勇者連合一日目
兵は神速を尊ぶ。
取り敢えず速い方が良いという意味。
そう、何事も速い方が良い。
それは単純な移動だったり、何かを決める決断だったりと速い方が良い。
そしてその最たるものが情報だろう。
俺たちはその情報が広がる前に事を進めた。
今朝届いた書状は一通だけではない。
他にももう一通、中央のアルトガルへと向かっていたのだ。
少人数で速度重視、そんな早馬の隊がフユイシ伯爵の別荘から出たらしい。
当然見逃すはずもなく、書状を所持した早馬の隊を捕らえたそうだ。
しかしこれに関しては運が良かっただけ、見張りの者の位置が良かったから上手くいっただけで、もしズレていたら普通に逃げられていたとギームルは言った。
要塞のような別荘から出たのは二つだけ。まだ綾杉に関するあの話は広まっていない。だが間違いなくそれを広めようとしていると読めた。
世間を味方にする為に、自分達は正当だと言い張る為に……。
しかしそれは綾杉を貶めるモノであり、勇者達には不信感を抱かせる。
少なくとも八十神と橘はブチ切れるだろう。
俺としては二人が切れるのは構わないが、それによって勇者と貴族の間に大きな溝が出来ると面倒になる。
ダンジョンの攻略には、多少なりと貴族たちの協力が必要だ。
ノトスとボレアスはまだ良い。この二つの領主とは知り合いであり、そしてそれなりの仲だ。
だがゼピュロスとエウロスは違う。
特にエウロスとは事を構えた事があるし、それなりにやらかしている。
そしてゼピュロスの方もそれなりにマズイ。
もし橘が大暴れしようものなら協力どころの話ではない。
ゼピュロス公爵とは会った事はないが、勇者救出後の対応を見るに、そこまでの人格者ではないだろう。
だから俺たちは、綾杉の件が広がる前に潰す事にした。
速やかに、そして徹底的に……。
「ねえ、陽一君」
「ん? どうした葉月?」
「地上に戻ったばっかりなのに、またすぐ出発だねえ」
「ああ、まさか次の日に出発とは思わなかったな」
「ギームルさんからのお願いだっけ? 今回の遠征って」
「ギームルだけじゃなくて、ドライゼンからもだな」
「そっか~~、そうなんだぁ~」
「…………」
「…………」
現在、別荘に向けて移動中。俺たちは昼過ぎにはボレアスを発っていた。
食料などの兵站は既に準備されており、いつでも出発が出来る状態だったのだ。
だからとは言え、ダンジョンから戻った次の日に出るというのは不自然。
普通ならば多少なりとごねるはず。
やっと地上に戻ったのだ、一日や二日は休むはずだ。
だが俺たちはもめる事なく素直に従い、こうしてボレアスから出立した。
そしてそんなだからか、察しの良い葉月には何か引っ掛かったのだろう。
先程から俺を探るように見ているし、含みのある態度を見せている。
これが早乙女だったら楽だった。
アイツはチョロいので、いくらでも誤魔化す事が出来る。
だかしかし今回は、俺が乗る馬車には葉月が乗り込んで来た。
普段だったら早乙女が強引に乗り込んでくる。
だが今回は、『陽一君と一緒に落ちて大変だったね。でも何か嬉しそうな顔をしてたけど、何か良い事でもあったのかなぁ?』と尋ねたら譲ってくれたと、笑顔でそう告げてきた。
どうやら早乙女は折れたらしい。
そして葉月が相手では寝かすことが出来ないのか、今日のラティさんは大人しい。早乙女が相手だったら速攻で寝かしに掛かっているのに……。
「ふ~~~~~~~~~ん、そっかぁ~、教えてくれないんだぁ」
「いや、教えるも何も説明しただろ? レフト伯爵が見つかったから、それをみんなで捕らえに行くって」
「うん、私達はそう聞いたねえ~」
「…………」
俺はつい目を逸らしてしまう。
確かに女性陣には、綾杉の件だけは伏せてある。
彼女たちに話した内容は、逃亡していたレフト伯爵が見つかった。
奴を野放しにしておくと後々よろしくない。だから捕らえに行く。
そんな風にザックリと伝えたのだ。
そしてボレアス領の事なので、領主ドライゼンからの依頼という形。
早い話が、指名手配犯が見つかったから、それを捕らえに行くという構図。
だからこそより怪しまれていた。そこまで急ぐ必要があるのかと、勇者たちが総出で行く案件なのかと……。
「……話してくれないのかぁ~」
「…………」
窓の外を見ながらそう呟く葉月。
しかしここで折れて話す訳にはいかない。
綾杉の事は、レフト伯爵を捕らえてみたら一緒に居た。そういった体で済ませるつもり。
男爵連合に巻き込まれただけとする予定だ。
綾杉を保護した後は、色々と精神的にアレで疲れているから中央に連れていく。そうやって誰にも会わせずに誤魔化す。
かなり強引な方法だが、あとの事は椎名と霧島が上手く誤魔化す予定だ。
あの二人なら上手く言ってくれると思うのだが……。
――駄目だあああっ!
