少女の名は……
俺は煌びやかなパーティーを少し離れた位置から眺めていた。
元からまともに参加するつもりはない。俺は護衛のために参加している。
俺は腰に差してある木刀をぐっと握る。
槍を持ち込むことは出来なかったが、刃が付いておらず、儀式的な意味を持つ木刀だけは許可された。
そして参加者の誰もが着飾っている中、俺とラティはいつも通り鎧を着込み、外套を羽織って壁に背を預ける。
本来であればこれも許されないことだが、勇者の護衛ということで押し通した。当然、勇者たちからの口添えがあったから許可された。
参加者からの訝しむ視線が刺さるが、俺たちは気にせず壁のシミとなる。
「……はは、裏切り者って感じの目で見てんな」
「あの、はい、そのようですねぇ……」
俺とラティの視線の先では、言葉と早乙女が貴族たちに囲まれていた。
椎名と霧島が護衛のように横に立っているので、必要以上に近寄ってくるヤツはいないが、それでも近寄りたいと思う者が殺到していた。
( ……分からんでもないか )
ラティは着なかったが、二人は贈られた物なので律儀にドレスを着ていた。
そしてその姿には、誰もが目を奪われていた。
淡い青色のドレスを纏う言葉。
元からあるのに、コルセットによって寄せて上げられたモノは凄まじい北半球を形成していた。
ホントにちょっと凄いことになっている。単行本ぐらいなら余裕で乗せられそうなたわわ様だ。
――マジでスゲぇな、
コルセットって凶悪過ぎんだろっ、
くっと引っ掛けてズッと下ろしたら、ぶるるんってなるな……あっ!
ラティさんから視線がチクリ。
俺は即座に視線を言葉から早乙女に移して回避する。
早乙女の方はシックなドレス。
彼女のために作られたような漆黒のドレスで、粋と言うべきか、何とも言えない迫力に気圧されてしまう。
胸元の布は、首のうしろで結ばれており、それをスッと解こうモノなら生意気なアレがぷるんとまろび出るだろう。
――ってか、あれってコルセット無しだよな?
コルセットなしであの腰のくびれってすげえなアイツ……
その上あの胸って――ッ!?
ラティさんがちんまりと袖を引っ張っていた。
俺は即座に視線を早乙女から外し、誤魔化すように周囲へと目を向けた。
本当は、ラティが今どんな表情をしているのか気になった。
だが彼女はうつむいて顔を隠している。
俺は盗み見るのを諦めて、周りに再び目を向けると――
( ――ん? )
夜会の参加者は、ほとんどが勇者たちに釘付けだか、警備についている兵士らしき者は俺とラティの方を見ていた。
そのうちの何人かは、見ると言うより睨み付けている。
( あっ! ああぁ~~、そっか、そうだよな )
俺とラティは完全に警戒されていた。
よく考えてみれば当たり前のことだった。俺とラティは、この屋敷に忍び込んだことがあるのだ。
しかもわりと中央突破気味だった気がする。
「そりゃ警戒されるよな……ん? 小山」
「陽一くん、楽しんでいるか~」
「アホか。――ってか、お前は何やってんだよ。お前の配置はここじゃねえだろ?」
「いやだってさ~、あっちからだと見えなくて……」
そう言ってチラチラと言葉の方を見る小山。
小山の言うように、ちょっとした人垣が出来ていて、他の方向からは言葉たちが見えなくなっていた。
コイツは見えないからこちらにやって来たのだろう。
「ったく、お前は……配置に戻れよ」
「いや~~ホント凄いねえ~。言葉ちゃんのは、『ぐっ』て引っ張ってずりっと下ろしたら、ぶるるんってなりそうだし。京子様のも、『えいっ』て解いたらぷるんていきそうで……いいなあああ――って、あれ? どうしたの陽一君?」
「いや、何でもねえ、ちょっと死にたくなっただけだ。お前と同じとは……」
