魅せるが、よく落ちるアイツなアイツ
「はは、相変わらずだな彼は」
コロシアムのような浅いすり鉢状の中央で、”アカリ”に照らされた二体の獣が死闘を演じていた。
『ゲットだぜっ!』の掛け声で知られるゲームに出て来そうなフォルムの魔物と、デタラメな鋭さを見せる禍々しく黒いアイツがぶつかり合っていた。
手首辺りから長大の刃を生やし、嵐のような猛攻を繰り出すシャチ型の魔物。
そしてそれを、全て弾き受け流す黒い暴風。
互いが意地を張るようにせめぎ合っている。
一歩も退かず一歩も踏み込ませない。激しい剣戟の音だけが響いている。
「ホント、デタラメだな……」
シャチ型の魔物の方は既に【鑑定】で調べていた。
名前は【アスレート・アルビオン】。レベル141の超大物。
報告として聞いているシロゼオイ・ノロイと同格か、それ以上の上位魔石魔物だろう。
間違いなく強敵。
そしてあの魔物こそが、先行してベースキャンプを設置していたストライク・ナブラを斬殺した張本人だろう。
あんな魔物に不意を突かれたのであれば全滅する。
戦いを少ししか見ていないが、そう思える程の強さ。
あれと戦うのであれば、少なくともアライアンス級の戦力が必要だ。
だと言うのに……。
「魅入ってしまうな……」
「あ、あの、アカギ様? ジンナイの援護に向かわねばならないのでは?」
すぐ隣で、自分と同じく宙づりになっているガルマンが言ってきた。
身体を束縛魔法で絡め取られ、身動きが取れない状態の彼は、バタバタと身体を揺らしている。
「ああ、助けに行かないとだけど……もうMPが空でね。とてもではないけどあの魔物を縛れる程のMPは無いよ。それに――」
そう、自分のMPは枯渇気味だった。
大崩落が起きた瞬間、自分は辺り一面に束縛魔法をばら撒いた。
連続詠唱による負荷から頭の中が焼き切れそうになったが、それでも全力で魔法をばら撒いたのだ。
何でもいいから絡め取れと、そうやって魔法を放ち、下に落ちる前に助けようと試みた。
全員絡め取れたとは思わないが、それでも大半の者を絡め取れたと思う。
すぐ隣に居るガルマンもそうやって助けた。
暗くて周りは見えないが、ガルマンと同じように拘束されている者がいるはずだ。
「――あの中に飛び込むのは……無理だろう」
あの嵐と暴風の中に飛び込めるのは、勇者の中では椎名か伊吹さんぐらい。
耐えるだけなら小山もいけるかもしれないが、それ以外はキツイだろう。
あとは彼の奴隷、瞬迅ラティさんぐらいだ。
「ぐっ、確かに……」
「そうだろう。それにしても……本当に」
( 魅せるなぁ…… )
ふと、昔の事を思い出す。
初めての時は、ただ驚いただけだった。
自分の失態により葉月さんを危機に晒し、あわやというところを彼が救った。
彼が魔石魔物を恐れずに飛び込まなければ、剛腕によって葉月さんは死んでいた。
その後は谷底へと落とされていたが……。
その次の時は、不覚にも魅せられた。
絶対に勝てない、今はもう逃げるしかないと思った魔物がいた。
だがしかし陣内は、不意を突かれて負傷した己の奴隷を守る為に戦い、冒険者殺しハリゼオイを単独で倒した。
あの時の光景は今でも目に焼き付いている。
翼のように広がった幾何学模様の魔法陣と、それを発動させた彼の後ろ姿。
しかしその後、魔法による不意打ちでまた落ちた……。
気が付くと気になっていたのかもしれない。
自分と同じく彼に魅せられたドライゼンは、彼の情報を集めていた。
そして集めた情報を聞くと、本当ににやけてしまうようなモノばかりだった。
堀へと落ちてしまった早乙女さんを守る為に飛び込んだ。
言葉さんを助ける為に飛び込んだ。
一人の少女を庇いつつ100人以上を相手に大立ち回りした。
ある意味、最大の勢力である教会に乗り込んで、周囲を納得させる形で葉月さんを救った。
その現場に居合わせたものだと、狼人の兄妹を守る為に、たった一人で魔物の群れを全滅させたなどもあった。
本当に様々な逸話が出てくる。
思えば、ルリガミンの町に居る冒険者全員に襲われていた事もあった。
( あの時はちょっと助けてやったな…… )
本当に、本当に面白いヤツ。
気が付くと次を期待してしまう。
そして何故か、まるでオチでもつけるかのように落ちるヤツ。
谷があれば落ち。
堀があれば飛び込み。
落ちる場所が無ければ地面が崩れて落ちる。
落ちる場所など何処にも無いと思われた魔王戦でも、彼は駆け上がって落ちた。
本当に隙あらば何処だろうと落ちるヤツ。
流石にないとは思うが、このダンジョンでも一応は用心はしておいた。
