杯
お待たせしました。
すいません、一部感想欄のネタを使わせて頂きました(あまりに秀逸だったので……
ギームルに連れられる形で部屋を出ると、寝室には既に何人か来ていた。
綾杉の面倒を見るために呼ばれたのであろう二人の侍女が、勇者綾杉にローブを纏わせていた。
綾杉はいまだに放心状態。着付けをする侍女にされるがままだった。
それはまるで、何もできない幼子が母親に世話を焼かれているような光景。
「あの、ご主人様。これを……」
「あ、ああ……ありがとう」
ラティは俺の姿を確認すると駆け寄ってきた。
この寝室にあった布なのか、割と上等そうな布を使って、レフト伯爵から浴びた返り血を甲斐甲斐しく拭ってくれる。俺も手渡されたタオルで首筋を拭った。
返り血を拭い、不快感からスッキリすると、ギームルから声を掛けられて外へと向かった。
最後の仕上げの為に――。
この要塞のような別荘を守っていたのはゴーレムだけだった。
一応、雇われの冒険者たちも居たのだが、葉月と言葉の呼び掛けに応じて全員こちらへと下っていた。
完全に安全とは言えないが、それでも限りなく安全とも言える状態。
現在は逃走した貴族の息子を捜索中。
何人かは葉月たちの下へと向かったそうだが、そこはしっかりと赤城たちが止め、やってきた者は全て捕らえたと報告を受ける。
しかし、あと二人程が見つかっておらず、今はその二人を捜索中らしい。
捕らえた貴族の息子たちの証言によると、途中までは居たそうだが……
「………………………………あっ」
閑話休題
俺は早く言わんかと怒られた。
だが俺も言いたい。死体を見て気付けよと……
発見出来ていなかった2名は、あの時ゴーレムによって殺された者たちだった。
一人は首を刎ねられ、もう一人は同時攻撃を食らって結構グシャグシャ。
そして今回の戦果を聞くに、ストライク・ナブラからは数名の戦死者が出ており、綾杉の操ったゴーレムによる被害者は二桁に届きそうだった。
言葉の蘇生によって助かった者もいたらしく、それが無ければ間違いなく二桁の死亡者が出ていたとのことだ。
ギームルは、この殺害の件を上手く利用することにした。
綾杉は心神喪失状態なので、保護するという名目で捕らえる事にしたのだ。
そして心神喪失なので、中央の城へと連れて行きそこで養生する。
余計な刺激を与えぬ方が良いと偽り、介護する者以外、勇者綾杉には誰も会えないことにした。
当然、勇者たちも……
勇者たちには外で待機してもらい、俺とギームル、あと護衛の者だけが館へと残った。
入り口のエントランスホール。俺と三体のゴーレムが死闘を演じた場所に、男爵連合に組した貴族の息子たちが集められていた。
腕を前で縛られ、全員が床に座った状態で俺たちを見上げていた。
「これで全員じゃな?」
ギームルの問いに、護衛の者が『そうです』と答える。
俺は貴族の息子たちを改めて見る。
パッと浮かんだ印象は、全員がレフト伯爵の劣化版。
皆、線が細く、戦いに向いた体付きではない。レイピアなどの軽い物はともかく、大剣といった重量のある武器は持てそうに無い。
( 勝ち馬に乗ることしか考えてなさそうなヤツらだな…… )
見上げる顔には、覇気や気概といった強い意志は微塵もなく、レフト伯爵に唆されてやってきた連中なのだと察することが出来た。
貴族の息子だからと変なプライドでもあるのだろう。
そもそも、ヤル気のあるヤツは自分で動いている。
そう、ボレアス公爵となったドライゼンのように。
ここにいる連中は、自分から動くことの出来ない不甲斐ないヤツら。
黙って親のスネをかじっていれば良いモノを、馬鹿な夢に釣られ……。
( あ…… )
一人の男と目があった。
何処かで見覚えがある男。名前は忘れたが、確か袴を自慢していた男だ。
俺と目が合った袴野郎は、意を決したようにおもむろに立ち上がり、俺たちに向かって言い放った。