俺はうっかり片膝をつきそうになった。
ラティさんからの視線が少し痛い。
「うん? オラと同じってええええ!? 怖いっ、怖いよ唯ちゃんっ」
「唯って呼ぶなゴミ山。それと、いま言ったことをやったら、アンタに穴を開けるからね、毛穴と同じ数だけの風穴を」
「死んじゃうからっ、それマジで死んじゃうからああ!」
いつの間にかやって来た三雲は、オモチャのような手のひらサイズの弓を小山に構えていた。
矢を放つことは出来なくても、きっとWSなら放つことが出来るのだろう。
小山がガタガタと震えている。
「あ、あう、唯――三雲さんも綺麗だよ? ほら、ストーンっていきそうなのに、どうやって引っ掛かっているのか不思議なドレスとか――げべっ!?」
「死ねっ このゴミが!」
小さいWSを放つ三雲。
眉間を撃ち抜かれて悶絶する小山。
「……この馬鹿。しかし三雲、お前が言葉のそばにいないってのは珍しいな? いつもは横にいるのに」
「あたしは弓兵よ、前に出てどうするのよ。距離をとって周りから守ってんのよあの子を。あと、この馬鹿の監視も……」
ゴロゴロと悶絶している小山を見下ろす三雲。
俺は『なるほどな~』と納得する。
たぶんだが、この指示を出したのはハーティだろう。
前までの三雲だったら、言葉の前に立って壁になっていたはずだ。
俺は、今回の夜会には参加出来なかったハーティのことを思い出していると――。
「……そろそろ来るって」
「ん? 来るって?」
唐突に、真面目な声で三雲が俺に言ってきた。
俺は素で何がと尋ねてしまう。
「はぁ、アンタまで馬鹿なの? 例の次期公爵って子よ。そろそろ来るってさ」
「あっ」
俺は、この夜会の主役のことを忘れていた。
勇者ばかりに注目が集まっているが、今夜の主役は違うのだ。
主役の次期公爵はまだ十歳という女の子。
女性でも継ぐことが出来るのかと思ったが、話を聞くと、歴代勇者が女性領主って萌えると言ったらしく、東ではそれが今でも遺っているらしい。
確かに分からんでもない。
女性領主や、女の子が王様とかちょっといい。
健気にも凜としている姿とかは、ちょっとした趣のある保護欲をそそる。
「――ッ! あの、来られるようです」
ラティがそう言って大きな扉へと目を向けた。
俺と三雲もそちらに顔を向ける。
ゆっくりと両開きの扉が開き、白髪の初老の男性と、紫紺の髪をした少女が姿を現した。
髪の色に合わせた濃い紺色のドレスを着た少女。
クールそうな印象が、ラティに似た雰囲気を醸し出している。
「あれが?」
「あの、そのようですねぇ」
「あんな小さい子が……次の公爵なの? 十歳って聞いたけど、もっと下に見えるんだけど? なんか妙に痩せているし……」
紫紺の髪の少女は、三雲の言うように十歳よりも幼く見えた。
折れそうなぐらいほっそりとした身体。一瞬、どこからか適当に連れてきた子ではと思った。
だが、しずしずと歩く姿は様になっており、しっかりした所作を学んでいることが分かった。
少なくとも、その辺から拾ってきた子ではないだろう。
それに、エウロス公爵らしき初老の男の瞳の色は紫色。
そしてその横にいる少女の瞳も同じ紫色。
「マジでエウロスの子供か?」
「あの、たぶんそうかと……思われます」
ラティは【心感】で探ったのか、三雲がいるので濁した言い方をしているが、俺の発言に同意した。
「今日は集まって頂き――」
初老の男は、特に名乗りもせずに口上をグダグダと述べ始めた。
その様子からは、特に名乗らずとも分かるだろうという態度が透けて見える。
自分はエウロスの長。そしてこれは長たる者の決定だと言わんとばかりに、隣にいる少女を紹介した。
「――次期エウロス公爵は、末の娘、エロスに任せようと思っている」
