北で蠢く左
お待たせしましたっ!
「しかし、前にも同じような事があったとはな……」
「あの、男爵連合……ですか?」
「ああ、前にも男爵連合ってのがあったらしい」
さわりさわりと、俺は腹の上に乗せている尻尾を撫でるように梳く。
絹のような至高の手触りと、腹を擽るこしょばさが心地良い。
俺は尻尾を堪能しながら話を続けた
ギームルとの話を終えた後俺は、部屋に戻ってラティとラウンドスリーを終え、その後、いつもの情報共有を行っていた。
俺専用暖房の温かさが右側にじんわりと広がる。
「あの、そうですか。それでその中心に……」
「ギームルからはそう聞いている。4代目の時にもあったんだって、その男爵連合による――」
俺は、ギームルから聞いた話をラティに話す。
勇者綾杉を御旗とした、レフト伯爵が作り上げた男爵連合の事を……。
『ジンナイ、貴様にゴーレムを破壊してもらいたい』
『へ? ゴーレムを?』
『うむ、勇者アヤスギ様が操るゴーレムをだ。そしてアヤスギ様を連れ戻し――いや、保護してほしい」
俺を呼び出したギームルは、綾杉が操作するゴーレムを倒し、それを操作している彼女を保護して欲しいと言ってきた。
そして次に、今回の経緯を語ってきた。
まず男爵連合とは、男爵の位の貴族たちが反旗を翻す時に組むもので、上の位、伯爵家を討とうとした時や、不当な要求に対して抗議する時など、単体では潰されてしまうような時にするものだとか。
これは何処にでもあるような話で、元の世界でも似たような事はある。
なので正直なところ、『ふ~ん、それで?』と言った感じだった。
だが、続きの話は興味を引いた。
その続きの話。一番最初に男爵連合を組んだ事があるのは、何とアキイシ伯爵家だというのだ。
正確にはイシヤキ家と言う名の男爵。
そのイシヤキ男爵が連合を組んで上を認めさせ。当時、伯爵家だった貴族を降格させて自分たちが伯爵へと陞爵。
そして連合を組んで大きく膨れ上がったイシヤキ家は、【アキイシ伯爵家】、【フユイシ伯爵家】、【ハルイシ伯爵家】、【ナツイシ伯爵家】へと四つに分かれたそうだ。
俺はそれを聞いて思わず訊ねた。
どう考えても不自然なのだから……。
『――そんなに上手くいけるモンなのか? そもそも周りの貴族が認めないんじゃ?』
『うむ、普通ならばな。だが勇者様が居る場合はその限りではない』
『げっ、そうか、その時代の勇者か……』
不自然な存在が原因だった。やはりここでも勇者が絡んでいた。
詳しい経緯は端折られたが、要は、鍛冶技術が進んでいたイシヤキ家に勇者たちが勝手に集まり、そしてそのままイシヤキ男爵家に居ついたそうだ。
豪華な食事や、快適な生活環境を提供することは出来ても、当時、下に見られていた鍛冶場などは簡単に用意することが出来ず、他の貴族たちを上手く出し抜いたのだという。
当然、他の貴族達は黙ってない。勇者の独占だと抗議しようとしたそうだ。
だが勇者たちは、所属するのではなく勝手に勇者たちの方からやってくる状況。
これには貴族達は何も言えず、イシヤキ男爵家が勇者たちを囲う形のままに。
しかしだからと言って、そう簡単に諦める貴族ばかりではない。当時の伯爵家は色々と圧力を掛けてきたそうだ。
そしてそれに対抗する為にイシヤキ男爵は、『自身の家には勇者達が大勢いる』、『正義は我にある』、『だから協力して欲しい』と、各地の男爵にそう声を掛け、それが男爵連合へとなったのだとか。
これが一番最初の男爵連合。
これ以降、何度か男爵連合を組んだ男爵家はあったそうだが、勇者の威光のない烏合の衆など意味はなく、そのほとんどが潰されたそうだ。
因みに、降格された元伯爵家は5代目の時に復権を狙ったそうだ。
だがしかし5代目勇者たちは、爆弾となった魔王との戦いで全滅。
その勇者達に巨額を注ぎ込んでいた元伯爵家は、それが原因で完全に没落したのだとか。
これによってライバルが居なくなった新伯爵家は地位を盤石に。
そしてそのまま今に至るそうだ。
そんな歴史を持つ男爵連合が、今代では勇者綾杉を御旗とし、伯爵であるレフト伯爵が男爵を纏め上げているのだとか。
しかし今回は、厳密に言うと男爵連合とは言えないそうだ。
実はレフト伯爵が集めている者達は、男爵の位を持つ者ではなく、その男爵家の次男や三男などの爵位を継げない者達ばかり。
そういった者を勇者を餌にして唆し、家の財産を持って来させているだとか。
