エウロスの状況
紅色の名無しの子がカッコ良すぎる……
早馬を飛ばしやって来た報せは、なかなか予想外のモノだった。
最初はもうノトスに帰って、天使モモちゃんに会いに行こうかと思ったが、その報せを持ってきたメークイン上級男爵の話を聞いて一応納得が出来た。
メークインから明かされたエウロスの情勢は、本当にしょうもない、馬鹿かよと罵りたくなるモノだった。
何とエウロス公爵家は、家を継ぐ息子たちが共食いをして全員死んでしまったというのだ。
要は、次期エウロス公爵の席の奪い合い。
絶対的立場であった長男が、言葉の件で罰せられて処刑、嫡男の地位が次男へと移った。
だが次男には、貴族にとって大事な【絶倫】の【固有能力】が無かったらしく、だったら自分が次期エウロス公爵でも良いだろうと三男が考えたらしい。
そしてそれを実行。
次男は、三男によって暗殺されたというのだ。
【絶倫】持ちの長男は圧倒的な立場であったが、そこから下はドングリの背比べ状態だったらしく、だったら自分がと、エウロス公爵の息子たちは自分の兄を引きずり落とし始めたのだと。
三男は四男に、四男は五男に、五と六男は七男に……。
たった二ヶ月の間に六男まで亡くなり、そして最後に七男までも謎の死を遂げてしまったのだという。
俺はそれを聞いて尋ねた。だったら次期エウロス公爵は誰なのだと。
息子は全員死んだとたったいま聞かされた。しかしエウロス公爵からの要求は、次期公爵を勇者たちに紹介したいだった。
そして返ってきた答えは予想外のモノだった。
嫡男争いに巻き込まれなかった人物、それは――エウロス公爵家の末の姫。
何とエウロス公爵は、十歳の娘に公爵の座を譲るというのだ。
メークイン曰く、まだ十歳の子供では周りが納得しない。しかも女の子。だから勇者たちに彼女を紹介することで、勇者様という後ろ盾を得るつもりなのだろうと……。
エウロス公爵の思惑はよく理解出来た。
この異世界において勇者の存在は絶対だ。勇者が白と言えばマジで白になる。だが俺は思う、アンタらマジで何をやっているのだと。
俺の記憶では、東にはユグトレントが湧いた。
他の領地よりも魔王に対して脅威を感じるはずだ。
だと言うのに、一族内で共食いを始めるなど……と。
「………………なあ、その夜会ってのには椎名だけ送り込めばいいんじゃね? ほら、女の子ならそっちの方がいいだろ? 何なら霧島も付けるし、あっ! 小山は要らないよな?」
「あれ? 陣内先輩、ボクの扱い雑じゃないです?」
「陣内君……」
「陽一クンっ、なんでオラだけ別枠なの?」
「申し訳ないのですが……さすがにそれは……。一応人数が多い方が箔が付くと申しますか、その……」
残念ながら全員参加が条件だった。
言葉たちが断れば良いかと思ったが、彼女たちは、ダンジョン攻略への支援が受けられるのならばと言い、全員が参加することとなった。
何となく嫌な予感がするが、仕方なしと、俺たちはエウロスの街へと出立することにした。
そしてその嫌な予感を後押しするかのように、女性陣の勇者たちに夜会用のドレスが贈られてきた。
さすがは流通を取り仕切っている街というべきか、それはとても素晴らしいドレスが……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エウロスへと向かう馬車の中は、いつもとは違う状況になっていた。
まず早乙女が起きていた。
そして言葉も同じ馬車に乗っていた。
そしてそして珍しいことに、ラティさんが借りてきた猫のようになっていた。
「ラティさんも着てみませんか? とても綺麗なドレスでしたよ」
「あの、わたしは……この鎧でいいので……申し訳ないです」
「あん? アンタ、パーティーに出るってのに、そんな鎧姿で出るつもりなの? 馬鹿なの? ちゃんと着なさいよ」
