レフト
すいません、遅れました(_ _)
俺たちは仰々しい扉の前に到着した。
如何にもここに主が居ますといった、豪奢な意匠が凝らされた両開きの扉。
「あの、この中です。ご主人様」
「ああ、わかった」
俺は戦闘人形が潜んでいる事を想定して扉を開く。
ラティからは、中に居る人物からはそういった害意はないと告げられているが、用心するに越したことはない。俺は木刀を構えて扉を開けた。
「…………」
「綾杉……」
広い部屋の中央に綾杉がいた。
部屋の中央に設置された天蓋付きのベッドの上に、勇者綾杉が放心した状態で横座りしていた。
綾杉は、確かベビードールと言う、嗜好性がある方向に飛び抜けたモノを身に纏っていた。
ピンク色のそれは、一応綾杉の身体を覆ってはいるが完全に透けており、身体を隠す役目は果たしていなかった。
出るところは意外と出ており、未成熟というよりは成熟に近く、虚ろな瞳で放心している綾杉の姿は一応妖艶と言えた。
同級生の性的な姿は刺激が強く、俺は咄嗟に目を逸らしそうになった。
だが要注意人物を相手にそれを行うのは命取り。出来るだけ身体は視界に入れぬように努めて、俺は綾杉の顔だけを見て口を開く。
「……綾杉、男爵連合は終わりだ。あと、お前を保護しに来た。外のゴーレムたちを止めろ、もう戦いは終わりだ」
「……見てわかんないの? もうどの子も動かしてないわよ。アンタと戦ってる途中から他の子は動かしてないわよ。操っていたのはあの子たちだけ」
「止まってんならいいや。じゃあ取り敢えずついて来てもらうぞ」
「……」
少々拍子抜けする。綾杉はもっと苛烈だった記憶がある。
少なくとも先程まではそうだった。ゴーレムから聞こえてきた声はいかにも綾杉らしかった。だが目の前にいる彼女は――
「何か別人みたいだな……」
「あの、ご主人様。感情が…………死んでしまっているようです」
「……」
俺はラティの言葉がストンと納得出来た。
生きる屍とでも言うべきか、綾杉は虚ろな目をしてうつむいている。
覇気は全くなく、ゴーレムを操っていたのは別人だったのではないかと思えてくる。
( ……まあ、分からんでもないか )
先程の戦闘時、綾杉は見捨てられた的なことを言っていた。
自分の周りにいる者たちが離れていき、相手にしている勇者たちには仲間が多く、自分との違いをまざまざと見せつけられていた。
最後の三体のゴーレムは、きっと意地か何かで戦わせていたのだろう。
だから他のゴーレムを操るのを止めて、あの三体に全てを集中させて一矢報いようとしていたのかもしれない。
しかし俺たちに負けた。
綾杉にとっては絶対に負けたくない戦いだったはずなのに……。
俺は部屋の中をさっと見回す。
この寝室らしき部屋の中にレフト伯爵の姿はない。
綾杉の手元にはヘッドマウントディスプレイらしきモノが転がっている。ファンタジー感ゼロのそれは、なんたらスタートと言ったらデスゲームに参戦出来そうな気がするデザインだ。
「一応……ふんっ!」
「…………」
俺はヘッドマウントディスプレイに似た物を木刀で叩き壊した。
こうやっておけば綾杉は無力化出来るはず。
【鑑定】が使えないのでレベルなどを測ることは出来ないが、彼女の雰囲気からレベルが高いとは思えなかった。
「……壊しても反応無しか」
「…………」
破壊された物をぼんやりと見つめる綾杉。
同級生に裸を見られている状態だというのに、彼女は興味なさげに放心したまま。元からあまり羞恥心がないのか、それとももう、そんなことは気にならないくらいの……。
( 止めだ止めっ! )
俺はこれ以上考える事を止めて、もう一つの目的を果たす為に、寝室の奥の扉へと向かう。
「綾杉、レフトの野郎はこの奥だな?」
「……」