『このままでは爵位は継げない』、『だったら自分に協力して新たな地位を得ないか?』と、そう唆して次男や三男を集めたとギームルは言った。
そしてその男爵連合は厚かましい事に、主が不在となっているフユイシ家の領地を自分たちの物だと主張。
ギームル曰く、ボロボロになったレフト家の領地を捨て、馬鹿な博打に出たのだろうと……。
領主が処刑によって不在になった領地を得ようと。
「あの、それが通るのですか? とても通るとは思えないのですが……」
「俺もそう思う。だけどそれを押し通そうとしているらしい。――勇者を使って」
ラティがそう思うのはもっともだ。
だがレフト伯爵はそれを押し通そうとしている。
真偽の程は不明だが、大昔にフユイシ家の娘がメークイン上級男爵家に嫁入りし、その子供達が今のメークイン上級男爵家。
だから、メークイン上級男爵家の長男には、主が不在となったフユイシ家を継ぐ権利があると主張。
イーストンと言うヤツが、フユイシ伯爵になると名乗りを上げたそうだ。
何処の馬鹿だかは知らないが、そいつは間違いなくレフト伯爵に踊らされている。
そしてレフト伯爵は、裏からフユイシ家を掌握する算段だろうとギームルは言った。
正直、どうやったらそんなに集まるのかが解らない。
どう考えても不良物件とも言えるレフト伯爵の元に、そんなに人が集まるとは考えづらい。仮に集まったとしても数人程度。
とてもレフト伯爵にそんな求心力があるとは思えない。
勇者が居るとしてもたった一人だけ。
連合と呼べるような規模になるほど、そんなに人が集まるとはやはり思えない。
「そんな大人数をどうやって……」
「…………」
レフト伯爵は勇者の存在を最大限に利用している。そう最大限に。
( ジジイは濁していたが……アレだよな…… )
「どうやったのでしょうねぇ……」
「……ああ」
綾杉は、御旗という求心力だけではなく、戦闘の面でも利用されていた。
ゴーレムと呼ばれる戦闘人形、それを複数操り防衛しているというのだ。
フユイシ伯爵の別荘のような所に潜伏しており、今はその場所に留まり守りに入っているのだとか。
フユイシの支配を認めろと、そう言って立て籠り。
しかしこれは完全に勇者保護法違反。本来ならば速攻で潰される。
だがしかし、どんな勝算があるのか不明だが、男爵連合はかなり強気らしい。
そしてもう一点、今回は少し複雑らしく、仮にレフト伯爵を捕らえたとしても、レフト伯爵から得られる戦利品が薄いそうだ。
得られる旨味は少ないのに、勇者綾杉と対立しなくてはならない。
しかも相手は戦闘人形。普通にやったら間違いなく被害が出る。そしてその被害を補填出来ない可能性が高い。
早い話が割に合わない。
しかも自分たちの息子を相手にしなくてはならないとあって、どの男爵家も動きは鈍く。ほとんどの貴族が様子見状態だとか。
そして北を管轄するボレアスは、先の奪還戦の傷はまだ癒えておらず、今回の地底大都市遠征で少なくない出費をしたばかり。
出来る事ならもう少し様子を窺いたいところだが、勇者綾杉の身を思うとそうはいかず、ギームルは俺を使う事を決断。
「あの、ご主人様は――行くのですねぇ?」
ラティが少し身体を起こして俺を覗き込んできた。
揺れる不安げな瞳で俺の答えを待つ。
確かにあのゴーレムは強敵だった。
あの時よりももっと操作が上手くなっているかもしれないし、より強力なゴーレムを用意している可能性もある。
だが――。
「……ああ」
俺は短く返事をしてラティを引き寄せる。
彼女を脇に抱え、優しく髪を梳いて目を閉じる。
綾杉の為に動く必要などは一切無い。
アイツが野垂れ死んだとしても、俺は一向に構わないとすら思っている。
魔王になる避雷針が一人減るのは惜しいが、所詮その程度の認識。
だがしかし――。
「ラティ、スマン。勇者が、女の子の勇者が喰いモンにされているのが嫌なんだ。貴族共の思惑で利用されるのは……」
「はい、ハヅキ様とコトノハ様。それとサオトメ様……」
「………………………………ラティ、今日はもう寝よう。色々と何か疲れた」
「はい、ご主人様」
ラティは身を完全に俺に預け、額をつけるようにして眠りに就く。
俺はそれに応じるようにして半身を起こし、その彼女を抱いて眠りに就いたのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
感想など宜しければくださいっ!
ただ、ちょっと忙しくて返信が返し切れていない状態です。
申し訳ないです<(_ _)>