「我ら男爵連合は、此度の戦いには敗れたが、これは敗北ではない。我ら男爵連合が終わった訳ではない。オレは次期フユイシ伯爵であるイーストンだ、それ相応の待遇を要求する。そしてこの場に居る者たちは、全員が勇者アヤスギ様の御子の父である。捕虜などではなく、この者たちにも相応の待遇を要求する」
「へ? はい?」
――――――――――――――――――――――――
オレの発言によって場が静まり返る。
男爵連合の同志からの視線は期待に熱く、忌々しい黒いヤツは間抜け面を晒す。
( ははっ、ひでぇ間抜け面だぜ。これだから平民は )
気に食わないヤツだが、いま晒している間抜け面に溜飲が下がる
コイツには以前煮え湯を飲まされた。そして上級男爵であるオレを足蹴にしようとした愚か者だ。
確かに我らは負けたが、それは単なる諍いに負けただけに過ぎない。
これによっては我らが完全に敗北した訳ではない。我らには正義がおり、オレがフユイシ伯爵へとなる正当性もある。
そしてなにより、我らは勇者アヤスギ様の御子の父だ。
自分だけでなく、他の者がアヤスギ様を抱いた事に対し思う所がない訳ではないが、それは仕方のない事だ。勇者様を中心として、我らが団結する為に必要だった行為だ。
勇者アヤスギ様がポツリと漏らした御言葉。
『――これじゃただのビッチだよ……』
あの言葉はきっと、勇者様が御自分の状況を見て発した御言葉だろう。
言葉の意味は、”広く愛し、全てを受け入れる”、きっとそんな意味だ。
二十人近い男を一人で受け入れ切る、聖母のような勇者アヤスギ様にピッタリの御言葉。そう、聖母なのだ。
ビッチ勇者アヤスギ様。
とても素晴らしい響き、”聖母”という言葉は、我ら男爵連合が伝えて遺していこう。勇者アヤスギ様の素晴らしさとともに……。
だが今はその前に、目の前のヤツらに分からせる必要がある。
オレが次期フユイシ伯爵であり、そして勇者様の御子の父親であることを。
そしてオレがフユイシ伯爵になったあかつきには、オレを廃嫡した父親、メークイン上級男爵に思い知らせてやる。伯爵と上級男爵の違いを……。
――――――――――――――――――――――――
――おいおいおいおいおいおいおいおいっ! まさかアレか?
戦いには負けたが、自分たちの立場は揺るぎないと思ってんのか?
え? え? コイツこのままフユイシ伯爵になれるとでも思ってんの?
ドヤ顔で俺の方を見る袴野郎。
ヤツのあまりの発言に、追い詰められて頭がおかしくなったのではと疑う。
「……なあ、まさかとは思うが、まだフユイシ領の伯爵になれるとか思ってないよな? 違うよな? 大丈夫かお前?」
俺は理解が追いつかなかったので、確認の為に尋ねた。
「当然だ」
「あ、良かった。さすがにそれはないよな」
「当然、私がフユイシ伯爵の地位に就き、この場に居る者たちはそのままフユイシ領での要役に就いてもらう。そして全員で勇者様の御子を見守るのだ」
「…………おい、ギームル。コイツらマジで凄いぞ。とんでもない逸材揃いだ。さすがお花畑って感じだぞ」
「…………ふん」
苦虫を口に押し込まれたような顔をするギームル。
然しものギームルも、男爵連合のこの言い分には呆れた様子。
どうやら男爵連合は、この戦いには負けたが、自分達の権利や利権などが失われるとは欠片にも思っていない。
ただ、戦いに負けただけであり、いまだに自分達はフユイシ領の支配者になれると思っている様子だった。
その勢いは止まらず、さらに要求を重ねてきた。
「それと、勇者様の御子の親だぞ? その辺りも配慮してもらいたい。まずはこの縄を解いてもらおう。我らは勇者さまの御子の父親となる立場なのだから」
袴野郎の要求に、俺たちは全員呆れ返ってしまう。
ムキになって何かを言い返したら、ヤツらと同じ土俵に下りてしまう気がして、俺は何も言えなかった。
