下克上!!
すいません、返信が滞って……
俺たちの目の前に、ドアのノブに手を掛けた状態でジジイが固まっていた。
目は大きく見開いており、俺と椎名を凝視している。
「な、なぜ……勇者シイナ様がここに……貴方は確か――」
「――ええ、確かに部屋に居ました。だけど転移魔法で飛んで来ました」
さしものエロジジイも、生粋のストーカーには勝てない様子。
勇者椎名は、言葉の下へならば転移魔法で転移することが可能なのだ。
俺たちはそれを利用してエウロスの裏をかいた。
言われていることは分かるが、理解が出来ないと狼狽えるエウロス公爵。
ヤツは必死に言葉を紡ぐ。
「ぐっ……これは……部屋を間違えてしまって……。これはですね違うんです。これは、これは――」
「――お父様。お見苦しい言い訳はお止め下さい」
「お前はエロス!? 貴様っ、ワシを裏切ったのか!!」
突如扉を開け放って部屋へとやってきたのは、少女エロス。
エウロス公爵は、がばりと振り返って激高した。
しかし彼女は、そんなモノに怯むことなく――
「……お父様。先に裏切ったのはお父様の方ですよ? だから私は――」
そう、次期公爵であるエロスは、今回の計画を椎名に密告した。
ファーストダンスの時、少女エロスは、踊りながら椎名に今回の件を打ち明けていたのだ。
エウロス公爵が、女神の勇者言葉を狙っていると……。
( しかしまあ、本当に来たなぁ、このエロジジイ…… )
狙っていると密告はしたが、実際には証拠といった確証があった訳ではなかった。エロスがおかしいと勘づいたのは、自分の紹介のときの一言だという。
『――次期エウロス公爵は、末の娘、エロスに任せようと思っている』
彼女は、この『任せようと思っている』の部分に違和感を覚えたらしい。
次期エウロス公爵として紹介されると聞かされていた。しかしあれは、彼女からすれば誤魔化しに聞こえたのだという。
彼女曰く、”思っている”は、”思っていたが――”と同じことらしい。
顔を見ていれば解る。
父親は心変わりしたと、そう察したそうだ。
そして彼女はすぐに動き、椎名に打ち明けて、今に至り――
「公爵様、どうかご隠居のご決断を」
「今ならまだ取り潰しはないそうですので。勇者シイナ様の慈悲により……」
少女エロスの後ろから二人の男が姿を現す。
一人はライト伯爵。
もう一人はハルイシ伯爵。
二人とも神妙な顔をしているが、口の端に僅かな笑みが窺える。
当然、それに気付かぬエウロスではなく、青筋を立てて怒鳴り返してきた。
「き、貴様らまでも!? 貴様らはこんな幼子につくと言うのか!」
「いえいえ、そんなつもりは御座いませんよご老公。私どもは純粋に危惧しておるのです。偉大なるエウロス公爵家が亡くなってしまうことを」
「その通りですご老公。どうか良きご英断を」
「お父様、私にエウロスの名をお譲り下さい。このエウロス公爵家を残すために、――さあ、ご決断下さいっエウロス公爵。いえ、エロジーお父様」
「わ、ワシは……ただ……」
しばし間を置いた後、エウロス公爵は項垂れながら決断した。
公爵の座を、末の姫エロスに明け渡すことを……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「見て下さいシイナ様、これを見て下さいませっ」
「あ、ああ」
「シイナ様、私は嬉しいですっ」
名前 エウロス・エロス
【職業】公爵
【レベル】1
【SP】4/4
【MP】10/11
【STR】2
【DEX】4
【VIT】2
【AGI】3
【INT】5
【MND】4
【CHR】6
【固有能力】【鑑定】【紫紺】【黄金】【魔眼】【薄倖】【絶倫】【挫舞】【心読】【耐毒】
【魔法】光系 水系 氷系 火系 闇系
【EX】毒感知(小)耐毒(小)
【パーティ】
―――――――――――――――――――――――――――――――
新エウロス公爵であるエロスは、年相応のはしゃぎ姿を見せていた。
彼女は椎名に詰め寄り、自身のステータスプレートをこれでもかと見せつけている。
( おうおう、これはこれは…… )
俺は二人の光景を見てついニヤける。
とても良いからかい材料が見つかったと……。
事は速やかに進んでいた。
敗者には容赦がないのか、公爵でなくなった元エウロス公爵は、隔離された離れの塔へと隠居されることが決まった。