葉月だけはなんか勘付いてないか? あれ? マジでバレてねえ?
ちょっとラティさんどうなの?
俺は隣に座っているラティの尻尾を触れた。
尻尾を通して俺の気持ちをラティに流す、誰にもバレない秘密の伝達方法。
名付けて尻尾コンタクト。
こうして俺の心の声はラティへと伝わったのだが――。
( え……? )
尻尾を通して返ってきた答えは判らないだった。
( 何で――あっ! )
俺は、葉月の印象をラティに聞いた事があったのを思い出す。
ラティ曰く、葉月由香は”感情の化け物”。
様々な感情が溢れ出さんとうねっており、どの感情の色が真意なのか全く読めず、【心感】では判断することが出来ないと言っていた。
「ねえ、陽一君。それ気持ち良さそうだね。私も触ってみたいなぁ、駄目かなぁ? 駄目かなぁ?」
「あ、あの、これは……」
「いやっ、これはラティの尻尾だから。だからアレだ、うん、駄目かなぁ?」
「あーー! それって私の真似? 全然似てないよ陽一君」
「お、おう」
コロコロと笑い、見る者を心から和ます笑顔を見せる葉月。
この異世界に来る前の俺だったら一発で落ちていたであろう。
「取り敢えず今はここまでで許してあげる」
「お、おう」
「…………」
『何を?』などと訊ねる事は出来ず、俺たちは文字通り許してもらった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まいった……」
「陣内君、大変だったみたいだね」
「ジンナイ、間違っても漏らすなよ」
「わかってるっての」
魔法で作られた焚き火を囲みながら、俺たちは今日の事を報告し合っていた。
女性陣の勇者の反応。
今回の件は決して洩らす訳にはいかない。
同行している冒険者たちならまだ良い、彼らには口止めをすれば良い。
事が事なだけに、綾杉の件を簡単に洩らすとは考えられない。
もし今回の件を言い触らすような真似をすれば、それは間違いなく保護法違反となる。
そして勇者たちを慕っている三雲組などの冒険者たちが、彼女たちを酷く動揺させるであろう今回の件を話すとは思えない。
間違いなく心に深い陰を落とす事になる。
一応根回しとしてハーティには伝えてある。
だから冒険者の方は問題はないのだが……。
「誰か馬車を変わってくれ……」
「葉月さんか、確かに彼女はああ見えて鋭そうだからね。もう何かしら勘付いているかもだね」
「え? 葉月ちゃんが?」
「ふむふむ、なるほど……葉月先輩にはそういった一面が……」
俺の苦悩を察してくれる椎名。ふむと考える様子を見せる。
一方、小山の方は、とても意外だといったマヌケ面を晒す。
そして……。
「霧島、てめえ何のメモを取ってやがる。マジで今回の件は劇とかにすんなよ」
「はい、分かっていますよ陣内先輩。ただ、葉月先輩にそういった一面があるんだな~って、ええ、この件はお芝居にはしないですよ。この件は……」
とても嫌な予感しかしない事を言う霧島。
阻止したい気持ちはあるが、今はそれよりも別の事を進める。
「で、相手のゴーレムってどんなモンなんだ? 一度デカいのとやった事はあるけど、アレが複数いるって訳じゃねえんだろ?」
「ふむ、その事なんだが――」
ギームルは、新たに合流した斥侯から得た情報を話し始めた。
まずは相手の戦力。
