荒木の残り香?
グダグダ回~?
「ん? 陣内君。まだ警戒しているのかい?」
「いや、そういう訳じゃねえけど…………癖みたいなモンだ」
『難儀な性格だね』と、肩をすくめながらヤレヤレとする赤城。
現在俺たちは、ストライク・ナブラに先導される形でダンジョンを進んでいた。
様々な訳があり、俺が配置に就いたのは最後尾の殿。
その最後尾から全体を見回す。
北のダンジョン地底大都市は、赤城が言うようにどこぞの駅のようなダンジョンだった。
通路や階段が視界一杯に数多く広がっており、どこを進んだら良いか全く分からない作り。
道案内が居るから普通に進めているが、もしこれが普通に探索したのであれば、どれだけ時間が掛かるか分かったものではない。
この道案内がいる事は本当に助かる、のだが――。
「しかし、あの黒獣隊が……」
俺はそう呟きながら、キビキビと先導するストライク・ナブラを見る。
黒獣隊の顛末は、先程赤城から聞いていた。
ある意味とても納得のいく内容だったが、素直に肯いて良いモノとは思えなかった。
黒獣隊を変えたのは、なんと橘風夏だというのだ。
ボレアス奪還の後、俺たちはボレアスの街を発って西へと向かったが、他の勇者達はほとんどがそのままボレアスに滞在していた。
そしてその時に橘は、早乙女を監禁していた荒木に激しく憤っていたそうだ。
同じ女性として、荒木の行動は許せなかったのだろう。
しかし荒木は既に拘束されていて拘留中。荒木を罵りたくとも、ヤツは牢に入れられていて簡単には面会が出来ない状態。
勇者の要請であっても、同じ勇者である赤城が面会を突っぱねたのだ。
そしてその結果、行き場を失った憤りは、荒木の部下とも言える黒獣隊へと向かい、橘は黒獣隊を激しく責めたそうだ。
女性に乱暴を働くとは何事かと、相手がいくら謝っても止めなかっただとか。
そもそも早乙女の監禁は、荒木が独断でやっていた事であり、黒獣隊は関係ないはずなのだが、憤った橘には関係なかったらしい。
単なる小娘の言葉だったらそこまで響かなかったかもしれない、橘が言っている事はほとんど八つ当たりだ。
だがしかし、激しく責め立てたのは単なる小娘ではなく、勇者である橘風夏。
それはもう、洗脳でもされたかのように変わってしまっただとか……。
「前に陣内君が言っていたアレだろうね。勇者にはひれ伏してしまうってヤツ」
「”勇者の楔”な」
「だからもう変な心配はないと思うよ」
「ああ、それは判っている……んだが……」
【心感】判定もシロだった。
ラティに【心感】で感情を探ってもらったが、元黒獣隊からは敵意の色は見えず、勇者に対して過剰とも言える敬意しか見えなかったと。
とても納得がいく。
勇者の楔の効果は本当に恐ろしい。ちょっとした発言であっても影響を受ける事があるのだ。
だと言うのに、橘は激しく責め続けたのだ。
――ホントにもう洗脳だよな、勇者の楔は、
結果的には良かったのかもしれないけど……やっぱ怖えな、
もし意図して使ったのだとしたら……
俺は大きく息を吐いて前を見る。
ストライク・ナブラに不自然な動きはない。
ダンジョン内に付けてある目印に従い、俺たちを設置したベースキャンプへと導いてくれている。
それを眺めながらふと思う。
ダンジョンの最奥を目指す時、俺はいつも味方を観察しているな~と。
一番最初は椎名だった。
次はヴォルケンとガレオスさん。
時には橘も観察していた気がする。
味方のはずなのに、どうしても警戒をして観察してしまう。
そして今度は元黒獣隊を……。
ストライク・ナブラは、元黒獣隊、元ユナイト、現ボレアスの兵士達で作られている。
赤城には勇者同盟がいるが、ボレアス公爵となったドライゼンには勇者同盟のような戦力がいない。
単なる兵士なら居るが、やはりそれだけでは心もとない。
そんな経緯があって、ストライク・ナブラは設立されたと教えてもらった。
腕に巻いている三色の布は、三つが集まって出来た事の証だとか。
だが――。
( 何か俺を見ている気がすんだよな…… )
気のせいなのかもしれないが、彼らが時々俺の事を見ているような気がした。
しかしラティ判定はシロ。
敵意は無いとの事だ。
敵意や害意に関してあのラティが見逃すとは思えない。
「何だかなぁ――げっ」
「オッス、陽一君! どうしたんだあ、何か小難しい顔をして」
俺がいる最後尾に、鬱陶しくやかましい笑顔を浮かべた小山がやってきた。
小山は馴れ馴れしく俺の肩に腕を回そうとしてくる。
