死者の迷宮
まだまだ暑いですね。
熱中症には注意ですよです!
俺たちは、エウロスの街を出立し、すぐ近くにある遺跡へと向かった。
その朽ち果てた遺跡には、ぽっかりと空いた広場があり、そこに地下へと下る階段があった。
「ここが……死者の迷宮の入り口?」
「うん、そうだよ。ここが死者の迷宮の入り口さ。さあ入ろう、少し長い階段が続くけど、その先がダンジョンだよ」
椎名は、自身が潜ったことのあるダンジョンへと案内した。
この朽ちた遺跡には、魔物が溢れ出た時のための柵や防壁といったモノはなく、とても見通しの良い場所だった。
一瞬、何の備えもしていないのかと思ったが、よく見回してみると、お札やしめ縄などの、霊体を通さなそうなモノが用意されていた。
よく考えてみれば、ここの魔物は霊体系がメイン。
壁などはすり抜けてしまうので、壁があると逆に邪魔なのかもしれない。
俺はそんなこと考えながら周囲を確認していると、今回の探索の指揮者である椎名が、最初の指示を出していた。
「よし、先頭は……ラティさん。頼めますか? キミの索敵が一番精度が高いみたいですから」
「はい、シイナ様。ではご主人様、行ってきます」
「頼むぞ、ラティ」
「ありがとうラティさん。じゃあ次は陣内君、コレいいかな?」
「…………マジでそれをすんのか?」
「うん、きっと必要になるよ。むしろ必要ないと何故思うんだい?」
「ぐっ」
「陣内っ、はやく結びなさいよ。こっちはウチのドルドレーさんが持つから」
「……任せろ」
「ドルドレーさん。どうかお願いします」
「はい、お任せくださいコトノハ様。決して離しません」
誰もコレを止めるヤツはいなかった。
俺は縋るようにラティを見たが、彼女はすぐに察して、スッと目を逸らしてしまった。
「くそ、諦めて付けるか。このロープを……」
俺は腰の帯に、手渡された縄を巻き付けた。所謂命綱だ。
死者の迷宮の特徴のひとつ。
それは切り立った崖がとても多いこと。
安全のための柵などはなく、道の端のほうを歩いて足を踏み外せば崖へと真っ逆さま。
そんな危険な場所だが、要は、端の方に近寄らなければ良いだけ。
椎名の話では、そんなに狭い道ではないとのことだ。
だから命綱など必要ないと言ったのだが、何故か全員から猛反対された。
ハーティからは、『それはツッコミ待ちなのかい?』と言われる始末。
どうやら俺は、仲間全員から落ちるヤツだと誤解されているようだった。
当然反論した。
多少は落ちたことがあるが、大体が不可抗力だ。
だがそこで、俺の身を案じたラティが暴露した。
この死者の迷宮で落ちれば、全てのダンジョンで落ちたことになると……。
そしてその結果――
「陽一。あたしもそのロープ握っていい? あ、そうだ。アンタ首にロープを巻きなさいよ。散歩みたいな気分に――」
「アホかっ、そんなんで落ちたら首つりになんだろうが! 死因が滑落から絞死に変わるわっ」
早乙女がとんでもないことを言い出してきた。
腰にロープを繋いでいる俺の姿が面白くて仕方ない様子。
「ったく、コイツは……ん? 言葉まで……」
ふと後ろを見れば、ロープのアンカー役をやっているドルドレーの前で、言葉がロープをちんまりと掴んでいた。
「くそっ、馬鹿にしやがって。俺はぜってぇに落ちねえからな」
「はは、陣内君、それは落ちる前振りかい?――で、彼がそうなのかい?」
からかうように俺の肩へ手を回してきたハーティが、陽気な声から一転、真面目な小声で尋ねてきた。
俺の方も、出来るだけ自然に振る舞いながら返事をする。
「ああ、そうだ。男に見えるかもしれないが、本当は女だ。あれが勇者秋音ハルだよ。下手すっと俺よりも強い」
俺はそう言って、一人のサポーターを目で示した。
秋音ハルの格好は、以前のようなメイド姿ではなく、軽装の冒険者風だった。
格好だけなら男に見えないこともない。だが、顔と体つきは完全に女性。
しかし、俺以外の者には、アイツは細身の青年に見えるらしい。
「驚いたね。偽装出来る【固有能力】とは聞いていたけど、分かっていても見破れないのか……。じゃあステータスも偽装を? 確か名前はルーハだったかな」
「そんな名前なのか」
俺は、ダンジョン突入前に、勇者たちとハーティにだけ秋音ハルのことを教えていた。
参加の許可はしたが、秘密にしてやるとは言っていない。
ある意味一番物騒な勇者が交ざっているのだ。これを告げない訳にはいかない。
