ストライク・ナブラ
もう速攻だった。
ボレアスに到着した次の日には、北のダンジョン地底大都市へと探索が出来るようになっていた。
もっと厳密に言うと、先発隊が何日も前に出発しており、ベースキャンプをいくつも設置し終えているそうだ。後はもう下層へと行くだけだとか。
一度最奥へと行った事があるボレアスの冒険者と兵士達は、現ボレアス公爵であるドライゼンの指示の下、俺たちがすぐに最奥へと向かえるように準備してくれていたのだ。
休む為のベースキャンプが出来ていると言う事は、サポーターが本当に最小限で済み、あらゆる意味で負担が軽減する。
しかも驚く事に、ボレアスには隠し秘宝として、離れた場所と連絡が出来るシェルパールの劣化版が一組あるのだという。
さすがに長距離での連絡は出来ないそうだが、ダンジョン内からであれば十分に届き、今もベースキャンプを設置している部隊からの連絡が届いているそうだ。
総勢300名を超える、ノトスとは比べ物にならない支援体制。
食料や消耗品といった物資も既に用意されており、勇者の【宝箱】に収納するようにと赤城が言ってきた。
あれよあれよという間に準備が終わり、昼前には全て完了となった。
そして――。
「さあ、出発前に食事でも。ささやかながら用意させてもらったよ。ちょっと先の中庭に用意してある」
案内された先には、一目で高そうと判る豪華な料理が並んでいた。
50名分以上の料理が用意されており、1テーブルにつき、二人の給仕が控えていた。
「赤城、やたらと豪勢だな?」
「ああ、ドライゼンからだ。遠慮せずに食べて欲しい」
何とも言えぬ光景。
前に訪れた時、この中庭は戦場だった。
早乙女を救出する為、遊撃隊として駆け抜けた記憶がある。もう少し先に進めば、俺と荒木が激闘した場所だ。
「高そうな肉が用意してあんな、サリオが悔しがるだろうな」
あの時とは違う平和な光景。
給仕の男達が恭しく頭を垂れて、こちらが席に着くのを待っている。
どういうチョイスなのか、各テーブルにはスキヤキ鍋が用意されていた。
「さあ食べてから向かおう。ドライゼンは先に行って準備しているよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食事を終えた俺たちは、いよいよ地底大都市へ向かった。
北のダンジョン、地底大都市。
探索の為の予備知識として、赤城からある程度の事は聞かされていた。
赤城曰く、元の世界で一番乗降客数が多い駅に似ているとの事。
階段や部屋が数多く、誰もが一度は迷ってしまうような作りだとか。
そして、地底大都市最大の特徴は、魔物が侵入者を待ち伏せする事。
どこのダンジョンでも魔物達は、こちらを察知すると真っ直ぐにやってくる。
多少のイレギュラーは存在するが、基本的に即襲ってくる。
だがこのダンジョンの魔物は、曲がり角や天井などに潜み、冒険者に不意打ちを仕掛けてくるというのだ。
そういった理由があり、潜んでいる魔物を察知する事が出来る、【索敵】持ちがいないと危険なダンジョン。
しかしその一方、単純な強さ、正面から普通に戦う場合は、他のダンジョンの魔物よりも一段下で、一番大きい魔物でも2メートル程の牛頭の魔物だけだとか。イワオトコといった重量級はいないらしい
さすがに魔石魔物は違うが、大型の魔物は少ないそうだ。
俺は聞かされた情報を頭の中で再確認しつつ、目的地の地底大都市を目指す。
纏めて移動すると目立つので、何組かに分かれてダンジョンに向かい、勇者たちには目立たぬようにローブを深く被ってもらう。
ノトスの街よりも圧倒的に広大なボレアスの街は、地底大都市の入り口も収めていた。
碁盤目状にきっちりと整備された街並みの先に、他とは違う砦のような白亜の壁が見えた。
「あの壁の中に?」
「ああ、そうだよ。あの壁の向こうにダンジョンの入り口がある」
赤城に先導される形で、俺たちが門を潜ると――。
「――なっ!? どういう事だ赤城!?」
「すまんな、少しだけ協力してくれ。このボレアスの為に」
『さっき良いモンを食べただろ?』と囁く赤城。
先程の豪勢な食事は、しっかりと計算されたモノだった。
「何人いんだよ……」
何と門を潜った先には、盛大な歓迎が待ち構えていた。
身なりの良さから見るに、何かしらの有権者や街の権力者達だと分かる。
そして全員が、勇者たちに紹介されるのをうずうずと待っていた。
「さあ勇者さま、こちらに」
トレードマークの赤髪を、撫でつけるように整えたドライゼンが、芝居がかった仕草で勇者達を促す。