「早乙女……」
送られたドレスには、ラティの分も含まれていた。
メークイン上級男爵からの厚意なのだろう、だがラティにとっては大きなお世話状態だった。
ドレスが無ければ断ることは簡単なのに、ドレスがある故に断り難い。
そして何故か、言葉と早乙女が、ラティもドレスを着て出席するべきだと説得をしてきたのだった。
何とも不思議な光景。
あのラティが二人に詰め寄られている。馬車の中なので逃げ出すことが出来ず、少しオロオロとするラティがとても新鮮だ。
「――ラティさん、せっかくですから着てみませんか? その……私たちだけだと…………少し恥ずかしくて」
ドンドンしりつぼみになっていく言葉の声。
( あぁ~~なるほど。そういうことか…… )
俺は言葉の様子を見て察する。
どうやら言葉は、少しでも仲間を作りたいのだろう。
確かに送られたドレスは派手すぎる。
特に言葉のドレスは、これでもかという程胸元を強調した作りだった。
淡い青色のドレスは肩が完全に出るタイプで、二の腕をふんわりとしたレースが覆っている程度もの。
着た姿は見ていないが、コルセットを装着してドレスを着れば、きっとモノ凄い北半球が出現するであろう。
いかにもエウロスの人間が好きそうなデザインだった。
あれは間違いなく注目を集める。
だから少しでも視線が分散するようにラティを誘っているのだろう。
( ……まあ分からんでもないか )
言葉はどちらかと言うと目立つことを苦手としている。
立場上目立つことはあっても、進んで目立とうとはしない。
中央で行われた祝勝会の時も、葉月という太陽に隠れていた月だ。
( ――とは言え、ラティは駄目だな )
ラティには【犯煽】がある。
いまのラティが着飾って表に出ようものなら、間違いなく馬鹿が馬鹿をする。
下手をすれば言葉たちに飛び火しかねない。
ここは俺から断るべき。そう思っていると――
「いい? アンタも着なさい。そこで勝負よ、どっちの方が……き、きれぃ……か……陽、 に見てもらって……」
( …………ったく、お前は )
早乙女の方は、本気でどうでも良いことを考えていた。
基本的に誰とでも対決姿勢の早乙女は、どうやらラティと着こなしで競うつもりのようだ。
早乙女に贈られたドレスは、彼女の髪の色と同じ漆黒のドレス。
まるで黒色の絹糸で紡がれたような生地のドレスで、首の後ろを結んで着るタイプだった。
背が高めの早乙女にはとても似合うだろう。
澄ましてグランドピアノとか弾いたら、とても絵になりそうな感じだ。
( って、見た目は凜々しそうな感じなのに、コイツは…… )
最初の方は胸を張って宣言していた早乙女。
だが言ってて恥ずかしくなってきたのか、最後の方は蚊の鳴くような声へと変わる。
普段は太々しい態度なのに、いったん怯むとトコトン怯んでしまう早乙女。
「ううぅ……」
「あ、あの……」
とうとう顔を赤くしてうつむいてしまった。
攻められていたラティの方が心配になって声を掛ける始末。
慰められるのが気に食わないのか、涙目になって睨んでいる。
( 何やってんだか…… )
馬車の中は、新たに不思議な光景へと変わっていた。
どうしてこうなったのか、言葉とラティが早乙女を慰める構図へと変化していた。
「あの、あの……」
「えっと、早乙女さん? えっと……」
しかしそういったフォローが苦手そうな二人。
何と声を掛けたら良いのか分からない様子。
二人ともオロオロと戸惑っている。
俺は心の中で思う。葉月はとても偉大だったと。
きっと葉月だったら上手いこと収めてくれたのだろうな~と思う。
こうして俺たちは、少々浮ついたままエウロスへ向かったのだった。
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そして誤字も、脱字も……