強行軍
お待たせしましたっ
俺たちは少々強引な策を取った。
湧かして倒して進む、そんな無茶な方法でダンジョンを潜る。
大きな分かれ道があれば、両方に魔石を置いて魔石魔物を湧かす。
そして強い魔石魔物が湧いた方の道を進む。
一応撤退も視野に入れている。
この方法でダンジョンを進み、3回行き止まりに当たったら中止しようと決めていた。それと他にも、三日経って成果が感じられない時も、引き返すと決めていた。
俺たちは事前にそう取り決めて、地底大都市を潜る。
進んでは湧かす、湧かしては進む。
しかし、魔石魔物が湧くまで一時間以上掛かるので、それを休憩時間とする。
睡眠を取る時は、守り易そうな部屋を見つけて横になった。
さすがに女性陣は天幕の中で寝てもらった。
勇者のチート能力の一つ、【宝箱】に小さめの天幕をそのまま収納したのだ。
橘のように豪邸を入れる事は出来ないが、小さめの天幕なら何とか収まった。
当然、野郎陣は何も無し。
葉月と言葉は、それではあまりにも申し訳ないと言ってきたのだが、そうしないと野郎陣が逆に困る。
具体的に言うことは出来ないが、色々と困る。
それに、天幕で仕切られていないと、三雲が見張りに立ってしまって彼女が休めないぞと、そう耳打ちして納得してもらった。
食事の方は、ベースキャンプで一度料理した物を【宝箱】に入れた。
勇者が大勢いないと出来ないゴリ押しの方法。
この方法によって、俺たちは地底大都市を突き進んだ。
そして、一度も行き止まりに行き当たる事なく、二日が経過した。
「上手くいっていると……言っていいのかなぁ」
「うん? 一応上手くいってんじゃないか? 一度も行き止まりに当たってないし。えっと、ガルマンさんが言うには、行き止まりが多いんだろ? ここって……」
ハーティから尋ねられた俺は、そう言って辺りを見渡す。
現在俺たちは、床に置いた魔石から魔物が湧くのを待っていた。
どこぞの駅を連想させるような地底大都市の、どのルートを進むか決めようとしていた。
ちょっとした大部屋に、3本のルートが並んでいる。
このダンジョンは多数のルートが広がっている。
そしてその分、行き止まりも多いらしい。
前回、荒木率いる黒獣隊が探索をした時は、その行き止まりを潰していくような作業だったそうだ。
だが俺たちは、その行き止まりに一度も当たっていない。
これはある意味、ハーティの仮説が正しいとも言えた。
あとは――。
「早く辿り着けるといいんだが……」
「なかなか難しいねぇ、もし魔石が移動しているのだとしたら、下手をすればずっと追うハメになるかもしれないからね」
俺の呟きに対し、ハーティが嫌な可能性を口にした。
だが実際にその可能性は高い気がする。
魔石に足が生えて歩き回っているとは思えないが、それに近い現象が起きている可能性がある。
考えたくもない、ある危険性が……。
「お疲れさまです。そろそろ湧く頃かと」
「ガルマンさん。んじゃ、そろそろ囲みますか」
「それじゃあ僕は、みんなに強化魔法を掛けて回ろうかな」
俺とハーティは腰を上げる。
魔石を置いてもすぐには湧かないので俺たちは床に座っていた。
これは戦闘を担当する者の役目でもあった。
魔石魔物と戦うのだから、戦闘担当の者はしっかりと休息を取る。
一方、周囲の警戒役は、常に周囲を警戒しているが戦闘には参加せず。
「さてと、やるか」
湧いた魔石魔物は、サメに似た魔物のアスレートだった。
一応当たりの魔石魔物。
俺たちは囲んで袋叩きにして黒い霧へと変える。
床にはまだ魔石が2個置いてあるが、進むべきルートが決まったので、それを回収して俺たちは移動を開始する。
先頭は、【索敵】担当のラティと、その彼女を守る役として小山とガルマン。
3人を先頭にして進む。