そんな偶然はないとは思うが、何となくその不安を拭い切れなかったから。
だから殿を頼むと言って隔離していた。
先頭に配置しようものなら、足元を見ずに進んで落ちると思った。
だが中央に配置すると、周りを巻き込んで落ちる危険性がある。
ならば最後尾と思ったのだが、まさか部屋全体を崩落させるとは予想外だった。
さすがに狙ってやったとは思わないが、彼は何故か落ちる。
束縛魔法による救出も、咄嗟に出来た機転ではなく、もしかしたら必要かもしれないと、そう身構えていたからこそ出来た事だ。
( まさか、本当に起きるとは…… )
激しい剣戟の音は一瞬も止むことなく響き続けている。
並みの冒険者であれば、一瞬で細切れになってしまうであろう斬撃の雨。
本当に彼は魅せる。
そして今も魅せ続けている。
早乙女さんを背に庇い、一歩も退かず彼は奮闘している。
孤高の独り最前線という二つ名。
本当に上手い表現だと思う。葉月も、ラティ、言葉……
「まるで、あの時の再現だな……」
「え? 再現……ですか?」
「ああ、前に彼はね。早乙女さんを助ける為に堀の中に飛び込んで、今みたいに庇った事があるそうだよ」
「えっ!? サオトメ様を助ける為に? 確かそれは……」
「そう、『谷底の弓乙女』だったかな? あれは逆なんですよガルマンさん。たぶん”勇者”に配慮でもしたんでしょうね。本当は陣内君が助けに行ったんですよ。落ちてしまった早乙女さんを助ける為に」
「――え!? と言うことは……」
驚きに目を見開き、食い入るようにして戦いを見守るガルマン。
彼が間違った情報を得ていた事は知っていた。
訂正する事も出来たが、たぶん信じてはもらえないだろうと感じていた。
それだけあのお芝居、”谷底の弓乙女”はボレアスに浸透しており、そしてそれが事実だとされていた。
だから口で言っても簡単には信じてもらえないだろうと。
本物を見ない限り……。
「……あれが、真実……だと?」
激しく降り注ぐ斬撃を、いなし、弾き、逸らし、打ち返し、流し、全て後ろに逸らす事なく陣内は戦い続けていた。
早乙女さんは怪我でもしているのか、それとも怯えて動けないのか、陣内の後ろで座り込んでいる。
防戦一方に見えるが、ただ押されているとは違う。
しっかりと相手の動きを見て、相手の攻撃を先読みでもしているかのように動き、相手の攻撃を全て捌き切っている。
魅入ってしまっていたが、流石にそろそろ助けに向かわねばならない。
いくら何でも、彼一人であの魔物を倒すのは――。
「っらああああああ!」
雄叫びと共に、陣内が閃光のような3連撃を放った。
魔物の両腕の刃を弾き、首を切り落とす寸前までいった。
だがしかし、流石と言うべきか、そこまで甘くないと言うべきか、シャチに似た魔物は、上半身をのけ反らすことでそれを紙一重で回避した。
「ファランクス!」
魔物の両肩が爆ぜるように吹き飛んだ。
まるで翼を羽ばたかせるかのように、幾何学模様の結界が二つ出現した。
陣内はのけ反った瞬間を見逃すことなく、前に大きく踏み込み、例の攻撃を放ったのだ。
これでもう終わり、魔物は黒い霧へと変わると思った。
が――。
「――――――ッ!」
魔物は黒い霧に変わることなく、捕食者のように大顎を開いていた。
喰い付かれれば上半身は持っていかれる。
「――くったばれっ!」
陣内は槍ではなく、木刀をその魔物の胸元に突き立てた。
一瞬の停止、その後魔物は黒い霧となって爆散する。
そして次の瞬間、その黒い霧は渦を巻いて木刀へと吸い込まれていった。
「はは、本当に、まさかまた一人で倒すとは……」
「え? またとは……?」
怪訝そうな顔でこちら見るガルマン。
「いや、こっちの話です。ちょっと昔の話ですよ」
「は、はぁ?」
ああ、本当に凄いな、
誰かを守ろうとする時の彼は本当に……
ふっ、ちょっと嫉妬するなぁ、
間違っても彼には言えない。
自分が彼に嫉妬するほど憧れに似た感情を持っているなど。
本当に、本当に……。
「さあ、僕たちも行きますか。あの魔物を倒したとはいえ安全ではないですからね。魔法の効果もそろそろ切れる頃でしょう。それに下に落ちた者を急いで助けないとです」
「はい、アカギ様」
激闘を終え、その疲労からか後ろに倒れこむ陣内。
それを見ながら僕たちは下へと降り始めた。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ感想など頂けましたら幸いです。
あと、誤字脱字も……
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