「はい、奥の部屋に一人います。余程慌てているのか、こちらに気が付いた様子はないです」
何もかも諦め切った様子の綾杉。
いま彼女が何を考えているのか分からないが、俺たちの邪魔をする様子はない。
( ヤツを助ける素振りも無しか…… )
「ラティ、そのまま綾杉を見張っててくれ。俺は奥の部屋にいく」
「はい」
俺はそっと扉を開き、寝室の奥の部屋へ入った。
奥の部屋は所謂衣装室。
数多くのドレスなどがハンガーに吊されており、他にも貴重品などが置いてあったであろう棚などがあった。
小さい宝石類が床へと落ちており、その落ちている宝石を辿っていくと――
「くそっ、やはり重過ぎる。やっぱり勇者様について来ていただいて、これを入れて頂けねば――」
「よう、そこが脱出用の隠し通路か? なあ、レフト伯爵」
「――ッ! 貴様は……」
ガシャンと音を立てて宝箱を下に落とすレフト伯爵。
お手本になるような間抜け面をさらし、次の瞬間には、これまたお手本になるような忌々しい表情を浮かべる。
落とした箱からは、宝石などの装飾品が流れるように零れ出る。
きっと逃走資金にでもするつもりだったのだろう。
「さて、観念してもらおうか」
「ぬぅ」
俺を睨み付けて身構えるレフト伯爵。
初めて会った時は、まさに貴族といった姿だったが、いまは落ちぶれた貴族といった風貌。
一筋垂らしていた前髪はボサボサに、常に余裕を浮かべていた口元は食いしばって硬く、貴族の優雅さは欠片もない。
「…………ふう、どうやらここまでのようだな」
「ん? 悪足掻きとかしないんだな? てっきりその隠し通路に逃げ込むと思ってたんだけどよ」
俺はそう言ってレフト伯爵の背後を目で示す。
レフト伯爵の後ろには、棚を横にズラすことによって現れる通路が口を開けていた。
人が一人通れる程度の通路。
俺は、レフト伯爵がそこに逃げ込み、結界でも張って足止めをしてくると予想していたのだ。
結界を張られたとしても木刀があるので問題はない。そして【加速】を使えば簡単に追いつくことも出来る。
だから俺は、レフトが逃げ出した後にふん縛るつもりだった。
「ふっ、無様に逃げるなどという醜態を晒すつもりはない。私は潔く捕らわれるつもりだよ」
「潔く……ね。ってか、いま逃げようとしてたよな?」
「はて? 何故私が逃げる必要があるというのだ。私は勇者アヤスギ様の御子の親となる者だぞ? かしずかれることはあってもその逆はない。ましてや、罰せられることはありえない」
「は? 確か勇者保護法には、魔王が発生する期間にそういったのは無しだったよな? 保護法違反だよな? 魔王と戦えなくなるからって」
「く、下らんっ。私は、我ら男爵連合は勇者アヤスギ様の御子の偉大なる父親なるぞ。そんな時代遅れの法などには縛られん。確かに男爵連合は……敗北、失敗はしたが、我らは偉大なる勇者の親となる者だ」
「偉大なる勇者って……あんなのはただのクソ女だろうが。何を言い出してんだお前は」
――何言ってんだコイツは? 綾杉が偉大って……
葉月とか言葉なら分からんでもないけど、
どんだけ勇者信仰なんだよ、
「ふん、どうとでも言え。我ら男爵連合の者は逃げも隠れもせん。公の場で我らの正当性を訴え……いや、宣言してやる」
「は!?」
「そうだ。我らの正当性、我ら男爵連合は、勇者様の御子の親である。これを民に、我ら貴族に宣言し……ああっ、既に書簡は送ってあったな。ならば話は早い」
「…………」
「勇者様の御子の父親だぞ? どの者もうらやむだろう。今代はどの貴族も果たしていない、あの教会ですら失敗して逃げられているのに。ああ、そう言えばエウロスも逃げられていたな。聖女様と女神様だったな。ふっ、それを我らは達成したのだ、ふははあっははは!」
「…………」
「――さあ、私を連れて行くがよい。私が勇者アヤスギ様の――は? はぇ?」