これは当初聞いていたように、100人近い冒険者崩れの連中と、次男三男から巻き上げた金で買い漁った数十体の戦闘人形。
ゴーレムの種類は様々らしいが、以前戦ったデカイタイプは見当たらず、居るのはほとんどが人と変わらないサイズのゴーレムばかり。
中には女性と同じぐらい、もしくはもっと小さい子供ぐらいのゴーレムが確認出来ただとか。
ゴーレムを動かす燃料は【大地の欠片】。
燃料の関係か、ゴーレムは基本的に停止しており、巡回するといった警戒行動は出来ず。要塞に侵入しない限りは襲ってこないそうだ。
これに関しては正直ほっとした。
あの時のデカブツがゴロゴロいると流石に骨が折れる。
椎名や小山など、勇者という戦力は居るが、あれは油断ならない相手だ。
出来ればもう戦いたくない。
そして次の話に移る。
これはギームルが情報を分析し、そして考察したもの。
レフト伯爵は現在、生活環境に大きい不満を抱いているだろうとギームルは言った。
一応別荘なのだから、家具といった生活に必要な物は揃っている。
だが使用人といった人手が足りない。
少なくとも百人近い人が生活しているのだとしたら、それなりの労働力が必要だと言うのだ。
冒険者ならば、身の回りの事は自分でやるだろう。
だが貴族連中は違う。
身の回りの世話は人任せ、少なくとも食事は自分では作らないだろうと。
雑務をゴーレムにやらせてみるという手もあるが、それは燃料の無駄使い。
一人二人分ならまだしも、百人単位の世話など不可能。すぐに【大地の欠片】が枯渇してしまう。
それに【大地の欠片】はそこそこの貴重品。
少しなら良いが、大量に集めようと思うと骨が折れる。
だから今回の書状を送ってきた件は、そういった生活に困窮した結果、事を急いだのかもしれないとギームルは言った。
言われてみると凄く納得出来た。
貴族にとって今の生活は、俺たちがダンジョンを探索しているような状況なのだろう。
その後も話は続く。
それならば、要塞を囲んで相手にプレッシャーを掛ければとの案が出た。
男爵連合は籠城戦には向いていない、案外簡単に根を上げるのではと。
この案は意外と悪くないと思ったのだが、それをすると抜け道で逃げ出すだろうと言われた。
要塞のような別荘。
十中八九抜け道が複数存在している。
抜け道を使われて一番厄介なのは、いつ使われたのかが分からない事。
攻め立てて抜け道に逃げ込んだ場合は、その抜け道から追えば良い。
いつ抜け道を使ったのか、どの抜け道を使ったのか分からないと、レフト伯爵に逃げられる可能性が高いというのだ。
素人考えで小山が、だったら先にその抜け道を塞ぐか、そこから攻め込めば良いと言ったのだが。そう簡単に見つかる場所にある訳がない。
下手をすれば、何キロも先に出口がある可能性がある。
それを探すというのは労力と人手が必要。
俺たちは少数精鋭で来たのだから、そういった人海戦術向きな方法は取れないと言われた。
そして色々と話した結果、やはり正攻法で攻める事となった。
それとは別で、明日の馬車の同乗者は、色々と協議した結果言葉となった。
葉月と一緒の馬車に乗るのは椎名と霧島に。
こうして、レフト伯爵討伐遠征一日目を終えた。
読んで頂きありがとうございます。
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あと、誤字脱字なども……。