闇の情報屋さん
暑さがやばいです。
俺は、目の前の女に苛立っていた。
この女は、しれっととんでもねえ情報を俺に掴ませた前科がある。
『貴族たちの真意』などと、思わせぶりなことを言って俺を誘導したのだ。
もしその情報が世間に流れようものなら、長寿種のエルフが貴族によって根絶やしにされるかもしれない。そんな物騒な情報を俺に掴ませたのだ。
だったら黙っていれば良い。
しかし、そう簡単な話ではなかった。
その情報の内容は、勇者全員にかかわる話であり、そして絶対に無視が出来ないモノだった。
勇者たちは、その価値の高さから魔王になる可能性が高い。
だから勇者が魔王になって、仲間の勇者たちに討伐されたという歴史がある。
しかし真相は少し違っていた。
勇者たちは、魔王発生の時期になると一ヵ所に集められ、そこで魔王化するのを待ち。魔王化と同時に袋叩きにされるのだ。
貴族たちはこのことを明かしていない。
当時の勇者たちは、突然仲間が魔王になったと思っただろう。
そして言われるがままに、魔王となった勇者を殺したはず。
9代目の時は失敗したようだが……。
とても納得はいかない。だが一方で、仕方のないことと思うところもあった。
勇者が魔王になってしまったのだから、もう倒すしかない。
だがしかし、勇者が魔王化することを前提で動くというのはどうにも許せない。
逃げ出すことが難しい場所に勇者を集め、そこで魔王化を待つのだ。
真相を語った老エルフは言っていた。
魔王討伐への出陣の行進は、『死地へと向かう行進』だと。
俺もその通りだと感じた。
そして、勇者をどれだけ利用するつもりなのだと憤った。
もしかしたら俺は、葉月や言葉を殺すために、あの要塞のような町へと向かわねばならないのだ。
――冗談じゃない。
しかし、これを知ってしまったとしても、いまは内に秘めていなくてはならない。
全てをぶちまけたくなるが、それをやってしまっては、エルフ達の立場が危うくなる。この異世界の貴族たちなら、躊躇いもせず根絶やしにするかもしれない。
俺はこの話を、アムさんとギームルに、初代から聞いた話だと誤魔化して真相を尋ねた。
そしてこの話が事実であることを知った。
勇者たちにも教えてやりたい。
だが、教えたことによる影響は計り知れないモノになる。
貴族だけでなく、勇者たちへの影響も大きい。
特に八十神と橘などは、ブチ切れて何をするか分かったものではない。
そして他の連中だってそうだ。
この話がどう転がるが予測がつかない。
当然、葉月たちに話すことも出来ない。
こんな話を聞かされても困るだけだ。あまりにも重すぎるのだ。
抱えるのは俺たちだけで良い。
だから今は黙っているしかない。
こんな重い話、正直知りたくなかった。だが知っておいた方が絶対に良い。
そうでないと利用されるだけ……。
だがしかし――と、また思考がループする。
必要だが知りたくなかった、この異世界の闇の部分。
それをコイツは――
「秋音ハル、お前は一人で抱えるのが辛ぇからって、俺を巻き込んだな? 俺にまであんなクソ重い話を背負わせやがって」
「…………何のことだ。話したのは……そう、ただの気まぐれだ」
「――てめっ!」
秋音ハルは、感情の一切感じさせない瞳のままでそう言った。
あまりにも無表情過ぎて、機械じゃないかと疑ってしまう。
「ふむ、あの話は迷惑だったか? 必要なことじゃなかったか?」
「ああ~ああああ~!! 必要なことだったさ! だけどよう……くそっ」
全く悪びれた様子のない秋音。
ここで俺がどれだけ怒鳴っても意味がないことが分かる。
「そう、迷惑だったか」
「ぐ、迷惑…………とまでは言わねえけどよ……」
――ああああああああああっ、むしゃくしゃするっ!
今ならあれだ、むしゃくしゃしたからやった。だが今はって気分だ、
いや、違うか? あれ……?