レフト伯爵は、理解出来ないといった顔で己の胸元を見る。
ヤツの胸元には黒く物々しい刃が埋まっている。レフトは本当に不思議そうな顔でそれを見て、首を傾げながら口から血を零す。
「あがっ? はひゅ? はへぇぃ? ふひゅ?」
「……ふざけんなよクソ野郎。公の場? 法廷かどっかで言うつもりか? あのクソ女をみんなでヤリましたって。それで子供は自分たちの子だと? だから許せとでも言うつもりか? ――っふざけんな!!」
俺は、レフトに突き立てていた槍を、力任せに引き下ろして引き裂いた。
骨を砕き断ち切り、臓物を押し潰す不快な感触が手に伝わる。
もうこの不快な感触を味わうことはないと思っていたが、俺は再びその不快な感触を手に感じた。
びしゃりと生暖かいモノが足に掛かる。
むわりと嫌悪感しか感じない臭いが立ち籠める。
痛みを感じていないのか、それともいまだに状況が理解出来ていないのか、レフト伯爵は仰向けになって口をパクパクと動かし、そのまま絶命した。
腕を開き股まで裂かれたその姿は、誇大な表現ではなく、本当に大の字となって横たわっていた。
痙攣は止まっており、じくじくと赤い血が裂け目から流れ続ける。
「……………………ざけんなよ」
綾杉を庇うつもりは一切無い。
アイツがどうなろうと俺には基本的に関係ないし、後悔しろとすら思う。
だがしかし、女の子が今回の件で晒されるのは我慢ならない。
ヤツらが何かを訴え、今回の件を証言しようものなら、それを確認する為に、綾杉はそれを尋ねられる。
どんな風に尋ねられるのかはしらないが、少なくとも話す方は辛いだろう。
そしてそうなれば、間違いなく葉月や言葉たちに知られる。
橘がそれを知ったらどれだけ暴れるか分かったものではない。
間違いなく貴族との間に溝が出来る。
元から俺たちは、それを危惧して迅速に動いたのだ。
( ああ……クソ、そういう事かよ )
俺はギームルに馬車の中で問われていた。
明確に口にはしてはいなかったが、男爵連合の貴族の息子たちをどうするのかと、俺は暗に問われていたのだ。
俺は、取り敢えず全部捕らえればいいと考えていた。
その先のことはあまり深く考えていなかった。葉月たちに知られることなく、速やかに終わらせることが最優先だと考えていた。
捕らえた後のことは、誰かに任せれば良いと思い込もうとしていた。
「……はぁ、やるしかねえな」
レフト伯爵のように、己の正当性を主張する馬鹿が居るかもしれない。
それなりの人数がいるのだ。きっと同調してヤツらは喚くだろう。
自分たちは悪くないと……
「……そんな真似はさせねえ。自分たちが勇者の子供の親だあ? そんなふざけたことを言わせる訳には……」
「ああ、その通りじゃ。そんな真似はさせん。――で、ジンナイよ。貴様がそいつを殺したのか?」
「ギームル、もう来たのか。………………コイツはアレだ、逆ギレして襲ってきたから返り討ちにした。だから俺は悪くない。まあ、正当防衛ってヤツだ」
「ほう、なるほど。それならば仕方ないな」
「――ッ!?」
――え? 通るの?
それでいいのか? あれ? なんかしら言われると思ったんだけど、
いや、ちげえ。これって見逃されてんのか、
ギームルが信用したことに驚いたが、俺はすぐにそれを訂正した。
このジジイがこんなにあっさりと信じる訳がない。
ならばこれは、ギームルが俺に合わせてくれたという事だろう。
「ジンナイ、少しワシについて来い。最後の仕上げじゃ」
「……最後の仕上げ?」
「逃げた貴族の息子を集めるのじゃ」
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想など頂けましたら凄く嬉しいです!
あと、誤字脱字も宜しければ教えて頂けましたら……