「取り敢えず、邪魔はしてこないらしい。純粋に最奥に興味があるみたいなんだ。……たぶん、嘘は言っていない」
「う~ん、何とも扱いに困ったね。姿を偽っているってことは、勇者として振る舞うつもりはないってことだよね。いや、余計なしがらみを抱えたくないってところかな?」
ハーティの言葉に俺は納得した。
秋音ハルは、誰かと群れるタイプには見えない。
所持している【固有能力】も、誰かと共闘するというよりも、単独行動で力を発揮するタイプだろうと思えた。
そして、今は敵対勢力が無いから安心出来るが、レフトやフユイシ、エウロス公爵が居たら、俺に仕向けた暗殺者だと勘ぐっただろう。
「しばらくは様子見だね。じゃあ行こうか」
「了解」
多少の不安はあるが、俺たちは死者の迷宮へと踏み入った。
俺だけ命綱をつけて……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ぎゃぼう……」
「あの、ご主人様。何でサリオさんの真似を……?」
「いや、予想よりも……落ちそうなんで……つい」
俺は知らずのうちに腰のロープを握っていた。
落ちるつもりなどサラサラにないが、もしかしたら――と思う光景が広がっていたのだ。
長い階段を降りた先は、山脈の切り立った崖を下るような階段と、向こう側の切り立った崖へと渡れる長い石橋。
一言で言うならば、怖ぇ絶景。
エウロスの地下には、そんな空間が広がっていた。
「聞いていた以上だな。ここを進むのか……」
「陣内君。階段とか道はしっかりとしているから平気だよ」
「……あ、ああ」
確かに道幅はしっかりと確保されている。
だがしかし、底の見えない闇が、視界の隅に常にあるというのは、俺にとってなかなかのストレスだ。
ラティのように【天翔】でもあれば違うのかもしれないが、俺にはそういったモノが一切ない。落ちたら終わりなのだ。
どうしても股間の方、所謂タマヒュンをしてしまう。
「へえ、下が全然見えないな」
早乙女は、恐れることなく崖の先まで行っていた。
そしてひょいと下を覗き込む。
「……早乙女、あんま先まで行くな。崖から落ちんぞ」
「んん? ちゃんとロープ掴んでんだから落ちる訳ないだろ」
「だからっ、俺の命綱を掴むな。お前が落ちたら俺も一緒に引っ張られんだろうが。前にも似たような場所でも落ちただろお前は」
「――あっ、あれは……だって……揺れたから……。もし落ちたら……またアンタが助けてくれれば……」
早乙女は、俺とドルドレーの間に張られたロープをぶんぶんとする。
何かブツブツと言っているが、俺は聞こえないことにする。
そしてベルトに振動が伝わってきて地味に痛い。
「早乙女、遊んでないでこっちに――」
「――来ますっ! サオトメ様、下がってください。下から来ます」
「え? え?」
ラティが魔物を察知して警告を飛ばしてきた。
俺は即座に木刀を構え、早乙女の下へと駆け寄り――
「っらあああ!」
「――――ッ」
雄叫びとともに白い霊体タイプに斬りかかる。
聞き取れないような低い声が上げながら、白い霊体は木刀によってかき消された。
場所は一番苦手なところだが、魔物は俺にとって一番やりやすい相手だった。とてもアンバランスな戦場だと思いながら、俺は木刀を振り続ける。
「次も来ますっ。――かなり多いです!」
「各自用意っ、後衛はサポーターを守る壁を張ってくれ。支援魔法はいらない、守ることを重視で。陣内君もそっちを頼む」
ハーティの指示により、三雲組は一斉に動いた。
遊撃枠である椎名と小山も前に出て、湧き出すようにやってきた霊体タイプの魔物を薙ぎ払っていく。
葉月が居れば、浄化系の魔法で手っ取り早かったのだろうが、俺たちは地道に一体一体潰していった。
木刀の威力は絶大だったのだが、俺が動き回るとロープが張って邪魔らしく、俺はサポーターの護衛役へと回された。
サポーターを狙ってくる霊体タイプに木刀を突き立てて滅する。
「ちっ、雑魚だけど数が多くて面倒だな」
「ほう、それが……例の木刀か」
「秋音……」
言葉が張っている障壁の向こう側で、サポーターに偽装している秋音ハルが俺の木刀を見つめていた。そして――
「――興味深いな」
そんな言葉をつぶやいたのだった。
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あと、誤字脱字なども教えて頂けましたら……