再び北へと……
「そろそろ見えてくる頃かな?」
「あ、あの、ボレアスの街はまだ先かと、――んぅ」
ガラガラと快走する馬車の中、俺はラティをグルーミングしながら、窓の外を眺めながらそう呟いた。
俺の前には早乙女が眠っており、一応寝顔を見ないようにと配慮する。
視界を外の風景へと固定し、文字通り手探りでラティの髪と耳を撫で梳く。
現在俺たちは、北のダンジョンを攻略する為にボレアスを目指していた。
仮装パーティの翌日、ギームルから連絡が届いた。
ギームルの配下らしき者から渡された紙には、北の用意が出来たから、三雲組と合流後、ボレアスの街へ向かえと書いてあった。
そして詳しい内容は、合流した時にハーティから聞けとあった。
連絡を受けた三日後、ノトスの街を発った三雲組が到着した。
陣内組と伊吹組はノトスの街に待機で、現在その二組は、ノトスに湧く魔物を狩っているらしい。
ライエルさんが宿っていた魔石が無くなった影響が出てきたのか、明らかに魔物の湧きが増えたと、やって来たハーティさんが教えてくれた。
そして今後は、魔物大移動も起きるだろうと付け足した。
そんな理由もあり、ノトス所属の陣内組は、今後容易には動かせないだろうとも言われた。
他に、ギームル以外の報告としては、伊吹の新装備の話があった。
シャレにならない程の作成報酬を要求された事と、とても豪華なメンツで装備を作っているとの話を聞いた。
報酬の方は予想がついていたが、豪華なメンツの方はイマイチ分からず、それをハーティに訊ねると、確かに豪華なメンツとも言えた。
伊吹の装備品の素材となるのは、ライエルさんが宿っていたあの魔石。
どうやらそれを上手く生かすには、理由は良く解らないが色々と大変らしく、早い話が、膨大なMPが必要なんだとか。
そしてその為に呼ばれたのが、MPが異様に多いサリオと、MP回復魔法のエキスパートであり、マテリアルコンバートも使えるレプソルさん。
その二人の協力を得て、伊吹専用の武器を作っているのだとか。
ららんさん曰く、構想自体はあったが、実現不可能だと諦めていた物を作るのだとかどうだとか。
今度伊吹と会う時には、その武器を見せてもらおうと思う。
そして他にも、ちょっとした報告も聞いた。
サポーター役だったニーニャさんが、ノトス周辺の警備兵として就職したと教えてもらった。
今はドミニクさんやモモちゃん兄と一緒に、街の周辺を見回っているらしい。
「状況はどんどん動いているか……」
俺はふと、ある双子の事を思い出す。
銀髪オッドアイで非常にキャラが立っている双子。
あの双子は俺と出会ってから、俺の事を探すようになっていた。
仮装パーティの翌日、一応王女様のところに挨拶にでも行こうと思ったのだが、俺はあの双子の女の方に捕まった。
彼女は俺を魔王候補だと決めつけ、俺から『魔王候補です』と自供を取ろうとしたのだ。
当然そんなモノに応じる気はない。アホらしいとその場を去った。
だがしかし、その決めつけは間違ってはいない。
確かに俺は、世界樹の木刀を手放せば魔王候補なのだから。
そんな少々後ろめたい気持ちもあり、俺はその双子をひたすら避け続けた。
泊まっている部屋を突き止められてやってくる事は無かったが、俺を探すためにヤツが徘徊していたので、俺はアイリス王女と会う事はなく、そのまま城を出立した。
――くそ、聞いてみたい事もあったのに、
アイツが邪魔をしなければ会えたのに…………俺が魔王候補か、
窓の外を眺めながら、頭の中で魔王について纏めてみる。
魔王の発生は止められない。
しかし魔王を倒してもまた発生。
しかも倒す為の勇者の存在が、この異世界を決壊。
だがしかし、勇者を召喚しないと魔王でヤバイ。
ヤバイから勇者を召喚して、やっぱイセカイがヤバイ。
その流れを止める事を出来るのが、俺と世界樹の木刀と言われた。
だけど今のままでは、魔王を消滅させることが出来ない。
消滅させる力を得るには、俺のステータスを書き換える必要。
そしてその力を得るには、精神の宿った魔石から集める。
その精神の宿った魔石は、魔王を集める役目。
他にもその魔石は、魔物の湧き調整。
だからそれを無くすと、さあ大変。
だけどその魔石から力を得ないと、魔王消滅させられない。
じゃあ結局、魔石から力を得るしかねえじゃん。←いまココ
「ふむ、やっぱ今さら後には引けないよな。それに俺と木刀がいないと駄目……そうしないと魔王は完全には倒せない……か」
「んっ、あの、ご主人様。何か考え事でしょうか?」
「あ、いや、ちょっとした再確認をしていただけ」
ラティの髪と耳は撫でているが、尻尾の方は触れていなかったので、俺の思考はラティへと届いていなかった。
「そういや、先の事も考えないと駄目かぁ」
――例のパレードの前に言うべきかな?
お前達が魔王になる可能性があるって……むう、しかし、
言ったら言ったで揉めるかな~、でも――
もし事前にそれを告げていなければ、誰かが魔王になった時に躊躇うだろう。
特に八十神などは、『まだ助けられる』など言って正義感を振りかざし、魔王を倒すのを邪魔するかもしれない。
それに他の連中だって、躊躇い倒すのを止めようとするかもしれない。
――やはりそうなると、
覚悟を決める意味でも、事前に明かしておく必要があるな、
そうしないと9代目の時のように……あっ、
「秋音なら、帰還ゲートの為に躊躇わないだろうな」
誰が魔王になろうと、躊躇わずに刃を向ける秋音が容易に想像出来た。
秋音の場合は必要ない。
もう覚悟は出来ている、彼女の場合は揺らいだりなどはしないだろう。
それが少しおかしく、つい苦笑いと共に口に出してしまった。
「……あの、ご主人様」
「うん? もっと奥の方を掻いて欲しいか?」
「あ、いえ、そうではなくて……。あの、ご主人様は魔王を倒した後……」
「うん? 魔王を?」
「あ、あのっ、何でもありませんっ」
「あっ」
ラティはスッと身体を起こし、俺から離れて、早乙女が寝ている席の方へと移った。
そして早乙女を、そろそろ休憩時間ですよと起こす。
尻尾に触れていなかったので、ラティが何を尋ねようとしていたのか判らなかった。しかし、俺に尻尾を触れさせないように、さり気なく距離を取ったのは分かった。
これは、知られたくない聞かれたくないとの事だ。
ラティにしては珍しい行動だが、彼女が知られたくないと思うのであれば、俺はそれを尊重する。
( くっ、だけどやっぱ気になるな…… )
「んんぅ、もう朝ぁ?」
「あの、朝ではないです。そろそろ休憩の時間だと思いますので……」
早乙女は完全に寝ボケ、間延びしたマヌケ声で聞いてきた。
一応視界には入れないようにしているが、どうしても視界の端に入ってしまい、何とも油断し切った顔が目に入る。
「んふぅ? あしゃじゃないって――ってえええ!! 陽一!? えっ!? あれ? 何であたし寝て……あああああああああっ、アンタ、またあたしの寝顔を見たでしょ! 死ねっ」
それからしばらくの間、ポンコツ二号がうるさかった。
お陰で俺は、ラティに尋ねるタイミングを完全に逃したのだった。
そして次の日、俺たちはボレアスへと辿り着いた。