隠居しなくては保護法違反で訴えると脅したのだ。
あの処刑方法は誰もが嫌らしい。
今回の作戦の肝は、エウロス公爵が言葉の寝所に忍び込もうとした瞬間を押さえること。阻止することは簡単。だがそれでは意味がない。
だから俺たちは、ドアノブに手を掛けるまで待っていたのだ。
そしてドアノブに手を掛けたのだ。そこまでやっておいて知らぬ存ぜぬは通用しない。証人は勇者椎名と、次期公爵であるエロス。そして二人の伯爵。
二人の伯爵からしてみれば、これは次期公爵に大きな貸しを作れたことになる。彼らの態度を見る限り、公爵に対して忠誠といったモノは薄そうだった。
だから彼らは、与し易く御しやすいエロスの味方をしたのだろう。
隔離された離れの塔は、今までエロスが住んでいた場所らしく、要はエウロス公爵家の流刑地らしい。
エロスは罪を犯した訳ではないが、兄弟たちによって離れの塔に押し込められていたそうだ。
押し込められた理由は下らない嫉妬。
【絶倫】を持つ妹が気に食わないと、そんな理由によって視界に入らぬように隔離されていたというのだ。
だから椎名は会ったことがなかったのだ。
本来ならば親が庇うはず。
だが元エウロス公爵はそれを黙認。
母親は既に亡くなっていたそうで、エロスには誰も味方はいなかったのだという。
一応、嫁がせる予定はあったらしく、礼儀作法などはしっかりと叩き込まれ、その際に自分の名前の意味を知り、その名前をつけた公爵を恨んだそうだ。
これは憶測だが、きっと教育係にからかわれたりしたのだろう。
そして今回の件。
エウロスの名を継げば、エロスと呼ばれることはなくなる。
やっとその名前から解放される、そう思っていたのに、エウロス公爵の心変わりを察し、彼女は父親を排除することを決断して――
「良かったね、小さいエウロス公爵さま。これでもう……」
「はい、これであのいやらしい名前を名乗らずに済みます。やっと私は……」
「しかし、あのエロジジイって、エロジーって名前だったんだな」
「良かったですね、エウロス公爵さま」
「…………はい、嬉しいですコトノハ様」
全然嬉しくなさそうな顔で返事をするエロス。
これだけの騒ぎになったのだから、奥の寝室に居た言葉も出て来ていた。だがエロスが話し掛ける相手は――
「ありがとうございます、シイナ様。こんな私のことを信用していただけて……。私のような子供の言を信じ。そして……」
「当然だよ。君の目は嘘を吐いていなかった。だからボクは協力したのさ」
キラキラとした目で椎名を見つめるエロス。
珍しい紫色の瞳がとても輝いている。
一方完全に蚊帳の外状態の俺は、二人のやりとりを眺めていた。
一応俺も張っていたのだが、俺には全く目もくれない。話し掛けたとしても無視されかねない気配を感じる。
特にお礼の言葉が欲しいという訳ではないが、ここまでスルーされるのは久々で、何とも言えない気持ちになってくる。
因みに小山は、相手を油断させる役目として通路で寝かされていた。
あの馬鹿に話すとこの作戦が台無しになる危険性があるので、本人には知らせずに利用した。
「あの、シイナ様。……宜しければこれから今後のことをお話しませんか?」
「えっ? これからってもう遅い時間というか」
「はい、そうです。もうすぐで日の出の時間です。新しいエウロスが始まります。ですので……宜しければお知恵をお借りしたく……」
「ん~、俺はいらん子だな。俺は部屋に戻るな。ハーティさんにも報告しないとだし。言葉、しっかりと戸締まりしとけよ。」
「えっ? えっと……」
俺はもう撤退する。
この状況で言葉に何かする馬鹿はもういない。
しかも先ほどから、エロスからどっかに行けとのオーラを感じる。
椎名をからかうネタはもう十分に得た。あとはこれを霧島に話すだけだ。
きっと素晴らしい脚本を書き上げてくれるはずだ。
俺は言葉と椎名からの訴える視線を振り切り、この場をあとにしたのだった。
こうして、エロスの下克上によって、エウロス家の世代交代は成った。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ感想など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字などもありましたら……