困惑する勇者たち。
葉月はまだ平気そうだが、言葉は窺うように俺を見ている。
何故このような事をしたのか大体予想がつく。
要は、ドライゼンの為の人気取りだろう。
赤城以外の勇者とも交流が深いと、そうアピールしたいのだと分かる。
ドライゼンはボレアス奪還という偉業は成し遂げたが、今はそれだけだ。
正式にボレアス公爵を名乗ってはいるが、如何せんまだ若い。
だから少しでも箔をつける為に、このような事をしたのだと分かる。
だが――。
「ったく、これを考えたのはお前だろ、赤城」
「ほお、よく分かったな?」
「アホかっ、前にルリガミンの町でも似たような事をやったろ。それと、こういったのは事前に話しておけよ」
「いや、それだと彼女たちが逃げようとするだろ?」
「……まぁ、そうだろうな」
チラリと横を見る。
俺を縋るような目で見てくる言葉と早乙女。
察しの良い俺には分かる、彼女達が何を望んでいるのか。
( って、言ってもここは…… )
少し心が痛むが、ここは気が付かない振りを選択した。
少なくともボレアスは、これに見合うだけの支援をしてくれている。
もしかするとここに居る者たちも、今回の遠征を支援してくれているのかもしれない。
彼女達に何か被害があるというのであれば別だが、今回は違う。
教会や東のデカいの好きとは違い、純粋に勇者達に会いたいだけだと見て取れた。
勇者達を欲しての行動ではない。
無下に断る理由はなく、それに、『俺』がここで断ると、俺が彼女たちを囲っていると誤解されかねない。
早乙女の視線がさらに強くなるが、ここは彼女達に頑張ってもらう。
「それに、アイツ等がいるしな……」
「あんまり沙織に近寄らないでっ、この子が困っているでしょ」
「んだばぁ、ハヅキ様にあんまぃよらんばってんタイ」
「少し待ってくださいね。早乙女様も困っているので」
絶壁を持って壁となる三雲。
見た目とセリフが乖離しまくっているシキ。
空気の読める大人、ハーティさんが彼女達を守るように動いた。
紹介されるのが待ち切れず、今にも押し寄せようとしている権力者を遮るように彼女彼等は動いた。
「沙織、わたしの後ろに隠れて。アンタ達も沙織を守って」
「はいっ」
「おら、下がった下がった」
「はいはーい、一列に並んでぇ」
「最後尾はこちら~」
三雲組のメンツに指示を飛ばす三雲。
この手の対応には慣れているのか、三雲組の連中はすぐにこの場を仕切り、権力者たちを一列に並ばせてどこぞの握手会のような状態に変えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いや、何て言うか、本当に慣れているね。助かったよ」
「ドライゼン、お前、赤城に毒されやがって」
申し訳なさそうに言ってきた赤毛のドライゼン。
だがその様子は、微塵にも申し訳なさそうではない。
「これは必要な事だよ。色々と情報を集めていたらね、どうしても彼等の力が必要だって分かってきたんだよ。金を持っている彼等には少々困っていてね……」
ドライゼンは、ボレアスの状況を簡単に説明してくれた。
不安定なボレアスを立て直す為には、金を持っている一部の権力者たちの協力が不可欠。
だが、協力を得るにはそれなりのモノを支払う必要がある。
それは単純に金であったり、利権に繋がる何かしらの権利。
しかし金はともかく、利権へと繋がる権利などは、後々自分の首を絞める事にも繋がる。
だからおいそれと簡単に明け渡す訳にはいかず、ドライゼンはどうしたら良いかと悩んでいたそうだ。
「――で、この勇者を利用した方法か」
「一応、勇者保護法には引っ掛からないよ? アカギ様が好きなグレーゾーンギリギリってヤツだね。聖女と女神の勇者様にお会い出来るって感じで……」
「それ、半分アウトじゃねえのか? まあ確かに、赤城はグレーゾーンとか好きそうだな」
「うん? 僕が何だって? まあそれよりも、彼等を紹介させてくれ」
「彼等?」
勇者赤城は、3人の兵士たちを連れてきた。
戦闘に適した装備で身を固める男達。
所属部隊を示す証なのか、彼等の右腕には、どこぞの国の三色旗のような模様の布が巻かれていた。
「陣内君、彼等は元黒獣隊と元強襲遊撃特殊防衛団ユナイトの者だ。彼等が今回の探索の案内役を務めてくれる」
「黒獣隊……」
「ああ、そう警戒しないでほしい。彼等はもう違う、今の彼等はボレアスの盾であり剣でもある、ボレアス騎士団ストライク・ナブラだ」