このダンジョンで一番危険なのは、不意打ちを仕掛けられる先頭。
【索敵】で警戒をしているが、どんな待ち伏せがあるか分からない。
例の”刃持ち”が突然襲ってくる危険性もある。
なので先頭は精鋭でなくてはならない。そしてタフでないと務まらない。
いきなり斬り付けられて腕の一本を持っていかれる事があるかもしれない。
だがしかし、そんな時でも冷静に対処が要求される。
その点小山は既に経験済み。
ヤツなら腕を持っていかれても平気だろう(たぶん……。
それに葉月が居るのだから、魔法ですぐに生える(たぶん……。
ガルマンの方も、聖女様の癒しの魔法だと、そんな事を言って有難るかもしれない。
「よ、陽一っ、ちょっといいか」
「……早乙女。お前は前の方だろ。後ろに来るなよ」
隊列の最後尾、殿を務める俺のところに早乙女がやってきた。
何か会話をしたそうな、そんな顔を見せる早乙女。
早乙女はずっとそんな顔していた。
だが俺は、敢えてそれをスルーしていた。
この強行軍の中、あまり余計な事はしたくない。普段であれば多少は良いかもしれないが、今はやはり宜しくない。ラティとの日課さえも控えているのだ。
特にラティには【魅了】と【犯煽】がある。
惹かれてしまって血迷うヤツが居るとは思いたくないが、あの効果は何度も目にしている。
窮屈だとは思うが、ラティにはダンジョン内だがフードを被っておけと指示を出している
そんな理由もあって、俺は早乙女を少し突き放す。
このポンコツは色々と空気が読めないのだ。
早乙女には元の位置に、三雲組が周囲を固めている位置に戻れと言った。
「何だよ、ちょっとぐらいイイだろ」
「……あのな早乙女。お前が良くても……他のヤツらが」
チラリと前の方を確認する。
ヤレヤレと言った目をしている三雲組と、何とも言えない目をしているストライク・ナブラの連中。
三雲組の冒険者たちは早乙女のポンコツっぷりを知っているが、ストライク・ナブラの方は違う。
探るような、そんな訝しむ目でこちらを窺っている。
そして――。
( むうぅ、見てるな…… )
空気が読める方、葉月と言葉までもがこちらを見ている。
その視線に込められた想いに気付かないほど鈍感ではない。
さすがに具体的にとまではいかないが、何となく程度には解る。
そんな時――。
「――ッ!?」
「えっ!? 陽一どうしたの? 突然そんな怖い顔をして、そんなに怒ったの?」
俺を見た早乙女がそんな的外れの事を言ってくる。
今は俺は、とんでもなく嫌な予感がしていた。
何度も何度も味わってきた絶対に慣れたくない感覚。
足元に不安を感じたのだ。
「ラティっ! 葉月と言葉を――」
それは、言い終える前に訪れた。
辺り一帯の大崩落。
一か所などではなく、部屋全体の床が突然崩れ落ちたのだ。
誰一人予期していなかった大崩落。ダンジョンの拡張でも起きたのか、俺たちを呑み込むように床が抜け落ちる。
【心感】持ちのラティといえど、こういった意思の無いアクシデントは察知出ない。
だが俺の警告には瞬時に反応し、ラティは葉月と言葉の元に駆け出していた。
文字通り空を駆け、葉月と言葉を抱えて強引に空へと飛び上がるラティ。
( よしっ、良くやった! )
心の中で喝采しつつ、俺はすぐ傍にいる早乙女を庇う為に抱きかかえる。
「ハヅキ様っ、お願いします」
「う、うん! 聖系魔法”コルツォ”!」
葉月は、ラティに抱えられた状態で障壁の魔法を唱えた。
自身の足元に光の壁が水平に出現させ、その光の壁を足場にして宙に立つ。
さすがに全員の足場を用意するのは無理だったのか、7割近い人数が崩落に呑まれる。
椎名も守護聖剣の結界を発動させようとしているが、さすがに間に合っていない様子。
「ちぃっ」
