひたすらに魔石を集めていたらしい。
安く買い叩かれる魔石、上層でも時折湧く冒険者殺しのハリゼオイ。
前ほど稼げる訳でもないのに、冒険者たちはあのハリゼオイと戦うハメになっていたのだという。
一応、赤城が考案した対策方法はあるそうだが、あのハリゼオイを完全に押さえられる程の術者は少なく、爪と針の餌食となる者が増えていったそうだ。
中には、ハリゼオイによって全滅させられるパーティも……。
それでも稼ぐためには戦わねばならない。
借金を重ねた者も多く、残っている冒険者全員でパーティを組み、複数の冒険者連合隊で魔石魔物に挑んだのだとか。
15人程度で挑むのではなく、もっと大人数で魔石魔物に挑む体制。
稼ぎは激減するが、ハリゼオイが湧いた時の全滅は避けられる。
そんな割の合わない狩りが、ルリガミンの町では主流になったと秋音は語った。
そしてそうなると、渡り鳥のようにパーティを移り渡っていた秋音には都合が悪くなり、彼女はルリガミンの町を後にしたそうだ。
「去る前は、全盛期の四分の一しか残っていなかったな」
「うへぇ、そんな状態で……魔王が近くを通過したのか」
「そうだ。あの巨大な魔王が通ってからはあの町に寄っていないが……もう」
「確か半壊したって聞いたな。でも、だからって全部撤退って訳にはいかないんだよな? 地下迷宮から溢れる魔物を押さえないといけないんだし」
「ああ、冒険者ギルドに登録している者は、半強制的に連れていかれているらしいな」
――あ~~、そういやそんなことをあの猫人の受付が言ってたな、
指示に背くと確かペナルティーがあるんだったかな?
仕事の斡旋なんてうめえことを言ってるけど、都合のいい方便だな、
「あの時は丁度冒険者たちが集まっていたからな、かなりの数が動員されたな」
「そうか、俺たちはすぐに北に向かったけど、他の冒険者たちはルリガミンの町に行かされたりしてたのか……」
思い起こしてみると、魔王によって汚染された場所の浄化に葉月が駆り出されていた。
きっとその流れで、何人も冒険者が、派遣と言う名の強制連行でルリガミンの町へと飛ばされていたのだろう。
俺の知らなかったことを話してくれる勇者秋音ハル。
だが――
( ……何て言うか、コイツ )
「ん? 陣内陽一。私の顔に何かついているか?」
「あっ、いや何でもない。――しかし何て言うか……酷いことになってんだな」
「ああ、いまはもっと酷い状態になっているだろうな。――ん? そろそろ時間か」
秋音はそう言って天幕から出て行った。
話すだけ話したらさっさと去って行く彼女を見ながら、俺はあることを感じていた。
秋音ハルは、終始無表情だった。
唯一崩れたのは、渡した木刀を俺が受け取った時だけ。
それ以外は無表情のままだった。
秋音とは、少なくともそれなりに会話を交わした。
ちょっとした世間話もしたが、秋音ハルの表情は全く動いていなかった。
ただ単に表情が乏しいだけなのかもしれないが、俺には、何か目的のためだけに話に来た。そう感じたのだった。
しかしその一方で、ルリガミンの町の現状を話すなどの、そんな世間話をしたことに疑問を感じた。
俺は秋音ハルと会話をしながら、彼女について考察していた。
まず秋音ハルは、初代勇者と木刀のことを知っていた。
俺は、『その木刀が魔王を消滅させられる唯一の物らしい』としか言っていないのに、秋音は『初代勇者の話か』と言った。
アイツは誰でも知っているような上辺の部分だけじゃなく、もっと深い奥の方まで知っているように感じた。
もしかすると、俺と同じように元勇者の仲間に会ったことがあるのかもしれない。
それと偽装の件。
あの能力の上限も不明だ。
俺には通じないが、魔物には通用すると明かしていた。
だが、どうやって欺いていたのかは話していなかった。
下手をすると、姿を誰かに偽装するだけでなく、何かに偽装することが出来るのかもしれない。
それは壁だったり石ころだったりと、物に偽装することが……
「ったく、どこぞの伝説の傭兵じゃあるまいし……」
もしそうであれば秋音ハルは脅威だ。
人混みの中に紛れ込まれたら手出しが出来なくなる。
数で押すことが出来ない相手だ。人数が多ければ多いほど狙い難くなる相手。
俺の中で警鐘が鳴り響く。
ヤツはヤバイ。いつか――俺とラティの……
「陣内君、食事の用意が出来たよ」
「あ、ハーティさん。はい、いま行きます」
俺は思考をひとまず中断し、呼ばれた食事へと向かったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、俺たちは死者の迷宮四合目を目指す。
俺が初日に見た切り立った崖のような裂け目が二合目で、次の裂け目が三合目、その次の四合目となっていた。
地中奥底にある巨大な亀裂。
その亀裂を渡り、そしてその亀裂の絶壁の中に作られた遺跡。
中に作られた遺跡を越えると、また切り立った崖のような亀裂。
椎名が言うには、その12個目の亀裂を超えた先、13合目に精神の宿った魔石があったと。
俺は命綱をつけて絶壁を下る階段を降りる。
ちょっと飛び降りればショートカット出来そうなところもあるが、リスクが高く、場所によっては、魔物が階段に偽装しているかもしれないのだという。
階段に偽装する魔物。
前にハーティから聞いていたダンゼオイ。
詳しく聞くと、中には階段だけでなく短い橋に化けているヤツもいるのだとか。
ゲームの中では初見殺しと言われていたそうだが、ゲームとは違い、命がひとつしかないこの世界ではとても恐ろしい相手。
俺はぐっと命綱を掴む。
これさえあれば落ちる確率はぐっと減る。
少々不本意ではあったが、目の前の暗い絶景を見ると腰のロープが頼もしく思える。
そう、頼もしく思えるのだが――
「……言葉と早乙女。お前たちはここじゃないだろ? 何でそこにいるんだよ。もうちょっと後ろだろ?」
「下が怖くて……。あの、掴んでいたら駄目でしょうか、陽一さん」
「あん? アンタが落ちないようにあたしも持ってやってんだろ」
何故か二人は、俺の腰に繋がれているロープを握っていた。
ロープの逆側はドルドレーが確保しているので、片方だけのヒモを掴んだ電車ごっこのような状態。
俺は、そんな少々緊張感が欠けた状態で階段を降りて行った。
読んで頂きありがとうございます。
すいません、何か話があまり進まず……