「「「――――ッ!?」」」
会場全体に動揺が走る。
俺たちは事前に知っていたが、どうやら他の者は知らなかった様子だ。
大きく声を上げる者はいないが、ざわつきは収まることなく広がり続けた。
当然俺たちも――
「え、エロス? え? それがあの子の名前? マジで?」
「あの、ご主人様。【鑑定】で視て確認しましたが、お名前は間違っておりません。あの少女のお名前は、エロス様です」
「そんな……女の子なのに……」
「エロ? エロどこ!?」
三雲が可哀想なモノを見る表情を浮かべ、悶絶していた小山はがばりと復活し、キョロキョロとした。
そして、気丈に澄まし顔をした少女を見て固まる。
「……綺麗で可愛い」
「はぁ? ったく、お前は……」
確かに綺麗な子だ。
幼くも上品に整った顔立ち、芯に強さを感じさせる面構えをしている。
そして神秘的な紫色の瞳は、なかなかお目にかかれるモノではないだろう。
ここが異世界でなかったら、カラコンだと決めつけていた。
だがしかしまだ子供だ。
見た目だけなら八歳程度にも見える。
そんな少女を小山は、恍惚な表情を浮かべて見つめていた。
「うげ、コイツって変態ノゾキ野郎な上にロリコンって……」
「ちょっとおおっ、誰がロリっすか! 唯ちゃんみたいなペッタンコには一ミリも興味はな……いぃ……よ?」
「お前ってヤツは――ってか、それよりもエロスって名前は……」
薄々だが勘づいていた。
この異世界の貴族たちの名前が安直過ぎると。
だが、このエロスはないと思う。
確かによその国では、エロスは神様だったり恋のキューピットがそんな名前だった。しかしこのエロスには嫌な予感がする。
具体的に言うと、歴代どもの香りがする……。
「エロスとは、『魅力的で美しい』。そんな意味合いが込められた勇者様の有り難い御言葉。勇者様のそんな崇高な御言葉を、我が娘の名前に使うなどおこがましいとは思ったが、珠のような我が子を見たとき――」
ダラダラと口上がまだ続く。
要は、超可愛い子が生まれちゃったから、うっかりエロスって名前をつけちゃったって事らしい。
そしてそれがそのまま登録されてしまったと……。
前にも聞いたことがある。
この異世界は、登録や認識されるとそれが定着する。
アムさんもそうだった。前ノトス公爵が家督を譲ると宣言したら、ノトスという名前が追加で刻まれていた。
だから言った通りなのだろう。
生まれた赤子の可愛さに惹かれ、エロスと名付けたのだろう。
――あっぶねえ……おいおい、もしかするとあれか?
うちのモモちゃんもエロスて言う名前になっていた可能性あったのか?
あんだけ可愛いんだから、うっかりとエロスって名前に――――ん?
「あれ……?」
俺はふと気が付いた。
思考がちょっと明後日の方向に行き掛けていたが、エロスと言う少女の表情に違和感を覚えた。澄ました顔をしているが、何かに耐えようとしている。
少女はそんな顔をしていた。
( ………… )
俺は、辺りの会話に耳を澄ませた。
すると、かすかに聞こえてきたのは嘲笑だった。
クスクスと、誰かを蔑む声が聞こえてくる。
( まさか…… )
「ラティ、エロスってのは……」
「…………あの、先ほどのような意味もありますが、どちらかと言うと……」
俺は違和感の正体、そして勘違いに気付いた。
どこぞの”ボッチ”のように、エロスも都合の良い解釈だと思った。
だが周りの反応を見る限りでは……。
「悪意のある方か……」
俺は少女の顔を見て確信する。
あの少女は、自身の名前を嫌っているのだと……
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ感想など頂けましたら嬉しすぎますっ!
あと、誤字もご指摘頂けましたら……