人がゴミのように落ちていく。
俺も少しだけ落ちたが、すぐに光の壁が俺を支えた。
が――。
「へ?」
「えっ?」
「陽一君っ!」
「陽一さんっ!」
「ご主人様っ!!」
俺は咄嗟に早乙女を抱きかかえていた。
もし落下しても庇えるように、そう思って抱き抱えたのだが、何とそれが裏目に出てしまった。
右手には無骨な槍、左手には早乙女。
そして落下に備えていた為、身体を少し後ろに倒していたのが間違いだった。
クッションに成るべく、腰から光の壁に落ちるつもりだったのだが、俺は腰に木刀を佩いていた。
強力な魔法殺し。
世界樹の木刀は、躊躇う事無く一瞬にして光の壁を砕いた。
そして俺と早乙女は、奈落のような闇へと落ちていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あっが……痛ぇ。くそ、まさか結界を砕くとは……」
俺は腰に佩いている木刀を叱るようにぺしりと叩き、すぐにステータスプレートを出現させた。
青白い光がぼんやりと辺りを照らす。
「よ、陽一……?」
「おら、起きろ早乙女。取り敢えずアカリをくれ。俺は魔法が使えねえんだから」
「う、うん。分かった」
素直に肯き、腕の中に納まっていた早乙女が生活魔法”アカリ”を唱える。
ひょっとしたらこのポンコツは、生活魔法を使えないのではと思ったが、フワッと”アカリ”が出現して胸を撫で下ろす。
「どこまで落ちたんだ俺たちは……」
上を見上げるが真っ暗で何も見えず、それなりの深さだと把握する。
( よく生きていたな、俺…… )
普通だったら死んでもおかしくない高さだったが、強化された身体のおかげか、多少の痛みはあるが、骨が折れている時の熱い痛みや、臓器を痛めたような重い鈍痛もしない。
( 致命的な怪我は無しだな……あっ! )
「早乙女、怪我はないか?」
「う、うん平気。陽一が庇ってくれたから平気みたい。何処も痛くない」
「それなら良かった。よし、取り敢えず合流するか」
「う、うん」
周りが暗闇の為か、弱気モードへと変わる早乙女。
俺の腕にしがみつく様にして立ち上がる。
「早乙女、もうちょっとアカリを増やせるか?」
「うん、分かった。アカリを増やすね」
こくこくと肯き、まるで幼子のように素直に従う早乙女。
しかし彼女が”アカリ”を追加すると――。
「――――ッ」
「くそっ! 何か居るっ!」
人では発せないような、そんな低い呻り声が聞こえた。
即座に早乙女を庇うようにして呻り声がする方を見ると、そこには崩落した落盤によって潰されている魔物がいた。
まるでサメのような虚無を感じさせる黒い目がこちらを見ている。
「きゃああああああ!」
早乙女が怯えて悲鳴を上げる。
腰でも抜かしてしまったのか、ヘタるようにしてその場に座り込む。
「早乙女っ、立て――って駄目か」
前にも見た事がある早乙女の様子。
あの時、防衛戦の時に堀へと落ちてしまった時と同じ様な状態になっていた。
パニックでも起こしたのか、ガタガタと震えて動かない。
――くそっ、駄目か、
こうなりゃもうやるしかねぇか……
俺は覚悟を決め、槍を構えて前に出る。
瓦礫を退かしながら、アスレートに似た魔物がゆっくりと立ち上がる。
アスレートよりも体躯が良く、表面の色合いが濃い。
その姿は、サメというよりも、最強の捕食者の一角であるシャチ。
そんな魔物が、禍々しく長大な刃を携えながら瓦礫の中から姿を現した。
そしてその胸元には、赤黒く光る石が埋まっていた。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ、感想など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字なども……