「そうだそうだ! 我らは勇者様の御子の父親!」
「この要求は正当なモノだ」
「早く縄を解いてもらいたい」
「我らにこのような真似をして、レフト伯爵が黙ってはおらんぞ」
「そうだ、我らにはレフト伯爵様がついているのだ」
「レフト伯爵と勇者アヤスギ様を出せ」
袴男の発言によって勢いづく男爵連合のボンボン共。
「勇者様の御子の親だぞ!」
「そう、我らの子種を――ひぃっ!」
オレは喚いていたヤツの胸ぐらを掴み上げ、鼻の骨をヘシ折るつもりでこぶしを振り上げた。
「――ジンナイ。そやつは反撃などはしておらんが?」
「………………ジジイ」
ギームルは、殴ろうとする俺を止めた。
「ふん。……さて、話を進めたいのじゃが」
「……わかったよ」
俺の苛立ちに気圧され、ボンボン共は一斉に口を閉ざした。
だが一人だけは――
「そうだっ! 話を速やかに進めたい。レフト伯爵様はどこにおられる? 確か勇者アヤスギ様とご一緒だったはずだ。まさか勇者様を捕らえた訳ではあるまいな?」
怯むことなく己の主張を続ける袴野郎。
俺は殴ってでも止めるべきかと逡巡していると。
「下らんっ、まだ分かっておらんようだな。貴様らがやった事は勇者保護法違反だ。良いか? 魔王発生の時期に、勇者様を身籠もらせるような行為は禁止じゃ。貴様らは何か勘違いをしているようだが、勇者様は、魔王を退ける為に召喚されておるのだ。貴様らのような貴族の為に召喚された訳ではない。――貴様らのようなゴミの為に娘はっ、孫は命を身命を賭して、自らを犠牲にした訳でない! 恥を知れっ、小童共が!!」
ギームルが激しく吼えた。
その言葉と声には重みがあり、そして悲しみが滲み出ていた。
一人喚いていた袴野郎ですら黙る。
「貴様らに出来ることは一つだけじゃ。毒杯を呷れ。さすれば貴族の矜持は保てよう。それとも何か、歴代勇者様が考案した処刑方法の方が良いか? 元フユイシ伯爵のように苦痛の中で焼かれ、未来永劫汚名を遺す方が良いのか? そんなに見世物になることを望むのか?」
それからギームルの目配せにより、人数分の杯が並べられた。
赤ワインのような鮮やかな赤い液体が入った杯。話の流れからいって、これが毒杯だということは誰にも伝わる。
顔を青くして毒杯を凝視する貴族の息子たち。
「さあ、貴族としての務めを果たせよ」
ギームルが毒杯を飲めと命令する。だが――
「は、話が違うっ! だ、だって我らは勇者様の御子の父に……それにこんな暴挙はレフト伯爵様が許さないはずだ。レフト伯爵様はどうした!」
「…………ヤツは己の罪を認めて既に自害した」
「は?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ギームルに案内され、レフト伯爵の遺体が転がっている場所へと行った貴族の息子たちは、その亡骸を見て絶望した。
身体を胸元から下へと裂かれ、文字通り大の字になっているレフト伯爵。
その姿は、誰がどう見ても自害には見えない。
だが、大貴族の一人であるレフト伯爵であっても許されないと理解した貴族の息子たちは、もう助からないと観念し、毒杯を呷ることを決心した。
しかし一人で逝くことを恐れているのか、杯を持ったまま目配せしている。
飲む決心はついたが、まだ覚悟は決まっていない。そんな情けない様子。
「さあ、最後の務めを果たすのだ」
ギームルの言葉に気圧され、全員が杯に目を向ける。
あと少しすれば全員が死ぬのだろう。
正直言って気分が良いモノではない。
これから人が死ぬのだ。出来ることならこの場を離れてしまいたい。
だがしかし、この異世界には魔法が存在する。
魔法によって解毒が出来るし、もしかすると【固有能力】で生き残る者がいるかもしれない。そして死んだフリでもして逃げられては堪らない。
俺はしっかりと見届ける必要がある。
