ガルマン
あの方は憧れだった。
大規模防衛戦で見せた、伝説のWS”世界樹断ち”の使い手。
そして、周りにいる者を笑わせる不思議な雰囲気。
本当に憧れだった。
だから自分は、あの悪名高い黒獣隊に入隊した。
黒獣隊を仕切っていた貴族のボンボンは処刑された。
か弱い女性を力で手籠めにするなど言語道断。
それに加担していた奴らは全員首を刎ねられた。
だから悪名高い黒獣隊であっても、勇者アラキ様が引き継ぐ新しい黒獣隊なら問題は無いと思った。
新しい黒獣隊は望んだ通りの部隊だった。
女性に何かをするような集団ではなく、純粋に魔物と戦う部隊。
轢き殺すように魔物を屠ってゆく。大規模防衛戦でも無敵を誇っていた。
余所から冒険者を集う事はなく、ボレアスに所属している冒険者と黒獣隊だけでやっていけた。
本当に、本当に誇りに思っていた。
伝説のWS世界樹断ちを放つ、勇者アラキ様に仕えられる事を誇りに思っていた。
魔物大移動時に現れる、身の丈数十倍はありそうな黒い巨人。
防衛の為の巨大な堀すら跨いでしまいそうな黒い巨人を、たった一撃で切断して黒い霧へと変える、世界樹断ちの使い手。
この方が居れば魔王など怖くない。
魔王すらもきっと一撃で滅してしまうだろうと思っていた。
本当に、本当に憧れていた。
本当に憧れていたのだ……。
それを知ったのは全てが終わった後だった。
そんなはずはないと否定したかった。
だが、否定出来るモノはひとつも出て来なかった。
被害者が居て、そしてそれを証明する侍女の母娘が居た。
一年以上行方不明だった、勇者サオトメ様が発見されたのだ。
信じられなかった。
あの勇者アラキ様が、一人の女性を一年以上監禁していた。
それでは前の黒獣隊と変わらないではないか。
だから信じたくなかった。
だが――。
『あの男はクズよ。女の子を閉じ込めて鎖に繋いで、正真正銘のクズよ』
勇者タチバナ様は、声を荒げながら自分達にそう言った。
そして、それに加担していた自分達も同類だと罵った。
知らなかったのだと反論したかった。本当に知らなかったのだ。
確かに一部の者はそれを知っていたようだが、それを知っていたのは勇者アラキ様の側近のような者達だけ。
だから本当に知らなかったのだが――。
『アンタ達は、女の子が泣き叫びながら繋がれているのに、それに気付かず呑気にやっていたのよっ! いい大人がそんな事で良いと思っているの? あなた達はそれで良いと思っているの?』
恥ずかしくて仕方なかった。
勇者タチバナ様のいう通り、自分達は気付かずに勇者アラキ様に従ってのうのうとしていたのだ。
すぐ近くで女性が泣いて助けを乞うていたというのに、自分はそれに気付いていなかった。
最初は、知らなかったのだから仕方なかったという気持ちはあったが、勇者タチバナ様の言葉を聞いているうちに、そんな気持ちは消えていった。
そしてその時に、勇者タチバナ様は続けて言った。
『ったく、何であの男を……あの男だってクズなのに、奴隷として買って抵抗出来ない子を襲うようなクズなのに。そんな卑怯者なのに、何であの子は……』
あの男とは、木刀を振るっていた黒い冒険者の事。
魔石地雷の罠を無効化して道を切り開いた男。
あの男のことは朧気ながらも覚えている。
地雷原に道を作ったのは凄かったが、その後は何もせずに姿を消していた。
勇者シイナ様に守られていただけで、戦闘には参加していない印象。
だが、その黒い冒険者の男が、勇者アラキ様を倒したと聞いた。
しかも話を聞くと、その黒い冒険者はハズレ勇者なのだという。