「うるせぇ小山、こっち来んな。それと俺を下の名前で呼ぶなってんだ」
「ぶへらっ」
俺は小山に軽く喉輪をかまし、ヤツがこれ以上近寄れないようにつっかえ棒にする。
「ごほっ、陽一君っ、オラの扱い酷くない? だって、葉月ちゃんとか言葉ちゃんとか……早乙女さんは下の名前で君を呼んでるじゃん? 何でオラだけは駄目なんだよ」
そういって彼女達の方を見る小山。
そして何気に早乙女だけは『ちゃん』ではなく『さん』だった。
何となくだが理由は分かる。
早乙女は、中身はわりとポンコツだが、見た目だけは正直迫力がある。
学校の時の早乙女しかしらない小山にしてみれば、早乙女のことを『ちゃん』付けで呼ぶのは勇気がいるのだろう。
ノリだけで行くには危険過ぎる相手だ。
今もその早乙女は、とても鋭い視線をこちらにガンと飛ばしている。
( はぁ、まだへそを曲げたままか…… )
俺が最後尾となった”様々な訳”の大半は、早乙女が原因だった。
入り口での挨拶の時、俺が庇わなかった事が余程お気に召さないのか、勇者早乙女様はとてもご立腹状態となってしまった。
正直言って、あの握手会のような挨拶の場は、ほとんど葉月が捌いていた。
絶壁なる三雲も壁となって頑張ってはいたが、ドライゼンの顔を立てる為にも挨拶や握手は避けられない事だった。
だが三雲はただ突っぱねるだけ、言葉と早乙女は人見知り。
彼女達は、挨拶や握手といった事はほとんど出来ていなかった。
しかし空気の読める葉月だけは、本当に華やかな笑顔でこなしていた。
そんな笑顔を向けられた者たちはデレッデレに満足顔。
それだけ頑張っていたのだから、俺は葉月に労りの声をちょっと掛けた。
当然、全く仕事をしていなかった早乙女には無し。
それがより気に喰わなかったようで、さらにご立腹……。
そんなしょうもない理由によって、俺は一番離れた位置へとなったのだった。
「こわっ、何かめっちゃ睨んでるよ陽一君」
早乙女と目があったのか、小山は怯えた声を上げた。
しかもさり気なく俺の事を盾にする。
「小山、お前には自前の盾があんだろ、俺を使うな」
「でもさ~、陽一君」
「だからお前は――」
「――へえ、二人は仲が良いんだね」
小山に名前を呼ぶなと言おうとしたその時、新たにもう一人勇者がやってきた。
「椎名、お前の目は節穴か? これの何処がっ――て、纏わりつくなっ!」
やってきた椎名に気を取られているうちに、小山が俺に纏わりついてきた。
肩に腕を回し『ダチだぜ』アピールをしてくる。
勇者椎名は、ダンジョン突入直前に飛んで来た。
少し前までノトスに居たが、そろそろ行かないと間に合わないと勘が告げたとかで、椎名は転移系の魔法を使って飛んで来たのだ。
言葉の近くに……。
出待ちの上にストーカー野郎。
色々と罪状を積み上げていく椎名だが、転移魔法の使い手であり、戦闘では攻守ともにピカイチ。とても優秀な勇者だ。
戦力としては優秀なので……。
「ちぃ、まあ良いか」
色々と言いたい事はあるが、今は目をつぶる事にする。
昔はともかく、今の椎名は多少は信用は出来るのだから。
「えっ? 良いの? なら――」
「重てぇ、纏わり付くな小山っ。ってかお前、【重縛】を発動させてんだろ。何かアホみたいに重てえぞ」
「はは、本当に仲がいいね」
「学校じゃそんなに接点なさそうだったのにな」
赤城、小山、椎名が傍に居る。
最初の頃とは全く違う。本当に変わったと――。
「ほほう、これは新しい物語が――いやっ、新しい扉が開けるかな?」
わっちゃわっちゃとやっている俺達を、少し離れた位置から眺めながら言ってくるヤツが現れた。
「……4人か、上手く四角関係を構築して……」
「おいっ! お前、今ぜってぇに良からねえ事を考えただろ? 霧島」
「いえいえ、良からぬ事なんて考えてませんよ。ボクはただ、新しい世界――じゃなくて、新しい風を呼び込めると思っていただけですよ。腐のつきそうな風を」
「ぶっ殺すっ! 絶対にそんな劇は作らせねえからなっ!」
――やべえぞっ
コイツを野放しにすっとモモちゃんにどんな影響が出るか、
…………………………………………亡き者にするか、
「なるほど、ボクも交ぜれば5人か……ふむふむ。ん? 陣内先輩、何かいつもよりもさらに目つきが悪くないですか?」
「……気のせいだ」
地底大都市遠征初日は、本当にグダグダな状態で始まった。
緊張感の欠片も無い、そんな遠征が始まった。
そして、勇者達が俺のところに集まると、ストライク・ナブラの視線がよりきつくなった気がしたのだった。