そして――
「……あの、わたしなら平気ですので。ご主人様、お気になさらずに」
「悪い、ラティ」
ラティは、この場に居させて欲しいと自ら言ってきた。
死んだフリをしている者がいないか、【心感】を使って探ると言うのだ。
出来る事ならば居ない方が良い。
人が死ぬのだ、どうしても心にしこりが残ってしまうだろう。
だがラティは、自分もそれを背負うと目で訴えてきた。そしてその感情が俺の中に流れて込んでくる。
これを拒否するなど出来ない。
俺はラティに判定を頼むことにした。
「ううぅ……」
「なんで……」
すすり泣く声が聞こえてくる。
死と言う極限の緊張のためか、吐きそうなって口を押さえる者がいる。
半数近くが涙を浮かべていた。
( まあ、分からんでもないか――んっ? )
「認められるかっ! オレは、わ、私はフユイシ伯爵になるのだぞ! ここで終わって堪るものか! オレは絶対に飲まんぞっ!!」
「はっ、 往生際が悪ぃな」
毒の入った杯を投げ捨てて吠える袴野郎。
他のヤツらとは違い、コイツだけは伯爵へとなれる予定だった為か、まだ諦めずにとんでもない事を宣言した。
「中央での裁判を要求するっ! おっ、私の正当性を訴える! 全てを包み隠さず話し、そして勇者アヤスギ様の夫として、そして御子の父として――」
「……諦めろ。阿呆が」
俺は差し出すように顔を前に顔を出す。
ヤツの腕が届く距離、そして殴りやすいように右頬をヤツに向ける。
「このクソ野郎が――っが!?」
「はい、正当防衛」
袴野郎は、俺の安い挑発に乗ってこぶしを振り上げた。
俺はアゴを引いて額を前に出し、そのこぶしを面当ての額の所で受け止めた。
軽い衝撃が来るが、身構えていたので何ともない。
一方殴りつけてきた袴野郎は、硬い面当てにこぶしをやられ顔を歪ませる。そして次の瞬間には、もっと顔を歪ませた。
目を見開き、口からは大量の血を流し、右肩からは鮮血を吹き上げた。
「……反撃してきて殺されそうだったから、ついやっちゃいました」
「ふん、ぬけぬけと言いおってからに」
俺は槍を胸元に突き刺し、その後強引にかち上げて引き裂いたのだ。
一斉に貴族の息子どもが退いて距離を取る。その退いた所に、血を吹き出しながら袴野郎が倒れた。
「正当防衛だ」
コイツは裁判を求めた。
自分たちは正しいと、ヤツはそう喚いた。
個人的にはどうでも良い。だが、それによって今回の件が勇者に知られる。
そして綾杉に何があったのかが知れ渡ってしまう。
これもどうでも良い。
綾杉のことなど知った事では無い。
だが、女の子に取っては辛い事だろう。
とてもではないが、人に言いふらして良い話ではない。
だから俺は決断した。
「全く貴様は……」
「さっきアンタが言った、レフト伯爵の自害よりかはマシだろ? あれのどこが自害だよ」
「――ッ、あれも貴様がやった事だろうが。本当にこやつは……」
「知らないなぁ」
その後、全員が毒杯を呷り自害した。
全員の死を確認し、この自害の見届け人はギームルとなった。
貴族の息子たちが身につけている物を探り、それを遺品、自害した証として親の元に返す為に護衛の者が動いた。
俺はそれをぼんやりと眺めていたが、これ以上ここに居てもしかたないと思っていると――
「すいません、遅くなりました。ギームル様」
「ん、来たか」
「え? 誰だ?」
突如やって来たのは、自分の父親ぐらいの中年。
着ている衣服から、この中年が貴族だと分かる。
( あれ? 確かこの人って…… )
「~~~、息子が、イーストンがご迷惑をお掛けしました」
やって来たのは、袴野郎ことイーストンの父親、メークイン上級男爵だった。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ感想など頂けましたら幸いです。
あと、誤字脱字も……