勇者として召喚されたにもかかわらず、その身にはほとんど力を宿さず、WSや魔法が一切使えない欠陥品。【固有能力】もありきたりな物が一つだけ。
勇者召喚で喚ばれたにもかかわらず、勇者として認定されなかった男。
そんな男が、何故勇者アラキ様を倒せたのか不思議だった。
それを直接目撃した黒獣隊の者は既に処刑されている。
勇者サオトメ様が監禁されている事を知っていた。そしてそれを黙認していた罪として首を刎ねられていた。
タチバナ様に諭され、勇者アラキ様が良くない人物だという事は分かった。
とても悲しい事だが、実際にそれだけの事をしていた。
だが、自分が勇者アラキ様に憧れた理由。
アラキ様の強さ、それを否定された気がして納得いかなかった。
人格には問題があったかもしれないが、あの強さだけは本物だった。
全てを断ち切る圧倒的なWSの使い手。
そんな人が、WSを一つも放てない欠陥品に負けるはずがない。
どう考えてもおかしいのだ。
しかも話によると、正面からぶつかり合って負けたのだという。
あり得ない。
絶対にあり得ない。
どこの世界に、世界樹断ちと正面からやりあって勝てる者がいるのだ。
何か裏がある。
地雷原を突破する時に見せた、伏兵の姿を魔法で隠した奇襲ような、そんな搦め手を使ったに違いないと思った。
何か卑怯な手を……。
あれから黒い冒険者のことを少し調べた。
あの黒い冒険者の名前はジンナイヨーイチ。
元黒獣隊のリーダー、フユイシ伯爵の嫡男ジャアを捕らえるのに一役買った男。
そしてその後フユイシ伯爵に狙われる。
時間がなく全て調べ上げられた訳でないが、最新の情報では、魔王ユグトレント戦にも参加し、最前線で戦い生き残った猛者だと判った。
確かに身に纏っていた装備品は業物だった。
だがしかし、どうしても納得いかない。
あの勇者アラキ様に勝てる訳がない。
不意打ちでもしない限り不可能。正面から勝てるはずがないのだ。
モヤモヤとしたモノが心の中に渦巻いた。
アラキ様が行った事は絶対に許されない事だ。
だが、アラキ様の強さを否定するのはおかしい。
あれはアラキ様を貶める虚偽。
罪を犯したアラキ様をこき下ろす為に流された噂なのだ。
自分が憧れた圧倒的な強さ。
間違っても欠陥品の男に負けるような強さではない。
だから――。
「申し訳ないジンナイ殿。ひとつ、お手合わせを願えないだろうか」
「えっと、アンタは?」
「自分は、ストライク・ナブラ一番隊隊長ガルマン。……元黒獣隊だ」
「元黒獣隊……」
凶悪な鋭い目で自分を射貫いてくる。
確かに眼光だけは一級品。これはアラキ様にも劣らない。
「ひとつ聞きたい、何で戦う――ってか、手合わせをする必要がある? それにここで戦うってのは周りに迷惑が掛かるんじゃ――へ?」
『一体何が……』と瞳を泳がせるジンナイヨーイチ。
根回しは既に済んでいる。
そもそも事の発端は、勇者アカギ様の発言だった。
自分が、黒い冒険者ジンナイヨーイチの事を訊ねてみたら、『一度やりあってみれば分かる』、それが一番手っ取り早いと言ったのだ。
説明では伝わらない。
アイツの凄さはそういう類のモノだと。
『一度見れば解る』、『後の事は任せていいから、アイツとやりあって見ると良いですよ』と告げられた。
ならば確かめよう――。
「自分と手合わせを願います。勇者アラキ様を倒したジンナイ殿」
自分はそういって頭を下げた。
読んで頂きありがとうございます。
感想やご指摘など頂けましたら嬉しいです<(_ _)>
あと、誤字脱字も教えて頂けましたら幸いです。
勇ハモ2巻、そろそろですね。
本当に発売されるのでしょうか……
発売日に本屋に行って確認しないとです