「なら……詫びとして、良いことを教えよう」
「へ?」
閑話休題
「くそっ! 知りたくなかっ――いや、違うっ。だけどこれは……」
「陣内陽一。お前は面倒なヤツだな?」
「っがあああああ! うるせええ!!」
秋音ハルが、お詫びとして話した内容は、魔王化した狼人の話だった。
狼人の冒険者が魔王化したことがあるという話は、前にギームルから聞いたことがあった。しかし、魔王化した狼人の共通点は聞いていなかった。
魔王化した狼人の共通点は、【蒼狼】持ちということ。
あの【固有能力】を持っていた狼人が魔王化したと言うのだ。
俺は、その情報の出所を一応確認した。ガセネタである可能性もある。
そして返ってきた答えは、レフト伯爵の屋敷に保管されていた古い書物に書いてあっただった。
レフト伯爵が失踪した後、債権者がレフト家へ押し掛け、その際に何人かが強引に押し入るなどのゴタゴタがあったらしい。
そしてその時に、秋音はちゃっかりと忍び込んで書物を持ち出し、それを読み漁ったのだという。
これは俺の憶測だが、そのゴタゴタを先導したのは秋音だろう。
元の世界へと戻る方法を探していると聞いてはいたが、この女は本当にどこへでも忍び込んでいる。
色々と感心することもあるが、今は――
「やはりラティは…………くそっ」
その可能性が高いことは気付いていた。
【固有能力】の価値でいえば、葉月や言葉たちに負けていないのだから。
――くそ、くそっ
やっぱそうだったのか……そんな気はしてたんだよな……
ラティに木刀をもっと握らせて、あとは他に何が出来る? ナニが……
「ふむ、それで相談なんだが。陣内、私をサポーターとして今回の探索に参加させろ」
「俺の木刀を……へ? え? サポで参加って?」
「他のダンジョンは全部潜った。だが、死者の迷宮だけは通用しなくて潜れていない」
「へ? 潜るって他のも?」
「ああ、潜った。ここのダンジョン以外は――」
閑話休題
「で、デタラメ過ぎんだろ……」
この女の話は振り幅が大きすぎる気がした。
勇者秋音ハルは、元の世界へと戻る方法を探すために、ダンジョンの奥まで行ったと言うのだ。
気配を誤解させ、姿を偽る。
彼女は自身の【固有能力】を上手く利用して、なんと魔物すらも騙し、ダンジョンの奥へと単独で行ったことがあるらしい。
探索に必要な物資も、勇者には【宝箱】があるので、一人分だけの食料であれば十分におつりが来るぐらい持ち込める。
だがしかし、霊体タイプの魔物は生体感知で襲ってくるらしく、【固有能力】の偽りでは騙すことが出来なかったそうだ。
よって、死者の迷宮だけは探索が出来ておらず、丁度良く俺たちが来たので、今回の探索に参加させて欲しいとのことだった。
そして他の連中だけなら騙すことは出来るが、俺だけは騙すことが出来ない。なので、こうして俺に許可を取りに来たのだという。
「……もう参加者として交ざっているんだよな?」
「ああ、そうだ。あとはお前の許可だけだ」
「断った場合は――いや、何が目的なんだ?」
「ほう、陣内陽一。お前は馬鹿なのか? 私は言ったぞ、元の世界に帰るための方法を探しているのだと」
「ぐっ、じゃあ邪魔はしないってことだな?」
「帰るための方法を無くすのでなければ邪魔はしない。だが、帰るのを妨害するのであれば――殺す」
「――ッ!」
凄まじい殺気を叩き付けられた。
先程まで感情の欠片もなかった瞳が、いまは冷たい刃をギラつかせたような光が宿っていた。
「……分かった。邪魔をしないなら俺はいい。野放しにする方が怖ぇ」
「助かる。では――」
秋音ハルは、許可を得ると、スッとその場から退いていった。
そして彼女と入れ替わるようにラティがやって来た。
「ご主人様っ! 今のは……?」
「ああ、アイツが来てた。秋音ハルが来てたんだよ」
ラティは、秋音の殺気を察知して駆けつけてきた様子だった。
「あの勇者さまが? 何の目的で? 先ほどの大きな動揺と何か関係が?」
「…………ラティ、あとで大事な話がある。取り敢えず今は、この木刀を握ってくれないか?」
「あの……はい、ご主人様」
ラティはぎゅっと木刀を握った。
俺はラティに木刀を握らせながら、今回の探索に秋音ハルが参加することを話したのだった。
読んで頂きありがとうございます。
感想返し滞っていて申し訳ないです;
誤字脱字などありましたら、教えて頂けましたら幸いです。